2010.03.24

対話集「六つの星星」刊行されました&近況なぞ

すっかり春で、ゆうべはどうなるのかというほどの風が吹いていて眠りながら驚いていた、街も木も生活用品も耐えてるの、それともそんなの関係ないの、などなど思いながら世界どうおときいてみても返事なしで、朝がくれば無風地帯でまるで海の静かな濃紺で、しかし薄暮のいまはまた風が立ち上がってきています。伝統的な春の強風世界、たまらなくコカコーラを飲みたくなるときがあって、でも飲まなくて、しかし飲むと胸がくるしいんだよねを思い出してグレープフルーツジュースなどを飲んでごまかしたりしてベッド、

先日は芸術選奨の授賞式へでかけ、さすがお役所すべてがオンタイムですすんでいくのが気持ちよく、この融通のつかないものさし感、きらいじゃなくてどちらかというとだいすきだ、いいねいいね、写真で受賞した津田直さんがなんとわたしの高校時代からの友人のいとこであって驚いてたのしいひとときを過ごしたのだった、Hosihosiそして刊行されるのは『六つの星星』(むっつのほしほし、と読んでください)という名の対話集、お相手は斎藤環さん(とは語りおろし)、福岡伸一さん松浦理英子さん多和田葉子さん穂村弘さん永井均さん。タイトルにかんしてはあとがきに書いていますので、よかったらぜひお手におとりくださいませ。しかしそれぞれの対談から数年経っていたりして自分の発言や考えかたは現在のそれと変わっているところも多くてまるで他人の物言いを読むようでそういうのは少しだけ面白い、洗面器にうかぶ泡のよう泡のよう白い意識のない垢のよう垢のよう、

最近は春のせいか人生のせいか、構造的にエネルギーがなくて困っちゃうからやられちゃう、犬の絵を描いてみたりして、日記とか書かなかったりして、アイロンのスチームでのびてゆく皺すごいなってじっと見る、風船のノートのかわいらしさ&24時間だったのかあ、秋には書き下ろしと詩集をい出す予定でいます、そいでもって随筆集2冊がでます予定でいます、しかし予定、されど予定、ときどきぞっとする&ぞっとしない

投稿:by 未映子 12:26 AM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2010.01.10

またもや本棚、Hanakoの再会、読書委員、そして寂聴さんに会いに行く

Hanako20100128そして今日はお知らせをいくつか、年末で休刊となったハナコウエストの連載をハナコさんで継続することになりました(もうはじまってる)、改めましてタイトルは「りぼんにお願い」略して「りぼ願」、世界クッキーでもお世話になった東ちなつさんのキュートで鮮やかな女の子の顔も毎回必見であります、なんと今回からは隔週なのでもろもろが迫りくるけどがんばります。
昨年からの連載は今年もすべていちおう継続の予定であります。おめかしの引力もまさかの3年目、色々なのが3年目、そして、今年から2年間、読売新聞の読書委員を務めることになりました。1月10日付の朝刊からです。噂にきくけっこうな激務、そんなの無理だよ……と思えることでもやってみればやるしかないのでどうぞよろしくお願いします。

青山ブックセンター六本木店で「川上未映子の本棚」がはじまっています。
近くにいらっしゃいましたらぜひお立ち寄りくださいませ&お手にとってくださいませ。青山ブックセンターのサイトに2枚写真が載っていますが、下の段になぜかわたしのセレクトとではない写真があっておそらく「こんな感じだよん」ということなのでありましょう、見たことない表紙が並んで見えたために一瞬、無意識なあれで知らぬ間にセレクトしたのかしらんと色めきましたがそういうことはなかったみたい、あれこれセレクトいたしまして全部にコメントをつけました、こちらもまたどうぞよろしくお願いします、好きな本が知らないまだ読んでない誰かに届くのはそれがなぜなのかは措いておいてもやはりたしかに興奮するなあ。でも品切れになってて、紹介できない本もいくつかあったのでそれもあわせてまたここでコメントとともに紹介できたらいいな。


Gunzou2010027日発売の「群像」瀬戸内寂聴さんとの対談が掲載されます。去年ヴォーグのウーマンオブザイヤーでご一緒したことがあったのだけれどこのたびヘヴンを読んでくださり、感想をいただいたことから改めてのうれしい出合いが実現いたしました、おそらく寂庵で話したことの半分が載っていない(載せられない)のだろうけれども、べらぼうに楽しいひとときを過ごさせていただきました。寂聴さんにとっての、あるいはその時代にとっての文学のありよう、翻ってわたしのとっての、あるいは現在にとってのそれ、そこには当然ながら大きな相違とおそらくは更新があり、同時に変わることができない質もあきらかになるのだけれど、ふだんは触れることのできないそれこそ「物語」に触れることができて総じて様々を考えさせられる貴重な体験でありました。そのほかにも「わたしが死んだらなにしゃべってもいいわよ」ということなので、しかし寂聴さんはご存じのとおりお元気というか、もうすぐで90歳とは到底思えないいほどつやつや&快活明晰、記憶力すさまじく淀みは皆無、驚きとともにわたしは部屋に入って話し始めたその最初から寂聴さんの歯が気になっていて「全部ご自分の歯でらっしゃいますか」と伺うと「そうよ!虫歯知らずなの!」とのことだったのでやはりイン歯ー、あらゆる根幹にとってやはり歯は大事なのだよね。ということで、どうぞよろしくお願いします。

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2009.12.26

年末のご挨拶なぞ-!

このようにしてあっという間に一年が終わるのだけれどしかし生きてる限りは油断はならないものだから、何てことない顔しつつ新たな年は明けるのでいったいなにがどうなるというのだろう、とくに相変わらずの毎日がつづくとそういうわけであるけれど、やあやあ明るい気持ちでがんばろう、わたしもがんばる、あなたもがんばる、なんとかなんとか、とても冬だね、冬だよ。

今年の前半は制作にかかりぱなしで、後半は作品についてあれこれお話をさせていただく機会をたくさんいただきました、本当にみなさんありがとう、「ヘヴン」も本当にたくさんの人に読んでもらえて感無量、「世界クッキー」も無事に出たし、「そらすこん」も初めましての文庫になってうれし、今年みなさんにいただいたエネルギーを引き継ぎあるいは小出しにあるいは思いだして来年もがんばるがんばれそう、感謝しております、深いところで深く深く。

Inpocket0912そして今年最後の告知になりますもただ今発売の「IN☆POCKET」に、10月に青山ブックセンターで行われた永井均さんとの対談が収録されています、ヘヴンについてのたっぷりとした語り合いがつまっています、永井均さんとならではの話がたくさんできたと思いますので、ご興味もたれましたらばぜひに、とかいいながら、年内にもう一回くらいは更新しそうではありますが、12月というのはいいね、みなさんお風邪などお召しになりませんように、あたたかいものを飲んで、少しだけでもうれしいことを重ねて、なにとぞ。

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2009.12.02

もはや冬だね、冬が見えます、なのでユリイカに詩「冬の扉」を寄稿しました

Eureka0912 私のホーム、マイホーム、愛しの青土社発行の「ユリイカ」特集はタタタタランティーノ。いいね。詩を発表するのはほぼ一年ぶりという事実にちょう驚き(ちょう、というのもどうかと思うが、ま、2009年いっぱいはいいでしょう……)、そんな時間が経っていたなんて、去年から今年にかけて小説を書いていたせいか到底信じられないけれど、たぶん、きっと、経ったのだ。早いとか遅いとかあっという間とかなんだとか、時間そのものがまるで30センチのものさしのごとく時計のような顔した客観事物としてあって、そこに個々の主観が合わせられてさらにそこに生まれる差異をどうのこうのとわたし、ずっと独り言めくめく言ってる感じがするけれど、ほんとに客観時間なんてあるのかねえ。あるってことにしたんだろうけどそのじつ、ほんとはないのかも。どうでしょう。というよなとりとめのない雑感はこのたびの詩とあまり関係ない──、と思ったらそうでもないよな、そうでもあるよな。小説も随筆もいいけど詩もよみたいぜとおっしゃってくれるうれしい読者もいるので、書けてよかった、よかったらぜひに「冬の扉」、お読みくださいませ。

 ほいでもって紀伊國屋書店全店員が選ぶ今年いちばん読んでほしい本、紀伊國屋ベスト「キノベス」第1位に「ヘヴン」が選ばれました。9月にもダ・ヴィンチさんでプラチナ本に選ばれたりと、ヘヴンは読んでくださったかたの情熱を受けて大きく育っています。そしてきたる2010年度も、書店で「ヘヴン」を見掛けられましたら「お、読まれてこいよ」と暖かく見守っていただけますよう、なにとぞお願い申し上げます。本当にありがとうございました。キノベスさんのサイトに寄稿しましたので、よかったらお読み下さいませ。
 初の文庫化「そらすこん」も最新エッセー「世界クッキー」も、大変に好評いただいてうれしい限りであります。みなさん本当にありがとう。サイン会で直接いただいたお手紙や、版元に届く手紙やメッセージ、大事に読んで大切に保管しています。わあと思うほどの量が届いてるので、せっかくだから時間ができたらその小山を写真にとって届いて&読んでますってとこ、みんなに見てもらいたいなと思っているのだけれども、怒濤の年末進行が真綿のごとく……。

 それからたまにはブログに日記を書いてヨ、というご意見をサインのときにちょうだいしたので「ヨリモで書いてるのですよ週に1回」と言うとヨリモの存在を知らない人がけっこういたので焦ったよ。わたしはこの春から現在、ヨリモで「発光地帯」というけっこう静かな日記を週に1回更新しています。こちらで読むには登録が必要で、一度にひとつ、しかもリアルタイム的にしか読めないので何かとご苦労もあると思われますが、もしよかったらばぜひよしなに。お願いします。
Kojin201001 それでもって12月5日から毎週土曜日、計4回、朝日新聞Beで「作家の口福」というコーナーに随筆を寄稿します。そしていま発売の「一個人」でインタビューの掲載です。

 というわけで12月。2009年という区切りを認めるのならばこの12月にも意味はある。というわけで熱を出したり関節などを痛めたりしないようにがんばろう。
 冬をエンジョイ、というと個人的にはもうこたつ以外に道具も情熱も見あたらないけれど、そういや世間的にはクリスマスとかあるらしいじゃん!告白とかがんばろう(告白はバレンタインだったね)。ショッピングとか楽しもう(ラッピングとかしてもらおう)。失敗だってどんどんしよう。冬のみならず、わたしなぞ1日に一度は失敗してるけど失敗が多いと何かひとつでもうまくいったとき、とてもうれしい気持ちになるよ。それではアデュー、よい12月をよい冬の真ん中を!日記はヨリモでやってます!そして携帯電話が破損して、もはやまっ黒、着信のみの道具となれはて、メールも受信できませんし、とにかく画面がまっ黒になっちゃって記憶していない電話番号はすべて失われました。そしてこのことじたいを誰にも連絡できないから、一縷の望みを託してここに書きます。関係者諸氏、ゆるされよ。しばらく応答できないです。 でも電話がないというのもまあこれはこれでいいものですねえ。

投稿:by 未映子 01:11 AM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2009.07.14

夏のさきっちょ、お知らせなど

暑い毎日ですね。わたしは帰阪しておりました。風が吹かない土地であったことを思い知りました。子どもは元気だということも思い知りました。それからたくさんのかたが情熱大陸を見てくださったみたいで(わたしは大阪の家族と見ました)、「ヘヴン」を寄稿した「群像」が手に入らないみたいですみません。なんだか売れ切れ状態といううれしい状況でありまして、本当にありがとうございます。またヨリモに書きとうございます。

そして「ヘヴン」の単行本は9月1日に発売が決定しましたので、どうかよろしくお願いします。
好きな9月です。しかも1日、奇数でいいね。

それで、以前このブログからメールアドレスをなくしてしまったので、今はもう在籍していないビクターさんや「乳と卵」を出してもらった文春さんや、そのほかのところにご依頼や問い合わせがあるみたいなのですが、基本的に問い合わせはそのときどき該当する本を出版する版元さんが仕切ってやってくださるのが通例でありますようで、こちらをお読みくださりなおかつ問い合わせを希望されるかたは、講談社さんにご連絡いただければと思います。どうぞよろしくお願いします。

みなさんよい夏を!

投稿:by 未映子 10:56 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2009.07.05

長編小説「ヘヴン」を発表しました&情熱大陸&写真や服飾その他など

雨がまだ残っていますがもうすっかりと夏ですね。
7月はいい響きだけれども文字通り期限つき、予定通りにことがすすめば来月は迫り来る8月だ。この偶数の鈍!
日曜日はよく歩き、なったこともないのに足が棒になるという言葉によってほんとにいっしゅん棒になる。
7月は大阪に帰って甥っ子とプールに出かけよう、泳げないところを見せてやろう、近くにプールなんてあったのかな、なければ遠くに出かけよう、でもそのまえにプール開きに間に合わないような気がいまとてもした。


Gunzou200908「群像」8月号に長編小説「ヘヴン」を発表しました!>
すごく長かったけれど、どうなることかと思ったけれど、やっと発表できました。よかった。まじよかった。
どうか読んでやってくださいまし。

「装苑」8月号「装苑」8月号に大森仔佑子×川上未映子>
詩集「先端で~」を、いつまでも夢を見させてくれる素晴らしい服飾家の大森さんと装苑のみなさんが素敵なビジュアルに再現してくださいました。うっとりして悲しくなってもやはりきらきらしてるのだった。大森さんの服、着なくても見てるだけですきだなあ。

Frau200908「FRaU」8月号に篠山紀信×川上未映子>
紀信さんの展覧会のために写真を撮りました。半年間、端から見てもわたしがあまりに現実逃避に過ぎていたらしくテーマは「遁走」らしいです。展覧会では別の写真を展示して、掲載のぶんはたぶん使われない写真だろうと思われます。そういえばこの日は雨つづきのなかにもつかの間晴れて気持ちのよい午後だったナ。紀信さんは写真がうまいネ!と会ったときいつも言ってしまう。


<「情熱大陸」7月12日23:00放送>
ディレクターは大島新さん。長編執筆期間を追っていただきましたが、誰もが2、3ヶ月で終わると思ったけれどそんなことなかったね!年内からけっきょくまさかの半年越え、7ヶ月かかってしまいました。私もそんなにかかると思っていなかったからみんなはきっともっとそうで、ごめんだった。しかしやっぱり執筆という作業じたいはどうやっても映らないから、撮影するされる双方にとって色々と難しい面が多く、心配とご迷惑をおかけしました。さてこの7ヶ月のいったい何が映っているのでしょうか。わたしにもさっぱりわかりませんが、言葉とそれ以外のものの行き来、映画からひきつづき、とても勉強になりました。やってみないとわからないことばっかりだね。このあたりの詳しい感想とかはまた機会があればヨリモで書きたいナ、と思っています。金沢21世紀美術館のことも少しヨリモに書きました。

2009年のだいたい折りめでだいたいまんなかの7月の中央あたりでみなさん夏をぜひに謳歌してくださいな。わたしはとりあえず部屋をかたづけようと思います。シーユー!命あらばまた他日。

投稿:by 未映子 11:57 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2009.06.01

新潮7月号に「すばらしい骨格の持ち主は」を寄稿しました

Sincyou200907太宰治イヤーということで、新潮さんで特集です。ということで、わたしの人間失格、といったいわゆるトリビュート的なご依頼で短編を書きました。
でも実は太宰治は関係なくても、ちょっとまえから書きたいと思ってた内容だったので、偶然ぴったしで、よかったです。
いずれにせよひさしぶりの短編だったので頭の中身も変化して、とても愉しかったです。50枚弱くらいです。どうぞお読みくださいませ。

しかし太宰治、毎年なんか、ありますよね。そんなことないでしょうか。どうなんでしょうか。
東奥日報さんにも、太宰治についての随筆を2回連載します。六月上旬、桜桃忌あたりの発行の予定です。

一週間前、色々なことにあまりにくじけてしまいそうだったので、なにか見目に愉しいことを追加しようとこのあいだなんとネイルサロンに行ってきました。
写真はわかりにくいけれど、りぼんとハートをつけてもらいました。キーボードに邪魔にならないように短い爪のまま、カルジェルというのをしてもらった。うおー。
ネイルサロンに行くなんて、みんな身だしなみとして常識かもしれないけれど、わたしはそんなことなくてどきどきしてうれしかったよ。
(隣の人がすごく慣れた感じで専門用語でつんつんあれこれと注文していて鮮やかだった。思わずドラちゃんみたいに『あざやか!』と言ってしまいそうになったよ)

爪、けっこう持つみたいなんだけれど、せっかくなので友だちにこんなふうにしてもらったと見せたいなと思ったけれど、
近所に住んでるヘアメイクのミガンも忙しいしわたしも家から出る予定がありません。
けっきょく誰にも会わずに終わりそう。なので記念に撮ってみたよ。


Nail

投稿:by 未映子 09:22 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2009.04.28

週刊新潮の連載がはじまっちゃった

週刊新潮週刊新潮で随筆の連載「オモロマンティック・ボム!」がはじまりました(まだ見てないんだけど)
イラストは多田玲子さんです

タイトルは色々悩んだんですけれどぐっとくるのを思いつかず、最後には「黄金のまっこうくじら」とか「雲母だいすき」とか「メルヘン山脈」とか、そういうのしか出でこなくなり、それでもくすくすごろごろと笑うような体たらく、でもだんだん「メルヘン山脈」いんじゃないの?とか思いはじめて「オモロマンティック・ボム!」のどっちにしようかと編集者に相談したら、無言で後者に決まったとそういうわけです

メルヘンが山脈のようにつらなって……ってけっこうメルヘンだと思うんだけれどな
こうなったら長編が終わったら短編書くよメルヘン山脈、ああ

決まったあとに悪ノリして
「あ、ちょっと待って、やっぱちょっと変えてですね、『オモロマンティックが止まらない』とかどうですかね?」とか言っちゃって黙殺されたよ

すべて含めてもろもろがもう何がどうなるのかわたしにもまったく見当もつきませんが略してオモロマ、どうぞよろしく
今後ともお願いいたします

そしてネットの一部では、なぜかゲラにもなっていない対談集発売の情報が出ているらしいのですが、
これは何かの手違いでありまして、すみませんが、まだ全然出ません
すでに予約をしてくださったみなさまにおかれましてはお詫び申し上げます
でも年内には、がんばります 
いろいろ後がつかえてきました だうなるのだらうなあ

