川上未映子

2014.10.01

肺をみたして、時間をぬって

 金木犀の匂いがだんだん濃くなって10月登場。しかし時間の経つのはあまりに早く、今年も残りあとちょっとやなんて。子どもの頃はやっぱり長い時間を生きてたなあと思うこの15年ほど、ああ相対性理論はこのようにしてすべての場所に満ち満ちと、みんないつだってちがう時間を生きてる秋、いま、秋刀魚がおいしいね。

 で、刊行されてからもはや8割以上の期間がAmazonで品切れ状態という『きみは赤ちゃん』は、最近もずっと取材が続いておりまして(ただいま6刷!)、ありがたいことです。漏れているのもあるかもだけれども、いま読んでいただけるものをお知らせしまーす。

と、そのまえに!
そんな『きみは赤ちゃん』がこのたび電子書籍化されました!
kindleなどの専門の端末じゃなくても、iPadやiPhoneその他のスマホでも無料の専用アプリをダウンロードすれば読むことができます&こちらはもちろん品切れ、ということはありえませんので、深夜にふと思いたったお布団のなか、あるいは読むものをうっかり忘れた電車のなかでなど、どうぞよろしくお願いしまーす!(『乳と卵』Kindle版『世界クッキー』Kindle版も合わせて電子化されました!)

 
 
<インタビューなど>
○2014年10月号『ひよこクラブ』 インタビュー
○2014年10月号『FRaU』 ポートレイト&インタビュー
○2014年10月6日号『AERA』ワーキングマザー特集にてインタビュー
○CREAwebにて「川上未映子のお悩み相談」の後半はこちら
Cakesのインタビュー全3回はこちら
ミシマ社のインタビューもこちら
hontoのインタビュー&「こんなときにはこれを読むのよ!」はこちら

「BAILA」、「文藝春秋」、「kodomoe」、「AERAbaby」……とほかにもつづきますのでまたお知らせします。
 
 
<エッセイ>
○2014年夏号『yomyom』 にTOTOとのコラボレーション巻頭エッセイ、
『Hanako』 の連載「りぼんにお願い」は「なぜ深夜に突如フルメイクをしたくなるのか」について、
『週刊新潮』 の連載「オモロマンティック・ボム!」には占いの剣呑について
Frauの連載「伝説のコスメ」には、エスティーローダーの美容液について
 
 
<小説>
○短編小説「ふたりのものは、みんな燃やして」を書きました。
これは去年から文芸誌などで発表している、みっつの掌編にひとつのタイトルを冠したロンド式のもので、今回は、
「レネは誰のことも好きにならない」、
「イヴァンの寝室」、
「ヴリーランの愛の証明」

のみっつの話が入っています。全部で50枚くらい。こちらから購入&お読みいただけます!
 
 
 駆け足でのお知らせになってしまったけれどお知らせじゃなくて日記のような記事をわたしは書きたい、子どもがだいたい3歳ごろまで記憶がないってことと大人の記憶の関係についてぼやぼや思ってることも書きたいのだけれどそれは追って。あの匂い、あのせつな、苦手な人も切なくなる人もいるだろうけれど金木犀で肺をみたして時間をぬって、なんとかひとつ。

2014.09.12

あらゆるところにスケキヨが

 暑いのか涼しいのかわからないけれど、日差しが強いような気はするので「おまえもこれが塗られ納めよの……」と言いながら腕と首に日焼け止めを塗りました。ああ、空気には、晴れと夏の去り際と一度きりの匂いがたちこめて、胸は、何も目指しようもない運動を飽きもせず鳴らしている最中、誰かに耳を近づけてみれば聴こえるかもしれないし、聴こえないかもしれないから、誰かと耳のことは少し忘れてベランダにひとりきりで立ってみる、今年もまたこうして夏が終わってゆくをわたしたち、いつもの場所からまじ見てる。

 

 それで、『きみは赤ちゃん』にかんするロングインタビューがこちらでお読みいただけます!
「cakes〜若き文学者の肖像」
 ロングインタビューっつうぐらいのもので、かなりのヴォリュームになっておりまして、執筆についてのあれこれや、それでけっきょくどうやって生きてゆくのがいいのかなどなど、数週にわたって掲載される予定です。無料登録していただくとすべてをお読みいただけますので、10秒で完了しますゆえ、どうぞよろしくお願いしまーす。

 

 そして、9月17日はhontoで、
特設サイトが開設される予定でーす。
 こちらはインタビューなどに加え、わたしの「状況別おすすめ本のコーナー」などもあって……たとえば。

 「赤ちゃんがどうしても眠ってくれず、目の回りにムール貝をくっつけたような顔になってるけどそんなときだからこそ白目になりながらもなんとかして読んで眠ったつもりになりたい本!」

 ってな感じで、ほかいくつものシチュエーションを設定して、それぞれ3〜5冊を推薦文とともに、おすすめしております。ほいでもって、書店の店頭や色々なところでお手に取っていただけるフリーペーパー版の 「honto+」 にも現在、インタビューが掲載されております。
 そして今後は、

web版 「honto」 
フリーペーパー版 「honto+」 

 の両方で、状況別おすすめ本の連載、

「こんなときには、これを読むのよ!」

 が始まる予定です(今回は出産&育児がメインの選書だったけど、連載は、色んなシチュエーションよ……)。

 

