川上未映子

2015.01.17

まえのひ

 阪神淡路大震災が起きたとき、わたしは高校三年生で大阪に住んでいた。あおむけに眠っていて、布団に面した腰のあたりにごぼごぼっと何かが沸きあがってくるような感覚があってそれで目が覚めて、そのごぼごぼっというのがしばらくして揺れに変わった。まるで誰かが中身を確かめるみたいにがちゃがちゃとふってみせる箱のなかにでもいるようなそれはすごい揺れで、仏壇とかタンスとかが前後左右に動きだしているのを見ていても、どこかぼんやりしていて、そして頭ではいま地震がきてるってことは理解しているんだけれども、でも「関西には地震はこない」と子どものころからずっときかされていたせいなのか、すごく揺れてるけどきっとたいしたことにはならない、とどこかで思っていたのだった。

 

 しばらくすると揺れはおさまり、初めてのことで恐怖というよりは興奮しているような状態で、テレビをつけてみるとコンビニの防犯カメラの映像がくりかえし再生されていた。棚のものがあらかた床に落ち、ガラスの扉が割れていたけれど、そのときはまだそれだけだった。経験したことないくらいすごい地震だったけれど(わたしがいたところは震度5強だった)、家の中も家族も無事だったし、水も出るし停電もなかったし、やっぱりあれぐらい済んだんだなと思って、すこし眠った。

 

 それから学校が休みになるという連絡がきて、あらためてテレビでニュースを見てみると、高速道路がめくれるように倒れていた。街が潰れて、燃えていた。どこから何を見ていいのかわからなかった。時間がたって被害が明らかになるその様子、救助の難しさ、行き場のなくなった人々の声、日に日に死者の数がふえてゆく知らせをテレビで見たり、それから知り合いが亡くなったことを知ったりと、震災はとりかえしのつかないまま日々大きくなっていったのに、こうして文章を書いているいまも、当時、自分が何を考えていたのか、なぜかうまく思いだすことができない。

 

 そのときに言語化しなかったということ、そしてもちろん直接的な被害がなかったというのがいちばんの理由なのだと思うけれど、「起きるはずのないことが起きてしまったのだ」ということじたいが、当時に自分にとってはあまりに大きすぎて、恐ろしかったのだと思う。子どものころから「いつか死ぬ、みんな死ぬ」というようなことをずっと思ってはぐずぐずしているようなところがあったけれど、その「いつか」が、そしてやっぱりまだどこか遠くになるはずのものが、とうとうあの日、巨大な斧みたいに振り下ろされたのだ、まえぶれもなにもなく、それはやってきたのだ、そしてその斧はわたしのいた場所ではなく、少しだけ離れたところに振り下ろされたのだ。しかしなぜ?

 

 もちろん理由なんてないのだと思う。でも、それをどう理解してよいのかわからないまま十代を終え、二十代になり、そのわからなさはどんどん小さくなってはいるけれど、20年がたって38歳になったいまもやっぱりなくなってはいないみたいだ。そして長い時間がたったあの3月11日に、わたしは阪神大震災時の大阪とおなじ震度に揺れ、またおなじように震源地からは離れた東京にいて、15年以上時間をかけて、どこかまた振りだしにもどったような気持ちになった。

 

 阪神淡路大震災の揺れのなかで感じた恐ろしさは「起きるはずのないことが起きてしまった」だった。

 そして、東日本大震災の揺れのなかで感じた恐ろしさは「とうとう、このときがやってきてしまった」だった。

 

 ただ運よく直接の被害に遭わなかったわたしは、このふたつについて考える。それも、気が向いたときに。勝手に、心細くなったときに、あたたかな部屋のなかで、お手軽に、都合よく、考える。ちがいについて考えているのか、それぞれについて考えているのかはまだよくわからない。近い将来に必ずやってくるつぎの災害のときに自分がどこにいてどうなっているのかはわからないけれど、そのときのことを、やはりおなじように想像する。日本にかかわらず世界じゅうで毎月のように不幸な災害や事故が起きて、紛争や戦争に巻き込まれている人々がいるのに、いなくならないのに、このふたつの出来事が、自分にとってほかの出来事とはどうしてもちがうものとして残ってしまっている理由について考える。

 

 距離の問題なのだろうか。場所の問題なのだろうか。年齢なのだろうか。じっさいに身体が揺れ、知人が亡くなったからなのだろうか。知っている土地だったからなのだろうか。原発事故という未曾有の事態が引き起こされたからなのだろうか。

 

 起きてしまった災害、起きてしまった大変な出来事について考えるって、そもそもどういうことなのだろうか。支援をつづけること。思いだすこと。忘れないでいること。そこから教訓を導きだして備えること。書いたり、描いたり、話したり、その人のやりかたで何かを問いつづけること。実践すること。癒すこと。社会的に、政治的に、新たなシステムをつくりだすこと。

 