しかし週刊というのはすごいスピード
何週分かを溜めなくちゃならないのでもうすぐ山口県、中原中也賞の受賞式に行くんだよ
仕事はやってもやっても終わらない、歯医者にも行きたい、昨日は風がすごかったね、強風世界だったのだ、お風呂に入りたいよ、神様わたしにお手紙以外の手書きの能力をくださいな、キーボードにすっごく慣れちゃった春も五時

投稿:by 未映子 12:35 AM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2009.03.27

ユリイカで中也賞の諸々が読めます

Eureka0904ユリイカ今月号はRPGゲームの特集ですが、中原中也賞の発表号でもあります。各選考委員の選評と、凱旋!掲載になる「先端で、さすわさされるわそらええわ」と、受賞のことばもお読みいただけますので、ぜひお手にとってくださいませ。よろしくお願いいたします。

「先端で~」は2007年の暮れに刊行したのですが、そのすぐ後の芥川賞でなんやもうもうと忙しくなり、そうこうして一年を経過した今、この受賞を機にまた色々なところで取り上げていただいているみたいで、ありがとうございます。詩集がひとまわり太って帰ってきたような感もあります。ふだん詩集や現代詩に先入観や、いや、先入観などもつまでもなくお手にとらないみなさんにも、知ってもらえるということは、まずはきっとうれしいことだと思いますので、これはたぶんにうれしいことだと思います。
そして「先端で~、」はどうやらまだまだ伸びる余地をもち、とてもおもしろがってくれる方々からのジャンルを問わないお誘いなんかも色々あって、夏ぐらいからまた新しい展開を見せるようでもあります……。写真、服飾、はたまた映像……、まだまったくわからないのですけれど駆ける駆けるを愉しみにしていてください。

取材も色々。掲載日を見逃すこと多々あって告知できないことばっかりだけれど、朝日新聞さんのはネットで読めます。ココ

ああ春だ、やれ春だっていうんだけれど体がこれには馴染まないし慣れるどころか年を重ねるごとにひどくなってゆくので困る困る、陰鬱これは春の陰鬱で、憂鬱じゃ、もはやないところがあれなのか、みなさん春はどんな具合? しかし今日は寒かったね、家から一歩も出ないでもわかるのな。建物が冷え、窓が冷え、本が冷え、それから耳のいちばんはしっこが冷えるのな。

ヨリモもしんしんと月曜日に更新されていますので、どうぞお読みいただければうれしいです。発光地帯。なんというか発光とはいえ編まれたときに、明るい明るさのない随筆にしたいなあ、とぼんやりと思っているのです。

投稿:by 未映子 11:54 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2009.01.07

一月がゴーンでがーん

震えております。
毎日思うけれども、
午前中に起きてメールの返事書いて仕事して資料読んでご飯たべてお風呂はいったらもう夜のしっぽがつかめない!うひー!
毎日思うけれども(2回目!)こんなことではあっという間に人生が終わってしまうよ!

太宰治の鼎談がアップされています。
すごくたくさんお話して、掲載されたのはほんの一部だったけれども、
対談とか鼎談が圧縮されてさらに文字になったのを読むときに、当たり前だけれどぜったい自分は編集者の仕事はできないぜ……と小説のやりとりをしていても思うけれど、このときにもまた、思ってしまう。去年はたくさん対談をさせていただいたけれど、同じこと喋ってるのに語尾や運びのふるまいで文芸誌によっては(編集者によっては)人格まで変わっちゃうようなのもあって、それが面白かったりするのだな。創作も含めた再現能力にいつもわあ!と思ってしまう。とても感謝。

Gendaisit0901現代詩手帖「旅行熱」を発表しました。詩の角度、詩のエンジン、詩のうるう年、詩のいっぱいが詰めこまってます。
「旅行熱」は短いものですが、じつは「旅行熱、手紙熱、おしり熱」という、このあいだ書いてまだ発表していない長い詩、あるいは短編のなかの一部でもあるのだけど、
いつか併せてずらりと読んでいただけるように、がんばります。たくさんの熱の話、今回は、旅におけるの。

これも予定ですが、1月10日読売新聞夕刊にコラムを書きましたので、
予定では載る予定です。朝日新聞のおめかしの引力も、がんばっております…(もう一年かあ)。


そして、たーくさんの明けましておめでとうのメッセージを、心から、ありがとうございました。
うれしかったっす。年賀状も、ありがとう。返事が追いつかないけれど、
今年もなにとぞ、おつきあいくださいませ。よろしくお願い申し上げます。


1月5日 太宰治生誕100年:新春座談会/上
1月6日 太宰治生誕100年:新春座談会/下

投稿:by 未映子 11:17 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2008.12.26

わあ!2008→2009 

現在発売中の週刊文春の復刊特集で、わたしは「薔薇は生きてる」を紹介しています。
ぜひぜひお手にとってお読みくださいませ。ちょっと後ろのほうの特集やよ!

しかし数日前はまるで春の夜のようなぬくさと不穏に体がうかされたもので、
しかし今日はまた少し寒いのであってこんなんことではまるで何もかもが生きているようではありませんか。
このあいだトイレのカレンダーをじっと見てたら、えー。なんでここんとこの1日が赤くなって…、
なんの休日であるかを一瞬喪失…、しかしそれはきたる2009年の元旦なのであってはっとして最近はどうもね。
しかし正月は言われてみるとしゅっとしていていいじゃない。食べたいものって何もない。行きたいとこってどこもない。
このようにして生きて、かつこのような運動の渦中にあればなおさら社会にも個人にも色々なことが起きますが、
あまり気落ちせぬよう、やれやれみなぎってやり過ごして行きましょう。
しかし奇数が目につくのはうれしいなあ。2008より目が喜ぶのは2009。

告知が間に合うかわからない&大きな事件があれば掲載は見合わせがあるかもしれないけれど、
1月4日、5日(やと思うのやけど…)の毎日新聞の太宰治鼎談に参加しました。
掲載後はネットでも読めるようになると思うのだけど、リアルタイムでもしよかったら。

とまれ、
みなさま素敵なお年をおむかえくださいな-。
2009年もどうぞよろしくお願いいたします。


1月5日 太宰治生誕100年:新春座談会/上
1月6日 太宰治生誕100年:新春座談会/下

投稿:by 未映子 11:18 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2008.12.18

これが12月

Wasebun2早稲田文学2号が発売されました。
今回も何というか盛りだくさんで読みどころすぎな一冊です。
そしてdvdが付録でついておりまして、
「朗読 戦争花嫁」が収録されております。
これは去る7月の早稲田大学で行われた表象文化学会のものです。
演奏は坂本弘道(チェロ)、清水一登(ピアノ)、山本達久(ドラム)によります。
今号はビュトール特集っつうぐらいのもんで、グラビアも素敵すぎで内容も特濃。
ビュトール・記録映画もdvdに入っていますので、併せてお楽しみくださいませなー。

12月の終わりで一年をしめくくるつもりはないけれど、
しめくくりでもしないことにはなんというか、やれんものでありますね。
存在しない「終わり」や「区切り」を捏造することによって、
あくまで恣意の産物でしかないこのような人生に
「これから」や「将来」とかいうさらなる捏造を上塗りして、なんとかやり過ごすことが可能になるのだろうだった。
がんばれいつか死ぬ、というのが十代の終わりから二十代、自らへの励ましであったが最近はまた違う趣をもって響くなり。

明日は新聞の新春の鼎談に出かけて、この一年さわらなかったものは全部捨て、
残った部屋の部分の掃除などをしなければならないなあーの真冬。

投稿:by 未映子 11:30 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2008.08.18

パピコ、勘違い、その他

パピコがさ、カルピス味がおいしいからさ、一日3セット食べてるよ。べたべたしないし甘くなくて、いいよ…。
昨日は真夜中にデラウェア食べちった。おいしいねえ。いっこいっこ食べるのに難儀を感じたので思い切って房にかぶりついてみた。
そしたら、わーお!この食べ方気に入る。

色々告知あるんですが、思い出せるのだけ少しだけ。


1)今年の劇的3時間SHOWに出演しまーす。
2008年10月6日(月)~10月15日(水) の10日間。
場所は青山スパイラルホールです。
しかも入場は無料なのだった。
出演者は見城徹さんや、リリーフランキーさん、大宮エリーさんや、佐藤可士和さん、堤幸彦さん、エトセトラエトセトラ。
申し込みの詳細はこちらでお願いします。コメントもじきアップされると思います。

ラブコト 2008年 9月号2)現在発売中の坂本龍一さんが編集長を務める「ラブコト」リリーフランキーさんと対談しております。
でもね、わたしたち全然エコが関係ないよリリーさん……。リリーさんによる写真もつき。

3)産経新聞のウェブで三日連続で掲載されたのの新聞記事が読めますが、この大阪弁……。なんというか、きみだいじょうぶかというようなリラックスしつぎで何の役にもたたぬこと喋っていてすみません。気心しれた記者さんとの雰囲気も相まって写真もつき。撮影はWBでお世話になった松陰浩之さんだ。しかし文字にすると確かにわたしが喋ったまんまだ。難しいす大阪弁。上中下の全部で三回だよ。

Vogue2008104)もうじき発売される「Vogue NIPPON」に掌編「1の恍惚、4の素敵」を寄稿しました。おまけにオートクチュールを着ての登場。うしし。ギャルソンまじかっこええ。わたしはお洋服がすきだなあ。髪の毛もすきだ。着物もすきだ。布がすきだ。おくるみ感がすきだ。でも一番好きなのは、りぼんだ。りぼんが好きすぎて集めてるりぼんの写真ばっかり見てる。あとパフスリーブも集めてるから見てる。パフスリーブもすきだ。どうしたってすきだ。夜中に(つーか、子どもの名前に、り、りぼんって、よくね?!)ってどきどきして一日たったらまったく全然そうでもなくていやんなる。小説もそうだよ。起きたら全部勘違いなんですよ。こわいんですよ。いつまでこれ繰り返すんすか。月末ですよ。はあ。

CREA 2008年 9月号5)「CREA」で本を買う企画に出ました。購入はご存知「コンコルド」。うっひーこりゃあ最高だよ。そのほかにしかし今いちばんのお気に入りは「MACHINA」MARTEN・LANGE。これにね、蛍光灯のものすんごい真っ白い光を当てて何時間でも見りゃれる。興奮してたまらぬ。自分の鼻息の大きさに気がつく。機械の内部好きの人はぜったいに見てください。最高だよ。こういう印象がすべてになる詩をわたしもぱきっと書きたいものだ。まじで精進精進。

6)Hanako WESTで連載してます!あとダ・ヴィンチでもやってます!もうかれこれそれぞれ5回目とか…。
ハナコのほうでカラーの絵を描いてくれてる多田玲子さんの絵にはわたしのかわいいもののすべてが詰まっています。
多田さんは、なので、いつも思うけど、すみやかに画集を出してください。もうずっと前になっちゃったけれども「アイスクリーム百物語」っていう多田さんの個展があって、終わったあと一番気に入った絵をもらった。書斎の絵は野中ユリのと多田玲子のだ。

PLANTED(プランテッド)#87)いとうせいこう編集長率いる緑の雑誌「PLANTED」で、東信さんと泊昭雄さんとコラボレイトしております。わたしは詩で参加。とにかく最近たくさんの雑誌で見れるけれども東さんの花すごす。でもこの雑誌よむたびに、わたしはサボコを思い出す。サボコ。

「広告」 2008年 9月号 特集 ことばエネルギー28)今発売中の「広告」にインタビューで登場です。言葉についてもろもろをお話させていただいた。

文藝春秋 2008年 9月号9)今発売中の「文藝春秋~日本の師弟89人~」で、わたしは永井均先生について。しかし永井先生については師弟といわれることにじゃっかんの違和感が…。師弟というのは我々は師弟だよな、っつう相互でおなじくする体験と了解がほんの少しくらいは必要だと思うのですが、や、師弟って何なのかちょっとわからないのだけれども、永井先生の弟子といえるほど間違いなく何も考えられていません。ゼミに参加しているとはいえわたしはあくまでどこまでも<哲学の素人・以下>の自覚が痛いほどあるからして単に一方通行の尊敬と信頼があるのみで、なんというか一読者なのであった。……でも! …以下、いつかつづく。

あと色々あったと思うんですが、明るい気持ちで書いてみた。
失念につぐ失念ですまないことです。もうすぐ秋だ。すごいね。

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2008.06.09

<ROCKS>創刊、書店もクール。「治療、家の名はコスモス」を寄稿。

Rocks1というわけで、渋谷にありますこちらの書店にいけば、欲しいものが欲しいだけ、素晴らしくかたまってあります、年代別に素敵な棚に。あーこれはツボにもほどがありますわねえ的なコンセプト&品揃えですから、行けば浮き足立つこと間違いありませんよ。散財覚悟でぜひぜひ遊びにでかけてらしてね。

そしてそんなクールな書店なので、雑誌の出版までやっちまおうということで、<ROCKS>が創刊されました。
第1回の特集は「気骨の活字」だっ!

意気込み、内容、くわしくのすべてはこちらで。

わたしは「治療、家の名はコスモス」を寄稿しました。写真でも参加。治療というからには、どこの治療だと思います?うしし。しつこいといわれようが、好きなものを好きなだけ。

そしてまだ手にとってないゆえに読めてないけれど、谷川俊太郎さんの作品も載ってるみたいでえらいことだなあこれは(谷川さんの「私」、すごかった。これは力だ。夜中に台所で~は何冊あっても本屋で見かけるたびに買ってしまう)。

あと昨日本屋で見たのだけれど、ブルータス・CASAにグッドデザインカンパニーの水野さんと対談してるのが載ってありました。これもずいぶんまえだなあ。髪の毛の形も色ももう違うよ!今のわたしは夏仕様だ!チェルフィッチュの「三月の5日間」のフライヤーが好きでくるくるんなっても、ずっと鏡のとこに貼ってたのだったけど、これもグッドデザインカンパニーの制作だった。
うーんデザイン。

投稿:by 未映子 10:35 AM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2008.04.28

ものすごく週末、感謝と色々のご報告

大阪・京都から戻ってきました。
というか、放送楽しみにしてた、竹熊健太郎さん、しょこたんさんと共演させていただいた「僕らの時代」を、仕事でリアルに見れず。
しっかし録画を頼んであるので、落ち着いてからのお楽しみ。
竹熊さんの「箆棒な人々」も増刷が決定し、(祝!!)、初めてお会いしたしょこたんさんはものすごく可愛く、礼儀正しく、素敵な時間を過ごさせていただきました。感謝。

この週末は三日間の遠征というか出張というかなんというか、講演とトークショウとワークショップが無事終わり、よかった。もうちょっとして落ち着いたら言及した本についてアップしよかなあと思います。

やーどうなるかしらんと思っていましたが、講演も、後輩のみなさんが暖かく迎えてくださり、まったく何にもかわらない関係でいれる先生がたとの再会は、懐かしいどころかあまりにも何も変わらないので、自分が31才であることをあつかましくも心底から忘れる始末でありました。いきなり仲良かった先生の、中庭の木に生徒とよじ登ってる姿に遭遇し、なんも変わってないのは私だけではないと思った。

京都shin-biでのワークショップは、いわゆる講義めいたのや講評で進んでゆく内容ではなく、「言文一致、話すように書く」、っていうかそれってどうなのか、というテーマを皮切りに、さらなる問題を対話のなかで発生させて、その動きを参加者全員で追うのだぜ、という目論見が、うまくいったような気持ちでいるのですが、どうでしたでしょうか。それにしてもやっぱ時間が足りないよ!参加してくれたみなさんもそれに近い気持ちでいれてくれたなら、うれしいなあ。

2日目は実作とその周辺だったです。ある「引用文をいわゆる自分語に翻訳する」という課題の例文を作家の海猫沢めろん氏に作成してもらったり(蝶ネクタイ含めわたしのセンス全般には常にヒキ気味ではあるのですが)、shin-biのディレクターの田村さん(shin-biは本屋さん兼、雑貨屋さんを併設、おどろきナイスな品揃え、ポストカードようけ購入)、トークショウから引き続き出席してくれはった市川真人氏(前田塁名義でも活躍、なおかつ早稲田文学編集者)、ワークショップの段取りについて話をきかせてくれた小澤英実氏(大学の先生でもあり評論・翻訳もしはる)、当日取材にきてくれはった皆さま、色々な方にお世話になりました。ものすごく貴重な体験でありました。みなさんありがとうございました。京都、朝の散歩も気持ちがよかった。

でも用意していった話、まだ残り5分の3くらいあって難儀だ・くやみ。また機会があることを切に望みます、っていうか、7月3日にも京都精華大学で、アセンブリーアワー講演会があります。こちらは対談。ぜひ!お相手は千野帽子さんだ!

