川上未映子

生活

2019.08.05

脅迫に屈しないとはどういうことか

 

あいちトリエンナーレの
「表現の不自由展、その後」が
中止になりました。
議論は活発になされるべきですが、
展示に関して政治や政府高官などの発言により
制限と圧力が加えられたことに憤りを覚えます。
そして何より、
テロおよび危害予告など、
表現の自由を幾重にも奪う行為がなされたことに
強い怒りを禁じ得ません。

芸術と政治、表現の自由と公的資金、
また歴史認識との関係についてどう捉え理解するのか、
様々な考えかたがあり、
ひきつづき各々が思考を深めるべきですが、
ひとつだけ、
テロおよび危害予告という卑劣な行為について。

昨年10月にわたしはネット上で
殺害予告ともとれるような危害予告を受け、
数ヶ月にわたり、
開催を予定していたイベントや講演などに
登壇できなくなりました。
実はわたしは10年に渡って
複数のストーカー被害にあっており
(現在も警察の監視下にある人物もいます)、
過去にも講演が中止されるということもあったのですが、
海外から作家を招いて行う、
その秋のイベントは何ヶ月も前から
準備をしていたもので、
大変なショックを受けました。

届けを出した警察で事情を話し、
警備の徹底強化も含め、
なんとか登壇できないかと相談したのですが、
「お客さんに危害が加えられる可能性が少しでもある場合、
警察としては中止か不参加を強くお願いしたい」
と求められました。
来てくださったお客さんを危険に晒すことなど
絶対にあってはいけないことなので、
わたしも同意しました。
それ以外に方法はないということは
理解しましたが、
同時に脅迫に屈することにもなり、
またそのような卑劣な行為で他人をコントロールすることが
できるのだと暗に認めてしまったようで、
忸怩たる思いをしました。

今回の、あいちトリエンナーレの展示にたいし、
政府の介入、さらには職員個人への攻撃や誹謗中傷に加え、
ガソリンをまくなどといった、
現在考えうる限り最悪の脅迫がなされて、
議論や対話の機会もないままに、
中止に追い込まれてしまいました。

そのこと自体は本当に残念なことですが、
来場者や現場の職員たちの安全を最優先した結果について
「テロや脅迫に屈した前例となる」ことを懸念したり、
運営にたいして覚悟が足りないという意見には、
気持ちは本当によくわかるけど、
しかし今現在、
それ以外に選択肢はなかっただろうと思います。

もし実際に何かが起きてしまったとき、
「テロに屈しない姿勢」は、
そのまま「テロを誘発した無責任な行動」
に転じてしまいます。

そしてそんな理屈よりも何よりも、
現実に犠牲者が出てしまうのです。
血が流れ、取り返しのつかないことが起きてしまうのです。
何よりも避けなければならないのは
被害を未然に防ぐこと。そして、
会期中、強度の不安とストレスに
さらされつづけることになる職員の方々の安全の確保。
その意味で、中止じたいは本当に残念ですが、
わたしは、津田大介さんをはじめ、
運営による今回の判断を支持しています。

「脅迫に屈しない」
「テロに屈しない」とはどういうことなのか。

状況も違えば規模も異なる様々な現場で、
テロに屈しない姿勢とは、
意に介さないことなのか。
予定通り実行することなのか。
それとも別の方法があるのか。
ひとりひとりが考え、
知恵を出しあう必要があると思います。

わたしは、危害予告を受けたあと、
即刻、警察に被害届けを出しました。
そして、匿名によるその書き込みにたいして
情報開示請求裁判を起こし、
先日、書き込みをした人物の情報が開示されました。

その後、警察による家宅捜査が行われ、
パソコンが押収されました。
初犯であることと犯行を認め、
保証人がおり、
また逃亡の恐れがないことから
逮捕は見送りになりましたが、
これから民事裁判を起こし、
損害賠償請求をする予定でいます。

過去から続くストーカーの案件で、
警察とのやりとりの経験は継続的にあり、
いわば「慣れている」わたしでさえ、
(そしてわりとタフなわたしでさえ)
被害に遭い、
そのことに向きあって、
さらには裁判を起こすというのは、
強いストレスを感じます。