 どれもがそうだともいえるし、そのぜんぶを足したって(そんなこと自分にできるわけもないけれど)不足しているような気持ちになる。そう思ってしまうのにはいくつもの理由があると思うけれど、きっと、何をしたってどうしたって死んでしまった人はかえってこないし、失われたものはもどってこないからだと思う。何も起きなかったことには、もうできないからだと思う。何も起きなかったときにはもう、もどることができないからだと思う。この、本当の意味での、とりかえしのつかなさこそが、本当に本当に大きな問題だからだと思う。あまりにも大きなことだからだと思う。言葉にしても、しなくても。災害や大きな出来事や事件が起きなくても。日常にはそんな一回性に満ちているのだと思う。それでも、何かをつづけてゆくしかないのだけれど。

 

 今日の文章も、何か伝えたいこととか結論したことがあったから書いたわけじゃなくて、ただ、まだわからないままのことをわからないままに、今日、なにを思ったかを漠然と記しておきたいと思いました。

 

 ハロー、もしもし、聞こえますか。阪神淡路大震災から20年たった今日の大阪は、寒いけれど青空の広がる気持ちの良い一日で、雲もきれいで、公園では子どもたちが走り回っていました。犬が散歩していて、スーパーには食品がならんで、地面はかわいていました。わたしはピンクのセーターを着て、グレーのスカートを履いて、靴下ははいていませんでした。原稿を書いて送信して、さっきは息子と一緒にカレーを食べました。穏やかな日でした。穏やかな日でした。そちらはどうですか。今日は、2015年の1月17日は、何でもないのどかな一日だったけれども、今日という日はいつでも、やはり1月16日で、どうじに3月10日なのだと思います。わたしたちは明日なにが起きるのかを永遠に知りません。こんにちは、さようなら、今日はいつだって、すべての、まえのひ、なのだと思います。

2015.01.15

きつねの嫁入り、アフタトーク


 新年についてお祝いの言葉を書く、というタイミングでももはやなくなってしまった今日はもう一月も半ばなんですけれども、みなさまいかがお過ごしでしょうか。めっさ最高むさむさやる気、って感じじゃなくても、どうかまあまあな毎日をお過ごしでいらっしゃいますように。

 

  年々、お正月気分というのがほとんど消滅に近づいていっているあんばいですが、でもお雑煮だけはつくって食べました。あの、うすっぺらい、しゃぶっとしたらあんがい美味しいのではないかと思うお餅、いつもちょっとだけ気になるんだけれども、思うだけでさっと去り、そして例年どおりお餅は食べないお正月でした。

 近況は、夏の終わりからやっていた『たけくらべ』の現代語訳のゲラに年末も年始もずっとかかりきりで、おととい、わたしのやるべきすべての作業がやっと終わって脱力しながらも、お、終わった……ってな感じでやっぱりほっとしております。刊行は2月の半ばあたりで、それに合わせてイベントも開催される予定であります。「たけくらべ」についてお話できるのかと思うといまから本当にうれしいな。イベントの詳細が決定しましたらすぐにお知らせいたしますので、どうぞよろしくお願いします。

 

 2014年、とくに春は、国内&国外と、いろいろあちこち行ったり来たり、出かける仕事が二週間以上もつづいて出不精なわたしにとっては記憶に残るかたまりでした。

 マームとジプシー&川上未映子「まえのひ」全国ツアーもそのころで、拙著『先端で、さすわさされるわ そらええわ』『水瓶』の大部分をすべて暗記して臨んだ青柳いづみさんのひとり芝居は、すべてが忘れられないものとしてあって、今でも喉がうっと鳴ります。ツアーをするきっかけになった最初は、2013年の秋の、原宿のVACANTでの公演「マームとジプシー&青土社&川上未映子 初秋のサプライズ」で、こちらも忘れがたい出来事だった、なー。今年もマーム、いっぱい観たいものですぜ(リンクから、舞台写真や、パンフレットに寄せた文章などなどご覧いただけます)!!

 それで、昨年は野田秀樹作「小指の思い出」の記憶も新しい、マームとジプシーの1年ぶりのオリジナル公演「カタチノチガウ」が、東京ではおなじくVACANTで開催されるのだけれど、こちらはもうチケットが売り切れておりまして、追加公演が横浜であります。

 それで、最後の日、2月13日に、アフタートークにお誘いいただきまして、主宰の藤田貴大さんと色々な話をすることになりました。16時の回の終わりです。

  ほかの日のアフタートークには、穂村弘さん、名久井直子さんも登壇されます。場所とか、時間とか、公演の内容や、マームとジプシーについてはこちらのサイトでご覧くださいませ。去年、藤田貴大さんと対談したものは、こちらからお読みいただけます。ぜひ、お越しくださいませ!

