2004.09.15
純粋悲性批判
未映子、公式お日記、
ビクター公式サイト「ブラックうさぎ」で展開して参りましたわたくしの日記、
場を変え読みやすく、入りやすく、本日よりなんとかブログで参ります。
純粋悲性批判。
ああ、人生とは、悲しみの認識批判。わたしにだけ有効の。
悲しいと思い感じる時、それは世界のものか、こちらのものか。
諸事象の認識が可能である、このおかしな現実とはなにか。
例えば、悲しみ。
そも世界にある「悲しみ」を我々の意識が感じ取るのであれば、
なんでそんなやっかいなつくりが。
純粋悲性は可能か否か。どうなんですか。
観念を思い抱くこの≪仕方≫を説明しようとするとき、
ぴったり当てはまるどんな言葉も見当たらないので、
心のこの作用を完全にわからせようと思えば、各人の≪感じ≫に訴えるよりほかはない
ヒュームのこの物云い。(<人生論>世界の名著 ロック・ヒューム/中央公論社)
感じ。感じ。記憶も感想も文学も味覚も戦争も科学も哲学も生き死にも所詮この世は、
誤解を恐れずに云うと、それぞれの「感じ」以上であるとは、わたしにだって、思えない。
ヒュームの云うように、わたしは自然の流れに身をまかせ、感覚機能にも知性にも従順であってよいのである。
ということで翻り、ああ、人生とは、悲しみの認識批判。わたしにだけ、有効の。
囚われちゃって、恥ずかしい。
最近は何だった。なんもなかった。
熱気の中恨めしく歩いたりした。もうもうに暑い日中を。
恨めしくだって。趣味が悪い。けれども四角の石が連なって東京の道は殆ど伸びているので惨めになり、足の裏と、石畳を隔てる薄いなんかの一枚は、燃える様で不憫、連なる四角は、力ないわたしをどんどん前方へ前方へ誘導するのであって、足はわたしの了解を得ずにどんどんどんどん誘導されて、出して後ろ出して後ろのリズムを生んで。
わたしは傍から見れば、単に歩いているのである。
惨めな炎天下の東京のどっか、正しくはわたしの体は役立たずの頭陀袋、鈍い荷物である。
何かによって、見えざる倦怠の意識によって、両足の裏はどんどんどんどんと運ばれてゆく。前へ前へ、次いでわたしの脳もついてゆく。わたしはベルトコンベヤを思い出す。なま暖かい、間違った方法によって葬り去られた恐竜の、固くなりつつある舌のような。中学生の夏と冬はまるまる工場でアルバイトをしていた。夏には暖房、冬には冷房を朝から晩まで組み立てた。ハンダゴテを使って青い線をくっつけたりした。とろりとした水銀が指についた感触。わたしはお金が欲しかったの。お小遣いをもらった確かな記憶がない。そもそもお小遣いという概念がない家だった。財布はひとつ、皆生きるのが必死であった。幼い頃、小学校に上がる前からわたしは一刻もはやく大人になりたかった。いや、このぶんでは姉弟揃って大人になることなど無理だろうとも思っていた。けれども少しづつ身体は大きくなり、働くことが出来るようになった。貰ったお給料でお盆をしてそれでみんなで美味しいものを食べたのだ。最高に美味しかった。みんなが笑ってみんなが喜んだ。わたしはほんとに嬉しかった。肉体も感情も忙しい中学生の夏と冬。休憩中にはたと失恋したことも思い出す。電話で。ジンジャージンジャー蝉が狂ったように鳴きすぎて地面は白く光り、わたしの耳内部はかえっていつもいつも静かだった。工場にはクレバヤシさんという意地悪なソバージュヘアのおばさんがいた。その後何度か川べりやスーパーなどで見かけたけれど、別に嫌いじゃなかったな。いつの間にわたしなんでか28歳、いったいこれは何の数字。
東京の街並みになんでか今ベルトコンベヤが見える。道に沿ってベルトコンベヤが伸びている。死んだ恐竜の舌。果てのほうは右にゆるやかに折れてゆくのが見える。ゆるく回転し続けて、低く痺れるモーター音が悲しい思い出を話す男の声に聴こえてくるので憂鬱。おでこな、暑い。からだ、寒いわ。毛布がほしいわ。ベルトコンベヤ、休憩中も動いて見えた。コーヒーは飲めやんのに工場の飲み物はコーヒーしかなくて困った。
ねえ、あの夏、あの冬、ベルトコンベヤには何が乗っていたんだっけか。
いつもいつもベルトコンベヤは何を運んでいたんだっけ。
名もなき人々は作業し、ベルトコンベヤは絶えず回転していた。
荷物はいつも、誰が乗せたんだっけ。荷物はいつも、何処へ運ばれていったんだっけ。
それで、あの夏、わたしは無言で、泣きそうな気持ちでいつも、
何を、一生懸命に、独りで組み立てていたんだっけ。
わたしは進み、歩き、足は命令よりも速くリズム、そうすれば熱され発狂寸前のコンクリートがわたしに息も絶え絶えに話しかけるので、わたしはもう、ごめんなと泣きたいような気持ちになって、ああもう。ああもう。ほんとにもう。返す言葉がないのです。わたしはここで、健康な肉体を持ち、何をやっているのですか。
わたしは熱いコンクリートを抱きかかえベルトコンベヤに乗せて、
わたしは熱いコンクリートを抱きかかえベルトコンベヤに乗せて、
いま、東京のベルトコンベヤはコンクリートを乗せて流れるのだから、
いま、東京のベルトコンベヤはコンクリートを乗せていよいよあのカーブを曲がるのですから、わたしはいよいよコンクリートに手を振らなければならないのですが、
どうにもこうにも悲しいのだから、なかなかこの手が振れないのです。
いま、流されてゆくコンクリートに手を振れば、わたしは得体の知れないものから解放されるかもしれない、けれども、わたしは生きる理由のようなものを失ってしまうのかもしれない。わたしはそれが怖い。
コンクリートは物言わぬ我慢強い奴隷のように見えるのです。
コンクリートは、過去に点在し続ける、わたしです。
わたしがあの循環から一抜け、
運良く健康に大人になってたくさん眠りよく食べ笑ったりしてしまったせいで、その代わりに今もまだコンクリートは炎天下、不当に虐げられ続けているような気持ちになる。
あの京阪沿線の小さな工場で、この暑い夏のどこか、中学生のわたしは今もまだベルトコンベヤの前に座り、うつむき加減に作業しているんではないか。こうして大人になったわたしを永遠に知らずに、彼女は永遠にベルトコンベヤの前で諦めながら、水銀を指に垂らしているのではないか。振り返れば無数のわたしが点在し、楽になったのはこのわたしだけだというこの罪悪。
わたしがそう感じるのだから、それは世界にとっての事実です。
世界は、いつだって平等に、ついぞ確かめようがないのです。
ああ、人生とは、あらゆる悲しみの認識批判。
一切は、如何にして可能なりしや、と問うべくもなく、
なんでか可能なんだから、
つべこべ云わず、なんでか精一杯生きればいいのですよ、わたし。
そんなこと、わたしが決めることでも、なんでもない。
投稿:by 未映子 02:38 AM [日記・コラム・つぶやき, 純粋悲性批判について] | 固定リンク | トラックバック

















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