けれど、危害予告という卑劣な行為にたいして
泣き寝入りをすることは絶対にしません。
今後、もしまた同じようなことが起きても、
即時、同様の対応をとります。

昨年の秋の大切な仕事での
登壇はかないませんでしたし、
いろんな方々にご心配とご迷惑をかけてしまったことは
取り返しがつきませんが、
しかし、このようにして、時間をかけて、
「絶対に脅迫には屈しない」
「卑劣な行為は絶対に許さない」
という意志を示すこともできるのではないでしょうか。
卑劣な行為をした人物は責任を追求され、
罰せられるという「前例」になるのではないでしょうか。

また、表現者は、今回のような、
行政による馬鹿げた抑圧と顛末を
しっかりと目を見ひらいて観察し、
批評性を磨き、表現の本来をその作品で発揮しましょう。
みんなひとりだけど、ひとりじゃないぜ。

 

 

2016.11.18

雨宮まみさんのこと

 10年前に、吉田アミさんと開催したイベントのゲストに来ていただいたのが雨宮さんとの出会い。当時わたしは音楽をやっていて、詩を書いていたけれどまだ小説は書いていなくて、30歳になるかならないかの頃だった。

 薄暗い会場で誰が誰かわからないのに、客席の後ろのほうでまあるく浮かびあがるきれいな女の人がいた。座席って暗いし、当日も長丁場だったし、みんなそれぞれリラックスできる姿勢でゆるゆると座っているものだけど、黒い服を着てショートボブの髪型をしたその女の人はひとりだけ異様なほどに背筋がぴんと伸びていて、ほんとうにぴくりとも動かないで、まっすぐ舞台のほうを見つめていた。それが今でも目に焼きついている。登壇されたあとで、それが雨宮さんだとわかった。
 
 それから、ときどきメールをするようになって、たまに電話をするようになった。当時も今も、わたしには電話して話をするような友だちがほとんどいないから、最初に電話でしゃべったときの雨宮さんの声をよく覚えてる。そのとき座ってて今はもうないソファの柄なんかもはっきり覚えてる。

 最初はなんだったっけ。そうだ、小説が新人賞を授賞してばたばたとしている時期で、某男性週刊誌からすごく失礼な取材の依頼がきたことがあったんだった。でも、わたしはその雑誌がどういう雑誌か知らなくて、それで雨宮さんに電話して教えてもらったんだった。雨宮さんは「**かあ。微妙だねえ。受けなくてもいいような気がするなあ」と笑って、それからヴォネガットの話とか、ペン回しの動画の話とかしたんだった。あれはなんであんなにどきどきするんだろうね、みたいな話。

 そんなふうに、「髪型、ツーブロックにしました」とか、「出産して生活が変わりすぎて白目」みたいなメールや電話はほんのたまにするけれど、じゃあわたしは雨宮さんの友だちだったのかというと、なんて言うのが正しいのかわからなくなる。

 おなじ歳で、本を贈りあったり、時々ラインをしたりするけれど、わたしは雨宮さんの個人的なことは何も知らないし、ふたりでお酒を飲みにいったこともないし、考えてみれば数えるほどしか会ったことがない。でも、わたしは雨宮さんの本を読んでいたし、ウェブの連載を読んでいたし、インスタグラムで写真を見ていたし、雨宮さん本人にふれている時間よりそっちの時間のほうが多くて、だから、読者だったというのがやっぱり正しいんじゃないかという気がしてしまう。

 物を書いている人同士の付き合いには、ちょっとした緊張感と難しさがあると思う。

 それは、どうしても、その人との純粋な関係の前に、というか、あいだに、作品(その人の書いている言葉)が存在してしまうから。
 「作品と人、どっちが重要か」とか、そういう話じゃなくて、なぜか自然に、作品が先にあってしまうようになる。「書いている物がその人」みたいになってくるところがある。だから、その人にとってつまらない本を書けば、自分はその人にとってつまらない人になるような気がするし、駄作を書けば、その人にとって自分が駄目な人であるような気がする。
 