 

 新年の抱負としましては、長編を書きあげたい気持ちだけがぐらぐらぐつぐつあるのだけれど、しかし今年は短編&中編も押し迫っておりまして、まだ何がどうなるのかわからない状態で、とにかく毎日時間を確保して書くしかないような、去年一昨年とあんまり変わらない一年になりそうです。

  初春にはエッセイ『魔法飛行』が中央公論新社から文庫版として刊行される予定で、また色々なお知らせができると思います。よろしくお願いします。今わたしは大阪におりまして、ものすごい晴れてるのにすっごい雨が降っててきらきらしていて、これはきつねの嫁入りだったですね。

 

 

 

 

2014.12.22

スパゲッティ再訪

 

年末進行が縦横無尽に走りまくるこの師走の忙しい時期に書くことでもないかもしれないけれども、や、忙しいからこそのいま! 書かねばならないのかもしれず、というか、ここ最近このことを書きたくて書きたくてじつはうずうずしてたのよ。いったい何のことかというと、そう、それはスパゲッティのゆでかた&食べ方についてなのです。

 

もしかしたらこんなのはとっくに常識なのかもしれないけれど、わたしにとってはすこぶる画期的&目から鱗だったのです。わたしは1年365日のうちのじつに340日の昼食にスパゲティを作って食べる生活をしているのだけれども、このあいだ、ある発見をしたのやった。まあ時間もないし、ちゃっちゃと言ってしまうと、それは「スパゲティを半分に折ってからゆでると全方位的に最高」という、すごく単純なことなのやった。

 

スパゲティを半分に折ると素晴らしいのは、何よりもゆでるとき。

 

スパゲッティをゆでるときのあれこれは、少量の水でゆでる方法とか、レンジを使ったり容器を変えたりなんだりと、これまでもいくつかあった。けれども麺を半分に折るというのはもっと単純で、そう、小さな手鍋の本当に少しの水を沸騰させるだけで事足りるのである。

 

スパゲティが長いままだと上の部分がくにゃりんとなって滑り落ちるまで時間がかかるし、水はまあ少量でよくても、 お鍋じたいはある程度の高さがないとだめだった。しかし麺をあらかじめ半分に折っておくことによって直径20センチ足らずの手鍋で難なく茹でることができるようになる。これはこうして読んでみるよりもじっさいにやってみるとそのミニマムな感じの良さがよくわかる。グッバイ寸胴鍋!

 

水を沸騰させる時間が圧倒的に短縮できて最高なんだけれど、さらにすてきなのは食べるとき。折ったことによって麺が短くなると「フォークでくるくると巻きにくくなるんでは」「よって食べにくくなるのではないか」と思われるかもしれないけれど、そんなことはまったくなく、むしろ逆。まじで逆。まったく問題なくフォークにちゃんと巻くことができて、どころか、いつもは巻くのに2回転から3回転を要していたのが1回転ですみ、一度の食事の時間もわずかながら短縮できることになり、塵も積もれば理論でいくと、相当な時間を確保することになって、これも最高というわけなのだった。

 

そんなんとっくに知ってるわ、でしたらすみません……でも、わたしにとってはものすごい大発見だったのです。スパゲッティ好きのみなさまにスパゲティのべつの一面を伝えたくて、つい書いてしまいました。やったことない人はぜひやってみてね。

 

クリスマスもお正月もとくになく、今年もまたずるずると仕事をすることになりそうです。なぜならなぜなら……年末進行だっていうんでひいひい言いながら入稿ばっかりしてるのに、かと思うといくつかのゲラの返却が、なぜかどういうわけか、明けてすぐの1月6日とかに設定されているのだから、そうなるよね。「いえ、お正月は休みます」とはっきり言えない気の弱いわたしなのだった。

そして『きみは赤ちゃん』、おかげさまで8刷に! みなさん楽しく読んでくださってるみたいで、とてもとてもうれしいです。そして『すべて真夜中の恋人たち』もあっというまに5刷に……! 物語はちょうど12月、冬の、このあたり。しんしんと何かが残りますように、胸に、真夜中に。

2014.12.11

春の、さまざまなお知らせ

 ご無沙汰しております、すっかりめきめき寒くなって、やっぱ冬将軍って感じですね。今年もあっという間に終わってしまうわけですけれど、いま現在は怒濤の年末進行で、毎日毎日気がつけば、パソコンやゲラと一体化しているんじゃないかという親密さでもって原稿をただひたすらに書いています。みなさんは、いかがお過ごしですか……。

 

 ○今日も今日とてお知らせですが、筑摩書房から刊行される、ちくま評伝シリーズ『ココ・シャネル』の一冊に、巻末エッセイを寄稿しました。

 

9784480766229

 

 怒れる孤高のココシャネル……タイトルはこんなんじゃないけれど、内容はこんな感じです。若い読者が様々な人々を知るきっかけになってくれればよいなと思う、素敵なシリーズであります。どうぞよろしくお願いします。

 

 ○『文學界』1月号ラブレター特集に寄稿しております。作家がラブレターを書く、というシンプルながらも恐ろしい企画で、しかし楽しんで書きました。そしてお知らせがずいぶん遅くなりましたが、来年からの文學界新人賞の選考委員に就任いたしました。小説を応募くださるみなさまへのメッセージはここから読めます!そう、人生はなんかの玉。

 

 ○そして、今週発売の『週刊新潮』では、作家の北原みのりさんと、アーティストのろくでなし子さんの逮捕、再逮捕について書いています。タイトルは『女性器は女性のものに決まってるだろ!!』です。こちらのブログ記事「まんまんちゃん、あん!」と併せてお読みいただければ幸いです。

