2009.12.08
年始は、何があっても「シベリア少女鉄道」をぜったいに観ようね
このときがやってきたよ…。やっとだよ…。このブログを読んでくれた人は、もうぜったいにシベリア少女鉄道を観にいこう…。「わたし、100回は観に行く」といいたいところだけれど公演は1月6日から1月17日までなので最高で昼夜合わせて20回しか観れないのが今から泣きたくなるほど残念だ。チケットは残り僅からしいので、知ってる諸氏はむろんのこと知らない諸氏もとにかくチケットを購入してそのまま新宿へでかけてほいで思い切り笑ってびびって笑ってなんというすごいものを観たのだ今夜ってひとり夜道でつぶやいてほしい。ああ、シベリア少女鉄道だ。嘘みたい。嘘じゃない。はやく観たい。演劇の舞台の人間の滑稽の英知のシャイネスの、流通できぬすこぶるハイで贅沢で生粋の怒濤のスペクタクルが舞台の後半あなたを全力で抱きしめることをわたしが声高らかに保証しよう。え、どんな舞台かまったく全然わからん?ああでもね、行けばわかるし行かないと何にもわからないのだよ。要約不可&伝聞不可、舞台でしかできないことが舞台で行なわれているこのまっとうの覚悟と才能とこの意味を思えば、なんか演劇のえらいところは主宰の土屋亮一氏にグッゲンハイム?つうぐらいの巻き巻きの専用の劇場を用意するべき、ほんとーーーーーーにこの日を待っていたんだよ。シベ少観れる日のことを思って、真綿で首をしめられるよな(最近、真綿づいてる)年末なんとかがんばってみせるぜ。よしんば前売りがとれなくても当日券というものがあるからみんなぜったいに諦めないでね!ぜったい観てね。だいすきになるから。舞台ってすごいなって思うから。どうやって作ってどうやって練習してんだろって素朴に疑問に思うから。元気になるから。うしし、わたし何回観れるかな。
投稿:by 未映子 01:04 AM [演劇] | 固定リンク | トラックバック
2007.09.24
新青年、足巻きあげてから疾走
無事大阪から戻り、ってまあ無事はあたりまえであっても、ロヲ=タァル=ヴォガ<新青年>にお越しくださったみなさん、ありがとうございました。わたしの演奏は終わりましたが、来週末にもお芝居は続けてありますので、みなさんぜひとも足を運んでください。ぜひとも!内容とか色々書きたくなることはやまほどあれど、わたしは今回の舞台に出合えて心底よかったっす。呼んでくれてありがとう。大感謝。抜ける灰色の空、海が近く、風が阿呆みたいの吹き抜けて、新青年、新青年、巨大な舞台ゆえに、世界を俯瞰する視点が存在しないという美しい真理が舞台にそのまま。首を横に何度も振ってしまう感動。口が渇いてゆくのを察せない時間の流れ。言葉をもち、肉体をもち、熱を発することが、人間が、目の前で渦巻いてそれをみるこっちとそれらとの境目がなくなってゆく。ぜひ観にいって、ぜひ観にいって。チケットはこちらで!落ち着いたら、レポート書きたいけれど、来週末ぜひ観にいってほしいので大慌てで書いてごめん。舞台の写真、歌唱の写真も、落ち着いたらアップします。
大阪はほんの少しの滞在やったけど、この舞台には北村早樹子ちゃんのほかにも劇中演奏的、役者として、にあふりらんぽのピカチュウも出演しており、このふたつの音楽がべらぼうによかった。あふりらんぽは高校の後輩で、色々を話してるうちに、人なつっこいしゃべり方、かわいらしさ、大阪弁、なはんかオセンチな気分んなって、大阪、潮風、大声、走り回って、色々がもろもろんなって翌朝、空き時間に母校・大阪市立工芸高等学校へふらふらと行く。なつ。なつかしい。色々変わってしまったけれどもなんも変わってへんともいえて、でもって色々写真撮ったのでまたアップしますからよかったら見てね。わたしは普段まったく大阪のなんたることも思わず、大阪、というものに感想をとくに持てぬのだけど、大阪で体を動かすと、歌をうたうと、歩くと、否応なく静かにわかることがある。そのわかることのことを思うと、涙の出る思いである。ピカチュウの怒涛のドラム。ぐるぐるまわって何回もきて、やっぱしほんまのことを見たって、思えるねん。ほんまっていったいなんやねん、わたしの見てるこのこれにぐっとくるこの正体はなんやねんって何回も。そして早樹子の、完成させた貼り絵を黙ってやぶるような声。はりつまって。潜ってゆくような言葉。そして暗闇に光が走るような役者の体。影。新青年、絶叫のがんばれがんばれがんばれがんばれがんばれがんばれがんばれがんばれ、がんばれ、舞台にはエネルギーが静かに炸裂していた。体がある、わたしも、なんとか精一杯がんばろう、つって足を巻き上げることを繰り返し走って帰った。
そして一日目の舞台終わったあとに、未映子さん…と声を掛けてくれはる人が。なんと東京の某出版社の方。一瞬なぜここにここは大阪、と思うも、まさかこのために?というと連休、京都に用があったの足を伸ばして来てくれたのらしくてそれでもびびる。そして深秋に出版予定している単行本にまつわる歓談しばし。