 これはある意味でまっとうなことで、どんなかたちであれ物を書いて署名して世に問うってことは、それがどんなに仲のいい人からでも、気心の知れた人からでも、つねに厳しく判断されるのは当然のことだからだ。そうすると、お互いの作品を読んで、さらに会って、なんてことは、そのつどにすごいパワーと緊張を強いられることになるから(物書き同士が会えば、作品の話は避けられない)、だんだん会えなくなっていく。日々の忙しさのうえにそのプレッシャーが加わって、自然に距離ができていってしまう。だから、それがどんなに好きな人であっても、仲良くしたいなとふと思ってしまう人でも、文章を書いて生きている人に、友だちとは言っては(思っては)いけないんじゃないかとそんなふうに感じてしまうところがある。最初はわたしも混同することがあったけれど、それは正しくないんじゃないかと思うようになった。だから、小説を書きはじめてからできた小説家の友だちというものがわたしにはいないし、知り合いという程度の間柄じゃないと、作品にたいしてフェアではいられないような気持ちがあるから、仕事以外では誰にも会わなくなっていく。

 でも、逆のことも起こる。物を書いている人であれば、その人が書いている物を読んでいることが、なんだか、会うことや話すこと以上に重要な行為になっていくような感覚もしてくるのだ。
   だから、雨宮さんと会ってなくても、雨宮さんの連載をリアルタイムで読んでいると(雨宮さんの書くものがおそらくは雨宮さんの実感に多く拠るものだからかもしれないけれど)、雨宮さんに会ったり話したりする以上の濃さで、何かが、そこにあるような気がした。大勢の人に向けて書かれたフィクションにふれているだけなのに、どんどん好きになってしまう。彼女が今考えていることとか、感じていることとかを知ることができているような、そんなような、一方的な、実感がありました(それは同時に錯覚でもあるんだろうけれど)。

 そんなふうな仕方でだけど、わたしが知ることのできた雨宮さんという人は、気遣いの人でした。なんてことない数行のメールから、会話のひとことからにじみ出ていました。
 「大変だよね、しんどくないですか」みたいなことをさりげなくきいてくれて、自分もしんどいだろうに、すごく気を遣ってくれる人。

   そして、とても聡明な人でした。うっかりすると、いつまでも、何でも話して聴いてほしくなってしまうような不思議なちからと、優しさを持った人。

 礼儀正しい人でした。相手がどう感じるかを察する人、そしてフェアな人でした。自分が傷ついてきた色々なことを人には味わわせないように、慎重に言葉を選ぶ人。

 いつだったか、わたしの作品がかかわった舞台を見に行ってくれて、その感想を電話できいたらあんまりよくなかったみたいで、わたしはしゅんとしてしまったけれど、でも正直で、あと、それから、ときどきネットのやりとりでみせる気の荒いところも好きだった。真面目で。読者のことを本当に大切に思っていて。情が深いけど、押しつけがなくて。「穴の底でお待ちしてます」なんて、あれはもう本当にすごかった。毎回ため息をつくほど見事で、あんな回答は誰にもできない。

 読者のみなさんが、彼女の文章から受け取ってきたものを、わたしも読者としていつも受け取っていました。技術も感情も総出で、雨宮さんは書いていたよね。それが何かなのかはわからないけれど、彼女はいつも、彼女が惹かれて振り回されてどうしようもなくて、それでも抗えない強い何かに、尽くしているようにみえました。
 
 初夏に、『おめかしの引力』という本の書評をしてくれて、すごくうれしくて、ありがとうって連絡しようと思ったんだけれど、書評は仕事なんだし、そんなふうに個人的にお礼を言うのはかえって失礼なんじゃないかと思って結局、そのことを言えないままでした。

 それから、今月のファッション雑誌に雨宮さんが載っていて、赤いドレスを着ていて、それがすごく素敵でそのことを伝えようと思っていたのだけれど、じつはわたしが企画している別の仕事で正式にお願いをしようと思っていたときだったから、そのまえにそういうメールを出すのは失礼じゃないかと思って、そのことも結局、伝えられないままでした。