 

 

 

 そして……来年から、またいくつか新連載が始まります。

 子どもが生まれて時間があまりにもどこにもなくて、もう連載は増やさないで生きていこう、そうしないと小説も詩も書く時間がほんとうにないないと震えている矢先になぜ! なぜなぜなぜこんな展開になっているのかというと、これらの連載のご依頼をいただいた当時、「……ふうむ……でもま、そうね、2014年には、いくらなんでも例の長編、書き終わってるやろ」と、ふつうにそんなことを馬鹿なわたしはなんとなく信じていたわけであって、なので「いま書いてる長編終わってるので2年後だったらいけますよー」なんて編集者の方々にけっこう楽観的に答えてしまったわたしなのだけれど、じっさいに2014年が終わろうとしているいま、じゃあ現実がいったいどうなっているかというと長編なんてまったくぜんぜん書きあがってないのはもちろん、何もかもがきつきつになってゆくいっぽう、それどころか一年以上も待ってもらってる短編だって複数ある始末で、すべてがごてごての、もう見渡す限りがわやくちゃなんである。

 「でも、ちょ、長編でてないのみんな何となくわかってくれてるやろうし、約束したのって2年前やし、それからみんなの気持ちも変わるやろうし、あのときの連載の話、なんとなくない感じの方向に流れていってるかもしれへんな……」と息を潜めて静かにしていたら、もちろんそんなことはなく、みなさまとびっきりの笑顔で締め切りをがんがんに決めてくださいまして、迅速に、円滑に、ごくごく自然にすべてが(わたしの小説以外)予定通り始まって、そして、動きだしたのでありました。

 

 2015年の1月22日号から新しく始まるのは、

 『婦人公論』の巻末エッセイ、タイトルは「一期一えっ!?」です。週刊新潮の『オモロマンティック・ボム!』もそうやし、「ミエコもそういうの、好きねえ……」を思われるかもしれませんが、この素晴らしくもおきゃんなタイトルをつけてくれたのは編集者の石川由美子さんで、いくつか並んだタイトル案のなかで最初にこれを見つけたとき、「石川さんも、明るい顔して、けっこう追い込まれてんねんな……」と思ったけれど、見ているうちにわたしが考えたのなんかよりも、だんだんこっちが好きになって、「これがええんとちやう」という感じで決定と相成った次第でございます。1年間、思わず、『えっ!?』と驚いたことについてのあれこれを書いてゆきたいと思います。イラストは、『岡崎に捧ぐ』で話題沸騰の新進気鋭、漫画家の山本さほ先生でーす! 山本先生による、「驚愕するミエコ」イラストも8割増しに素敵に描いてくだすって、こちらもぜひぜひ、お楽しみくださいませ。隔週で、どうぞよろしう。

 

  そして『美的』でのショートストーリー、『コスメの魔法』です。気になるわたしの好きなコスメをひとつあげて、それにまつわる小さなお話を毎号書いてゆきます。コスメ、好きなんですよね……(しみじみ)。『Frau』での連載「伝説のコスメ」はレジェンドである一品をめぐっての随筆で、おなじコスメを中心とする文章でも、まったく違うあんばいになっております。それぞれ誌面も素晴らしくうつくしいので、ぜひ、お読みくださいませ。

 

 そして『たまごクラブ』での『ママは荒野を目指さない!』です。荒野、目指せへんのかよ!と即座に突っ込まれそうですが、ママは色々しんどいんだよ……荒野なんか目指さなくても気の持ちようでリビングも台所も風呂場もどこでも荒野になるんだよ……っていうのがこのタイトルの所以ということではないけれど、でもできれば荒野は目指したくない、これ以上ささくれたくない、ごつごつした大地もいまは踏みしめたたくない、みたいな気持ちで、どうかひとつよろしくお願いします。毎号、ひとつひとつトピックをあげて、それについて書いてゆきます! 2015年1月号には、連載開始にあたってのロングインタビューが掲載されます!よろ!

 

 

 

2014.11.25

11月の去りぎわに、お知らせをきゃっと

 先日は、日仏会館での「フランスで読まれる川上未映子」にお越しくださいましたみなさま、ありがとうございました。そして、いっぱいになってしまったために参加していただけなかったみなさま、ごめんなさい。質疑応答含めてあっというまの2時間で、とても楽しかったです。うしし、ブログのためにあれこれいっぱい写真とろ、といつも思うのやったけど、いつも忘れてしまうのだよね。ブログって今更やけど写真あったほうが明るくていいなと思ってるのやけれども、つぎはぜったい忘れんようにしよう……。

 

