川上未映子

2018.06.24

異常な常識は変えていきたい

 早稲田大学教授である、渡部直己氏によるセクシャルハラスメント、ならびに大学側によるパワーハラスメントが疑われる複数の記事が発表されました。
 渡部氏の──教える側と教えられる側との非対称性を利用したこのような行為にはいくつものハラスメントが混在しており、また大学側の対応が事実であるのなら、これらは決して許されるものではなく、大きな怒りと失望を感じています。被害を受けられた方の心身のご恢復を、心からお祈りしています。
 この報道を受け、早稲田大学の公式ホームページには、調査機関を設置し、事実確認を進めるとの声明が出されました。複数人のプライバシーに関わる出来事でしょうから、調査にはそれなりの時間を要するかもしれませんが、大学は一日も早い調査結果の報告と見解を示してほしいと思っています。

 

 わたしは文芸誌「早稲田文学」の外部編集委員をしております。編集委員としての仕事は任期中に特集を一冊作ることで、2017年9月、責任編集者として「女性号」を刊行させていただきました。責任編集者であるわたしがすべてを企画して進め、目次を作り、依頼書を書き、82人もの女性の書き手のみなさんにお集まりいただき、大きな反響をちょうだいしました。
 今回の事件そのものと早稲田文学の──とりわけ「女性号」を一年以上かけて一緒に作った現場の編集部員や学生たちの存在は無関係であるという認識でおり、またそれは事実なのですが、しかし今回、セクシャルハラスメント行為をした渡部氏や、口止めをしたとされる教員が「早稲田文学」に関わりをもつ人物であるとの記事が出たことから、今回の事件と「早稲田文学」が関連するものと受けとめる方がいることもじゅうぶんに理解できますし、わたしも動揺を隠せません。
 また、ハラスメントの問題は、フェミニズム全般や「女性号」に特有のものではないのですが、刊行のタイミングや、被害に遭われた方が早稲田大学で文学を学ぶ女性であったことなどから、ここにも事件と「早稲田文学」の関係性を見られる方がいることも理解できます。
 外部編集委員のひとりにすぎないわたしがこのようなことを書くのは筋違いであるとも思うのですが、少なくとも、わたしが責任編集で関わった「女性号」に原稿をお寄せくださった方々、再録を許可してくださった方々、また大きな期待を寄せて購読してくださった方々に不信感を与えることになったかもしれず、そのことを、たいへん残念に思っています。

 

 大学に限らず、また男女を問わず、表現とハラスメントをめぐる問題は根深く、深刻な問題をはらんでいます。わたしがこの仕事をはじめてからの十数年のあいだにも、出版業界におけるハラスメントにまつわるたくさんの出来事を見聞きしてきました。わたし自身、慎重に気をつけてきたつもりでも──ハラスメントがある種の常識としてあり、無知であった社会に育ち、人格を形成してきた以上、すでに内面化している部分はあったはずで、知らないうちにそれらに加担していたこともあったはずです。
 その反省とともに、今後よりいっそう懸念しなければならないと思っているのは、自分があらゆるハラスメントと無縁ではないこと、誰もが当事者たりえることをしっかりと認識し、みんなが自分の意見や異見を表明できる環境を作っていくことだと思います。様々な現場でまかり通っていた「異常な常識」は、具体的なことから変えていかねばなりませんし、変えられるはずだと思っています。創作は必ずしも正しさを追求するものではありませんが、しかしこれらの問題にしっかりと向きあい、考えてゆきたいと思っています。
 そのためにも、今はきちんとした調査結果の報告を待ちたいと思います。

 

川上未映子


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