でもって、告知、今発売の「装苑」で蜷川実花さんに撮っていただきました。蜷川さんの雑誌、Mgirlで、対談&蜷川さんの写真に詩を書いたことがきっかけでお会いしてまたお会いするのがほんまに楽しみ。ならびに今発売の「スタジオボイス」にも、写真家の沢渡朔さんに撮っていただいた写真が掲載されています。もう三ヶ月前にもなるのだけれど、撮ってもらってるとき、なんかほわんとしたの覚えてる。なんかやばす。でもってなんと!二ヶ月ほどまえ、わたし雑誌を良く知らずにインタビューに出かけていったらね、けっこうセクシーな雑誌の「サブラ」さんであって、(かわいい女の子ばかりが載ってる…しかも若い)家に掲載号が届いていたのだけれど、タイトルが「乳と尻」になっててこんな誤植すごすぎる、とびっくりしたのだけど、インタビューの内容に編集さんがつけたタイトルだった。確かに小説の話で豊胸と、それからお尻の話したよ。なるー。インタビューのときに激軽いスナップ撮ります、と言われてたからティーシャツの普段着、自分メイクで行ったらばなんと野村誠一さんがいらしって、わあ!とびっくりした。ほんでなぜか撮影は白熱し結局たくさん撮っていただいた。あがってきたのを数十枚、ぜんぶを拝見したらどれもなぜか申し訳ないくらいの野村誠一マジック。文春さんの担当編集者も「こ、これは…。こんなふうに撮られたら、もう…」と驚愕、わたしをちらりと見て、はっと目を逸らし、なんというか、うれしいけど残念、うれ念、みたいな。

京都は去年の夏に集中講義で行った新潟をとても思い出す。道の太さ加減、まっすぐ加減、バスのならび加減とか。

投稿:by 未映子 11:01 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2008.04.07

お知らせと日記のような

 GWの柴田元幸さんとの『モンキービジネス』発刊記念トークショウ、一日で完売してしまいました。うひー。ありがとう&ごめんね&ありがとう。何お話しようかしら。打ち合わせ楽しみ。まだ詳細決まってないけれど、早稲田文学のイベントを今月中にしようねという話もありますので、どうぞお楽しみにしてください。どうぞよろしくお願いします。早稲田文学もなにとぞよろしくお願いします。内容は、一読、つまりにつまってすばらしいと思う。

 土曜日は新宿の「風花」で、古井由吉さん佐伯一麦さんと朗読の夜でした。
古井さん。手を合わせたくなる。わたしは「そらすこん」から数編と、それから早稲田文学の今号に掲載されています「戦争花嫁」を朗読しました。いまいち掴みきれない、耳と目の関係。朗読は、ものすごくよくわからない。わからなさが、心地よいそれかというと、それまでもがわからない。でも聴いてくれた人はまたちがった感想が当然ながらあって一晩あけても自身には見えぬ着地点。結局夜中の四時くらいまで、みんなで文章のこと、色々を話す。足を運んでくださったみなさまありがとうございました。

Aera080414 AERAの表紙ができました。撮影はもちろん坂田栄一郎さんだ!撮影したのはもう2ヶ月半前のこと。ご依頼いただいたいのは年末のことだから、もうなんていうかずいぶんまえの時間ってはやすぎる。ものすごくチャーミングな坂田さんだった。イタリアの少年のようだった。(マジで。しかしイタリアには行ったことないけれど)また会いたい。貴重な写真集を2冊もいただいた。

 さてこれから徹夜で仕事だ。わあ。はあ。

 告知をいくつか!

Bungei0805 「文藝」夏号 
 <作家ファイル1998~2008・古川日出男から川上未映子まで>中原昌也さんと巻頭対談。撮影ではふたりで原宿ラフォーレのくるりとした部分の横に立ちました。風がすごく強い日でふたりはまじでびびっていた。撮影はトニーさん。すてきどす。

Bungakukai0805 「文學界」5月号
 松浦理英子さんと対談。どきどきした。対談タイトルは「性の呪縛を越えて」。どきどきした。三時間、お話しました。ああ。松浦理英子。松浦理英子。

Aera080414 「ユリイカ」4月号
 松浦寿輝さん蜂飼耳さんと鼎談。詩と小説とそのあわいの諸々を。そのあと松浦さんちのでっかい犬の「民ー」(たみー)に会う。まるまったらわたしより大きい。めさんこかわいかった。

 忙しいなあとかいいながら、桜はなかなか見れなかったけれど、しかし春は楽しめてるような気がします。天気いいしなあ。先週散歩してたら、垣根のなかに茶色い猫が丸まってるのを発見した。死んでるのかと息をひそめて見ていたら、お腹が上下してるので、眠っているのか。しかし苦しそうでもあって。わからない。五分くらい見て、何もできないのでふたたび歩く。神保町、歩けどめあての本には出合えず。

 髪の毛がやっと伸びてきて、落ち着き、もうかつらをかぶらなくてもすみそうなものだ。ちょっとうれしい。取材とか撮影のときなんかにお化粧とか髪の毛とかしてもらうのって、時間かかってけっこうしんどいものなので、かつらだとすこんでしょ、だから時間短縮、けっこう楽ちんだったのだけれど、もう暑くなってくるし、これからは地毛だ。ふわふわしてきた地毛だよ。ありがとうかつら。坪内逍遥賞のときに何気に買ったきみを、ここまで酷使、というかヘビーに使うなんて思ってなかったよ。眠たいよ。寝たいよ。無理だよ。

投稿:by 未映子 10:23 AM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2008.04.03

柴田元幸×川上未映子・トークショウ・サイン会の決定!!

Monkeybusinessvol1新しい文芸誌ができます!責任編集は柴田元幸さん
この機会にみなさまぜひふるって!おいでくださいませ!楽しみにしております。


4月19日創刊の新文芸誌『モンキービジネス』の責任編集をつとめる柴田元幸さんと、
川上未映子の二人による、文学をめぐるトーク・セッション

★トークショー終了後『モンキービジネス』へのサイン会を行います。
※予約は満杯になりました!ありがとうございます。

■5月3日(土)17:30開演(開場17:00~)
■会場:ABC本店内・カルチャーサロン青山
■定員:130名様
■入場料500円(税込)電話予約の上、当日ご精算 
■電話予約: ABC本店・03-5485-5511
■受付時間: 10:00~22:00
■受付開始日:4月3日(木)10:00~ 

『モンキー・ビジネス2008 Spring vol.1 野球号』 (書籍扱い)
責任編集:柴田元幸 / アートディレクター:鈴木成一
4月19日発売(年4回発売) vol.1発売記念価格:880円+税

投稿:by 未映子 03:39 AM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2008.04.01

早稲田文学1号に「戦争花嫁」を寄稿しました&表紙で&ライブ心からありがとう

Wasedab1 4月1日に早稲田文学1号が発売されます。小説「戦争花嫁」を寄稿しました。表紙と中に写真で登場してます、撮影は篠山紀信さん。紀信さんの撮影はうわさどうり物寸語彙(←ものすんごい、を変換したらこうなった)はやく、チャーミングかつあっちゅうまに終わったです。かつらが風で、飛ぶか、思うた。(←車谷さんふう)

Wb012 そしてフリーペーパーのWB Vol.12も配布中!!こちらは坂本弘道と対談してます。

 早稲田文学1号、まだ全部読めておりませんが、ロブ=グリエ追悼をはじめ、早稲田文学新人賞の「牢獄詩人」by間宮緑さん、が載っていたり、充実の渾身のぐるぐる巻き。しかも中原昌也のインタビュー面白かった…。っていうかいつもこれくらいちゃんと話してよね。書ききれないくらいの内容と量であります。そのときにしか読めないものが雑誌にはつまっております。みなさまぜひ、お見逃しなきよう、お手にとって読んでください。(早稲田文学1号の作られる過程はここで読めます!)

そしてライブに来てくださったみなさん本当にどうもありがとう。春の夜でしたね。坂本弘道だったね。
ライブに関しては、また別の日に。色々がそこかしこでいっぱいだ。

 最近、いそがしくて、日記の更新ができない。というかこの日記という体裁のこの読み物はいったい誰のためにやっていることなのかが、
はじめからそうといえばそうなのだけど、わからんことになってきた。とみに。

 初めはアルバムの存在を知ってもらおうと始めたブログでしたが、なんだかもう潮時のような気もしなくもない。
なんていうか、もともと今日何があったとか、こんなことした、といういわゆる日記という内容でもなく、色々を試しつつ色々で書いてみるという自分にしかわからない修練場であったのだけれども、ここへきて書けること書けないことが色々と増えたりして、しんどいのも事実。
 最近はエッセイやコラムを発表する場が増えたので、これまでブログでやってきたことはむしろそっちで書く方が文章の性に合っているのも事実で、ならばこのブログでは何を書いたらええのかというと、なんか創作の域に持っていけない思い切り個人的なことになりそうな気もしてそんなのは読み物として書く意味がないし、そういうわけで今んとこ告知が多くなってしまうという循環。なんか、コレ!っつう手触り見つけないとなあ。でも枚数の制限がない、というのはここだけなので、ブログならではというスイッチの入り方もあって。2006年以降の溜まってるぶんとか、雑誌に書いた随筆とかまとめて本にする予定もあるので、うーむ。もう色々がわからんよ。この分量の制限のないところ、すごく好きではあるのですが、なかなかなあ。色々あるよな。つーかほんまに色々あったんや!この2ヶ月!まじで!楽しいこともあったけど!うれしいこともあったけど!信じられない目にも遭ったのだ!おまえ!わたしだって生きてるのや!と当たり前のことを叫ぶ、のでは追いつかずもう無言で殴る、でも追いつかず、目の前が真っ白になり震える夜もあったのだ!そんなこの2ヵ月にあったことの色々を全部おもしろおかしく書いて笑いにしてぶちまき書きたい気持ちもないではないが、いかんせんいまその時間とパワーがない!うひー。

投稿:by 未映子 09:03 AM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2008.03.20

ニューヨークタイムズ!世界に発信!そしてNikon×川上未映子!

 みなさん、今日はもう3月20日。もろもろがやわらかくおそろしい。春の猫の腰、抱く機会はそうそうないけれど、手のうえの仮定と皮膚全部で了解する感受のこの一致は毛並みになり匂いになり、息を吸えばこれ知ってる、そのまま春。

 左バーから行ってください!ニコンさんでフォトエッセイを公開中です!写真はまったくむずかしく、耳かき一杯分もままならぬからやりがいがあります。シャッター切るのって気持ちいいよなあ。いいよなあ。すごく楽しい。切り取りがいがるといいますか。みなさん是非お読みください、プレゼントもありますので、ふるってふるって。
 
 それからAP通信で取り上げられています。世界中の新聞や雑誌などなど向けて五月雨式に随時発信されていく模様ですので、どこぞで見かけたら是非。インタビューのときなんだか面白かった。英語の発音まじりで日本語を話される方だったので、わたしも最後のほうは移ってしまい、「ドラえもん」が「でゅらえもん」になる始末。や、ドラちゃんの話はしてないけれど。

 ここが英語のとこ。翻訳はこっち。んでアメリカのヤフーにも登場してます。そしてさっそくニューヨークタイムズにも!
 AP通信は「新しい文学スター」なんていうフレーズを入れてくれつつも、なぜか各サイトでは、ジャパン・ブログスターという感じであってテクノロジーニュースになってますが、ブログ本が処女作ということもあるんでしょうがブログスターではないでしょうよ、どう見ても。


というわけでひとつよろしくお願いします。

投稿:by 未映子 02:37 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2008.02.22

単行本「乳と卵」できました&もろもろ

Cicitoranなはんていうと、なんか朝食みたいですけど、出来上がりました!「乳と卵」。文學界3月号に寄稿しました受賞第一作・短編「あなたたちの恋愛は瀕死」もお読みいただけます!文學界3月号は売り切れだそうで、読めない!というメールもいただいておりました。どうぞよろしくお願いします。

4冊目の本になるのですが、やっぱり毎回感無量です。嬉しいです。装丁は大久保明子さん。装画は吉崎恵理さんです。クラシックな感じで、ずっしりと重みがあり、うーむ、絶妙とはこういうことをいうんでは。と手にとって感動してしまった。つくづく物をデザインする人っていうのはすごいなあと思うのでありました。わたしは単なる迫力主義者なところがあるので(しかもバラエティの少ない迫力主義者…)何でも「がーんときてどばって感じで、だーん!っつ感じでひとつお願いします!」的なところしかないので、こういうお仕事に触れると手を合わせたくなります。ありがとうございました。


そしてこの本に集まった言葉が、物語が、読んでくれはった人の、なんらかの、どっか部の、スペシャルになりますように!心から願ってやみません!


最近は永井均先生入不二基義先生の対談にでかけたり、仕事もして、花瓶の水を入れ替え、加湿器の調子はよく、部屋はきたない。時間の都合で本も読めず、もろもろの成り行きに歯がゆい感。3月も半ばになればもろもろがひと段落するだろうとそこを目指してがんばろうと毎晩眠るまえに思っていたりするとすぐに朝で、なんか眠り泥棒にあった気分。毎日。

そしてこれはけっこう大事なお知らせです!
なんだかお問い合わせの方法が少しだけ混乱しているみたいです!すみませんややこしくて!

受賞時にメールサーバーがちょっとふくらみすぎてメール受け取れなかったり、そこからもこの一ヶ月は受信量がすさまじかったので、大事なお仕事のメールを読み損ねたりすることがないように、基本的に新しい問い合わせに関しましては(これまでお仕事させていただいた方はすでにわたしの連絡先を知っているので)、「乳と卵」の版元である文藝春秋の担当編集者さんに暫定的に窓口になっていただいていましたが、それも、「乳と卵」に関するテレビ出演や、インタビューのご依頼のみであり、原稿や執筆に関しましてはもちろん、従来どおり、わたしに直接連絡いただきたく思います!

どうもややこしくてすみませんです。なにとぞよろしくお願いします。しかしながら今もってたくさんのメールを頂戴しておりまして(返事はなかなか書けませんが、拝読しています!)、もしかして見落としているかも知れないおそれのなか、なんとかやっております。どうぞよろしくお願いいたします。

そんなわけで二月。わたしは今頃ひそかにジュセリーノの予言のことを知って、ああ…。これはなんとなく懐かしい…。12歳のころ「ノストラダムス新聞」を作ったりしたことを思い出す。

投稿:by 未映子 12:04 AM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2008.02.05

NEWS

「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」(ヒヨコ舎) 
大幅に増刷いたしました!今まで手に入りにくかったかと思われますがこれで一安心!引き続きどうぞよろしくです!


「週刊文春」 2月7日号 原色美女図鑑に登場。
撮影は沢渡朔!ものすんごい暮らしにくいであろう素敵な洋館で。


「週刊・読書人」 2月1日号 インタビューで登場。
インタビュアーは早稲田文学編集長の市川真人氏。言葉と創作について色々話しました。
市川さんはイン歯ーの担当編集者でもありつつ。よみがえる歯磨きもできなかった春。


Bungakukai0803「文學界」 3月号 芥川賞受賞第一作「あなたたちの恋愛は瀕死」発表。        
受賞記念対談 永井均×川上未映子。
永井均先生ともろもろ。それにしてもインサイトは難しく何度読んでも発見ばかり。汲めども尽きぬ泉が文字で。
渡部直己さん、いとうせいこうさんによる川上未映子論も読めます!どきどき!


Bungeisyunjyu0803「文藝春秋」 3月号 芥川賞受賞作「乳と卵」全文掲載。      
受賞記念インタビューも掲載。
受賞のことば、も掲載。
選評も掲載。掲載ばっかし。なんだかうひー。


Subaru0803「すばる」 3月号 巻頭に直筆エッセイが掲載。
書きにくいペンと、そうでないペンが、あるよね。     


Waraivow別冊宝島1500号記念「ニッポンの笑い VOW!!」 2月7日号
マイ・フェーバリットバウ!に「おちんこでる」のは一向に構いませんけど、「らしい」ってのは予告なのか予想なのか。を寄稿しました!


「週刊プレイボーイ」 2月18日号 インタビューと写真で登場。神保町でぶらり。
なんていうか、ものすんごいプレイボーイ風味でし。


「週刊現代」 2月16日売り号 インタビューで登場。
一日ドキュメント的ないろいろであっちいったりこっちいったりで。


「僕らの音楽」 フジテレビ系 2月15日放送 エレファントカシマシ×川上未映子
Elekashi新しいエレカシのアルバム発売記念だッ!
宮本さんと音楽とその周辺についていろいろ対談します。
しかし2005年の野音は今でもくっきり思い出すほど素晴らしかったなー。

投稿:by 未映子 11:25 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2008.01.23

告知もろもろ&近況、そしてニュースアンカーのこと

 昨日は日帰りで大阪に行ってスーパーニュースアンカーに生出演した!コメンテーターのみなさんも本当に暖かく迎えてくれはって、とても楽しくリラックスして話すことができました。関西テレビさんは、一回目の候補のあと、夏の終わりごろから密着取材をしてくれてました。母校へ行き、電車にのり、先生と対面させてくれ、姉の家にも来てくれ、相談にのってくれ、励ましてくれ、短い時間だったけれど、出来上がったVTRを生で初めてみたときにものすごく感動したのです。丁寧なナレーション、リズム感、きっと時間がないなかでものすごく大変な作業だったんだろうなと思った。そして嬉しかったのは、大阪で見てた家族がほんまにほんまに喜んでくれたこと。すっかり仲良くなったスタッフに、ありがとうというなんか照れくさい気持ちと、全部が終わって、じゃあお世話になりました、またね、というときに込みあげるさみしさで、帰りの車中はおセンチになってしまった。またいつか一緒になにか出来たらと心の底から思いました。関西テレビのみなさま、出演してくれはったみなさん、そしてみてくれはったみなさま、ありがとうございました。
 
 忙しいでしょう、忙しいでしょうと気を遣ってもらうのだが正味、変化したのは朝から起きる、そして早寝する、ということだけで、それがただひたすらに嬉しい。あと、留守番電話が積み重なってまだ全部聞けていないのが申し訳ない&おそろしい。どうすればいいのかすら。ミクシーもやってるのですが、マイミク申請とかメールとかもえらい数になっていて、全然読めてません!すみません!どうにも仕方がない、友達の日記とかすごーく楽しみだったのですが、しかたなく近日中に退会する予定でいます!ごめんね&よろしく。ほいで色々と告知が滞ってますが、テレビとかの放送はわからないので出会いがしら的によろしくお願いします。新聞には随時、五月雨式に受賞エッセイが載ってます&載ることになると思います。どこかで見かけたらぜひ!

今日はFM東京、坂上みきさんの番組ENTERMAX【エンタマックス】に生出演します。4時から5時のあいだで!

Hondana「本棚」
色々な作家さんの本棚が登場する単行本が発売されました。インタビューもあり。わたしも登場。桜庭一樹さんも登場。そのほか豪華面子!豪華面子!

アスペクト PR誌 2008.1月号
こちらは連載、「アルバイテン階級の休日」を発表!あいもかわらず表紙がかわゆす。たまらないねえ。まじで。

あと昨年の秋の演奏の写真&舞台写真もこちらから見れます!ロヲ=タァル=ヴォガ公式サイト

どうぞよろしくお願いします。


 今回の受賞でアルバムも売れて大変ですねーいいねーとか声をかけてもらえるが、何がショックって、テレビつけたら売り上げが過去5倍!!!とか景気のよい話のあとに、もともとの枚数まで公表されていて絶句!!テレビで初めて知ったよ!売れてないとは知ってたがまさかここまでだったとは!誰か教えてくれよ!それだけしか刷ってないのに広がる道理がねえよ!!なので5倍とかいってもあんまりそんなたいしたこともないので、むしろごめん。なんつってまあ驚き&くすり、と笑ってしまいました。

 色々な実感もないのでぐっとくることあんまりなかったが、中学校のときの恩師に報告したときに、なぜか不意に涙がぼっろぼろでた。こんなことあってな、あんなことあってな、みんなこうでこうしてな、んでこんなふうになってんで、などと話してたら、もう70歳近い恩師がうんうんと聞いてくれ、なんかがゆるんで吐くほど泣いてしまった。
「みえこえらい大人になって、はじめわからんかったけど、ほいでな、来月な、東京の授賞式にな、突然行っておどかしたろかと思っててな」「うん、うん、先生、絶対来て、」「うん、そやけどな、ごめんなあ、グアム旅行当たったから、無理なってん」。

 高校には祝!!の横断幕が登場し、実家のトシエは「ありがとうございます」を言い過ぎてもともとのハスキーボイスがもう音声を聞き取るのがやっとのボイスになってしまった。

 本当にみなさま、このたびは色々なお祝いをありがとうございました。この場をお借りして、もう一度、お礼申し上げます。ありがとうございます。

投稿:by 未映子 09:52 AM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2008.01.14

感謝・トークショウ満員御礼&毎日新聞でエッセイの連載の開始!