西日本新聞さんにインタビュー掲載してもらったのが届いて読むと(そのほかにも色々もれてます、すみませぬ)、名前の下に(三一)と年令の記述があって、そっか!漢字で急にこられるとわたしは31才なのやな!とあらためて身体にまつわる数字を発見する。ほんまに31才という数字にもなるなんて。こればっかりは生きてみやなわからぬことであります。
明日から家をあけます、ので、家の電話、ファックスが使えません。おまけにメールも。日記もしばらくお休みかなあ。すみません。なのでこのサイトの横んとこにあるところからもメールいただいても読めてないことになりますので、確実なのは携帯電話です。いつでもでれます。お仕事などなどで御用が発生しましたら、誰かに聞いて電話をください。どうぞよろしくお願いします。
やるやるやるやるやるやる、やれやれる。
投稿:by 未映子 11:38 PM [演劇] | 固定リンク | トラックバック
2006.08.19
初日だぞん
初日があけました、いんやー、あけるもんだなあ初日は、今日は長い一日であったな、はじまったばっかの芝居についてきちんと書くことができるはずもなく、とにかく一日目、来てくだすった皆さんありがとうございました、残りは土日月とありますので、ぜひとも観に来てくださいませ、あラッキー、まだ一時前だわ、今日は寝るぞ、明日は七時おきだかんね!いっぱい寝るぞ、寝ることを思ったらば何故にこないにどこぞが気持ちがいいのだろうか、なー、今から寝るのだ、うっしし、色々が倒錯、詩を電車の中で書いたのです、みんなおやすみ、また明日ね。
写真はインターホンの壁部。つぶれたときに修理してもろたんや。腎臓みたい赤と青で臓器やなんて単純なことよ、隣は好きなねこのジョンやよ。
投稿:by 未映子 01:22 AM [未映子情報, 演劇] | 固定リンク | トラックバック
2006.08.12
気がつけば稽古という漢字を練習している、これマジで。
私が役者として参加する、今月18日〜21日、王子小劇場でのお芝居「女中たち」の稽古も佳境、
佳境ってこういう使い方で合っているのか、なんせ自分の役割で出来ないところ、自分で納得できないところ、自分が気持ちの悪いところなどがここへきてどばっと出てきて実はこれは大変なことではないか。
劇子式で上演したときには、も、演技というよりもなんというか趣味と執念だけで乗り切ったようなものだけど、それも楽しいことではあったが、このたびはそれとは勝手がまるで違う。のでここにきてまだ私は実は何もわかってないんじゃないかという不安がひょっと顔を出すので、苦手なシーンは夢にまで出てきて、でも残りの稽古、一生懸命やるのみなのだな。
帰りの電車、主宰の田口さんに色々話をきいてもらう。疑問や、演技について、方法や私の感じる今の違和感など。我ながらうっとうしい。我慢強く聞いてくれる。田口さんという女性は同じ状況に置かれたら私などは即キレて終り解散もうお仕舞いおまえさいなら地獄へ落ちろの困難にも<優しさと気遣い>(←キチガイじゃないよ!きづかいね)で慎重に対応するという私にもっとも足りない素養で以っていろいろな局面をただ歩いてゆくのである。ううむ。この所作、生まれつきであろうか。この種類の優しさ、私にとってのこの夏いちばんの思い出である。
稽古場は色々な役者さんたちがいて、聞きたいことばっかりだ、そんななかで私がいちばん何も出来ていないのがひしひしと五臓六腑でわかるので悲しさまぎれにしつこく稽古の合間最中にもかまわずギャグや小ネタや聞いた話や自虐ネタ、些細なすきまを見つけてはノリ突っ込みを繰り返し、もはやそこにしか私の存在理由がないという認識が出来上がっているんでは…というよな危機感もありながらも皆さん本当によく笑って下すって、そんな笑い声をいっこいっこ集めて今日も私はこうしてなんとか生きているの。っていいながら今日もよく喋ってもうたなあと、私は一応役者としてここへ呼ばれているのだから未映子よ、しっかりやろうぜよと落ち込んで寝る前に反省するんやけど翌日はまた自分の出来なさ加減に亀田パパとやくみつるの攻防の物まねなどを(youtubeでみました)してしまってさ、すると皆さんが必ず笑ってくれるので私はもう…。
劇場入りまであと5日。皆さん、お待ちしております。
私が思うに、説得力ねえよ!とお叱りを受けそうですが今回のお芝居は私のけっこう好きな言葉、「説明するな、考えさせろ」を髣髴とさせるそんな予感。観に来てほしいです。お待ちしてます。
投稿:by 未映子 12:49 PM [演劇] | 固定リンク | トラックバック
2006.07.06
ヤン・ファーブル「主役の男が女であるとき」を観た