 ほかにも五月雨式になってしまけどインタビューなど掲載されております。
 『ひよこクラブ』『女性セブン』、そして『FRaU』10月号 には、連載エッセイ以外に、「5分で、キレイ」特集に、インタビュー&ポートレイトで登場しております(ちなみに今週の週刊新潮は、にっくき口内炎をなくすためのレーザー治療について書いています!)。
 
 そして『きみは赤ちゃん』の書評も、こちらからお読みいただけます。
 吉田戦車さんによる、週刊文春の書評
 野崎歓さんによる、東京新聞の書評
 
 あと、共同通信や、女性誌でもたくさんご紹介されているみたいなのですが、
なかなか全部を追いきれず、ご紹介できたりできなかったりがはがゆいのだけれども、でも、ぜんぶ本当にうれしく思っております。ありがとうございます!
今後も、「AERA」「AERA BABY」、そして「BAILA」「CODOMOE」「文藝春秋」……などなど、対談や取材が続いておりますので、そのつどまたお知らせいたします。っていうか、出たときにぱっとお知らせできるのって、やっぱ twitter なのよね……。
  
 ところで2歳3ヶ月の最近のオニは、「悪魔の子なんじゃないだろうか……」と、頭のどこかに666が刻まれてないか探そうかと思うほど絶叫し、世界のすべてにたいして「否!」をぶつけまくっていた頃に比べるとまだ少しはましだけれど、しかし、バナナもぽーい、カレーも白飯ごとぽーい(このときの絶望感ゆうたら……)、しかもそのあと自分のぽーいに悔しくてまた激しく号泣と、まあ、相変わらずの魔の2歳児、そんなような日々なのだった。
 で、「鬼から電話」も「エイリアンから電話」もまったく効果がなくなった今現在……我が家の頼みの恐怖先生は「スケキヨ」なんだよね……。いつだったかの夜、顔に保湿パックを貼付けたわたしを見て心の底から「!!」となり、もじどおり震えあがって自ら布団に「ぎゅん!」っと飛び込んでいったのを見て、「これは使えるでな、うしし……」となったんである。
 

inugamip

 
 この画像をiPhoneに保存し、いつでもさっと取り出して印籠っぽく使うのである。それからオニの世界にはあらゆるところにスケキヨが存在することになったのだけど、われわれも、もう「スケキヨ」といえばどうにかなると思ってるから、いつなんどきでもスケキヨが適用されることになり、そうするともうスケキヨのスケキヨ性が完全に変化してもはやキャラでも何でもなくなり、たとえば外食してるときに床に落としたものを拾って食べようするオニに「あっ、もうそれ、落ちてスケキヨになったから無理」とか、炎天下やのになかなか帽子をかぶろうとしないオニに「もー、何回もおなじことゆわさんと、ほれ、はよスケキヨかぶって!」とか、スケキヨはじつに高い汎用性を獲得するにいたって、朝から夜までたいへんお世話になっているのやった……しかしときどき、ぬいぐるみやわたしをぱちんと叩いたオニに「あっ、やめて……スケキヨが痛がってる……」とか、むしろそれオニ的には好都合なんじゃないのというような具合に使い方を間違ったりもして。でも、いまのところスケキヨがいちばん効いてます……お困りのお母さまも、スケキヨいかが……。

2014.09.04

Elme 美容院、おかっぱは、こんな感じでひとつ

刊行したりすればサイン会で、そして講演をすれば質疑応答などで、いらした皆さんに、よく聞かれていたのである。
もちろん小説のあれこれや創作のいろいろ、が、その大半なのだけれど、それでも何を聞かれていたかというと、それは「おかっぱ」についてなのやった。

 

「ミエコさんのようなおかっぱいにしたいのだけれど、どうも節子になる」
「ウォーズマンのようになる」
「鳩山夫人」
「ついてはすみやかに、コツなり美容院なりを教えるように」

 

みたいなことをおっしゃる方が多いのだった。そのたびに、

 

「そ、そうですか……じゃあ、ブログで書きますのでよろしくねん」

 

と返事しつづけていたのだけれど、これまで一度も書いてこなかったあかんわたしなのである。
なので今日は、わたしがいつもお世話になってる美容院「Elme」をご紹介したいなと思います。

息子の髪の毛をおかっぱにはしているけれど、でもそんなん適当すぎるほどに適当にやってるだけなので、
カットというのがどれくらい難しいのか、その本当のところはわからないけれど、でもいつも自分の頭をカットしてくれている武田くんを見ていると、

「ああ、美容師って大変やのう……」としみじみしてくるんである。

というのも、わたしの髪の毛といえば、
硬くて多くてうねり調子の癖っ毛で、湿気を感知したらその瞬間からとめどもなくふえるわかめのように膨らんでゆくようなあんばいで、ふつうにおかっぱに切っただけでは、たわしとモップの中間の何かよくわからん固まりみたいになってしまうんである。
しかし武田くんは、2008年からこんな処置なしのわたしの髪の毛を優しく見つめケアしてくださり早6年。
カラーリングとかストレートパーマとか、その時々に必要なものを見極め、わたしのころころと変わる気分にも力強く対応してくださり、そして何よりもカットの技術の限りを尽くして(「世界の終わりとハードボイルドワンダラーンド」的な……!ぐふぐふ)、人前に出ても恥ずかしくなく、どころか、「その髪型にしたいのだけれどどうすればよいのか」というような感想までをちょうだいするフォルムを維持してくれている、わたしのスーパー・ヘア・スタイリストであるのやった。

 

MG_0974b.png

 

おかっぱにも長さ、色、さまざまあるけれど、最近ではこれ!