 そう、催しは、詩人で作家の関口涼子さんを司会に、フランス語の翻訳者であるパトリック・オノレさんとの鼎談で、翻訳にかんする話がメインだったわけですが、そこから「文体」「作家の声」「リズム」と、テキストにとってとても重要な要素がむくむくと膨らみ、いまも色々考えつづけております。おなじ日本語ではあるけれど、「たけくらべ」を翻訳することで、体感したこと、つかめたことがいくつもあって、そのことについても少しお話したのですが、これについてはまた「たけくらべ」の新訳が刊行されるときにでも、どこかで特化したかたちでお話できればなあ、と夢想しております。

 

 そして29日は、『きみは赤ちゃん』のトーク&ラジオ公開収録イベントなのですが、こちらも本当にたくさんのお申し込みをいただきまして、抽選ということになってしまいました……わたしとしましては、とくに今回は、行きたいな、と思ってくださった方全員をお招きしたい気持ちがつよくあったのですが、どうしてもかなわず、せっかく申し込みしてくださったのに、ごめんなさい。どこかでまた、こんなようなイベントできたらなあって思っております。そのときはどうぞ、よろしくお願いします。

 

 そしてさまざまなお知らせです!

 

 ○ BAILA 12月号に、インタビュー掲載されております。『きみは赤ちゃん』を読んでくださった編集者のかたが「!!」となってくださりたちあがった企画だそうです! 作家と子育て、というような特集で、辻村深月さん、小山田浩子さんのインタビューも!どうぞお楽しみください!

 

 ○ 週刊朝日12/5号 「林真理子 ゲストコレクション」にて、林真理子さんとの対談です。旅行にもゆかず、グルメでもないわたしが最後に何で倒れるかというとそれはたぶん着倒れで、林さんの「ジル・サンダー、マイケル・ジャクソン買い」の話から、ファッションはもちろん、それに先立つものの話、つまりお金、そして洋服を収納するための場所である家、つまり土地、についてや、もちろん小説の話、そして『きみは赤ちゃん』についてなど、あれこれたくさんお話しました。というか、どうにも記事にできない話で盛りあがりすぎて時間が足りませんでした。めさめさ楽しかった。

 

 ○ AERA with BABY 12月号に、インタビューが掲載されております。おすすめの絵本、音楽、小説についてふれております。色々な人の子育てについて知ることができるし、たとえばこれからの季節、要注意のインフルエンザやノロウイルスなど、さまざまな病気への対応とか、食べ物とか、しつけのポイントとか、ストレスの逃し方とか、そうよ、色々知ってるつもりでもこのこまかいところがいまいち不安で気になるのよな……と思うようなポイントの回答や、そのほか情報満載で、おっし今日もがんばろう、と激しく励まされる一冊です。もちろん、それらはネットでも知ることはできるんだけれど、知りたいことが一冊にきゅっとまとまってるっていうのはとにかく有り難いですよね。ぜひ!

 

 ってな感じで11月もそろそろ退場……今年も残すところあとわずかとなりましたが、風邪などひかず、いや、ひいてもなんとかがんばりましょう。そして、そうです、『すべて真夜中の恋人たち』、発売一ヶ月の段階で、はやくも4刷のご報告をいただきました。ありがとう……この季節にあの物語を読んでもらってるのが、うれしいですなあ。

 

 

2014.11.13

樋口一葉 & 葛飾応為 IN 2014

 夏の真ん中あたりからずうっと、今もつづいております『きみは赤ちゃん』のプロモーションと平行してやっていたのが、樋口一葉『たけくらべ』の現代語訳

 一文字一文字をおでこに埋め込んでゆくような気合いとあんばいでもって取り組んできたのやったけど、このあいだ、とうとう、とうとう終わってしまって、全力で脱力している日々であります。いくつもある名場面&山場、そして会話、登場人物たちのふるまいのひとつひとつに言葉にあてて置き換えてゆくそのすべてがいつもクライマックスやったけれども、最後の最後、あの一行を終えたときは、もう『わたしのなかの全樋口が泣いた』みたいな感じで、何もかもがたまりませんでした。多くのみなさんにとってもきっとそうであるように、やはりわたしにとって『たけくらべ』がいかにとくべつな作品なのかということを思い知る、ほんとにありがたい時間でした。なむなむ。そして年内はずっと『たけくらべ』のゲラに向き合うことになります。もうちょっとだけしあわせな時間が続きそうでうれしいけれど、でも、何よりも、みなさんにはやく、はやく読んでほしいなと思える仕上がりになりそうで、それも嬉しい予感です。

 いずれにせよ、現代語訳をすることになった経緯とか、訳すにあたっての様々な思案と実践、思い込み、気合い、などなどは、いずれまた刊行のときにたっぷり、ほんとにたっぷりとお話できる機会などがあればいいな! と思っております。できればいいな。

 それで、話が前後ちゃいましたが、

 今回の現代語訳は、河出書房新社から刊行されます「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」のなかのひとつなのです。特設ページはこちら。ラインナップを眺めるだけでうっかりうっとりしてしまう&面白さはもうこれ約束されているようなあんばいなのですけれど、先日、第一巻が刊行されました。

 池澤さんによる新訳『古事記』

 

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 素敵な桃色に金色の鳥の箔押しがなんとも雅なたたずまい。装画は、拙著『先端で、さすわ さすわ そらええわ』の表紙でも絵をお借りしたことがあります、現代美術家の鴻池朋子さん! 混沌&うねうね&いのちの諸々がねっとりあっさり爆誕するイメージが鴻池さんの絵にぴったり。どきどきしますわね。さらに、この全集にまつわるさまざまなイベントなども目白押しらしく、こちらでチェックしてくださいませなー!!