石

 これは、『ヘヴン』という小説を書き終わったときに、雨宮さんがくれた石。
 わたしはすごくうれしくて、届いたその日から、引っ越ししても、ベッドが変わっても、ずっと枕元においてある石。フランスで見つけてくれたんだって。素敵だよね。つるつるしていて、すごくかわいい。数ヶ月前、なにかのメールの返事に、ずっと伝えたかったそのことを「そういえば雨宮さんがくれた石、大事にしてますよ」とあんまり重たくならないような感じで書いた。書いてよかった。

 わたしにとって雨宮さんの文章は、わたしが初めて見た、あの薄暗い客席のなかで浮かびあがる雨宮さんの印象そのものです。

 きりりとしていて、目がそらせなくて、一生懸命で、強くて、でも臆病で、すごく緊張していて、まっすぐ。それから、雨宮まみっていう名前がすごく好きです。暖かいのや冷たいのや、しとしとのや激しいのや、明るい日に悲しい日に、いろんな雨が感情みたいにいつもいつまでも、降っている場所。

 まだまだ、雨宮さんの文章をたくさん、いつまでも読めると思ってた。どうか、安らかに。

 

 

 

 

 

2016.01.05

新年あけましておめでとうございます 2016

 

 

お正月もあっというまに過ぎちゃって、みなさまいかがお過ごしですか。

 

うちは息子がまさかのノロウイルスに罹患して怒濤の年末年始でした……とはいっても若いから(当然か)回復も早くてわりにけろっとしているんだけれど、あの吐きかたは、間近で見るとけっこうどきどきするものですね……。

 

この時期の小児科受診はすさまじいものがあり、待合室に充満している、母子&父子から発散される「お願いしますどうにかしてくれ」オーラが目に毛穴に1秒ごとに浸食してくるあの感じ……こんな時期までみんなの体を見てくださる医師や看護師のみなさまには、本当に頭が下がります。感謝感謝。恐怖におののいていた大人への感染も、吐き気まではいったんだけど、とりあえずは防げたみたいでほっと胸を撫でおろしております。よかった……。

 

そんなふうにわたしの2015年は去って行き、そして2016年がやってきた、はず……。

 

忙しすぎて昨年1年を振りかえることもできなかったから当然のことながら何かがリセットされた感覚もなく、多くのみなまさとおんなじように、すでに切れ目なく過ぎていく毎日です。

でも、ちょっとくらい何かが休息する感じ、何かがふわんと空白になる感じを味わってもいいのではないだろうか……と、最近なんだか思わなくもない。思えば産休育休もとらなかったし、そういう様々な心身の帳尻が合わなくなっているのか、なんか疑問めいたものを感じなくもないのです……って、いろいろがもう遅いね。

 

でも思うに、「物理的に多忙を極めている人でも適度に余裕をもって充実した人生を送っている感じを醸している人」ってやっぱりいて、逆に、「物理的に多忙を極めているのかもしれないけれど、でも自らのがちゃがちゃした認識によって追い打ちをかけて無駄すぎる混沌が増幅している人」というのもやっぱりいて、どうか前者になりたいものですね……。

 

で、症状も治まって普通に食事も採れるようになった息子を連れて、近所の神社へ行って新年の挨拶をした。

 

あれは19歳、大阪でお正月。何気なーくおみくじを引いたら凶が出て「!」となったわたしはそんなことしても意味ないけれどリベンジ的な雰囲気で二回目をひくことに。

そしたら2度目もまさかの凶で、いっそ清々しくなったものです。そのまえは大凶をひいたこともあるし、再婚するまえに、そういえば、なんでだったか占いの方に見てもらう機会があって、

 

「こ、これは……ちょっとあれすぎるんで、やり直します」

 

とか言って最初からやり直されたこともある。

こんなの極悪激烈最悪なの見たことない、みたいな結果だったらしく、ひとことで言ったら、

「これからのあんたの人生、破滅か地獄かその両方」

ってな感じで、おみくじ&占い的にはそんなんばっかしのわたしなんだけれど、そういえば2008年だけはまさかの大吉で、そして今年もひいてみたら大吉だった。

ただの紙切れに書かれた文字なんだけれど、大凶よりは気分いいのが不思議だね。文字だからだね。

 