前田こづえさん撮影によるこの写真のおかっぱも、もちろん武田くんによるものです。

本来は困難&やさぐれ髪でしかないわたしの頭に、なぜか艶のリングが……泣けてくる。

おまけに「しいたけのかさですか」、「いっそ書籍ですか」というような激烈強烈なぜっぺきのわたしを、最善を尽くしてまるく形づくってくれるおかげでどれだけ気持ちが助けられていることか……。

わたしの髪質でここまでつるりんと仕上げてくれるのだから、普通の髪質のかたならばいったいどうなってしまうのやろう……! これまでわたしのおかっぱに興味を示してくださったかた、そして質問してくださったみなさま、わけもなくおかっぱにしたい記念にかられているかた、武田くんに「ミエコのおかっぱ」みたいなあんばいで伝えてもらえればしゃしゃっと楽々一発だと思いまーす。ああ、これで約束を果たせたような気がしてちょっとほっとしてます。遅くなってごめんやった。

 

そして、現在二児のお父さんでもある武田くんのエルメ は、なんとうれしいことに、小さなお子さん、赤ちゃんがいらっしゃるお母さんも、あれこれ心配することなく髪の毛を色々してもらえるようにと、「ママズデイ」なるものを設けており、その日なら、お子様連れでも何の問題もなく、美容に集中することができるとそういう素晴らしいあんばいであるのだった。

 

そう。保育園に預けてらっしゃるお母さんならまだしも、預けてらっしゃないお母さんが美容室に行くのは至難の業……。でもエルメなら一緒に来て、お子さんが遊ぶのを見守りながらちょきちょきやってもらえます。これはぜったいに紹介せなあかんやろ……と鼻息荒くして、みなさんが少しでも心地よく快適に、髪の毛のまつわる素敵なひとときを過ごしてほしいなーと思っております。
詳しくは美容室エルメにお問い合わせくださいませなー。

 

ところで……

アマゾンでは品切れになって一ヶ月以上が余裕でたとうとしている、いったいなぜ…というため息ももはや去り、なんか色んな意味で信じられない感じになってる『きみは赤ちゃん』なんやけど、最近ではもう慣れたというかどうしようもないというか諦めの境地っていうかで、

 

「一時的に在庫切れ、入荷時期は未定です」が、

「永久的に在庫切れ、入荷時期は未定です」に空目する感じにもなってきたわ。

 

とはいえ、おかげさまでただいま5刷で、リアル書店はもちろんのこと、ほかのネット書店にも在庫はあるようなので、どうかそちらで入手いただけましたらすごくうれしいです。とはいえアマゾンもわりにすぐに届くとは思うのだけれども……しかし今回の本はなかなか外出できない人にまずはって気持ちがあるので、慣れたってゆってもやっぱりちょっとじりじりするう、回復なむなむ回復頼む。

2014.08.23

CREA Webでのお悩み相談、わたしも悩んで

 なんかちょっと涼しかったような気がした今日ですけれども、みなさんお元気でいらっしゃいますか。小学生のときにちょっと描いてみた少女漫画のタイトルが「残暑お見舞い申し上げます」っていうタイトルだったことを、なぜか突然いま30年ぶりくらいに思いだしたけれどそしてすぐに忘れるんだろうと思います。
 
 そうです! CREA Webで募集しておりました、出産&妊娠&育児その他もろもろにまつわるお悩み相談、たくさんのご応募をありがとうございました!
 
 どれも切羽詰まりかつ、やっぱり女ともだちに「なあなあ」みたいな感じで話しかけてくれるようなあんばいでもあり、お寄せくださったなかからこちらも悩みに悩んで二回にわけて、それぞれ3名の方へのお答えを掲載させていただいております。そして採用させていただいたみなさまには署名入りの『きみは赤ちゃん』をお送り差し上げます。みなさん、ほんとにどうもありがとうございました!

 川上未映子のお悩み相談はこちらから! まずは前半の3名の方々!どうぞお読みくださいませ!後半もまたお知らせいたしまーす。ねばねば。
 

2014.08.22

まんまんちゃん、あん!

 少しまえから、オニ(2歳・息子)のおむつを替えているときや入浴しているときなどに、オニが自分のおちんちんに手をやって、「ちんちん!」などとうれしそうに言うようになった。おお、これも身体の発見だのう、と微笑ましく、「そうだね、オニのちんちんだね」などと言って笑っていたのだけれど、最近はそれにくわえて、わたしの股間をじいっと見つめてから「……かあか、ちんちん、ないっ!」とつけたすようになってきた(かあか、とはわたしのことです)。