そんなわけで私はヤン・ファーブル演出・振り付け・舞台美術「主役の男が女であるとき」を彩の国さいたま芸術劇場まで観にいった。さいたまは遠かった。そして今日の日記もおそらく長いであろうから、舞台とか感想に興味がない人は飛ばしてな。
っていうか日記というものは個人の、他人にとってはどうでもよい、世界に対する感想なのだった。
おじいちゃんが昆虫記の人のヤン・ファーブル。
ファーブルの舞台を観るのは始めてて、この演目は今までたくさん上演されてきててとっても人気があるのらしい。私はオリーブオイルに惹かれて出かけていった。
数十本のオリーブオイルのボトルがぶらさげられて、それが垂れてゆき、最後は舞台はオリーブオイルでびたびたになり、そのうえで両性具有をイメージさせる女性が瞬発力を連打するのだった。素敵じゃないか。
技のパターンが少々少なくてそれが少し物足りないといえばそんな気もするけれど、私の目的はあくまでどこまでもオリーブオイルだったのだから問題はなかった。少しづつ油が垂れて、で少しづつゆるやかにオイルの海になっていくのだろうと思ってたんやけど、舞台の半ばで、ダンサーが突然コルクを抜いてまわって一本分とはあっというま、すぐに出尽くして私の目的の開始はあっけなく一瞬の出来事で終わったのであった。
ダンサーは擬似金玉を踊りに使っていた。
踊りはいちいちキマッていて唸った。
音楽にに急き立てられて、まるで部活のしごきのごとく複数の点から点へ、渾身のちからで逃れてゆく、けっこうながい場面があったのだが、それはどっからどうみても部活のしごきであった。私は部活でしごかれたことはないが、あ、一回だけあるが、あれはつらいよね。素晴らしい意地。漏れる声。
いつも、ぎりぎり間に合うのでそれがよかった。苦しんでいるのがよかった。
ダンサーは最初は服を着ていて、次にズボンと乳首部にガムテープとなり、最後は全裸。股の中身もさらけだしてオリーブひとり大合戦となった。
ライトが油に美しく、体に美しく、髪に美しく、それはしたたかであった。
うっとりさせない美しさ。固い固い美しさであった。観ていてあれがもしサラダ油でもあんなに美しいのだろうかと思った。どうなのか。バターではどうか。家でもし油の中で踊りたくなってあんなことをやったら何で掃除をすればいいのだろう。検討もつかん。
舞台は次第に普段つかっているフライパンに見えてきた。
コンロのうえで具材が炒められているように今、人間が炒められているのだ、というように思ってみた。
フライパンび鈍さに対して人間はあまりにも緻密に設計されているように思えた。人間は食べる部分があんまり少ないような気がした。普段私は海老なども炒めますが、しかし海老も緻密っちゃ緻密なのだったがしかし美味しい。
もし手のひらにのるサイズとして、そして食材として人間の形態があるなら、何十人かまとめて鍋のなかにぶちこんでダシをとるくらいしか調理方法はないように思える。
8年くらい食べてないが、ポップコーンを炒めて弾けたる瞬間のコーンを見るときにも、人間を思い出してしまう。
韓国の女優さんだったがそれがよくて、韓国の人の無言のパフォーマンスというのはこちらをとても不安にさせる要素とすべてを捧げたくなってしまうような神秘がある。
日本人がやったのであれば今日感じた精神性の顔が違ったように思える。よくも悪くもあそこまでの意地は出なかったであろう。欧米人でもそれは同じのような気がする。
韓国人の体や感情の叫びは私にとって「共感」と「驚嘆」のいつも、あいだ。そこに言葉がなければないほどそれは際立ってゆく。
観客は、わて、踊れまっせ。という体つきの人がたくさんいてた。ロマンチカの横町慶子さんに会った。横町さんの体は華奢で、私は自分が実は南海キャンディースのしずちゃんであるのだと思えた。帰り駅までの長い道を駅の方角がわからずみんなに付いていけば駅に辿り着くだろうと思って歩いてたら団体はふた手に分かれるのであって、えっ、えっ、と思ってたらひとつは駅へ向かい、もうひとつは焼肉<安楽亭>に向かっているのだった。このまま焼肉行ったるかと思ったが、なんかさみしかったので帰った。

















「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」
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「薔薇は生きてる」山川弥千枝
「道徳は復讐である~ニーチェのルサンチマンの哲学~」永井均
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アスペクト
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<文学2007>
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