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ノロ感染してたらこれ全部無駄になるよな……とうっすらと吐き気を感じつつふるえながら、いちおう用意してみたお正月料理。息子はおかゆ。昨年、とにかくラクしたい一心で某百貨店のおせちを気合い入れて注文してうきうき待っていたのだけれど、写真でみてたときのほうが3Dで、実物みたら2D、みたいな、まさかの残念極まりない結果になったので、それを教訓に今回はアラカルトにした。わたしが作ったのはお雑煮だけ。それと海老を茹でただけ。あとは全部、買ってきたものを盛っただけ。それでもしんどい。めっさ疲れた。

 

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 ここからは昨年の思い出……オニ(息子3歳)のウインタースクールがまさかのお弁当必須だったので、こんな小さいの作るのに数日間半泣きでしたわ。料理ともいえない料理だけど、台所にまつわることすべてが激烈苦手なわたしにとっては原稿30枚書くほうが心身ともにほんまにらくで、お料理にまつわるさまざまは、いったいいつまでつづくんだろう、わりに本気で涙が出てくる。

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これもいつだっけ、気に入ってる急須&湯飲み&おぼん……鯛焼きなど

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またまたいつだったか忘れたけれど、冬のある日、夜の遊園地にて。大好きなメリーゴーランド(わたしが)とオニ。

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みなさまにとって穏やかで、実りある1年になりますように。本年も、どうぞよろしくお願いします。

 

 

2015.03.02

おかっぱは美容室エルメで、ふたたび

 いつだったっけ、少しまえに髪型をどこでどうしてるのかの質問が多くて、ここですよってことをブログに書いたのだけれども、ご紹介した美容室エルメ。このあいだ「や、ミエコさんのブログを見てこられるかたがすごく多いんですよ……何ヶ月もたってるのに、未だに……」なんて伺って、とっても驚いた!

 美容室ってだいたいもうみんな行くところって決まってるし、新しいところに行くモチベーションってなかなか湧いてこないのに……。「そうか、美容院難民、あるいは過渡期の人が多かったのね……」とひとりうなずいていたのだけれど、先日もエルメに髪を切りにいったら、なんとわたしのブログをみて来院していたかたが偶然にお二人もいらっしゃって、どきどきしました。わたしの髪を切ってくれているのは武田くんというオーナーなのだけれど、「で、みなさんやっぱりおかっぱに?」と伺うと、「あ、そういうわけではありません」ということらしいのですが、長くても短くても、おかっぱでもパーマでも、うれしいのは一度いらっしゃったかたが続けて通うようになってくれてるってことで、それってやっぱりうれしいですよねえ(しみじみ)。

 そして何が素晴らしいって、エルメには「ママズデイ」という日が設けられていて、お母さんが髪を色々しているあいだ、近くに赤ちゃんや小さなお子さんが遊べるスペースがあって、もちろんスタッフのかたがちゃんと見ててくださいます。そう、育児中、小さなお子様も一緒に出かけられることって涙がでるほどありがたい……。保育園に預けているかたならまだ自由がきくときもあるけれど、ずっと一緒のお母さんは美容室になんてなかなか行けないわけで、ぜひ、ご予約してみてくださいね!

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 これは髪を切った直後です。形は基本は前下がりで、後ろは刈り上げにならないていど、横は耳にかけるとショートになるっていう感じです。前髪は眉下ぎりぎりで毛先をちょっとばらしてもらってます。うねるくせ毛なので、ちょうどいい具合にストレートパーマをかけてもらって、色は何色っていうのかわからないけど、赤みを抑えたブラウンで、暗くも明るくもないって感じ。前髪と横髪のつなぎめのぐるりんってやつが武田くんがすごく上手で(上手ってそれはま当然か……><)、ここの形が違うと、まったく感じが変わってしまうのです!超絶・絶壁&しゃもじ&書籍みたいな頭のかたちのわたしにいつも全体的な、立体的な、まるみを与えてくれてありがとう!!