 そうだよ、かあかはちんちんないよ、と最初は何の気なしに答えていたんだけれど、入浴するたびに、自分のおちんちんを楽しそうにさわりながら、「ああ〜、かあか、ちんちん、ないっ! オニ、ちんちん、あるっ!」と言うので、またもや「そうだね」と相づちを打って笑っていた。しかしさらなるオニの質問は、「なんで、オニにちんちん、あるの〜?」というもので、「……それはオニが、男の子だからかな。気持ちはともかく、いまのところ、体がね」とか答えていたのだけれど、そのすぐあとで、またわたしの股間をじっと見て、「かあか、ちんちん、ない……」とつぶやくのだった。ないねえ〜など答えながら、しかしわたしは、「まちがってことは言ってないし、2歳の息子のなんの意味もないふるまいなのだから深く考える必要はまったくないけど、でも、これって受け答えとして、なんか十分じゃないような気がする……」と、頭に泡をつけたまま、10秒くらい考えこんでしまったのだった。

 そう、わたしには、おちんちんはない。しかし、おちんちんでないものはついている(というか、ある)。しかし、こういうとき、わたしはオニになんと伝えればよいのだろう……。すぐに「まんまん」という言葉を思いついたのだけれど、しかしオニがそれを覚えて、保育園で女の子の股間を見つめて「まんまん」と笑いながら言うことを想像すると、そしてそれをその女の子たちの保護者のかたが聞いたりなんかしたら、それってなんかちょっとあれなんでは……というような気持ちがさっとよぎってしまったのも、本当のところなのだった。

 そう。女性器って、あらゆる意味で、奪われた存在というか、ないことになってるものなんだよね。これだけ日本中いたるところでつねに消費されまくってるのもかかわらず。いや、ないことになっているから消費されるものでしかないというべきか。

 この問題については、色んなところで色んな人がそれはもう昔からくりかえし指摘しているし、改善しようとしてるし、つい先日も、アーティストの象徴的な逮捕事件が起きたばかり。
2歳の男の子や女の子が「ちんちん」と笑って言ってそれをまわりも笑って受け流すことができるのなら、2歳の男の子や女の子も笑って「まんまん」と言っていいのだし、そしてそれを受け流すことができなければおかしいやないの。でも、そういうのって頭ではわかっていることなのに、わたし自身、「オニがまんまんというのは、ちょっと、あれなんではないか」ととっさには思ったわけだし、こういうときに自分の性器を名指す言葉を今もって持っていなかった、というのも、じっさいのところなのだった。
 
 そう、こんなのどこにでもある他愛もない話でしかないのだけれど、しかし。
「ちんちん、ある!」というさっきのオニの声が、なんだか頭に残るのである。

 これって何かと思ってみたら、「ある」と「ない」では、やはり「ある」が優位であるという実感で、そこにひっかかっていたのである。
オニからしてみればあって当たりまえの「ちんちん」が、かあかには、ない。オニにちんちんがあるのは、オニが男の子だから。で、かあかにちんちんがないのは、かあかが、女の子だから。もちろん2歳のオニがそのように「ちんちん」や「ある」とか「ない」といった概念や価値めいたものを今の時点でとらえるということは考えにくいけれど、しかし三つ子の魂なんとやらというではないの。「男の子である自分にあってあたりまえのものが、女の子にはないんだ……」というふうな淡い認識が、いつのまにか、「……女の子って、大事なものが最初から欠けてるんだ」みたいなあんばいに、ゆくゆく変化し、刷り込まれないとは限らないではないだろうか。
 しかも、三つ子の魂どころか小学校高学年あたりになるまで、ほとんどの場合は、「まんまん」の存在は隠されたままなのだ。女の子には「ちんちん」に相当するものがまるでないかのような具合なのだ。
まあ、外から見えないという形状の問題も多いに関係しているとは思うけれど、例えばおしっこなんかも、なんか、不思議でよくわからないところからしゃっとでることになってるし、わたしが子どものころだって名称はなかったし、それについて何かを話していいような雰囲気なんていっさいなくて、完全に「ないもの」として、女の子たちは自分の「まんまん」を抱えていた。
欲望されるものだから「ないもの」にされているのか、それとも「ないもの」だから欲望されるのか。おそらくそれは同時にあるのだろうけれど、しかし、いまも昔も、女性の性器が「ないもの」になっていることには変わりはない。

 ついこないだも、男性の老議員たちが「われわれの世代は、どうしても女は下、女のくせにという発想から自由になれない」みたいな発言をして、「だから引退します」でも「だから認識を改めます」でもなく、「わしら変わる気ないしいまさら変われんし、今後もこれでいくからみなさんヨロシク」みたいな顛末でまじで暗澹たる気持ちになったけど、この無根拠かつ腐った差別の認識のはるか根っこには、社会的な構造とか単なる勘違いとか体力や身体の大きさの差異や色々あるだろうけど、さきに述べた、「ちんちん、ある!」の優越感が、あまりにベタで恥ずかしいけれど、しかしほのかかすかにでもあるはずなのだ。挿入する者はされるものよりも優位である。そして挿入できるのは、ちんちんがあるからなのだ。

 世界において家庭というユニットはあまりに小さく、また非力なものではあるし、こんなん焼け石に水っていうか砂漠で針を探すっていうか喩えが間違ってるような気もするし世界の荒波&常識においてはひとたまりもない心意気でしかないかもしれないけれどでも、男を生んだわたしにいまできることをわたしはやるしかあるめえ……ってなぐあいで翌日、「ほな、お風呂はいろか」とオニの服を脱がせおむつを脱がすと、でてきた、かわいらしい、ちんちん。オニはまたもや自分のちんちんをさわって、「ちんちん、ある!」と楽しそうに遊び、そしてわたしの股間をじっと見つめ、「かあか、ちんちん、ない!」とこれまたうれしそうにくりかえすのだった。しかしわたしはもう、昨日とおなじような返事はしない。いいですかオニ。そこからは何も見えないけれど……