 

 

 さて、わたしの四大ミューズといえば、樋口一葉、ジョディフォスター、青柳いづみ……そして葛飾応為なのですが、その応為の絵をじかで見ることのできるほんとに数少ない機会ゆえ、燃え尽きた心身をずりずり、上野の森美術館まで行ってきたのでありました。もちろん北斎もめさめさ楽しみだけれど、やっぱ応為!!!!

 

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 連日2時間待ち!とかっていう話だったので、午前中いちばんのり!のつもりが思い切り出遅れて午後になってしまっていったいどうなることかと思ったけれど、この日はなぜかすいていて10分とかでするする入場。

 

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 しかし開場はさすがの激込みで隣の人の息がほおをしっとり湿らす近さ。けれどもみんなの譲り合いの精神がぽかぽかと発揮されて、予想以上にひとつひとつをゆっくりたっぷり見ることができました。富嶽三十六景は当然の人気でもちろんやけれども、個人的にぐっときたのはやっぱり『百橋一覧』。「一枚に橋百本描いたる!」っていうのがええやん。ほんで最後の別名の『画狂老人卍』も意味不明っていうか意味わかりすぎるっていうか、なんてゆうかすこぶる2014年的でもあってぴったりやん。きてれつ北斎、切ないやん。北斎のこと思ったら、「何かを作って生きてる人間は死なない程度に今日が何もかもの初めての日という気持ちでがんばろう」ってな気持ちになりますやん。

 

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 ほんで、北斎の花といえば、『紫陽花に燕』もいいけれど、やっぱ『芥子』!この風!……。

 

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 で、タイミング的には旧吉原ではあるけれど、やっぱり気になる一枚『吉原遊郭の景』。しかし左下ふたり女性だけ体が極端に小さいのは何でやのん。そういう気分だったのだろうか。まあとくに珍しいことでもないのだろうけれども、かむろやろうけど、格好からしてかむろにみえへんのが不思議やし、新造にしたら体が小さすぎる気がするし。

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 そしてそして今回のわたしの本丸、見たくて見たくてしょうがなかった、念願の、葛飾応為『三曲合奏図』。もう、何も言うことはありません。素晴らしかったです。残りの絵、いつかぜんぶ見ることができる日はくるのだろうか。とはいえ、花の絵がいま長野に来てるし、カナダの作家、キャサリン・ゴディエによる小説『応為と北斎』も刊行されたし、杉浦日奈子さんの『百日紅』もアニメになるという話もあるし、なにげに応為づいてはいるのよね! この機会に、ぜひとも山本昌代さんの『応為坦坦録』も復刊してくれ!!

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  そしてわたしはまた原稿書き&ゲラの毎日へ……。応為、一葉、最高最高ありがとう。

2014.11.10

お手紙をくださった彼女たちに

 

 『きみは赤ちゃん』を刊行してから色々なところでたくさんインタビューをしていただいて、そのつどに色々な話をしてきたのだけれど、デビュー当時からずうっと読んでくださってるという女性の方たちからも、うれしいお手紙やメールがたくさん届きました。

 

 みなさんのお手紙には共通する部分があって、それは『<どうして子どもをもとうと思ったのか>について、いつかどこかで書いてくれな」ということで、というのも、過去のインタビューや対談やエッセイなどで、わたしは「子どもをつくることにたいして、かなりの躊躇がある」というようなことを、書いたり話したりしてきたからなのでした。

 

 きっと最初からの読者でいてくれる彼女たちは、そんな考えかたというか気分というかに共感してくれる部分があって、そのうえでその変化というか、思い切りについて知りたいな、と思ってくださったのだと思います。そして「自分もいま、子どもを生むべきかどうか、すごく悩んでいる」と手紙には書かれてあって、たぶん、わたしについてだけじゃなく、子どもをもつことについての色々な考えかたにふれたいなと思ってらっしゃるのかもしれません。

 

 わたしが子どもを、もつ、というよりは存在させることを手放しでいいことやな、と思えなかったのは、社会との関係とか、自分が親になれるかどうかとか、そういう具体的なものではなくて、もっともっと単純なものでした。相談もなしに誰かをこの世界に一方的に登場させてしまうことが、すごく、なんというか、あまりにものすごすぎることのように思えて、こっちの勝手な思い込み&価値観だけで、とりかえしのつかないそんなことをやってしまってよいのか、という疑問が、子どものころからべったりはりついて、それが拭えなかったからでした。たとえば、おなじ子どもを育てるのであれば、無いところに有るをつくるより、すでに生まれてきてしまって親を必要としている子どもを養子にするほうが、なんというか、どちらかというといいことなんじゃないかと、そんなふうに思えていたのです。