 

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 それで最近の色ものヒット! アイラインとかマスカラの色ものってぼやーっとしてあんまりはっきりしないんだけれど、今回のRMKはすっごくいいですよん。下まつげはもちろん、上につけてもほんとにばさばさ色がつきます。今回は上下の二色展開で、わたしは黒×ピンク、茶色×オレンジ、のふたつを購入しました。雑誌でもめさめさ推されてるのでどうしよっかなと思われてる人、こればっかりは買いですよ。まぶたにシャネルの228テティセカンボンのピンクを全体に指で塗って、RMKのピンクのマスカラを上下に塗ってます。今回はファンデを塗ってない状態で写真で撮ってもこの発色、きちんとフルメイクにすればさらにかなりパッキリするのではないかしら。

マスカラもアイシャドウもなし、カラーのラインだけ引くのもきれいだな、ポップだな、と思って探しているのだけれど、いい感じのアイラインがなかなかないので、リップペンシルで代用してもいいかもですね。家で仕事してるだけでべつに外出もしないのに、モチベーションをあげるためだけにやりました。原稿は進みました。

 

 そして、年が明けて『きみは赤ちゃん』はただいま9刷、『すべて真夜中の恋人たち』は6刷、ありがとうございます。『きみは赤ちゃん』は図書館でも予約してくださるかたが多く、数ヶ月〜1年近く待ちとかのところもあるのだそうで、まわってくるころには生まれた赤ちゃんも一歳になっちゃうね!でも、あっというまだよ。うれしく思っています。ありがとう。色々、告知しなきゃいけないこともたまってきているので、またちかぢかまとめてアップしまーす。

 

 

2014.08.12

品切れ、ちくわぽーい。

 またもや、またもやAmazonで「きみは赤ちゃん」が品切れになってしまい、せっかく頭に胸に血色がもどってきたのもつかのま、頭と胸どころか口のなか、耳の奥まで真っ青な気持ちでおります。
 「またもや品切れって、これってどれくれらいまじでまじですか」というやりとりを、またもや白目で秒単位でくりかえし、くりかえしながら、「な、なんかこういうこと、ついこないだもやってたよな……」と思えば、ただでさえ育児中というのは毎日おなじことのくりかえしで、どこまで行っても巨大なきしめんのうえをきいきい言いながら転がるようなあんばいなのに、そんな時間のなかのどこに自分がいま立っているのかもうろうろになるのに、短期間でおなじ状態をくりかえすと本当に揺らいでしまう「今・ここ」なのだった……。
 リアル書店でお買いもとめいただければ最高にうれしいのですが、このあいだも書いたけれど、「きみは赤ちゃん」は、育児中で家からめったに出られない人、そして出てもゆっくり本など見てまわる時間のないみなさんにまずは……という気持ちがあるので、ネット販売でこういうことになってしまうと胸がみしみし鳴って、できることなら求めてくれる人みんなに免許もってないから自転車か徒歩ってことになるけど気持ちは宅配したいくらいのじりじりでおります。

 とはいえ、品切れでないネット書店もいくつかありまして、こちらからならば、すぐにお手元に届きますので、どうぞよろしくお願いします。
 hontoネットストアは24時間以内に発送されます。そのほか、紀伊國屋ジュンク堂などなど書店が運営しているWebストアもありますので、どうぞよろしくお願いします。本がお手元に届きますまで、こちらで、ママ友対談をお読みくださいませ。

 そして、先日スーパーでとおりすがりのお母さまに、「忙しいときはさっとちくわをにぎらせればいいのよ……」と耳元でささやき教えてもらったので「それでいこ!」ってな感じでオニ(2歳・息子)に、さっとにぎらせてみたら、2秒くらい凝視したあとぽーいと投げられて玉砕のいかれこれ。ちくわぽーい。