 わたし「かあか、ちんちんないけど、まんまん、ある!」
 オニ「?」
 わたし「オニ、ちんちんあるけど、まんまん、ない!」
 オニ「……」
 わたし「かあか、まんまん、ある!」
 オニ「ま……」
 わたし「オニ、ちんちん。かあか、まんまん。おなじ」
 オニ「まんちん……」

 みたいなあんばいで、まだ何も理解してないであろうオニに、「まんまん」という存在のちょぴっとだけは伝わったような、そうでもないような……。
 ともかく、ちんちんが許されるなら、まんまんも許される。ちんちんだけがだるだるに甘やかされるということはないのだということをまずは我が家の常識として、一緒に入浴しているあいだはやっていこうという所存である。このささやかな革命の姿勢が、保育園の保護者のみなさまにどれくらいご理解いただけるかはまったくもって未知数ではあるのやけども……でも、変えたいんなら自分のとこから変わるしかないですしな……って、思い返せば。「ちんちん電車」はよくても「まんまんちゃん、あん!」を言うとちょっと笑われる、笑われてきたあの感じ! まあ方言による慣れ不慣れってのもあるけども……ともあれ、色々なものを正しい場所にもどしたり、とりもどしたりするのは、それが形のないものであればあるほど、時間がかかり、また困難であるものよな、と思いしる暑すぎて息をするのも何かしらの危険を感じざるをえない残暑なのだった。

 

 ところでところで、『きみは赤ちゃん』、みなさんに楽しく読んでいただいてるみたいで、激烈うれしいです!! ほんとにほんとにありがとう。でも、発売してから半分以上の日数、ネット書店では品切れがつづいて、ほいで都内の書店にもほとんどどこにも在庫がない状態で、申し訳なく思っています。重版しているからじきに回復すると思うのだけれど(ただいま4刷!)、でも読みたいって思ったときにこういうのって読みたいですよね……うう、ごめんなさい。どうか、もうちょっとだけ、お待ちになって。それまでは、こちらママ友対談をお読みくださればさいわいです!っていうか、すべての在庫、はよ回復して、お願い!!!

2014.08.12

品切れ、ちくわぽーい。

 またもや、またもやAmazonで「きみは赤ちゃん」が品切れになってしまい、せっかく頭に胸に血色がもどってきたのもつかのま、頭と胸どころか口のなか、耳の奥まで真っ青な気持ちでおります。
 「またもや品切れって、これってどれくれらいまじでまじですか」というやりとりを、またもや白目で秒単位でくりかえし、くりかえしながら、「な、なんかこういうこと、ついこないだもやってたよな……」と思えば、ただでさえ育児中というのは毎日おなじことのくりかえしで、どこまで行っても巨大なきしめんのうえをきいきい言いながら転がるようなあんばいなのに、そんな時間のなかのどこに自分がいま立っているのかもうろうろになるのに、短期間でおなじ状態をくりかえすと本当に揺らいでしまう「今・ここ」なのだった……。
 リアル書店でお買いもとめいただければ最高にうれしいのですが、このあいだも書いたけれど、「きみは赤ちゃん」は、育児中で家からめったに出られない人、そして出てもゆっくり本など見てまわる時間のないみなさんにまずは……という気持ちがあるので、ネット販売でこういうことになってしまうと胸がみしみし鳴って、できることなら求めてくれる人みんなに免許もってないから自転車か徒歩ってことになるけど気持ちは宅配したいくらいのじりじりでおります。

 とはいえ、品切れでないネット書店もいくつかありまして、こちらからならば、すぐにお手元に届きますので、どうぞよろしくお願いします。
 hontoネットストアは24時間以内に発送されます。そのほか、紀伊國屋ジュンク堂などなど書店が運営しているWebストアもありますので、どうぞよろしくお願いします。本がお手元に届きますまで、こちらで、ママ友対談をお読みくださいませ。

 そして、先日スーパーでとおりすがりのお母さまに、「忙しいときはさっとちくわをにぎらせればいいのよ……」と耳元でささやき教えてもらったので「それでいこ!」ってな感じでオニ(2歳・息子)に、さっとにぎらせてみたら、2秒くらい凝視したあとぽーいと投げられて玉砕のいかれこれ。ちくわぽーい。

2014.08.08

「婦人画報」「FRaU」、こんなだったか夏

 しかし夏、こんなだったか夏、これまで37回くらい経験してきたはずの夏なのに、まるでこれが初めての夏かと錯覚するほどまっさらな更新をつれてくる夏なのだった。や、何度おなじ季節をかさねようとも、この夏はこれまでの夏とは関係なく、つねに最初の夏なのだけれど、とにかく暑いね、あまりの暑さに目が奥が暗くなる瞬間も、蓋めいた青空、熱せられるアスファルト、燃える緑、いつも少しだけ見える猫、それらのぜんぶたぶん高温、なにもかもが少しずつ、けれど完全に白とびしていて、ああ懐かしの、これは全体としての白痴である。