 あとは、自分の母親にたいする気持ちも、けっこう大きな問題でした。

 そんなふうに十代、二十代を過ごしてきて、三十代で色々な環境の変化があって、それにともなってわたし自身にも変化があり、そして35歳でわたしは自分で選択して、妊娠、そして出産するわけなのですが……。

 

 先日、雑誌「kodomoe」さんでインタビューを受けました。

    これまでたくさん作品や自分のことについてお話する機会はありましたが、今回のインタビューは、分量もたっぷりある記事ということもありますが、これまでとはちょっと違った雰囲気&内容になったと思います。インタビュアーは、島﨑今日子さん。これまで「なんていい記事なんだろう、なんて読み応えのあるインタビューなんだろう……」と思えばかなりの確率でそれが島﨑さんのお仕事だったということもあって、当日は緊張しながら、そして本当に楽しい時間を過ごすことができました。

 

 いつだったか、誰かが言っていたことで印象に残っているのですが、いいインタビュー記事というのは、まとめが上手だったとか、うまく着地させることができているとかそういうことではなく、話す側が自分でもまるで想定していなかったことを話し(取材される機会が多いと、質問にたいする答えを自然に用意するようになってしまいます。よくも悪くも見取り図ができてしまうのです)、一見脈絡なくみえるいくつかの話のなかの文脈を見極め、インタビュイー自身が知らなかったこと、まだ言語化できていなかったことをまるで導かれるようにその場で言葉にしてしまい、それが活字になったようなもので、今回は、本当にそうとしか言えない体験でした。

 

 心のこもったお手紙をくださったみなさんへ、そして、いつも版元にお手紙を送ってくださるみなさんへ、本当は、おひとりおひとりにお返事差しあげたい気持ちなのですが、なかなかそうもできなくて、ごめんなさい。そして、ずいぶん遅くなって、ごめんなさい。今回のロングインタビューが、みなさんがお手紙に書いてくださった質問への何かしらのお返事になっていれば、とてもうれしいです。どうぞよろしくお願いします。

 

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2014.10.30

つくる男とつくる女、絵本の寄り添い、そして無理すじの桃太郎

 だんだん寒くなってセーター着たらちくちく、かゆかゆ、いつのまにか発生する毛玉って食器を洗うスポンジでさっさっとなでるだけできれいにとれてしまうらしいね、試したことはないんだけれど。

 

 ただいま発売中の VOGUE JAPAN 12月号に、阿部和重×川上未映子で登場しております。VOGUEの今号のテーマは「男と女」ということで、「つくる男とつくる女」という特集で、ふたりでインタビューを受けました。内容は、創作や生活において男と女のあれこれがどうなっているか、などなど様々な感じになっております。ポートレイトも掲載されており、撮影は操上和美さん。撮影の現場は素晴らしくあっと瞬くまでしたけれどもまたいつかみなさんとご一緒したいと思えるすてきな時間でした。今号&記事の詳細はこちらでも。

 

 ……ところで、『きみは赤ちゃん』のインタビューなどで、「で、この本を読んでの阿部さんの感想って、どんな感じですか……」と聞かれることがほんっとに多いんだけれど、じつはあべちゃん、まだ読んでないんだよね……。そう言うと「えええええええ」と驚愕し、そして「そ、そんなことがあっていいのか……」と心の底から震えてくれるんだけど、そう、あべちゃん、まだ読んでないんだよね! なんかすっごい忙しかったみたい。でもきっと、いつか読むはず……。

 

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 そして、玄光社さんより発売されております『子どもと一緒に読みたい絵本』にエッセイを寄稿しました。

 

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 子どもを絵本を読むということが連れてくる摩訶不思議でありつつも、しかしとてもとてもよく知っている感覚について書きました。おすすめの絵本、そしてわたしと絵本の思い出についてもふれています。

 絵本って、めさめさあるけど、おなじくらいどれにしようか迷いますよね……しかしこれがあれば安心だ!まるで絵本のエキスパートたちが寄り添って「これはどない……」「これもええで……」と(大阪弁ではないけれど)あれこれ教えてくれているような、そんな温かさにみちたすてきな一冊なのです。絵本対策はこれで安心! 絵本のことはまかせとけ! ぜひお手にとってご覧ください!

 

 今日も明日もインタビューで、来月にはトークショウもありますし、年内はまだまだ『きみは赤ちゃん』モードのわたしなのだった、なむなむ。そしてAmazonでは相も変わらず品切れだけど、しかしこの数ヶ月でAmazon品切れ耐性がばっちりついたわたしはもうそんなことは気にしない。そうしているうちにいつだって10月は退場なのだけれど、来週発売される週刊新潮には、義家衆議院議員による、池澤夏樹さんの桃太郎解釈批判について書きました。そして文庫版『すべて真夜中の恋人たち』も、さっそく重版のお知らせが。冬にむかう秋のはじまりに、読んでくださってるのがすごくうれしい。ありがとう……ああ、ほかにもお知らせがあったような気がするけれど、こぼれていたらまた追って! いまからスパゲティ食べ食べ取材にいってきまうまだ、着るもの迷う、シーズンだよね。

2014.10.29

『きみは赤ちゃん』トークイベント開催します!