Talkshow 先日は雨のなか、そして寒いなかたくさんの方々にお集まりいただき、本当にありがとうございました。穂村弘さんと言葉の話、詩の話、となって丁々発止・どきどき・しかし色々が面白い、でしたが、楽しんでいただけたら本当にうれしいです。なんというか、ユリイカさんにはじめて書いた作品を表題にして、そして形にすることができて、それを読んでもらうことができること、帰り道、改めてうれしいけれども、同時に言葉の大海原がぐんぐんと広がって足のすくむ思い、ますますがんばらねばという思いがみなぎり、感慨深く、決心もあらた、みなさま、本当にありがとうございました。今発売中の日経エンターテインメントにも、2008年予想っぽい特集の中で「先端で、さすわ さされるわ そらええわ」が関西の作家の色々ということで登場しています。

 そして毎日新聞・全国版の夕刊のダブル・クリックというコーナーで連載が始まります。毎週火曜日、3ヶ月間の予定です。ほかにも秋ぐらいからお話をいただき練りつつ、今春から連載がいくつか始まるので、そういうことも含めてブログにはなんだか最近は告知ばかりが続き、それと平行して書くことの出来る日常はどんどん無味無感想な具合になってるような、ないような。〆切が苦しい話なんか書いてもなぁ。でも最近起きてる出来事といえば主にこれなのだからさみしい話だ。そういうこと書いてもそもそも面白くないし、しゃあないし、とか、うーむ。なんだかなぁと思いつつ、ブログの感じ、どうしようかしか考え中。告知だけになるのやったらあんまり意味がないし、でも告知もきっかけになるのやからこれもとても大事やし、うーむ。色々と考えるところではあります。なんかいい方法はないものかとあぐね。むずいす。告知だけページを作るとかなー。何にしても自分じゃ出来ないのでこれもまた時間かかるであろうしなぁ。

 昨日一日家をでずに今日出てなにか気分のよくなるお昼ごはんをば、と歩いてみたらしばらくして耳がちぎれるほど寒く、しかし道行く人の誰も耳につまづいている様子はない。え、え、なんでこれ、とかびびりながら、しかし耳の外廓がじんじんがんがん痛いので、やんぬるかな引き返す。

投稿:by 未映子 10:43 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2008.01.04

「ダ・ヴィンチ」2008年2月号「この小説の書き方がすごい!」座談会に登場

Davulinnti0802「ダ・ヴィンチ」2008年2月号で、ゼロ年代の今、だからこそすごい古典に学べ!的な座談会に参加いたしました。座談会のメムバーは若手評論家のみなさんで、宇野常寛さん、吉田大助さん、江南亜美子さんです。古典というか、文章についてあれやこれやと4時間ぐらい喋った内容が文字となり、このようにしておよそ5ページに収まるのだからすごいことです。
座談の中で名前のあがった本の詳細も脚注にありますので、楽しんでもらえたら嬉しいです!

今日は年賀状が10枚。今年は全部で25枚。小学生の頃の記録を更新した。
写真について考える。顔がぜんぶ違いますねえ、とよく云われるのですが、自分でみても違うと思う。家に何枚かある鏡でちらっと見ても、そのたびに顔を違うと思う。顔というのは不思議なものだ。鏡がなければ日常の面倒の4分の1は消えると思う。

写真といえば年末に篠山紀信先生宅へお呼ばれして歓談。色々な作品のなか歴代の作家をずらりと撮らはった特太の写真集を拝見して、その中でも宇野千代さんの笑顔がすさまじくチャーミング&おきゃんでわあ!と声が出た。

その日は青い壺に入った水のような日本酒が登場し、水みたいなのだからどんどん飲めてすなわち知らぬ間に酔っており、ふだんビールしか飲めないのに飲めるのだから不思議だなあと思いながら帰った。そして歩きながら不特定多数の異性と性交ができる人と、出来ない人の違いについてかなり真剣に考える。というか、去年はこのことをけっこう長い時間考えてたような気がする。わたしにとってここにある問題はかなり切実な問題なのです。

その帰り道、しかし町は色々とゆるやかで人の動きも吐息もゆっくりな感じがして、あ、とか思ってわたしもちょっとだけ動きをスローにしてみたら後ろの人にふつうに迷惑だったので駆け足に戻す。

あのゆっくりに見えたのはなんだったのであろうか。今日タクシーを待っているときに西の空をみていたら白く、淡く、おおきく生き物のように煙っていて、今は冬だから冬なのだとわかるけれども春にもおなじような空を見たような気がして見入ってしまった。空が色を与えられ浮かんでいて、去年は色々なことが駆け抜け、停滞し、大切な人が死に、生きてる人はそれぞれ笑ったり泣いたり喜んだりをして交差し、ではね、またね、こんにちは、と退場と登場が息継ぎのように繰り返される。繰り返された。

面白いのはじゃあこの舞台、いったい誰がなんのために用意したのだろうか、みなが使ってる言葉はどこから、こんなに厄介で美しくてしんどくて、手が出たり出なかったりのことばかり、って笑ってみても、黙ったりおしゃべりしたり叫んだりしながら、何かが動くうちは言葉でも体でも動かしてみようと覚悟しつつ、こうしてバイク便を待つあいだ日清のカップヌードルを食べようかどうかも同時に迷ったりしている、お正月の日のおしまい。そして今年はヨガの再開。ヨガをやるとやはり調子がいいのです。

投稿:by 未映子 11:43 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2007.12.30

「広告批評」「papyrus」「早稲田文学WB」に登場

年末は自分がばたばたとしていなくても勝手に寝転んでる部屋の畳がせりあがってくるというか無理くりに狭く狭く何もかもがお終いにされる感。かんにん。でも一晩あけたら普通なのだから、この一年を区切るという案はいつまで続くのかしら。


Koukokuhi0801「広告批評」No.322
表現者たち、という広告批評さんが何年か前から組んではる特集に、インタビュー&撮りおろしで登場です。けっこう長くお話させていただきました。担当の方が隣の小学校、隣の中学出身でまあ世間のせまいことよいまさらながら。

「papyrus」16号
こちらも巻頭にインタビュー&撮りおろしで登場です。バースプレイスっていう東京に思い入れのある場所での撮影だったのですがわたしなんでか墓地で。バ、バースプレイスつってんじゃん、って感じですが東京でなんでかはじめて行った場所ということで、色々作品についてのお話させてもらいました。しかし10年ぶりに行った禅林寺はなんかリニューアルされてる部があってなんだかなあ。太宰治の墓と森林太郎の墓がちょうどはす向かいにあるのだが、太宰ファンで桜桃忌にきはった若人たちが盛りさがってる?外の墓をチラッとみて、「で、この、しんりんたろうって、誰」とか言ったとか言わないとか。

Wb011「早稲田文学WB」
連載対談の二回目は、「ムーたち」の榎本俊二さんがお相手です!けっこうなヴォリューム。こちらも榎本さんと一緒の撮りおろしの写真つき。みんなお正月はお餅もいいけどゲームもいいけどムーたちを読もうよね!


というような具合でした。明日から3日間大阪で仕事だ。そして大晦日に帰ってくる。風邪もゆるやかに去ってゆき、昨日ひょんなことからお招き戴いた映画「眠り姫」(監督・七里圭、原作・山本直樹)がすばらしくて帰り地面がゆれてしまう。音楽が体のなかだけでなく、世界中にあるやわらかいものにめり込んでゆくのが見えたかのよう。窓から見える感情、感情からみえる静物の設計図。終演後に監督にごあいさつ。わたしはとてもおしゃべりはなずなのにたったいま映画から体を抜いてきたような錯覚のため、ぼーとして言葉がつながらず。下北沢で今日の8時半最終なんで見に行ってみて。

投稿:by 未映子 09:20 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク

2007.12.22

「planted」#6 に散文詩を寄稿しました

風邪をひいても肝心の熱は出ないのでラクチンなものだが、なんだかだるい。今年は思えば体調を崩すことの無かった一年でありました。んでこれよ。年末に。もー。口のはしっこに熱の花ができてじっとみると顔みたいなかさぶたに発達。はあ。口を大きく開けられず。体調の不良で先週の予定がずずずと崩れ、そしてずれ込み、この年末に頼むでわたしの体。関西のニュース番組の密着取材が夏の終わりごろから入ってて、その予定もずずずと後ろへ。打ち合わせ。取材。ひとつのことについて取材を重ねてゆくと、ひとつのことについて話し続けるので、話してみると思ったより考えてること、問題点、など整理されて納得できる形となって戻ってくるのだ。んで家に帰っても単純にそれについて考える時間が増えるので、回答も回数を追うごとになにげに自分的には進展するからうっかりそこから始めてしまう、のだが、インタビュアーにしたら初めてなので、わたしがいきなりテンション高く喋りだすフライング気味な内容に、…え、この人なんか、覚醒してない?ヤバない? みたいな、引きの顔をされてしまって反省する。年末はお仕事で図らずも帰阪。

Planted06ってな大変不調かつ乱調かつきりきりまいチックな暮れではありますが、いとうせいこうさんが編集長をつとめる心意気・真心・愛・てんこ盛りすぎる雑誌、「planted」#6 は<ラブ&ロマンス>。充実してるサイトのほうも見てみて!この中の「LOVE&GARDEN」で、散文詩を寄せました。いくつかの団地の写真に寄り添っております。
この写真をひとめで気に入ってしまって、コピーをもらった段階で壁にはってました。planted、すんばらしい雑誌ですえ。何回もページをくるくる。いいなあ。植物なあ。イラストはかわいいし、誰が描いてるのんかなあ。写真は目に言葉も口に楽しい。かくいうわたしもサボテンのサボコにたいへんに心を配っていた日々があったのやなあと、その色々を思いだす。サボコ。サボコ。そして星野智幸さんの連載の文章がこれまたすてきだ。花々の写真とあいまって幻想はもえたつ艶とまみれ美しすぎる。

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2007.12.08

秋を踏む

Tenohirakaidan2 ただ今発売中の「ダカーポ」最終号に、日本人のための日本語入門ってな具合でインタビューでお邪魔しました。んで「手のひら怪談2」(ポプラ社刊)で帯を書かせてもらったのと、同じくポプラ社のPR誌、「asta」で、「手のひら怪談2」の書評が掲載されてます。どうぞよかったらお願いします。あと毎日新聞さんで松浦寿輝さんが今年の10冊でイン歯ーを選んでくれはった模様です。わあ。川村湊さんと松浦寿輝さんの対談はこちらです。今朝の朝日新聞さんでも沼野充義さんが2007年文芸回顧で今年の3冊に取り上げてはる模様。Dacapo

 思えば「そらすこん」を刊行してちょうど1年。毎年思うことであるが色々なことが一年には起こるなあ。まあ一年という区切りで考える必要もないけれども。あと、地方紙に載った「乳と卵」の時評や、感想、色々を送ってくださって、ほんとにありがとうです。読んでくださって、うれしいす。

 昨日は撮影で新宿御苑に出かけましたが黄色の美しいこと。なんでか南野陽子の「秋からもそばにいて」を思い出してしまう。といっても何も思い出せないが、なんか夜ヒット(でしたっけ?)のセットを思い出してしまう、というか想像してしまう。あまりに黄色。まぎれもない秋。さくさくと何年ぶりかに秋を踏んだ。

 夜は待望の坂本弘道ソロコンサートへ。これについては写真とともに後日アップします。僥倖と邂逅のあまりに美しすぎる結構。

 ブログでは写真がアップできるのだから、せっかくやし写真を色々アップしてこ、とか気まぐれる12月ももうじきに真ん中。うがい手洗い忘れずにね。インフルエンザにくれぐれも注意。

投稿:by 未映子 01:26 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2007.11.17

TOKION(トキオン)2008年1月号 11/16発売に登場っす 

Tokion0801 特集 CREATOR FILE 2007>2008、では、東京は次にどうなる?次の世代を担う若き才能から、活躍めざましいあの人まで、「Tokion」が見つめつづけたシーンを総括する特別編。ってことらしく、っつうことで、登場です。よかったらお目ください。

 やー先日は急に大阪の父が泡を吹いて倒れ、朝一番で帰阪してまた朝一番で戻ってきてそんなこんなで色々が密集しておった。入稿が終わってた朝でまじよかった。色々を落ち着かせて気戻って来てそれからそのままダ・ヴィンチの座談会へ出かけるための山の上ホテルへの道をぐだぐだ迷う。高級なゆんをばちっとキメて(ユンケル)、ソフトドリンクを飲みながら小説について色々なお話が飛び交う。ウェイトレスさんというのか、の、かっこうがでらかわゆい。えーとか思ったよ。そしてゆん、けっこう効くなぁ。ああ一日のどったんばったん。これについてはもう、なんというか、大変に疲れ、大変に疲れた。あと足すことの30時間は眠りたい。そしてオシムが倒れてしまった。サッカーにまったく通じぬわたしもとても心配。

 それから!チチトランの感想、ありがとうありがとう。っていうかまず読んでくれはってありがとう。単なる活字の組み合わせを。や、感謝。ありがとうございます。お手紙、メール、全部大事に読んでます。

投稿:by 未映子 09:42 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2007.11.15

anan 幸運力特集に登場で、インタビューっす

Anan071114ってなことでインタビューが掲載されております。や、すっかり冬の空気でいいね、いいねっつうんで、なんか足も巻き上がってゆくよね、みなさんはいかがお過ごしですかん。わたしは少し風邪気味で病院に行く時間がとれぬから市販薬で誤魔化してるが、うがい手洗い、しましょうね。回避できるぜ。うがい手洗いというと笑い飯なのですが、あれも面白かったけれどやっぱしマリリンモンローやな。あっというまに今年も終わりますが、忘年会や新年会、ですわよね、や、先日の野間新人賞は落選したのですが、も、ひさびさにお酒をみんなで飲んで、久しぶりの前後不覚へ陥り、31でこれはあかんぜ。記憶がないのだも。待ち会は午後四時からでそこから飲み始め、ぐだぐだになり、記憶が白くなりました。二日酔ならぬ四日酔いくらいまでいって、完全にお酒が抜けたころ道を歩けばまっすぐ歩ける!ああお酒の入ってない体のなんたる素晴らしいことかを身をもって知りました。百回目くらいですが。家には野間新落選!おめ!という名目でお花やプレゼントをいただき、ありがとうというか恐縮ですというかありがとうございます。うーむ。作品集の制作も佳境。編集さんからはもはや切ってある携帯にはかかってこず、家に直電、テンションがまるでなまはげですやん、「わるいこはいねがー」ってな風味で震えてR。大阪に久しぶりに帰りたいな。

投稿:by 未映子 01:38 AM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2007.11.07

文學界12月号に小説「乳と卵」を発表しました

Bungakukai0712「文學界12月号」に小説「乳と卵」を発表しました。これは、チチトラン、と読みます、ので、出来れば音的にはトリアノン、みたいな感じで一直線にまったいらに、明るく横に倒した棒状に、読んでもらえるとうれしいです。間違ってもチチとタマゴではありませぬゾ!なんか猫の種類のような、あるいは、父、採らんのような、そういう具合でひとつよろしくお願いします。夏の三日間、豊胸手術と初潮対決だッ!うそ、別に何の対決もありません。どうぞよろしゅうお願いします。
 ところで右と左を混同する人がいるわけで、金と銀もぱっとどちらがどちらの名指しかを判断つきかねる、という人もいるわけで、わたしは英語の、仕事、WORK を、一瞬、ワーク、かウォークか、一瞬ぴりっと躊躇るんであって、それに加えて最近に密室で留学経験のある某友人と戦争はウォーと発音すれば、ぷ。戦争は、ワーやって。と突っ込まれて、ええええ!とわたしはひっくり返る思い。だってスターウォーズ、っていうやないの。や、でもジョンレノンは、ワーイズオーバーとゆってるし。とかなんとかあって、云ってたが、結局、後日電話があり、ごめん、ウォーでした、でもほんまは、中間、とだけ言い捨てられぷつっと切られ、もうあんまり興味もないがいっそ大学で英語を教えてる友人に電話しよかと思ったけれど、おまえ、そんなゴミみたいなこと、なめんな!といわれるのがこわくて、このふくらみはそっとしておこうと思った。ウォーだよそんなもん。ワーイズオーヴァーなジョンレノンの舌は英国仕込みなのだよか。

投稿:by 未映子 04:40 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2007.11.01

セオリー vol.12に「人生に池田晶子の角度を」を寄稿しました

Theoryvol12やあやあ。ということで、セオリーという雑誌の中での贅沢な人生、という取り組みの中で、池田晶子さんの特集が組まれております。届けられた雑誌はわたしにはなかなか縁のない世界のどてんこもりでしたが、まあまあ。表紙の質感も高級な様子。そして池田晶子さんの紹介というか、なんというか、池田さんの仕事の紹介とかって、難しいんですけれども、そのようなものを、を、寄せましたので機会あられましたらぜひお読みくださいませ。や、じっさい難しい。
 みなさんは何をしているときが、しあわせですか。一昨日は雨で、一日晴れて、今日は曇り。なぜ、犬はかわいいのだと思いますか。顔に毛が密集してあることがとてもぬいぐるみ的であり、幼少の頃より我々はまずぬいぐるみを与えられこれに慣らされておるわけで、本来はぬいぐるみは動物を模したものなのだけれども、我々は動物に出合うよりも先にぬいぐるみに出合ってしまうわけで、本末転倒、動物とはその意味で、動くぬいぐるみとでも申しましょうか、かわいくないわけがないですね。
 昨日は撮影とインタビュー。ヘアメイクをミガンにやってもらった。乗った個人タクシーが外車ですんごい凝ったつくりで、なんか浮きながら走ってるみたいで深夜。いいでしょいいでしょ、やっぱわかるでしょ、しょしょ、とキャラの濃い運転手さんにつかまって結局30分を喋ることに。わたしの唯一の技術ともいえる「相槌」の、ほんの50個ほどを発動してやりすごす。