 発売から2週間目で、2週間近く(!)アマゾンや楽天などで品切れ中で、「これまじでほんまにまじでどれくらいまじ?」っていうのを一日にたぶん瞬きの数とおなじぐらい白目になってつぶやきつづけたわたしだけれど、「きみは赤ちゃん」、昨日やっとこ無事に入荷されまして、胸にも顔にも血色がもどってまいりました。さらにおかげさまなことに、ただいま増刷中でして、ご迷惑おかけしましたが、この機会にぜひお手にとってお読みくださいませ。クレアウェブのほうで募集しておりました「妊娠&出産&育児のお悩み相談」への質問への回答もおわり(たくさんのご応募ありがとうございました)、そちらも近日中にアップされる予定でいます。こちらもまたお知らせしまーす。

 で、「きみは赤ちゃん」についてのインタビューが掲載されておりますので今日はそのお知らせなど。
「婦人画報」は辛酸なめ子さん(誕生日がおなじ!)によるコーナーで久しぶりにお会いした辛酸さんとのひとときはあっというまでもっとおしゃべりしたかった辛酸なめ子さんによる、イラスト&ツーショットもついていますのでぜひともお手にとってお読みくださいませ。ここで雰囲気をばチラ見せ……。

 

「婦人画報」

 

 そして、「FRaU」での連載「伝説のコスメ」(2回目のことお知らせし忘れたけれどランコムのマスカラでした)、今回はクラランスのスリミング……これがもうどれだけすごい超ど級の代物であるかは本文に思いきり書きましたので、どうかご確認くださいませ。これはもう魔法な魔法。妊娠&出産&育児の置き土産っていうか積み残しっていうかの肌のさまざまな残念さがひと塗り&ひともみで生き返るのをわたしは見たよん。

 

kurarannsu写真

2014.08.01

品切れとちくわ

 妊娠&出産経験の有無にかかわらず、そして男性にも女性にも読んでほしいと思っている、『きみは赤ちゃん』なのだけれど、まずは妊娠中の人、そして出産を終えて怒涛の育児生活に突入したみなさんに読んでほしいなという気持ちもあって、そう……ちょっとくらい出かけたいけどわたしが出かけたら家と子どもはどないなるねんどうにもならんやろ的なかた、そして、出られたとしても書店でゆっくり本を眺めたりする時間なんかどこにあるねんそんな時間世界のどこにもあるわけないやろ的なかた……つまり、満身創痍で文字通りギリギリの日々を過ごされているみなさまにとっては、本当に大事なネット販売なのだけれど……Amazonで品切れになってから、はや一週間がたとうとしております。ほいでもって楽天でも品切れがつづいております。

 
「これってどれくらいまじですか」と版元に問い合わせてみたのですが、どうがんばっても入荷は8月7日以降になってしまうみたいで、その返事にあらためて「それってどれくらいまじですか」とたずねても状況が変わるわけでもなく、著者としてはなんとも途方に暮れておりますところで、暮れに暮れきって顔が夜になってるところ。

 
 もちろん現実の書店に行ってくだされば在庫はあるはずなので書店で見つけてくださって入手いただければそれがいちばんありがたいのですけれど、自分の経験から言って、妊娠中はさておき、出産からすぐなんて数ヶ月のあいだって書店にでかける気力もないし、暑すぎるし、この時期の赤ちゃんやお子さんとの外出には何らかの覚悟が必要とされるわけであって、とにかく、体力も気力も著しく低下している真っ最中な、そんなあんばい。でも、夜のちょっとした時間に、スマートフォンのスクロールばっかりじゃなくってさ、指先でぱらりと紙っぽい何かをめくって読んでみたいな昔みたいに……なはんていうよな気持ちになることってすごくあって、そういう気持ちとムードのために、『きみは赤ちゃん』がなによりもかによりも届いてほしいと熱々に思っているのに……ああ、ほんとうにごめんなさいやで。本が入手できるまで、19歳のときからの親友&そしていまはママ友でもあるミガンとの対談を読んでいただければうれしゅう存じます。

 
 しかしすぐに届くネットストアもあって、7NET、ほかにはhontoネットストアなどなど、24時間以内に発送されます。そのほか、書店が運営しているWebストアもありますので、どうぞよろしくお願いします。

 
 ところで今日はスーパーで「流水そうめん」っていうのを発見して絶句&思わずひれ伏したくなって、商品名そのまま流水でさっと洗うだけでそうめんが食べられるなんて知らなかった。それから、ちくわ。ふだん食べないからノーマークだったけど、一瞬隣合わせになったやっぱり2歳ぐらいのお子さんを連れた女性が耳元で「……忙しいときは、さっとちくわを握らせればいいのよ……」と教えてくれて目から鱗。『ちくわのわーさん』とセットでしばらくいけそ。

2014.07.23

歯と、夏のはじまり

歯の定期健診に行ったらば、新たに小さな虫歯があるということで治療。ぜんぶでみっつ。歯は強いほうなのになぜ……と思うも、妊娠期間と産後、カルシウムが面白いほど子どもにとられてしまうわけで、たしかに生んだ直後も、何気に奥歯がぱきんと欠けたりした。もはや、子どもを生むまえの自分や世界というものは存在せず、まったく別の世界の住人になったのだと思い知るしか生きていく方法はないのだけれど、厄介なのは過去の記憶や人間関係や仕事のあれこれも継続してたりするわけで、この二重責務めいたすべてが、子育てのしんどさのエッセンスなのだろうと思う。生んだあと、いったん記憶喪失とかになっていれば色々話は早かったのかもしれない。けれど、それは無理な相談ね。