2014.06.17

口述はさておき、筆記はいかにして可能か

 晴天がつづいたけれどまたもや梅雨がもどるみたいで、さすがに蒸し暑うございます。
 小さな子どもがいる家はどこもそうだと思うけれど、この時期、ありとあらゆるウイルスがこちらめがけてやってくるような感じなのだけれど、先週、わたしはまたもや風邪をひき、薬を飲み切ってなんとかやり過ごしたところで、今度は息子の右目に、なんか、目やにが……。それを見つけた瞬間、ああこれで今週の仕事も全部ストップだな、と完全に脱力してしまいました。この時期の目やにはアデノウイルス(プール熱ですね)の合図でもあり、もちろん熱が出るまではわからないのだけれど。1歳になったばかりの去年の息子はまるまる一週間、39度の熱でそれは大変に長かった。今年は軽いといいけれど……去年はわたしも感染して、あの一週間は本当に苦しかった。しかしそれ以上に苦しいのは大人のかかる「手足口病」らしい。もう、何も飲めないし、食べられないし、もう、本当に最悪なのだそう。こんなのすべて、数年前までは知らなかったばっかりで、しかしまだ慣れてもいない。

 

 「FRaU」の今月号に、連載の2回めが掲載されていまーす。今回は資生堂の化粧水「オイデルミン」について。
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 それから翻訳者の友人にいただいたチョコレート。包装紙がかわいいのう。

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 そういえば、子どものころ、いつもりぼんとか包装紙とかを集めていた記憶があるけれどあれらはいったいどこにいくのだろう。捨てるわけでもなし、誰かにあげるでもなし。それから少女漫画の付録問題。シールとかね。封筒&便箋とかね。使うのがもったいなくて綺麗に保存していたはずなのに、気がつけば消滅しているのだった。

 Hanako連載「りぼんにお願い」の次号には「アナと雪の女王」について書き、つぎの週刊新潮の連載「オモロマンティック・ボム!」には太宰治の「ですます調」について書いています。こないだの県立神奈川近代文学館での対談の話の流れで2回にわたっての掲載で、そういえば6月は桜桃忌だったよね。わたしは行ったことないけれど、禅林寺は読者で賑わったのかしら。
息子の発熱がやってくるまでにできるだけ小説を書き進めなければと焦る。子どもが生まれてからパソコンに向かう時間が限られているから、頭のなかで書く癖がついた。最初は書き出しとか、短い文章をぶつぶつくりかえして推敲しているだけだったのが、やっているとどんどん長くなってきて、けっこうな長さを頭に留めておけるようになった。そしていざパソコンのまえに座って出力、という段になると、その推敲した文章がすらすらっとでてきてあとは書くだけ、という流れになってとても助かっているけれど、しかしさすがに小説まるまる一本をそのようにして書くのは不可能だから、やっぱり椅子に座りたい。
 ところで、「口述筆記」について。たとえば「ヴィヨンの妻」なんて太宰治はたった一度、お酒など、ういうい飲みながら読みあげただけで、ひとつの淀みもなく最初から最初までをそのとおりに話して収録された文章そのまま、完璧に終えたそうだけれど、正直「太宰も奥さんも、盛ってるよな……」と眉唾に思っているところがあった。
 がしかし。じっさい自分が必要にかられて頭のなかでの制作をやってみれば、それに近いことはできなくもないかもしれない、や、気合いれればできるかもなと、そんな気もするように。まあわたしのやってることは頭のなかの推敲で、太宰のは頭の中というよりは唱え損じのない完成形の口述なわけだから太宰の方法のと達成のほうがものすごく良いのだけれど。何事も慣れなのかもしれない……しかし口述はできても筆記してくれる人なんて現在どこにもいないので、まあいつもどおりに仕事するのが吉、という感じで。しかし蒸しますね。