投稿:by 未映子 11:55 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2007.10.28

Hanako West 12月号 著者インタビュー掲載

Anakowest0712見てよこの台風一過。これが夕方だったらば肺がぺたこんゆうてつぶれるくらいのえんらい空になってさ、マーブルのだんだらのすんごいのにさ、夜やなんてもったいないな、台風の良い面に期待することはなんとか夕方に去ってくれろということばかり、まじで竜、まじで逢魔が時るわけで、以前住んでたマンションの屋上に上って360度ぐるぐるで見たことは忘れられない。美しいことよね。
新作書きあがり、11月も新作を書きますえ。12月にはがんばって作品集を出します。つうか明けて起きてみれば一日にこんなに時間があったなんて驚きだぜ。午前中に起きた日にはすっぽり魔法にかかってるみたいになんでもが出来る気になってしまう。今日は髪の毛を切りにいって、それから、と思うけれども、まあ、ほかにも何かあるやろう。
ハナコウエスト、関西にお住まいの方はぜひよろしかったからお願いします。

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2007.10.27

ELLE JAPON エル・ジャポン<カルチャー最新トレンド50>に登場

Ellejapon0712たまーにファッション誌を読むとテンションがだだあがってって困るぜうーむ。というわけで、エルジャポーン12月号。映画・音楽・本・エトセトラ、様々なカルチャーシーンで今知っておくキーワードを大捜索・HOT50っていうとこで「言葉のファンタジスタ」っつって紹介してもらっております。ファンタジスタっていうとサッカーボールよな。分厚くおしゃれすぎて目に火がつけば買い物に走ってしまうこと請け合いの雑誌ですが、見かけたらどうぞよろしくどすえ。散歩にでよかと思ったら風圧でドアが開かず台風を知る。なむー。

投稿:by 未映子 10:49 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2007.10.20

Real Design 12月号にインタビューが掲載です

Realdesign0712Real Design 12月号にインタビューが掲載です。というわけで、本屋さんで見かけたらよろしくです。写真も撮ってもらったよ。このご時勢にフィルムでありました。なんだかおしゃれな雑誌ですがへーほーと云いながら読みました。どうぞどうぞ。
睡眠時間を今まで12時間とっていたためにそれが3分の1以下に減ったのこの最近、常に頭が熱くてどうも。は。眠眠打破ってのをがんがん飲んでるのでなんかもう効かなくなってきた。それでも仕事とはいえ目が開かないまま横浜まで埴谷雄高展に行ったり(や、感動したぜ)して、渋谷についたとたんに人々が好き好きにたくさんの人が一斉に動いてるのにぶちあたって足が動かなくなってマジでびびった。人が動いてるのを見るのが久しぶりすぎてどうも。今度作家の本棚はどんな具合ですかて企画で家に取材にいらっしゃるらしいのですが今現在三軒茶屋できっと最低の部屋であること看板に偽りなし。ダスキンの方にお電話しようか動かぬ頭で考える。そんな中、母親のように育ててくれた光子という祖母が転んで腰と足んとこを骨折したらしくて手術もして三ヶ月も入院するらしく憂鬱。むろん老人甚だしいので生きて帰ってこれるのかしらと心配。たとえこれが事なきを得てもお別れはそろそろ時間の問題ゆえに心の準備も必要だ。仕事が段落したら大阪に戻って病院に泊まる。光子。
椅子に座りっぱなし指で打ちまくりの地味で空気の流れもなく人にも仕事以外では会わずおしゃべりもないああでもないこうでもない様々が交錯して定まらぬ執筆の激務の中、いま一番したいことは何かと半死にで考えるに、なんていうかもうお酒をがんがんに飲んで踊りまくって駆けずりまくって本を読み落ち着き何と言うかもう眠り続けるというか破滅というか泳ぐというか退廃、そう退廃しながら元気良く気を失ってしまうかあるいはもう何もしたくない。そしてまた次の日にしゃきっとして仕事が出来るならしたい。でも具体的にしたいことがひとつもない。食べたいものもない。何もない。

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2007.10.12

ウェブ新連載「純粋を設計する人々」開始ー。

 つうわけで始まりました。こちらからどーぞ!絵はKiiiiiiのレイキンこと、多田玲子!毎回、なんかわたしの好きな作品に寄せて創作をぶつけてゆく、というような具合でどうかひとつ!よろしくお願いします。第一回目は横光利一の<春は馬車に乗って>です。時期がくればこれは絵本とゆーかなんとゆーかになる予定です。多田玲子の絵が好きだ。
 窓を開けてなくても家の中が金木犀の匂いだらけでどうなってるの!苦しいぜ!頭がきゅんきゅんするぜ!もー!15分として同じ場所に座ってられん、15分を繋ぎ合わせてなんとか一日を作成、それでも殴られるようにごちんと眠りがやってくる、どれだけ眠っても眠ってもマジで口に綿をつっこまれるように眠りを突っ込まれ気がつけば意識が遠のいて眠ってしまっている、寝逃げ、というなんか軽やかさの微塵もない、麺、麺ばかりを食べ、結果、首が寝違えてこれもまたきんきんして、気がつけば夜、気がつけば電気、も、差し違えで。

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2007.10.10

「ダ・ヴィンチ」11月号の「この表紙にひとめぼれ」で《イン歯ー》が

Davulinnti0711「ダ・ヴィンチ」11月号の「この表紙にひとめぼれ」で《イン歯ー》が紹介されておりますそうです。ダ・ヴィンチ編集長のひとめぼれ!らしいです。ダ・ヴィンチといえばテレプシコーラ…。第二部はじめるのはいつなのだろうか。どんどん白部が多くなってゆく山岸先生の絵・・・・。家から5日間出ていなかったのでさっきコンビニへ出たら風が動いていてどきどきする。金木犀の匂いなのかなあ、わたしはこの匂いが嫌いじゃないけど頭が痛くなるので全体をまるめるようにして鼻をつまんで隠して走った。ああ。もらったメールにwktkという文字があって、??と思った。なあに?

投稿:by 未映子 10:44 PM [書籍・雑誌] | 固定リンク | トラックバック

2007.10.09

『編集会議』11月号の「特集 書店で目立つ!」で

0711『編集会議』11月号の「特集 書店で目立つ! 表紙フォント使いの極意」で《イン歯ー》が、装丁をやってくれはったグラフィックデザイナー・奥定泰之氏さんの近年手がけた作品とともに登場でーす。あと今日の読売新聞の朝刊の、埴谷雄高展について、少しだけインタビューが載ってます。
朝から内装工事の音でうるさすぎ。きけばふたつうえの部屋の工事というけど、ここでもこんなに響くのにすぐ下だったらばどんな。ただ生きてるだけやのに、どんどん部屋が汚れていく。

投稿:by 未映子 02:46 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2007.10.08

≪すばる≫11月号に随筆「揉まれることに集中すれば」を寄稿しました。

Subaru0711≪すばる≫11号に随筆「揉まれることに集中すれば」を寄稿しました。というわけで、よかったらお読みくださいませ。

さっきウインナーを炒めて春雨のスープを食べてたら、むかし、といっても数年まえのむかしであるけれど、一緒に働いてた標準語のすっごい可愛い女の子のこと。顔が小さくて胸とお尻が大きくて、も、砂時計ばり。ぴかぴかして豹のような女の子だった。こんな体型が、実際に、あるのだなあ、というくらいの、なんというかすんごい体。そんな彼女がある日突然、お客さんに向かってにこにこしながら「貴様」と呼びかけ、その突然のことに、その場にいたわたしもみんなもマジびっくり、相手はいわゆる政治家の先生……、マネージャーも駆けつけ、「た、大変な失礼が、……申し訳ありません」つって、しかしそんな冷や汗を尻目に彼女は自信たっぷりに大きい目をくりくりさせて、「え!知らないのですか。やだっ。貴様っていう言葉はほんらい非常にイイ言葉なんですよ。たっとぶ言葉なの。貴様はとてもいい言葉なんですよ、調べてわかったんです」と弁明というかを繰り返し、その後も数回にわたって笑顔で「貴様、」にこにこ「貴様、」を連呼し、しかしそのまま奥に連れて行かれて、その日は出てこなかった、ということをなんとなく思い出したり。「絶対、ここで、これは、ゆうたらあかん」というようなこと、思えば思うほどふっと口から滑ることもあるけれども、彼女の中の「貴様」はそれとも違う、なんというか、その使用に対しての彼女なりの正しさの矜持があるのだから、ま、悔しかったやろうなあ。ま、びっくりしたけど。曇り部の重たい午後は、そろいもそろって。

投稿:by 未映子 02:11 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2007.10.01

「川上未映子の、対談だぜ!」イン<WB>vol.10 の開始。

_vol010
またまた連投ですが、早稲田文学のフリーペーパーWB vol.10 が配布されておりましたー。どこぞで入手してお読みくださいませ、どうぞよろしくお願いいたします。第二期らしいですぞ。新連載もぎょうさん。表紙の海の写真いいな。
っつうかんじで、今回から4回にわたってお送りする「川上未映子の、対談だぜ!」が始まりました。第一回目のゲストは乱視読者ナボコフで一読者としてとてもお世話になった、若島正さんです。リラーックスして、ゆるゆるとお話させていただきました。将棋の問題もあったりして、どうかどうぞどうぞ。

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en-taxi vol.19 随筆「皺のばして皺」を寄稿しました。

Entaxi_ph19なんだか連投してますが、昨日発売の、<en-taxi>(扶桑社)に随筆「皺のばして皺」を寄稿しました。うっかり忘れてましたが、が、鏡で自分のくっきりとした皺を見て、さっき思い出しました。とりいそぎ、ご報告まで。季節が、めぐるなあ。

投稿:by 未映子 09:40 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2007.09.15

最近はもろもろなり

Aspect0709○アスペクトに連載小説「お母さーんと叫ばなならんの、難しい」3回目「ここはファンタジー地帯、漏れるな」を寄稿しました。今日は取材から始まって終日、版元の担当者さんと書店さん巡り。そこで目がちかちかするほどアスペクトを発見したので、みなさまも是非。お店では≪イン歯ー≫にサイン、なおかつポップを書かせてもらいました。どこもたくさん積んで下すってて、うれしい。ありがとうな気持ち。新宿のふたつの紀伊国屋、ジュンク堂、リブロさん、池袋、あとたくさんいろいろ。書店で働いていたころを思い出すなり。今はなきしんしん堂(←漢字がでない)京橋店なり。体力仕事であったなり。

16日産経新聞にこないだの豊崎由美さんとの≪イン歯ー≫出版記念対談の模様が掲載されます。きてくれはった方もそうでない方も、よかったら是非チェックしてくらさい。どうぞよろしくお願いです。しかしあっというまの一時間でありましたなあ。あれは8月であったか。

Ikedaakiko○15日発行、毎日新聞社PR誌「本の時間」に、「池田晶子の美しい運動」を寄稿しました。最後の随筆集「暮らしの哲学」の書評です。入手に関するお問い合わせは一括して毎日新聞社出版局出版営業部(03-3212-3257)までお願いということです。書評ゆえ論ではないためむろん書ききれませんでしたが、池田晶子さんのした仕事についてはこれ、いつか取り組まねばならぬ大仕事なり。

毎日がおそろしい。確実に月末がやってくる。なむー。読者の方というか匿名の女性の方から、あなたのことが原因で、なんか彼がわたしの曲とか本とかを読みすぎてくれてるのらしく、や、わたしだけにかぎらず他の女性に目のいくのがゆるせぬのだと、もめてしまって、結果彼氏に振られてくやしいさみしいという切実メールが届いて、わたしにそういうの、送ってくるのってどうか、ということはさておき、そのやきもちぶり、たとえば鑑賞はむろんエロ本の所有はむろんチラ見すらゆるさぬわたしであったのだから、その苦しい感じ、そこの気持ちはわかりすぎるので、返事書くべきかどうか、書くのならなんて、とかこっちもけっこうしんどいなか考えてたらば、仲直りしましたー、ご心配かけてー、というメールが来て脱力。ま、とてもよかったけども。なかよくね。なんか色々告知も漏れ漏れですまぬー。どっかで見かけたら見てやってくださいなり。

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2007.09.07

雑誌『CREA』10月号に≪イン歯ー≫インタビューで登場っす!!

Crea0710 今月はコスメ特集らしく、うしし。夏は肌を痛めすぎたので秋は少々労ってやろうかと思う女子のみなさんも多いと思いますから、是非今月号のこの『CREA』における特集をみなさんにおかれましては熟読することをおすすめし、肌はやっぱ保湿だね。徹底的にね。シンディー・ローパーが「シンディさんの肌がきれい。若さの秘訣はなんですか」ときかれ、「秘訣?ありとあらゆるクリームを塗ることよ」と答えたそうですが、そうですよ、まったくもって御意御意。というわけで、スキンケアについては語る余地はなかったものの、《イン歯ー》についてがっつりインタビューしていただきました!小さいけれども写真つき。お楽しみくださりませー。

 ところでこないだはたっぷり対談と撮影だった。そのあとアフリカ料理をいただいた。おなかが減っててがぶがぶとビールを飲んで少し酔い、帰りの電車のなかで今月のこと、最近の身辺のこと、を思うと、何もかもが猛烈にどうでもよくなり、駅をずるずると横切ってると生まれて初めて明確なナンパ、をされ、そのときにそのへらへらした男子に向けて一気に怒り心頭・怒髪天つきつきとなり、歩いてんのがわからんのかうるぁ、と怒鳴って体力を使いきりぞろぞろと階段。しんど。あっというまに家に着いて、なぜわたしは人の過去がこんなにも緻密に気になるのだろうとマジでその根拠がわからなくてびびるが、なんとなくわかってしんどくなる。

 とにかくわたしは自分におまえだいぶとおかしいぜと突っ込む。ううむ。これはわたしがトラルファマドール星人的にさ、時間と感情の発生と維持のされかたを、やっぱそういうもんだとこれマジで信じているからなのだろうか。トラルファマードルがぴんとこん人ごめんよわけわかんなくて。なので現在と同じく過去がべらぼうに気になるのだろうか。すべてが現在といっていえないこともないのだ的な発想で?あー。そもそも何処から何処までが過去なのであろうかな。や、そういう問題でもなく、人がその過去を語るときに、なぜかわたしはそこにある種の誠実さの有無と加減を期待してしまうのだという面倒くさい癖があるというだけの話なのだとも思う。ごめんと自分の話して。えー、でも未映子さん、人にはさ、過去のこと言いたいことも言いたくないこともあるじゃん、というレベルの話じゃなくてさ。なんつうの、うまくゆえんがそういうことじゃあないのだな。

 そもそも、だいたいにおいて正直に話すことになぜ価値があると思えてしまうのだろうか。だいたいにおいて人が捏造を嫌うわけは?
 ううむ。過去にあったあれこれが不毛な問題に発展するのは、そこに嘘がある、という場合にいやな問題になり、嘘じたいがそれを問題にしてしまうそもそもの原因のような気がする。嘘がまじることによって、ある種の隠蔽が混じることによって、それに意味が生じてしまうのやな。嘘があるということが、自動的に、そこに本当がある、と思い込ませてしまうのだからね。本当のことがあると信じれる人というのは、やはり嘘をついたことのある人なのだ。

 しかし、嘘はあかんよ、誤魔化しも。というこの人類の持つ理想はいったい実際なんであろうかな。本当のことがある、と思い、なおかつそれを知りたいという衝動、いわゆる真善美的なもろもろへ向かう欲求は、いったいどこからやってくるのか?それを信用していいのだろうか。そしてだいたいにおいてその理想は理想として傍らに置くだけ置いたまま、やっぱり往々にして誤魔化し嘘を吐きながら生きておるというこの基本的な矛盾。結局、どっちがしたいねん。ああこの辺について考えると甘いものを食べたときのように頭ががんがんしてくる。あまー。

投稿:by 未映子 02:27 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2007.08.28

音楽の詩2に、随筆寄稿しました、でもって表紙もー。

Music02 『音楽の詩2』創英社に「うわさのムード、しかしながら邂逅」っつう書き物が掲載されました。随筆です。どうぞよろしくお願いします。表紙もこれずいぶんまえに撮影したので、髪が短い、というかこのあと一回切ったのでたしか髪の毛伸びるのが早いなあ。撮影は杉本青子さん、ヘアメイクはミガン。

 銀の鬼お幻さまわたしの首領、などなどでわたしの小学生生活を本当に彩ってくれた漫画家、茶木ひろみ先生から、ななななんと「銀の鬼 目覚め」とお手紙が届いてうえあああうえああ、ってなる。悶絶。産経新聞の書評を読んでくれはったらしい…。しかも川上未映子先生、とか書かれてて、先生って、あ、こういうなんていうの、距離感というか礼儀感というか、すっごく漫画家の方っぽい…素敵…とか思ってしまった。わたしは茶木ひろみ先生の描く男の人が、見た目も性格もすごくだい好きで(←小学生の語彙に戻ってる)、あかん。たまらん。とにっかく読み続ける。読み続けるぞえ!
 んで郵便物をだんだんと机の左手に積んで、パソコンで色々映像みながら開封してたら、パソコンは銀杏ボーイズ「あいどんわなだい」PVに辿り着いて、おおとか思って見てたら、そのとき手に取った郵便物が峯田さんからだったのでびっくり。そんなタイムリーな。新曲とそのとき見てたPVが入ってて、あーなんか漫画喫茶でこんな風な感じ、いいなあ、とか思って、してみたいなあ、とか、しかしさすがに31歳でなあ、とか思いながらええやんけええやんけ、とかぐっときながら思いながら2回見た。上からのアングルで撮ってる、あの女の子の動きと体型がちょっとえろくていい。がーっとなってどーんってなってぐっさぐっさのどっばんっていう音楽を見たり聴いたりすると、楽しくて切ねえなあ。人が必死に動いてるのを見ると直接感動する。涙もろくて最近困る。

投稿:by 未映子 10:15 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2007.08.25

8月25日の朝日新聞・夕刊「culture & entertainment」にインタビューで登場!