 何度かお伝えしてまいりました『きみは赤ちゃん』のトークイベントの詳細が決定いたしましたので、お知らせいたします!

 

 hontoプレゼンツ『川上未映子トークショウ』

 日時 11月29日(土)

 場所 ドットDNP市谷田町ビル2階イベントスペース

 開場 10:00

 開演 11:00〜12:00

 応募方法 こちらから!

 お子様&赤ちゃんも大歓迎! 無料です!

 

 お申し込みは11月17日までで、抽選の結果、当選されたかたへメールを差し上げます。当日は東京FM『Hello smile cafe』の公開収録もかねております。みなさんとお会いして、『きみは赤ちゃん』の話はもちろん、いろんなお話できるのを楽しみにしています。よろしくお願いいたします!

 

2014.10.24

「フランスで読まれる川上未映子」満員で御礼、そして

 

 日仏会館で開催される、わたしの友人であり翻訳者であるパトリック・オノレさん、そして詩人であり作家である関口涼子さんお招きし、
 『すべて真夜中の恋人たち』の文庫化を記念しまして開催される、
 フランスで読まれる川上未映子なのですが、
 定員に達してしまったので申し込みを終了させていただきました。

  
 
 本来ならば120名ほどの会場なのですが、今回は椅子をたくさん追加して、なんとか200名前後の方々に聞いていただけるようにしてくださったのですが、しかしこちらもいっぱいに……。
 まだ先だし、これから予約するかー! と思われていたみなさまにおかれましてはごめんなさい、
 そしてお申し込みくださったみなさま、ありがとうございます。色んな話ができるのをすごく楽しみにしています。

 

 そして、少しまえにちょっとだけお知らせしました、『きみは赤ちゃん』にかんするトークイベント(お子様&赤ちゃんも大歓迎)は、申し込み方法など詳細は追ってお知らせしますが。日程は11月29日、お昼ま、ということに決まりましたので、この日はぜひに空けておいてくださいませ!

 

○現在発売中の『週刊現代』に『きみは赤ちゃん』にかんしましての、インタビューが掲載されております!
 この著者インタビューのページ、これまで三度登場しているのですが、恒例のQ&Aもございます。ぜひお読みくださいませ!

 
 

 で、今週のはじめに、『すべて真夜中の恋人たち』のサイン本を作りに行ってきました。

 

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 画数が少ないということもあるのですが、わたしはサインをするのがものすごーく早く、それはもうまわりが「もうちょっとゆっくりやれよ……」と思かもしれないくらいに早く、100冊とか15分くらいで終わってしまうのだった。
 これより早かったのは、故、渡辺淳一さんでいらっしゃったらしく、こう、テーブルいっぱいに本のサインをするページを開いて、書くというよりはもう塗っていくというあんばいで筆を一気に走らせるというそんな鮮やかな技をお持ちだったそうです。けっきょくわたしは、この日ぜんぶで500冊くらいにサインをさせていただいて、そして色紙なども作成しました。

 

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 みなさんに読んでもらえよ、遠くに行っても、がんばれよ……という気持ちを込めて、サイン書き書き。

 

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 そして都内の書店を数件伺って、パネルにこれまたサインをさせていただいたり、ポップにメッセージを寄せたりなど。
 そうそう書店の何が好きって、著者の直筆メッセージ、みたいなのももちろんいいけど、やっぱ書店員さんの、ほんとにこの本が好きなんだなーというのが伝わるポップを見る喜びに尽きるところもありますよね。ペンの色変えたり、縁取ったり、その本のよさを伝えようとあれこれ工夫して展開されていたりして。
 書店にいけば、時間のゆるす限り、ポップをあるだけぜんぶ見ちゃうな。
 本にたいする愛情があのようにかたちになっているのを見ると、「ああ、本というものを好きな人がここにいるんだな……」と、ふだんずうっと家で原稿を書いてるだけだと「うう、この小説をいったい誰が面白いと思うだろう、果たして誰が求めてくれるだろう……」とうっかり淋しく、そして心細くなる感覚を明るく呼び戻されて、あらためて今日もがんばろうとこれまたほんとに思うのだった。

 

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 そして、こんなポスターも作成していただきました。思わず壁に落書きしてしまいたくなる余白も素敵で、すべまよ感、ありますよね。撮影は石倉和夫さん、デザインは講談社チームです。
 単行本のときのポスターもモノクロでしたが、また雰囲気が違って装いもあらたに、という感じでございます。書店でみかけたらよろしくお願いいたします、というか、ポスターによろしくも何もないのだけれど……。

 

 『すべて真夜中の恋人たち』は、
 夢見ることもなく、自分に自信もなく、
 人生で愛に出会うことなど想像もしていなかった人の、恋物語です。
 これからどんどん寒くなる、冬の夜に、真夜中に。
 みなさんがどうかこの物語と出会ってくださいますように。

 

 

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