ともあれ歯医者。
最近は麻酔をするにしても針をさすところをまるめたコットンで麻酔してくれるので、何もひとつも痛くない! ありがたい。こちらのことは何も気にせず、思う存分に徹底的に削って治してくださいと、まるで太平洋みたいな気持ちになる。けれど、ここでも頭をよぎるのは息子(通称オニ、おにぎりのオニで、アクセントは、オの部分)のこと。
あーんと口をあけるとすでに石臼のように立派な歯が生えており、何でも食べるし、親の責任として、日夜、歯磨きをせねばならない。しかしこれが大変に面倒、かつ、しんどくて、相手が子どもであれ何であれ、泣いて厭がる者にたいして何かを無理やりしなければならない、ということは、端的に、ものすごく、心が折れる作業なんである。

歯磨きだけでなく、もはや永遠にイヤイヤ期をさまよう準備ができていそうなオニ。
機嫌の悪いときはすべてを拒絶し、「そんなに、なにが、イヤかー!」と聞くと、「ぜんぜん、ちがーう!」とかわけのわからぬ返しをよこし、それでも人間として健康に生きてゆくために、さまざまな人たちと共存してゆくために、いろいろなこと刷り込んでゆかねばばならない。
でもそれは、生成そのままである子どもにとってはストレス以外の何ものでもなく、薄汚れた大人になってしまったわたしにもその気持ちは想像できるので、そのたびに気持ちがどんどん暗くなるのだ。喉のあたりが「ウッ」となる。できれば、何も教えたりしたくない。けれど、それも無理な相談ね。

しかし。家の、アットホームで甘々な、こちょこちょした歯磨きですらあの絶叫&拒否。もし虫歯ができて、このように仰向けに寝かされて口をあけて治療せねばならなくなった場合、オニはいったいどうなるんだろう。そんな現場につきあうことだけはどうか勘弁してほしい。想像するだけで寝込んでしまいそう。しんどすぎて。一度、レントゲンを撮ったことがあるのだけれど、暴れるオニはずっしり思い鉛でできたような網で固定されて「大漁」みたいな感じになって、親は退場、廊下にまで響き渡るその断末魔の叫びはこちらにとっても軽いトラウマになったほど。
それが……歯医者に連れてゆき、泣き叫ぶオニ寝かせて押さえ、歯を削ったりする……そしてそれを何回も繰り返すことになるのかと思ったらぶるぶると寒気がして、それに比べたら毎日の「ウッ」がなんであろうか……今日もせっせと歯を磨く日々なのだった。先取りすることで何かを回避できていると思いたい、そんな夏のはじまり。そして「歯というのは、どのような力によって生えてくるのか今もってわからないのだ」という説を思いだして、ああ、そういうところ、子どもと似ているな、と思ったり。エネルギーのでどころの不思議。生成の不思議。子どものくちの中にいつのまにか生えてきてひしめく白い歯を見ていると、入れ子感が炸裂して、なんだかそわそわしてしまう。

 

 

そして今日は、都内のいくつかの書店へお邪魔して、『きみは赤ちゃん』のサイン本を作成させていただきました。男性の方からは、
「これを読んだ知り合いが、夫にたいして、本当に腹がたっていたことをあらためて思いだして、家出したんですよ……」とか、
「妻がそんなに大変だったことを、この本読むまで知りませんでした……」とか、
「この数年間、なぜ妻の機嫌が悪いのか、なぜ妻がずっと怒っているのか、初めてわかりました……」とかとか、そんなご感想をいただいて、いやあ、出産&産後の家庭には、ほんとに色々ありますよね。
基本的には、妊娠、出産、育児における具体的なこと(出生前検査とか、無痛分娩のこととか)、女性の体と心の変化について、赤ちゃんという存在のあれこれについて書いた本なんだけれど、夫婦関係の変化や、その対策にかんしてみなさん興味を持ってくれる人も多いみたい。
いっぽう女性の方、とくに出産を経験された方からは、
「当時はうまく言葉にできなかったけれど、妊娠中とか、産後のあの日々って、ほんとにそんな気持ちだった。懐かしい」とか、
「わたしの乳首はタイムマシーンにはならなかったけど、でも似たような感覚、あった」とか、
「とにかく夫に読んでほしい。いまのわたしの気持ちのすべてが書いてある」とか、
「子ども生んでみたくなった。迷ってたけど、やってみるか」とか、
「あらためて、ほんとに子どもがいとしく思える」とか、
そんなご感想をきけたりして、うれしかったです。
そして現在発売中の『LEE』にインタビューが、日曜日の読売新聞にもインタビューが掲載された模様です。そのほかも、追って追って。

そして、19歳のときからの友人、『きみは赤ちゃん』にも登場するヘアメイクのミガンとわたしとの「ママ友対談」が掲載されています!
前編後編を合わせてどうぞ!!
なんか、大阪弁なので「うどんのうーやん」みたいなノリになってるけれど、どうぞよろしくう。