や、昨日は精神分析医の藤田さんとの対談にお越しくださいましての長丁場、みなさんほんとうにありがとう&おつかれまさでした。ぎゅうぎゅうでしたが文字通り濃くって、なんかそれぞれのあれに何かしらが残りましたらば幸い!またこのような機会がありましたら、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

や、それにしても最後の30分はけっこう熱かった。何をどう話したかをここに書くのは困難ですが、テーマに掲げた、「言語、そして母と子」については一般論から始めたものの、それでもなにか、思おうと思えば手がかりになるそれが、発見できたと思っております。むう。言葉が物語である以上、そのうわものはすべて物語なのだから、すきな物語を、選択すればよろしいのや。根拠の根拠をつめてって、誰が根拠の首ねっこを押さえられるというのだろう。根拠があればそれの根拠が必要だ。というよなことは言葉遊びと思われがちだが、我々が使ってるのは、そんな具合の、言葉です。がんばろう。がんばりたい。

そして、あすの朝日新聞・夕刊「culture & entertainment」面に、インタビューが掲載されまーす。もし朝日新聞読んでらっさる方はよろしくお読みくださいますよう、何卒よろしくです!これは三軒茶屋でインタビューしていただいたのですが、繰る途中に靴が半分に割れたのだよ。いきなし。まじで。かかとを失くしたというわけです。お気にいりのプラダの靴でした。なむー。んでかかとのあるふりして帰りました。

で、版元さんから、色々な書評や評論で色々な方が言及してくれはったり取り上げてくださったのを、ファックスで送ってくれるのですが、やっぱ人に向けて書いたもの、ご感想は是非問わず嬉しいことなので、それを読みたいと思ってくれるかもしれないこのブログの読者の人にもー、とか思って、教えてもらったらこちらでご紹介してましたが、知らぬことも増えて参りましたので、きっと漏れます…。すみません。もしもどこぞで出会い頭的に色々と出会ってくれましたらば、ふむふむー、ってな感じで、どうぞよろしくお願いいたします。チャオ。

でもって26日はいよいよ、イン歯ーの、た・い・だ・んッ!みなさんいらしてね!どんなに暑くなってもよ!きっと!きっとよ!つって今日、編集さんから三省堂のポスターみましたで、という写メールが来て、これ誰、と云われました。つくづくどえらい修正が入ってるなあ…結果的に人のテンションを上げるのか下げるのかわからぬ技術…しみじみしちゃうぜ。もうすぐ31歳だぜ。バカボンのパパも31歳だぜ。(うそ、ご指摘があり、41歳でした)わたしはマイケルジャクソンとぺヨンジュンと元ベイブの二階堂ゆかりさんと同じ誕生日だぜ。

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2007.08.21

《イン歯ー》出版記念対談、満員御礼!!

みなさまありがとうございます。ってなわけでもう昨日の時点で席が埋まってしまった模様で、連絡遅くなってすみません。で、当日いらしってくださっても席がもうないのらしく、立ち見でのご参加、キャンセル待ちも無理っぽくて、ま、これからぼっつら電話したろうかいなしらん、と思っていてくださったみなさま、マジどうもすみません。そしてこんなに暑いのにご予約してくれはったみなさまありがとうです。当日は歯のような服を着てまいります。噛むぜ!うそだぜ噛まないぜ!

 あと、イン歯ー、昨日の朝日新聞夕刊で、「わたくし率イン『千の風』」というタイトルでコラムに取り上げていただきました。それから週刊朝日という雑誌の「文芸予報」というページで評論家の斎藤美奈子さんが取り上げてくださいました。もしよかったら是非お読みくださいませ!

早朝6時半ころに友人と電話で、もしさ、もしさあ、コ、コスプレとかできるんやったらさ、な、何とかやってみたい…、みたいなまったく慣れぬ話を素人がなんだかぺらっこくどきどきしながら小さな声で、えー…、えー…、とか考えつつ何故か友人は寄生獣のシンイチくんで、わたしは色々あるけどやっぱ…覚悟のススメの、…散…かなあ、やっぱ、とかいいながら、(はらら、と読みます)、とくに散が父親である朧(おぼろ、と読みますよ)にまたがって首をとるあのね、あのひとこま…あのせりふ…(今度画像アップ、するね…)。っていうと、あーあそこねえ、とか云ってて、えーでもそれって本当は朧のほうに興味があるんじゃあないのかおまえ、とか自分を突っ込みながら、でも散ふうのメイクってどんなかなー、淡い色味でやっぱ髪の毛の色は薄くてふわりと短髪…、とか考えながら、原稿書きつつゲラチェックしてたらいい感じの時間になって今からご飯たべる。1日に3回は水浴びてる最近。するとちょっとの間涼しい。文章書くのはとても難しい。

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2007.08.15

8月26日《イン歯ー》出版記念対談の詳細!!

詳細の告知が遅くなってすみません。暑いのだけどさっきまでクーラーを入れてなかったのだけど、さすがにいれましたよ。ものすごいね。外に出たら、一瞬で黒くなるよ。わたしはどうも人さまに比べてメラニンが多いらしく、肌がつよいらしく、赤くなったことがなくいつなんどきも瞬間で黒く焼きあがる。小学生のときのかわゆいあだ名はサンコンでした。夏場限定。チャイムが鳴るたびにキンコンサンコンとみんなが歌うのでわたしも歌ってみました。きょうだいからはビビンバと呼ばれるほどに確かにわたし黒かった。以下は詳細です。


『わたくし率イン 歯ー、または世界』(講談社)刊行記念
川上未映子×豊崎由美さんトークショー

【日時】平成19年8月26日(日)17:30〜
【場所】三省堂書店 自由時間店内 上島珈琲店
【参加方法】対象書籍をお買い上げの方先着50名様に、参加整理券を差し上げます。
【お問合せ】三省堂書店 神保町本店1階/03-3233-3312(10:00〜20:00)

会場は本店ではなく向かいの文房具なんかを売ってる店ですので、お間違えのなきように。地図はこちら
基本的には、この機会に三省堂さんで購入してくださった方、あるいは購入してくださる方を対象に整理券の引渡し、および電話での受付をするようですが、「実はもう買っちゃたのだがどうすればいいですか?」という方は、三省堂さんのほうに直接お電話して、がしがし問い合わせて下さい!ヨロ!まだお読みでないかたは、是非この機会にどうぞよろしくお願いします。どこの部分にわたしがあるのか日々悩んでいる方への激しい夏の、いわゆるサマー・プレゼント等にも少しだけ、最適だと思われます!

そして、当日ふらっと来てもらってもわたしは人数的には入れると思うのですが、一応、電話予約はしてくれたほうが確実です!座れます!
どうぞよろしくお願いします。

投稿:by 未映子 05:10 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2007.08.09

<わたくし率 イ ン 歯ー、または世界>出版記念CM、出来ました!

 そして毎日が死ぬほど暑く、町が、猫が、瓦が、コンビニが白トビしてる毎日ですが、今日はタイ王国の夢を見ましたが、<イン歯ー、>のCMが出来たよ!
  
 映像で30秒間だけど目と耳で楽しもうよイン歯ー。ひょんなことから知り合った映像作家の小岩良さん制作、音楽はCOTUCOTU、絵はわたし…であります。歯はわたしのリアル親知らずですよ。これすっごいでかいのよ。じ、実は歯があるのですが…、つって初対面の小岩さんに「ひとつよろしく」つって預けたとき、なんかどきどきしたぜ。歯、どん引かれなかったぜ。よくわからないけれど商用と改変不可、配布自由のクリエーティブコモンズに登録してますのでどうぞよりしくお願いします。
 しかし暑い。タイ王国より暑い。何を食べてよいのかわからずたまごかけごはんを食べる。いま気づいたがこの部屋にティッシュがない!だから机の上が汚れていくのや。先日共同通信さんよりたくさんの新聞やコピーが届く。なんだか色々な地方紙に、人物、みたいな感じでインタビューしてくれたのを配信、んで載せてくださったみたい。7月28日付けでした。ありがとうございます。見出しが「私の存在、歯に置き換え」とかでありました。こないだちろっとニュースで見ましたが、なんか若い女子のあいだでは親知らずが生えないみたいね。退化だ!と謳っていたけれど。さっき大金をごそっとインターネットバンキングで振り込みしたあと一瞬全身が寒くなる。あ。振込み後の残高を見る、という表示もろともを真顔で寸殺。そんなもん誰が見るかいや。殺すおつもり?あー、ひんひん。これからは句点をたくさん打とう。

で、制作してくれはった小岩良さんはこんな人
ここで見れるmothercoatの『+birdless』もPVも、かっちょいい。この曲は発売中ほやほやらしいですぞ!あーなーたーのこーえがし、てー。だぜ!ライブもあるらしいぜ!

というわけで、どうぞよろしくお願いします!見てね!

投稿:by 未映子 06:22 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2007.08.08

<イン歯ー出版記念対談&サイン会>の決定!!お相手は豊崎由美氏だ!!

 8月26日の夕方5時半から神保町の三省堂の自遊時間店、一階のカフェーにて、小説集「わたくし率 イン 歯ー、または世界」出版記念対談、なんならサインもさせてください的な会を催すことになりました!対談相手はななんと!メッタ斬りそんなに読んで、どうするの?、の、豊崎由美さん、トヨザキ社長だー!
 文章と作品と人生と覚悟について本音で暑苦しくお話する予定…(うそ、いま適当に書いたが)、講談社の担当さんには、も、笛もって横にぴったり立っててくださいとわたしはお願いする予定…。わたしが悪ノリして要らんこと云いそうになったらピーって…。某ラジオみたいになったらピーって…。でもきっとスリリングで赤裸々な会になることと思われますので、文章に興味のある諸氏ない諸氏、たまたま通りかかるだけの諸氏、みなさまぜひぜひ遊びにきてください!わたしの頭はマミ部炸裂で参加したいと思います!渾身のマミ部。参加方法は、多分ふつうに来てもらうので問題ないと思われます。カフェーでの飲み物代だけかかる模様…。でも椅子もゆったりしててリラックス出来る感じだよ。もろもろ詳細は三省堂にアップされたらリンクはりますが、みんな来てね、ってことで日にちと時間が決まった今の時点で一応お知らせ第一弾!今から空けておいてください!どうぞよろしくです。夏だね。お会いしましょう!

投稿:by 未映子 11:38 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2007.08.07

「新潮 9月号」と「群像 9月号」に随筆を寄稿しました

Sincyou200709Gunzou200709 そっか、新潮と群像は発売日が同じなのであったのな!
というわけで、8日7日発売の新潮と群像に、随筆を寄稿しました。新潮 9月号には「燃える顔、そして失われたお尻」、そして群像 9月号には「麺、ぶったぎって樋口一葉」です。どうぞ是非、読んでみてください。

 イン歯ーが、どこの書店に行ってもひら積みで嬉しいぜ。つってもわたし自身はあんまり本屋には行ってないけれども、みなさん写メールなや情報やタレコミありがとう。どうもありがとうございます。そして読んでくださって感想をくれはった皆様、どうもありがとうです。全部読ませてもらってます。しかしなんかもう8月でおそろしいなあ。最近は何時に寝ても朝8時に起きている始末。んで午前中に仕事を始めてる始末。事務手続きを済まして色々を夜中まで。うーむ。脱力と壮健、背筋がバキっと伸び続く感じ。これがうわさのひろぽんパキっとシャキっと感?覚醒っつうぐらいのもんで?それとも別の。自己の自己へ課す掛かる無意識の圧力。あんなに寝るのが好きだのに寝てるのがもったいなくなってきて落ち着かずそわそわして寝れんのだよまったく。熱帯、べらぼうに忙しいという事実もあるがしかし今年はこのままこんな調子で来年も頑張れるのか果たして。や、つべこべ云わずにやったほうがいいと思う自分に。さっき待合でなぜか日経エンタテインメントっつう雑誌をぱらついてたら自分の写真が小さく出てて涙を飲んだと書いてあった。明晰夢もそこで起るほとんどのことを最早コントロールの支配下におさめてしまった今となっては、想像以上の映像と体験が出来なくなってしまってちょっとそれが悲しい。明晰夢やりすぎ。玄関のドアとベランダの戸をあけて夜いると、風が阿呆みたいに駆け抜けてゆくので、わたしの人生においてこの風に相当するものはいったいなんであろうかとしばらく暗闇をぼんやり見やる。それはまるで林間合宿の夜の暗い緑の傾斜にひとり、座ってるよう。人間は10才くらいの時の目が、夜空は無数の星をいちばん美しく捕まえるのだという噂。爪の色を塗ればなんかの流出を防げた気分になって苦しいけれど落ち着くのもまた事実。どんな考慮もそこからあられの降るところ。含む、あれは不満足。

投稿:by 未映子 10:59 AM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2007.08.04

8月5日<産経新聞>読書欄、『わたしの本棚』に寄稿しました

 毎日暑いことですね。みなさまご機嫌いかがですか。
 産経新聞の8月5日朝刊、わたしの本棚というコーナーに寄稿しました。それぞれちょっとずつでしかないけれど、言及した本は「樋口一葉日記。書簡集」、隅田川乱一「穴が開いちゃったりして」、永井均「転校生とブラックジャック」、茶木ひろみ「銀の鬼 目覚め」、そしてカート・ヴォネガット「国のない男」
もしよかったら、お読みくださいませ。産経新聞のサイトにもアップされています。

Kuninonaiotoko 見出しは、人間は誰に相談すればいい?であります。NHK出版さんから戴きました、ヴォネガットの「国のない男」にまつわるものです。手触りよくってスペシャル感が随所にあらわな素敵な一冊です。んで、くんくんと読みながら、どんどんと沈んでいく気持ち。世界と人間に怒り呪詛しまくる人間・ヴォネガットに、だったら!だったらどうしたらよいのだよ!ってこちらも苦しくなってくる始末。ああ。世界と人生における重要事など、その人の目のついてる角度から語れる以外のものではなく、みんなにこにこ笑ってはいるが、実はまったく違う話をしているのだ。自由ひとつとってみても。神様いっことってみても。そんな相対でありながらの絶対がそこかしこにあって、あーもう、それじたいの絶対矛盾に苛苛しつつも、ヴォネガットがこの本で書いてることが果たしてわたしの現実であろうかどうか。や、紛れもなく現実であることが直観的にわかるから、やはりわたしの気分を暗くさせるのであった。

 散々な目に遭ってきたヴォネガットはこれまでの人生と作品の中で、あれだけ!あれだけもの超スペシャルな笑いで、冗談で、彼の世界と彼の世界の住人の世界と渡り合ってきたのにもかかわらず、最後の最後のこの本のなかでは、所々覗き込むヴォネガットの冗談も笑いも有効なものとしては響かなかった。あ、と思った。ヴォネガットの笑いが世界に負けた、と思った。んですぐに、や、負けとかではないわ、と焦って思いなおしたのであるが、なんだろうかこの陰鬱で恐ろしい気持ち。背中からどす黒い液体が億トンで迫ってくる感じ。皮肉にもヴォネガット自身がスローターハウス5でドストエフスキーについて、だけどもう、それだけじゃ足りないんだ、と書いたように、わたしはこの遺作を読んで、ああ、もう、ヴォネガットの笑いだけじゃあ足らんのだ、ということをぼんやりと強烈に思い知った。ヴォネガットはわたしの人生のかなりの多くの部分を救ってくれたけれども、その季節はやはりもう過ぎ去ったものであって、ある意味で本当にもうヴォネガットはいないんだと、(もちろんそのまま逆のことも云えるけれども) 心底じわじわ思い知らされた一冊だった。ヴォネガットが面白いことを云うたび書くたびに、笑うな、と云われているようだった。もう笑うんじゃない、と詰められてるような気分になった。それも単なる気分や感傷であるかもしれないけれど、とにかく、これは、悲しいとかさびしいとかじゃなくてわたしにとっては抜き差しならぬほとんど恐ろしい本でした。なんか。それはわたしが人間だからです。


投稿:by 未映子 10:49 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2007.08.01

いける本・いけない本 第6号

Ikeruhon編集者や新聞社の文化部記者、大学の人、出版関係者や書店員たちの集まった<ムダの会>が発行する、「いける本・いけない本」2007年夏、第6号。
今号の表紙には「本に関わる有志が作った読書人のための冊子です。俎上にのぼるは、専門書からベストセラーまで。さて、何から読み始めましょうか」とあり、アンケートでは目利きのみなさんが、いける本、いけない本、について単刀直入にばっさばっさと切り込み、本のみならず現在の出版業界、書籍流通のあれこれについての対談などもあり、歯切れよく気持ちのよい冊子であります。32頁ということで読み応えもばっちり。こちらの書店などで無料配布みたいです。

 で、中嶋廣氏が拙著「そらすこん」をいける本に取り上げてくだすって感激した。もちろん面白かったのだという感想はそれだけで嬉しいものだけど、最近わたしも本について書くという作業が多くなってきてこんな風に感ることをばちっと核心を伝えられたらなという思いと、それに拙著が相絡まって素敵だったので引用させてもらいます。

「文筆歌手」の第一作、形を成す以前の凄まじい才能の奔流。こういう人の言葉は本として、どういう形をとることになるのか。あるいはとるべきなのか。「現代詩」「純文学」、そういう古い革袋に、新しい酒を盛ってもしょうがない。一人一人ジャンルという才能は、いつ現れても目が眩む

自分のサイトに少々こっぱずかしい気持ちもなくはないけれど個人的にばきばきに背筋がのびました。がんばらねばと思います。 
中嶋氏はトランスビューという出版社の方で、わたしは以前氏の討論・インタビュー、日記をネットで読んで興奮したのを覚えてる。早川義夫氏の「僕は本屋のおやじさん」にもその業界にまつわる馬鹿馬鹿しさ、苦労、喜び、が再三書かれてあったけど、本を買って本を読む、それだけの一般読者にはなかなか関係のもてない、みえない問題というのがあって、もちろんわたしも一般読者だから実際のことはわからないしそんなの気楽なものだけれども、なんとか目の前の問題を乗り越えて体を使って実現してゆくということ自体には自分の生活にも多いに関係がある。どこの業界にもそれぞれ問題はあるのだけれども、身近な<本>というものを軸にしてある問題への姿勢を読んだあとに、なんだか強い力を吹き込まれた、びっくりするほど勇ましい気持ちになったことをよく覚えてる。トランスビューという版元から出版されている本については、わたしもいつかその能力がおっつけば読みたい&書きたいと思う本がたくさんあり、本当にあらゆる意味で気合の入った本しかない出版社であります。なんにせよ熱い。心身が引き締まる。