2014.06.07

赤のしましまに最適な

 先月末の息子の大風邪で何もかもがストップした日々でしたけれど、今週は巻き返しというか、巻き返ったというほど仕事はできていないのだけれど、月曜日から金曜日までのすべてのお昼に外出をした。打ち合わせ、フィッティング、美容院、ラジオ、会食などなどの内容だったのだけれど、しかしこの予定は、先月末の失われた一週間にするべき仕事ができていてそのうえで、という仮定のうえに成り立っているものだったのだけれど、それが崩れてしまったので、けっきょく失われた一週間にするべきだった仕事は今なお失われたままなのだった。
 しかし明日は(今日は)もう土曜日じゃないの。土日は仕事ができないので何もかもは月曜日に再開なのだけれど、来週が想像しているとおりの来週として進んでくれるかどうかなんてもうわからない。誰にもそんなことわからない。わたしの都合、というものは、ほぼなくなった世界の住人だよ。
 連載エッセイやそのほかのコラムを書くのは息子が起きてくるまえの朝の一時間。今朝は、アスカ氏の、例の事件の報道のあれこれについて@週刊新潮など(せっかくの週刊誌連載なので、時事については書かないって最初に決めていたのに、気がつけば最近でも、小保方晴子氏のこととか木嶋佳苗氏のこととか、けっこう書いてはいるのだった)。

 

 今週の昼食はすべて外食だったので、ちょっとまえに作ったスパゲティ。これはアンチョビとキャベツとにんにく。
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 そして、ほたるいかとにんにくとみょうがのスパゲティ。スパゲティはいずれも製作時間は10分なので、やめられない。

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 わたしは一昨年くらいから急にみょうがが好きになって、玉ねぎとみょうがをスライスしたのにポン酢をかけてそのままさらっと食べるのだけれど、簡単なうえにこれがもう清々しいほどにおいしくてうれしい。今のシーズン、かつおにも最適ですよね。口当たりも、しゃりしゃりしてさあ。色もアンニュイでいいしさあ。

 

 そしてもう伸び伸びになっているけれど今回は赤のボーダーのネイルだったネイル。
 ネイルへの情熱は子どものときに思い切り夢中になった「プラ板」制作にそのすべてがあると思うのだけれど(小さな模様や色が小さな場所にぎゅっとひしめきあっているのを見つめる快感ですね)、しかし、やはり時間がかかることはかかるので、いつも「いよいよ今日はオフするだけにして、また、しばらく裸の爪で生きていこう……」とか思って予約するのだけれど、しかしお店に行ってみるといつも「あっ」と思うようなデザインが展示されていて、気づけば凝視しながら、「……これとこれ、正直、迷いますね」とか真剣に言っていて、いつまでも裸で帰ることができないでいます。

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2014.05.30

熱につぐ熱

 これを書いているいまはれっきとした金曜日のはずなのだけれど、この一週間の記憶がほとんどない、というのも、この月曜日から昨日まで息子がアッツアツの高熱を出していたためで、朝も昼も夜も看病の連続だ。薬の効きのあれこれをしっかりやるために一週間に4回も通院することになり、わたしの仕事の大部分は麻痺して現在に至るというわけです。

 2歳になってさすがに高熱といえども少しは慣れた、というのはあるけれど、しかし39°〜40°の熱を数日にわたって出されると、このままどうにかなるんじゃないかとなんだかまったく落ち着かない。体の調子をまだ言語化できないのでお互いというかわたしが一方的にもどかしく、そういえば去年の今ごろ、6月は、保育園に通いはじめたばかりのためか、毎週熱をだしていて、そのたびに大人ふたりに感染し、二ヶ月がまるまるものすごくしんどかったことを思いだす。
 
 息子も去年よりは強くなった感じはするけれど、これから夏にむけて、アデノウイルス、手足口病、ヘルパンギーナ、などなど、病気目白押しのシーズンだ。世界にはこんなにもカジュアルに感染するウイルスがこんなにも存在するなんてこと、息子を生むまで知らなかった。ひとりが感染するとみんなに感染り、わたしが倒れ、家人も寝こみ、そして息子が高熱を出したりしたら、ここはいったいどうなってしまうんだろう。どうすればいいのだろう。去年の今ごろはそんな状態になってしまって、心細くて、息子からうつった病気の熱にうかされながらそのおそろしさに震えたけれど今年もそんなのをくりかえすのだろうか。きっとくりかえすのだろうなあ、なんてったって、そんなシーズン、子どもは病気して強くなって(大人は病気して疲れ果てて)ゆくものだもの。
 
 とにもかくにも連載以外の仕事はストップ。何もかもの予定がずれる初夏。


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