しかし今日は暑かったですね。息をするだけで、瞬きするだけで、何かを無理矢理に飲まされるようなそんな暑さだった。7月でこれ、8月は、どんな。

2014.07.16

赤ちゃんの登場と、この世界からの去りぎわ

 妊娠していたのはもうまるまる二年前のことになるけれど、ときどきぼんやり思いだすことがある。それはわけもなくやってくる安堵感というか、茫洋感というか、そういうような感覚。人によっては妊娠初期からそういうのを感じる人、あるいはまったく感じない人ももちろんいるみたいだけれど、わたしの場合は、臨月のころだった。体やホルモンの変化のせいで、うまく頭が働かなくなって、なにもかもをだんだん束ねられなくなってゆく、あの感じ。思考じたいが、どんどんだるーく、にぶーくなっていってゆく、あの頃の感覚を、ときどき思いだすんですよね。

 子どものころ、おばあちゃんとかおじいちゃん──そう、もう歩くのもゆっくりゆっくりで、話しかけてもこちらの言葉がちゃんと伝わってるかどうかもちょっとわからないような、そんなおばあちゃんやおじいちゃんを見るたびに、みんな、毎日が、こわくないのだろうかといつも不安に思っていた。
 正確な年齢はわからなかったけれど、たぶん85歳とか90歳ぐらいに見えるおばあちゃんたちは、このさき最大に生きたとしても、あと数年も経ってしまえばおそらく死んでしまうわけであって、そしてそのことは本人たちがいちばんよくわかっているはずなのだ。あと数年のあいだ、そんなにさきではないいつかに、必ず自分は死んでしまう。死んでしまうってわかっているのに、なぜ、おばあちゃんたちはそんなことに耐えられるのかが、子どものわたしにはまったく理解できなかった。もし、わたしがあと5年しか生きられないと言われたら? そう言われたら言われたで受け止めるしかないにせよ、でも、あんなふうに毎日を過ごすことってできないような気がする。なんでおばあちゃんたちは、平気なの? そんな、生きているよりも死に近いといえるようなおばあちゃんたちを見ると、いつもいいようのない不安と恐怖に包まれていたのだった。

 で、少しさきにやってくるものに対しての不安と恐怖といえば、妊娠と出産も、もちろんそうだった。
 スヌーピーの横顔かってくらいに巨大にせり出したお腹のこの中身を、あんな小さなところから出さねばならないのだ。出す以外にはもう、道はないのだ。出すしかないのだ。ぜったいに逃れられないのだ。あらためてそう思うと、妊娠してるあいだは ヘイッ! っと頭がどうにかなりそうだったのに、臨月に入ったころから、なんだか急に、何も考えられなくなっている自分に気がついたのだった。

 まるでふかふかのあったかいお布団でできあがったベルトコンベアーにのせられてただ横になっているようなそんな感じ。行き先もまったく気にならない。何かを考えようとしても、はしから思考がほどけてしまう。感情の粒立ちはやさしく均質化されて、すべてはゆるやかにかきすてられて、これまで味わったことのない、多幸感というか、安心感というか、そういう穏やかな繭みたいなものにくるまれたような感じ。
 なんか、脳の具合がそんなふうになっているとしか思えないような感じだった。このあいだまでたしかにあった焦りも、不安も気がつけばなくなって、ただただベッドで干し芋とかをくちゃくちゃ食べて、過ぎてゆく時間をなんとなーく、ただ眺めている日々。ただ、何もせずにそこにいるだけの、ある意味で満ちたりてるっていってもいいような、そんな日々だったのだ。

 で、わたしはそんな茫洋&茫漠とした頭で、なんとなく、ぼんやりと、子どものころにさきに述べたような不安とこわさをもって眺めていたおばあちゃんたちのことを思いだしていた。ああ、おばあちゃんたちも、もしかしたら、こんな感じだったのかもしれないなあ。こんなふうに、なっていたのかもしれないなあ。さきのこととか、こわいとか、自分がどうなるとかそういうこと、もうべつに何も思わなくなっていたのかもしれない。言いようのない穏やかさというか、鈍さというかに包まれて、だからあんなふうに過ごせていたのかもしれないなあ、と。

 もちろん、わたしは85歳にも90歳にもなったことがないので本当のところは知るよしもないけれど、この世界から退場するとき──もちろん事故やら病気やら退場の仕方にも色々あるだろうけれど、しかし少なくとも老衰的な大往生であるならば、そのときにはもう、不安やこわさというのはないのかもしれない、穏やかで、何も考えられなくなっていって、ただ毎日の時間をやり過ごすだけでいいような、そんな存在になるのかもしれない、ああ、だとしたら、これはあんがい大丈夫かもしれんなー、と、なんともいえない安心感を得たのだった。死ぬの、あんがい、いけるかもなと。

 とはいえ、今だってゆるやかに死にむかっているといえばそうにちがいないわけで、しかしなんとか日々発狂せずに生きているわけだから、人はそもそもそういうつくりになっているのかもしれないけれど。こんなような臨月の日々──だけじゃなくて、妊娠&出産&育児の2年のあいだに、心とからだに起こったことのすべては『きみは赤ちゃん』に書いたのだけれども、新たな生というか、人間というか、人生を世界に送りだすきわきわのところ、もはや赤ちゃんの登場のためだけに存在しているような自分が、退場するそのときのことについて、死について、あんなふうに感じてたなあ、などと、ときどきぼーんやり思いだしたりするのだった。だからみんな、場合にもよるけれど、この世界からの去りぎわは、あんまりこわくないかもよ!

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