 で、いける本・いけない本ですが、自分がへー、と非常に面白く読んだ本がある人にとっては全然いけてない本であったり、逆もあり、その文脈が単純に面白かったりして、んでもって知らんかったがこんなふうに触れてみるとなんや面白そうな本がほとんどで、こういうときに思うわけ、いい本やいいものと出会うことのなんというかすれすれ感。たとえば音楽でいうとわたしがもしCOTUCOTUに、あるいは坂本弘道の作品に出会ってなければどうだったかと思うとなんかサワっとこわいわけ。どうやったら出会えるのかなんてわからないのだからむしろ面白くて色々が仕方がないっちゃないけれど、この度はこの冊子のおかげで今日買いに行こうと思う本が少なくとも6冊ありました。むー。

投稿:by 未映子 11:41 PM [書籍・雑誌] | 固定リンク | トラックバック

2007.07.27

単行本「わたくし率 イン 歯ー、または世界」(講談社)が発売です

Inherという運びになりました。「感じる専門家 採用試験」も合わせて入ってます。も、表紙も文字組もええ感じ!白に赤はめでたく歯っつうぐらいのもんで、どうぞよろしくお願いします。こないだはどこかの外国のラグビー選手のおでこにずっと昔の試合の際にぶつかった相手の選手の歯が埋まってて、それに最近気がついて感染症やのなんやのでマジあぶないところでありました、というニュースがあったり、「東京ドームのこの夏のホラーハウスは「闇の歯科病棟」だそうで、『この夏は、歯だな』と思ってしまいました」という素敵なメールを記者さんからいただいたり、というわけで、イン歯ー、書き換えた部分あります。よろしくお願いいたします。

新潟はなんでこんな人が少ないのかと思ったら風評被害ですってね。はらま。なんも問題あれへんかったよ。今回は新潟大学で永井均氏の集中講義に(もぐり)参加のため、体調にちょい不安あるも抑えることできず仕事をてんこ盛って新幹線。昼講義で夜ゲラチェック。講義はチャルマーズが主軸でクオリア。おもろ。尽きん。んでときどきクリプキ。そして夜は新潟大学の佐藤徹郎先生と城戸先生にお誘いいただき4人で言語が見る夢のような語らいの時間。はあ。ご馳走になった<田舎>という新潟料理のお店がおいしすぎした。新潟の古町に行かれる際はおすすめです。休憩でトイレに行くときに院生でいらっしゃるらしいナイスガイにいろいろ読んでますと声をかけられて、うわありがとう、や、こちらこそ、いやこっちこそ、いえもうほんとにこっちが、や、とんでもなく当方が、いえもうこっちは先輩も、なにをなにを、や、この度は残念で、や、そのおかげで講義にも、いえいえそれでも、いえもうほんとに、とか廊下でお辞儀のし合いになりました。新潟また行きたい。なんかが七月をまたぐ。

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2007.07.25

SFマガジン9月号「カート・ヴォネガット追悼特集」に寄稿、明日の中日新聞夕刊に随筆を寄稿

SFマガジン9月号SFマガジン9月号<ヴォネガット追悼特集>でましたね。4月から早いことです。追悼文「ヴォネガット部、ここからとてつもなくでっかい、よろしく、を」を書きました。
カバーはもちろん和田誠氏、浅倉久志氏によるインタビュー訳、池澤夏樹氏、若島正氏、太田光氏、沼野充義氏、などなど「ヴォネガットとわたし」ってことで随筆、そのほか執筆人もいい感じ。是非!

ほんで諸般の事情により只今、新潟にいます、日記は告知だけで殺伐としてごめんなさいよ、そして明日26日の中日新聞夕刊に、随筆「わたしは名古屋に恩義ありあり。まじで」を書きました。これもよかったら、お読みになって、よろしくです。

投稿:by 未映子 11:32 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2007.07.19

芥川賞っつうぐらいのもんで、あれこれ

 や、スポーツ新聞で芥川賞落選作家の素顔、とかいう見出しで記事を書いていただき、なんかテレビでも取り上げてもらった模様で、おおきに。編集部からファックスもらってそれ読んで、素顔が1%も出ておらぬ記事にこの世の文字の適当と適正を見、面白いなあ。未映子さん肌がおきれいですね、写真見ましたが、とかのメールもいただくが、すみません、レコード会社が用意してくれるああいう写真は、も、完全に完璧にリタッチ入ってますから。がんがん入ってますから。リタッチって日本語で修正な。つるつるに仕上げられるんや。
 ま、とにもかくにもほんとうにこの度はみなさん、今回のこれこの候補なんやかやいかれこれにかかわって下さったみなさんどうもありがとう。残念つってお菓子送ってくださったり開運つってにぎやかな一升瓶のお酒送ってくださったり、応援ポエム、残念花束、などなどたくさん、ほんまにありがとう、そして心温まるおメール、および沈黙にまじでほろっときてる次第です。
ありがつ。

 受賞うんぬんは電話がかかってくるねんけれども、あの感じ。あの感じよ。なー。やな感じなー。
通常こういう場合、宴会など催すのだが、わたしは早稲田文学の編集長と2人で喫茶店で待機。で、ま、あーってしんどいことよな、と思う気持ちでビール飲んでたらば、なぜか人さまの失恋の話題で持ちきりになりあつあつ、や、それは人として最低の部類に、とか、それをゆっちゃあ今生はもうお仕舞いなんでないの、とか、え、2007年に今現在にそんな覚悟完了の仕方があるのでしょうか、なんたる猜疑心!とかそっちにでら興奮してきてその盛り上がりの最中に電話がぺろっと鳴って話も佳境のおりに一瞬ちッ!とか思ったらば、あん、わたしよ、おまえは仮にも今とても重要な電話待ちであることをもしかして忘れてた?つって電話とると、「今回は残念でございます」的な内容が。ま。はて誰が受賞に?との質問で諏訪さんっつうことで、や、でも川上さんもいい感じで、あの、ほとんどよかったですよ的な慰めと真実らしいお言葉をいただき、えー、ならばこの際、あれあの同時受賞ってのはどうですか、それが無理なら賞金だけでも、つって笑い飯的なことをいってこのいたたまれぬ場を揉んだつもりがそれは無理ですね、とあっさり返されて、冗談です、というタイミングを失い、そこから30分、かかってくる電話電話になんか期待させてごめんね挨拶を繰り返し、そんな一日。駆けつけてくれた某芥川賞候補アンドミュージシャン先輩作家は、ああもうきみ最低ですね、とか云うんであって、ま、ま、きみもさ、これを機にささやかな気持ちで書いていこうよ、って云ってくれて、そっか、ささやか…。そういうの、大事。だよね。と思ってみたのだが、よく聞くと、ささやかではなく、ささくれだった、でありました。とにもかくにもすごい励ましをもらったぜ。ありがとう。

 なんかさ、賞なんて、そんなものは単にセレモニーだぜ、ねえ父さん、あらゆる儀式はわざとらしく無駄で滑稽なものだよねつって早川義夫も歌うわけであって、そして、ねえ父さん、どうしたら僕は素直になれるのでしょうか、と続く。儀式なんてもんはどっかで作品と関係があるけれど、それと同じだけやっぱ関係がないのだぜ、というのはある真実で、それゆえ、それをこんなもの下らないぜ、なんていうのはそれを云うとき同じだけその逆も内包するんで、その価値を知ってることの反作用であって、わたしは今回色々と思うところがあるなりよ。ふむふむ。今年はこれから猛烈に書くぜ。書けたら書くぜ。や、書けなければ書けないのだからということは書けば書けるのだぜ。
 それでも、みんな駆けつけてくれて、美味しいものを食べて、みんなが暖かく、気を遣い遣われ、なんだか嬉しい一日でありました。でもって家に帰ってがんがん原稿を書いた。すごい仕事した。

 ユリイカの編集長とはなんかやっぱ悲喜こもごもあるじゃんやっぱ、初めて文章そのまんま載せてくれた人やしさ、んで仕事でお忙しかったらしく当夜はお会いできなかったのだが、電話で話して、ま、こっちとしてはなんかぐっとくるじゃん、や、これこれこうで、わたしは、とかけっこう熱がこもってこっちの話が盛り上がってきたときにさくっと、「あ、電車がきたので乗ります、」とか云われたり、大阪の姉が落選した次の瞬間、まさかの別件で電話をかけてきて、それはなんか自分の歯の治療に関する相談で、これは遠まわしになにか、わたしへの彼女なりの作品を踏まえた慰めであろうか…、しかしそんな技術が彼女に…、とタイミング的に感じざるを得なかったのだが、どこまで待ってもしょうもない歯の話、値段の話。「さ、さっちゃんさあ、じつはわたし今、例の賞に落ちてさ…、あ、あの今みんなで、ま、いちおうシリアスな場面で、あ、あるからして、」とか恐る恐る云ったのだったが、「あ。どうやったーん、」「あかんかったわ」「あーほんま、ほんであんたインプラントって知ってる?」とかでまじかよ。まじだよ。だいたいはじめ彼女は芥川賞のことを真剣に競馬の賞のことやと思ってて、話が2分ほど噛みあわなかった。んで「なにそれ。えらいん?」「や、新人賞っていうか」「ふーん、あんた新人なん。30やろ、もう」とかの始末であって。それから実家では、なんかで受賞にまつわるテレビか写真かを見た86歳の祖母が、「やー、みえちゃん、なんかえらい痩せたなあ」とか目を細めていたらしく、おばあちゃんそれ諏訪さんですから!かぶってんの髪形だけですから!や、も、どうにもこうにも。や、諏訪さんこの度はほんとうにおめでとうございます!みなさんありがとうございました。精進するぜ。秋には新作発表するぜ!

 で、候補んなった「わたくし率 イン 歯ー、または世界」が単行本となって講談社から刊行されます。今月の27日!単行本化にあたり書き換えた部分もちょいちょいあり、合わせて楽しんでいただけると幸いです。装丁は奥定泰之氏、文字組みもでらかっこいいので是非書店でお見かけしたら、手にとってごらんください。
 早稲田文学でも「感じる専門家 採用試験」のフリーペーパーと「イン 歯ー」掲載誌セットであわせてご用意してはるらしく記念的にそれもひとつ、よろしくお願いします。や、この早稲田文学0号はいい号ですよ。仙田学「肉の恋」、萩田洋文「ユキチ・コード」は必読。どうぞよろしくお願いします。

投稿:by 未映子 04:08 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2007.07.14

連作短編、第2回、「夢は九つくらいがいい感じ」 イン アスペクトPR誌!

Aspect0707_1ってことで連作短編「お母さーんと叫ばなならんの、難しい」の第2回目です!これは無料配布ゆえ色々入手にはご苦労ありかと思われますが、またもや胸キュンな表紙が目印、どうかお手に入れてもろもろを感じてくださりませー。アスペクトからも送ってもらえるよ!どうぞよろしくです。

 おとといは早稲田大学の講義、聴きにきてくれた大勢のみなさんどうも真剣にありがとうございました。時間と言葉が足らんゆえに、なんか消化しきれぬところばかりでありましたが、またの機会にお話できる機会あればうれしいっす。ありがとう。ほんまはゲストはわたしひとりであった積りで内容を確認してたのやが、講義の前日にタマタマ中原昌也さんとごはん食べてて明日講義でゲストやねんの話題から中原さんも参加する運びとなり、なんか急なあれでしたけれども、嫌だ嫌だというなら書くんじゃねえよ中原先生!的な問いかけからそれに対する中原さんの話も腑におちるもんであったし、書くこと書けること書けないこと、それから文章や表現にかかわらず日常生活の細部における誤差ってもんを許してくださいよお前ら!ってお前らって誰なのだ、ということや、新しいとか古いとかじゃあさすがにもうそんなことではなくって誤差、誤差こそが的な、しかしそれにまつわる作用反作用はどこで有効であるのかどうか話、ま、色々脱線しまくりであったがやっぱ面白くもっとそこんとこから時間があればね、話たかったぜ、しかし後半に至ってはけっこうなんかああいう感じではありましたが、なんかやっぱ「おそろしいこと」について、話合ったような気が、した。どうかな。どうでしたか、どうですか、とにもかくにもどうもありがとう。
今回わたしの小説については結局ほんの少ししか、触れられなかったけれども、やっぱ短時間で話するのは難しく能力がねえよ。わかりにくくてごめんかった。でもたくさんの人、読んでくれていてありがとう。小説は流通が出来るがこれここの対話は流通が出来ぬこの拮抗におもろいことよな、と思い道道帰りました。あとメールもたくさんありがとうなり。

 最近はなんやかやでインタビュー多く一日にまとめて話すぜ!って気合で臨んだ一日4、5件を数日間、んでそれぞれ約一時間半ずつ濃い濃い話を連打、喋り続けることへの限界状況をまじ体験しまじ死にそうになった。それはなんかもう、みんなそれぞれ素敵で抜群なインタビューだったゆえのことでなんか興奮してきて明らかにインタビューの四季折々ではテンションが右肩上がり、だから!アイデンティティとか自分探しで見つかる自意識とか自分なんてもんはこの小説のどこにも!どこにもねえんであります、とか単に歯がすき、とかこっちは口の中をあんなにあんなに差し出しちゃってなのに歯医者はマスクして目しか見せてないってこのたまらん主従関係がもう、とか三十路、とか行間?そんなものは用意していません!とか樋口部!わたしのなかに樋口部がもう!とかを三茶や渋谷で叫んだり最後はなんつうのニーチェやなくてもそら馬に抱きつくで的な爆発があったりなかったりで、忙しくもやはり作品にまつわる興奮は人生の悦ばしきなんかであってみなさま本当にありがとうございました。ってな最近はそんな感じで、日記というのはこういう感じあったかどうか果て。

投稿:by 未映子 03:57 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2007.07.10

多和田葉子「溶ける街 透ける路」、穂村弘「手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)」、「短歌という爆弾」の書評を週刊アスキーに書きました。

 週刊アスキーさんってパソコンの雑誌であったことをあんまり知らず、ずいぶん難しいことが書いてあってこないだ熟読にトライしたがやっぱ難しいことよ。そんな私のパソコンももう飽き飽きするほどの満身創痍であって、そっか、買わねばなー、幾らくらいの何を買えばよいのかが皆目不明、が友人に教えてもらいかつ付き添ってもらえることになり安心、んでついにわたしは野中ユリ氏の絵を購入、ということになり、べらぼうにとことん這いずり回って本当に欲しかった<夢の地表>シリーズは、そう、神奈川近代美術館での個展の際に発行された画文集のあの表紙の絵な、コラージュな、あれ欲しいつって、どんなローンも現金払いも辞さぬ覚悟、と告げて野中さんに交渉しても、「あれは30代の代表作、お売りすることは叶いません」といわれて、そらそうよな、あれはそうよな、すんごいもんな、つって、わたしは二番目に欲しかったのを購入、実際もう家に届いた絵に対して最初にしたことは匂いをかぐということだった。わたしはなんかいとしすぎてたまらんものに当たっては押さえきれぬゆえに匂いをかいでしまうのやったがここでも。男の人も、好きな人ならなんかよくわからぬいい匂いがするものな。においを噛みたくなる衝動。あるいは刻んで爪のように瓶づめ。吉良。吉良的な。そして今週木曜日には早稲田大学のなんつうの、文学部?さんにゲストとしてお呼ばれいただいているので、そこで何を話そうかしらんはまだ何も決まってないけれど、早稲田へ問題なく辿り着けるように、路線図を確認することを忘れぬようにがんばろう。

Ascii20070710 7月10日発売週刊アスキー寄稿の書評は、多和田葉子氏のこないだ出た「溶ける街 透ける路」について書き、穂村弘氏の「手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)」「短歌という爆弾」について書きました。特にこの穂村作品についてのあのなんともいえぬあの感じ、は、書評で書きましたので、読んだことある皆さんもないみなさんも、是非どうぞお手にとって是非。あーあ。なんか夏。離れてくれへん匂いも毛穴に入ってくる湿り気の温度もべらぼうに、ああべらぼうに、ほいでもってめさんこに切ないぜ。みんな平気?


   

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2007.07.09

<超短編6>に超短編を3篇、寄稿しました

Cyoutanpen6「わたしには檸檬もないのだったし」
「死んでる先生死んでる歌手、あらゆる記憶によう耐えた」
「母の目を逃がす」

のみっつを創英社刊<超短編6>の巻頭に寄稿しました。超短いの。入手していただきぜひぜひお読みくださいませ!どうぞよろしくです。

芥川賞候補っつうことでなにかと、というかべらぼうになんか、なにかが集中して忙しく眠ってはいるのだけれどもなんか忙しいよ。思えば新曲なんかのキャンペーンなどでは札幌でラジオに出てインストアして取材してそのまま広島でラジオでもって取材でインタビュー、でもって長崎で同じこと、なんていうことも四季折々あったりしたわけなのやけど、それとは一味違うこの喧騒感。日清のカップヌードルをすごくよく食べてる。早いし。美味しいし。かたいし。わたしはお湯を入れて45秒。ああ、なんというかわたしは仕事が結局のところとても遅いのでそのことだけが不安で不安で死にたくなってくるのですが、この年内を終えるときそれを終えるわたしはどのような心境で終えるを迎えることになるのであろうかな、いや、それだけではない、もう既にあらかたが終わってしまった今日この一日を終わるときにわたしはいったい原稿を書きあげているのであろうかどうか、この近すぎる未来それすらただただおそろしく、書きもせずただおそろしいよう、と云っているだけなのであってはー。ああ書き始めるまでのこの無駄としかいえぬ時間をなんとか有意義なもんに変えられんもんかどうか。逆元気玉的なあれで。選考日は7月17日であって、編集者さんや友人知人のみんなから、でもってテレビの人や新聞の人からまで「当日はどこにおいで?」ってなことを聞かれるのですが、一応所在を明確にせねばならないのですが、どっこも行くとこあらへんわね、ってだいたいは各版元の編集さんや関係者さんとこう、ぱあっと宴会をして電話をこう、待ってって、こうなるわけですが、お誘いもいただいているわけなのですが、まあ受賞したら適当にめでたいねえ!つっていい雰囲気にわいのわいのとなるのやも知れぬが落ちたらあなたそのときわたしなんてみんなに声をかければよいのですか。なんか色々が行ったり来たりであれして回転してみんなにばりばりに気を遣われその遣われがまたあれしてわたしも気を遣い結局みんながみんな何がしかがを遣ってくたくたになってしまうんでないの。や、みんなも相当なあれでないの、ってなことで、電話はどっかで受けるとして、ほんとの数人でひっそりと待つつもりでおる今のところ。でもってメールくれはったみなさん本当にどうもありがとうです。返事書けたり書けなかったりですが、すべて読ませていだたいております。ありがとう。年内は色々書いて色々本出すぜ。告知もちょい続くー。

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2007.07.05

第137回芥川賞候補に「わたくし率 イン 歯ー、または世界」がノミネート、そして卵子

 ってなことで選考日は7月17日なのらしい。電話がかかってくるのらしい。事前取材や単行本の準備や原稿書きやで忙しく、人に会うことも多くなってそんな毎日ではあるのですが、これからさき卵子を放出できる回数のことを考えたりしてる最近。
 とかって観念も甚だしく今夜、そんな感じ。しっかし時間かけてエスパー魔美のあの髪形を毎日がんばって苦心して腐心してマスターしてやってんのに梅雨!おまえ!瞬間にもろもろやんけ!わたしの魔美部!魔美部が!!って感じでま、そういうことを思ったり思わなかったりのもう今年も半分の過ぎ去りの最中、あーあ。

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2007.06.24

<ユリイカ>7月号に、「彼女は四時の性交にうっとり、うっとりよ」を寄稿しました。

 東京でじぶんの肌を改めて見ると、なんていうか、も、つるりと麦茶の装い。わたしの今までのささやかな資本を投資し続けた美白のすべてがサムイに散ったんで。あ、ブルー。黒くてブルー。黒いのにブルー。サムイ島ではタトゥーのお店が仰山あって、ぼーとしながら外国人が、ど勘違いでどんな漢字を彫っていたらば心あったまるかしら、をなんとなく思えば、一生懸命、とか愛、とか命、とかはよくある様子であって、牛丼、とかやったらなんかいいんでないの、とか熱風の中で思い、そしたら成田についてから急激に牛丼が食べたくなり、三十路でもうほんまに牛丼もないのだがわたしはマクロビオテックの人が見ればノー!っつって卒倒しそうなほどにジャンクなものを食べれるのであって吉野家に飛び込んだら11時までないよ、といわれて一旦帰宅し、11時ジャストに吉野家にきっちり行って食べたのであった。こんな大量の白飯が胃の中に入るなんてー、むりー、とかいいながらしかしまったく入るのや。ああ。

 でもって6月25日発売<ユリイカ>巻頭に、「彼女は四時の性交にうっとり、うっとりよ」を寄稿しました。彼女の性交における推論詩です。皆さまよかったら、ぜひとも読んでください。を書きながら、こういうのはあんまり説明つかぬのだけれどでも、こうなんか素晴らしい感触がありました。そういう手触りというのは個人的にとても書いていて気持ちのよいものですんげい興奮するのでうむ。今号は<石井桃子総特集号>なのですが、詩のほうは特集とは関係がないのですが、石井桃子さんについての大アンケートにも参加しております。どうぞよろしゅうにー。

今月ももう残り少なくなってきてびびることにももう飽き飽きなのだが来月に出す予定の単行本のあれこれをしたり、色々を書いている初夏はなんだかそういう按配で。パソコンもういよいよ買い替えなならん段階にしっかりと突入し、キーの配列までがくるっておってまさに満身創痍にいままさに触りつつある初夏といえばそう、いつか<ダ・ヴィンチ>で紹介した、山川弥千枝著「薔薇は生きてる」が復刊されることになり、その解説を、穂村弘氏、千野帽子氏とともに書きますえ。来月は色々と告知があったりなかったり、近くなったらまたお知らせしますえ。ああ夏がもうすぐそこで斜めんなったり直進したりぎざぎざんなったりしていて兎にも角にも。


  

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2007.06.06

STUDIO VOICE 7月号 佐々木敦<絶対安全文芸時評>に、イン歯ー、が

 こないだの小説、個人的に、わたくし率、と略していたのですが、ご感想おくってくださるほとんど皆さまが、イン歯ー、と略してくれてるので、イン歯ー、ってな感じでひとつ。今まさに発売中のSTUDIO VOICEの佐々木敦さんによる、絶対安全文芸時評に<わたくし率 イン 歯ー、または世界>についてのコメントが掲載されてます。  この時評は、今月の十編、と称して順位が設定されております。色々な作品が取り上げられていて、ふむふむって参考になります。イン歯ーは3位でありした。1位の諏訪哲史氏の<アサッテの人>も読んでみたいと思ってたところ。4位に挙げられた円城塔氏作品は、単行本のほうは版元さんから献本いただきいま読んでる最中でありますが、大きさも装丁も黄色で重さもとてもええ。ここで紹介されてる文學界新人賞受賞作の<オブ・ザ・ベースボール>は未読。今回の時評には早稲田文学0号に掲載された作品が多く登場し、でもなるほど非常な作品がとっても多かったので個人的にとても多いになるほど感がばっつりであります。9位の仙田学氏の<肉の恋>と2位の荻田洋文氏の<ユキチ・コード>、6位の青木淳悟氏の<日付の数だけ言葉が>のこのみっつ、わたしもとても楽しく読みました。実験小説だなあこら。走ってるなあこら。オンザエッヂだなあこら。どきどきするぜ。イン歯ー、も、このみっつの作品もがっつり早稲田文学0号で読めますので、ぜひともお手元にないかたは、なんとか手に入れていただければと思います!表紙がくるくるんなっちゃうけどな!そこがまたあれなあれでー!  この<絶対安全時評>のページの題字とイラストを漫画家の西島大介氏が描いてはるのだが、このあいだお会いした折に、「ポッドキャスト聴いてるのですが更新はどうなってるのですか」と聞かれてやります、と答えたのでやります、のだが、録音する方法をもうすっかり忘れてしまったなりよ。思い出そう。メールも戴いております。いいかげん再開せえよこら的な。とてもありがとう。思い出します。原稿が書けず、キョエエエッーーーっとなりつつ新曲もやりつつ、明日はリハで、日曜日はライブだなあこら。みなさんいらっしってください。詳細は右サイドに載ってます、どうぞよろしくです。そしてわたしはこの際にはっきり云っておくが流行とははっきりいって関係ないままに友人から頂き物のあれですが、噂の<ビリーズ・ブートキャンプ>に入隊したわけですが、あれはいいよ。ベッドに代わるかっこうの逃げ場…、ではなくかっこうのなんか激しい汗かき場であり、ブート・キャンプ入隊前のはるかなはるかなヨガ時代、こないだ久しぶりにお会いした穂村さんに「それにしてもも痩せましたねー」を連呼されたのでうしし、調子に乗っているのである。でもってビリー!今日も行くぜ!絞るぜ!!そして先日観劇したシベリア少女鉄道の<永遠かもしれない>がオモロすぎて大変だったぜ!だいたいわたしはなんにつけ高度なてんどん技にああっと心奪われてしまうのだが、メタが永遠かもしれぬあいだ続いてゆくてんどん、まさに激しくも美しいシベ少のメタ丼は間違いなく最高でありました。舞台でしか出来ぬことを実践してゆくことの矜持たるや溌剌、ああいまわたしは本でも映画でも詩でもなく間違いなく舞台を、観ているのだと、ほとんど泣きそうなきもちにさせてくれることのなんかわからんが共謀。

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2007.05.17

<文学2007>日本文藝家協会編・講談社刊に、<感じる専門家 採用試験>が収録だよん

Bungaku2007
 去年の暮れに早稲田文学に寄稿いたしました<感じる専門家 採用試験><文学2007>に収録されましたよ。
 さわり心地よい単行本です。読み応えはばっつり感。表紙、なんか無骨で、いいね。帯には…今を代表する21人の作家が描いた珠玉の短編、…2006年の短編の集大成…文学の現在…とか書かれておりますわけで、わたしの作品の場合に限ってはほんまかいなー、とか思うわけですが、嬉しいことです。ひとりでも多くの人に読んでもらえる機会を得るのはとても朗報。去年、文芸誌に発表された順から作品ががんがん収録されておって、たとえば小川洋子、川上弘美、町田康、角田光代、吉村昭、エトセトラ…、画像のところをクリックしてくれさえすれば、誰のどんな作品が収録されているのかがわかるので是非チェックをヨロ。文字が水色で読めませんがな、って方はそのうち日本文藝家協会のサイトのほうでも内容アップされますでしょうから、そっちでチェックもヨロ。でもあれよね、こういうアンソロジー本っていうのはあんまり読んだことなかったけれど、こういう具合で本を手に取り知らぬ作品にぶつかるということは強引な出合いであって非常にいいんでないの。出会い頭っつう感じのあれで、とてもいいね。ね。わたしは短編がでらでらに好きなので、がっと読みたいと思います。そして小説群が始まるまえに、沼野充義氏による、本書の解説が載ってあります。おろろん。このようにして、なんでか一冊に集まったこの一冊を是非この機会にお求めをば、そしてちょっぴり表情のちゃうことなった<感じる専門家 採用試験>を、まだお読みでない方も、それぁもう読んだがな、という方も、またまたどうぞよろしくお願いします。



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2007.05.14

連載小説の開始!「お母さーんと叫ばなならんの、難しい」 PR誌<アスペクト>

Aspect0705 なにか音楽とあれしたなんかで小説を、長く続くやつを、こう、ひとつ是非どうか、という話をいただき、えー、音楽う、と考えて、んじゃジョン・レノンをあれしたあれでどうですかっつって、いいですねっつって、連載が始まります。小説です。読み切りです。そしてジョン・レノンと何をするのかというと、彼の曲はそれはもうたくさんありまして、毎度毎度、その曲名とか曲調からびびっときたものをこう、私が勝手に文章化していこうではないの、ということになりました。

 連載タイトルは、これも逆・原子心母的なあれで、ジョン・レノンっつうぐらいのもんで、お母さん、シャウト、ああ難しい、を単に並べただけです。あと最後まで迷ったタイトル候補が「ジョンさんを挿入」だったのですが、ま、アスペクト・連載小説「お母さーんと叫ばなならんの、難しい」の第一回目は<苺畑が永遠につづいてゆくのだから>です。で、今号には連載開始にあたっての著者インタビューもばっつり掲載されておりますので、是非読んでいただきたいのですが、手に入れられた暁には、事情がゆるせば小説のほうから先に読んでいただけたら本望…。よろしくお願いいたします。そして無料でございますよ。本屋で見つけたら鞄に入れてね。
 
 それにしてもこの表紙、かわゆいなあ…。手触りもいいよ。色味が昔よく眼科の検診で使った機械の奥に見えた画像と似てるねん。バックナンバーも見てね。緑と赤とかね。

 気になる連載陣は、朝倉世界一・唐沢俊一・春日武彦with吉野朔実・豊崎由美・千野帽子・山崎まどか・都築響一・永江朗・諸富祥彦・末永昭二、などなど豪華っす。 毎号巻頭特集がありまして、 都内では15日頃から店頭に並びます。もし手に入らないようでしたらば、書店でリクエスト、もしくはアスペクト編集部サイトで申し込みすれば、送料実費負担で手に入るだそうです。でも膨大な数はないらしく、なんなら急いでくださいね。バックナンバーも随時ネットで公開していくということなので、そっちでも読めることになります。どうぞよろしくお願いいたします。

 気分がよければ束のま、頭の中をずっとエラ・フィッツジェラルドがまくしたてて困るわ、というような話を高嶋政伸さんにしたら、コンサートに行ったことあるというのでないの。え!どこで!と訊くと、代々木だったそうで、それはちょっと近すぎやしませんか。エラ・イン・ヨヨギ…。そして私は今スキャットを練習してるのだと云うと高嶋さんは実は僕も少々…とか云ってんでめさんこ、巧いでないの。なにが少々。声帯模写も。それもう完全にサックスとか鳥とかフルートですから。うーむ。スキャトスキャット。ふぇ〜みたいな、あんふぅ〜んみたいなフェイクじゃなくてはたまたシャバダバなやつでもなくってちゃっちゃとぱきぱきした祭りみたいなスキャットやりたい。

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2007.05.07

週刊アスキーに、千野帽子著<文學少女の友>の書評を書きましたえ!

 告知ばかりが続いてなんかこうあれですが、書きたいことが色々!あるのだがしかし!たとえば!今日びの男子中学生がいったい何を見て何を頼って何に依拠して日常のつんざくド・性欲のあはんを炸裂させているのかはもうまったくわからないが、(雑誌とかまだ見るのであろうか)
三十路の私の事情はこれ何かというと、も、youtubeで<ペンまわし>の映像を見て、映像を見て、映像を見て………。

 …ま、これについてはまた今度ゆっくりちゃんと書きますゆえ、っていうか、書かせて? あー、ペンまわし、たまらんー。たまらん理由がわかってるところも、も、たまらんー。


週刊アスキー
書評ページ『WAMBOOKS』の「わたしのハマッた3冊』
5/22号(5月7日発売)

千野帽子著<文學少女の友>の書評と、カート・ヴォネガット<タイタンの妖女><猫のゆりかご>について書きました。
是非読んでくださいまし!

 っていうか書評っていうかこういう文章ってむずかしいなあ。ふだん何気に目に飛び込んでくる数々の粗筋の語りの改めてすごいことよ。
 もちろん自分が作品を読まんことには始まらんわけではあるが、このいわゆる再構築作業のむずこさ、書いてみてわかるな。だいたい実際にあったことを喋りや文章で再現するのはむずかしいと思ったことないのに、書かれてあったことを要約したりすることがまったきお手上げ。なんの因果。
 そういえば<ユリイカ>の理想の教科書特集の斎藤美奈子氏の対談で、<本を読んでどう感じたかの感想文よりも何が書かれてあったかのレビュー力を鍛えさせろ>的な発言があったと思うがこれ一理もニ理もあるでな。うーむ。なので私の書評っていうか文章はまったく千野帽子氏の作品の魅力の参考にはならぬやも知れぬが、面白かったのだということが伝わればいいのではあるが、がんばれ、もう刷られてしまった私のレビュー…。例えばよ、こないだ読んだ本面白かったんや!とか友達に云うとやな、どんな内容、と訊かれるわけでな、でもその続きが出てこんのや。な、ないよう、…、ってな具合よ。こうなったらば今度、家で家にあるすべての本の内容を一行レビュー特訓をしてみよう。無理ですけど。レビューめいた創作の連載の話もあって実はまじで不安なのであった。私はほんまに本を読んでおるのか?いい解題や書評を読むと心地よい不安にぐらぐらになるぜ。私は日常会話にしてもなんにしても、いわゆるお笑いでいうところの<てんどん>を非常に好むのであるが、ここにも炸裂、是非、千野帽子著<文學少女の友>、読んで見てください。


  

投稿:by 未映子 07:22 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2007.05.01

<早稲田文学>に、中篇小説<わたくし率 イン 歯ー、または世界>掲載。

Wasebun0 <早稲田文学>復刊0号、小説には、青木淳悟、青山真治、鹿島田真希、仙田学、中原昌也、荻田洋文、久松健一、向井豊昭、横田創、評論にはスガ秀実、対談には斎藤美奈子×森達也、などなど執筆陣とても豪華、読みましたが無茶苦茶でおきゃんな一冊だと思います。私は巻頭に中篇小説、<わたくし率 イン 歯ー、または世界>を書きました。そして渡部直己氏によるインタビューも掲載されております。
 この<早稲田文学>、若干発売日がブレているらしく、確実に手に入れたい場合は書店で注文、(おっきな本屋にはもうそろそろ入ってるらしいですが)または編集部に連絡したほうが輪をかけて確実と思われます!ぜひよろしくお願いします。
 今回も、タイトルのまんまの作品です。そして初めての小説。
 <わたし>と<私>と<歯>をめぐる、<純粋経験>のお話です。純粋経験…!ときいて、あッ…。心当たりあるかたは是非読んでほしいです、や、ない人ももちろんですが!歯の好きな人ももちろん!わたしと私を折衷する、これ、ここ、みなぎるわたくし率の秘密…。歯を、歯ー、と伸ばしたのは、her の意味も乗せたかったのでし!ぐふふ!いつだってこれが最後の可能性、てんこ盛らいでか!書いてて色々あったけども、まずこれを書いてよかったでと思える一作になりました。これからようさん書きますえー。

 ☆

 大阪の演奏の興奮冷めやらぬ私ではありますが、坂本弘道プロデュースの即興演奏会とでも申しましょうか、おかげさまで5月4日のインエフでのライブのご予約もたくさんいただいてるみたいでありがとうございます!(もう立ち見になってしまいますが、まだ若干大丈夫そうです…インエフは私はじめて行くのですが、とてもざっくばらんと親和性の高い場所らしくっていいね!)で、事前にちょこっとエクスキューズ、今回は私はあんまりがしがし歌いませんで、新作を朗読したり、そしてやっぱり少しは歌います、を色々混ぜ込んでやりたく思います。歌の本編のライブは6月にも予定しております。でもどっちも違ったこととはいえかぶっているわけであって、でも違う、…ので、この初夏は是非とも両方よろしくお願いいたします。楽しみやわあ4日。でもってなかなか本屋さんに行けない方のために出会い頭的なアレを演出、<早稲田文学>をライブ当日に少しもって行きますので、そこでも大丈夫です!
 ああ個人的にはちびるくらいに好きな坂本弘道、そして無声映画に即興で音楽をつけてらっしゃる柳下美恵さん、くらくらするでないの。これは私ふつうに観に行きたいよな!と思うセッションであって大変だ。張り切りたいと思います。みなさんお会いできますの楽しみにしております。

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2007.03.04

集英社文庫30周年記念特集号に寄稿と、お知らせ

3月10日発売の「青春と読書」別冊、<集英社文庫30周年記念特集号>に,
私の集英社文庫を三冊挙げてというわけで梶井基次郎<檸檬>、樋口一葉<たけくらべ>、太宰治<斜陽>について短文を寄稿しました。短文は書くのも読むのもとても好きです。是非、お手にとって読んでください。無料だそうです。お求めは書店で。どうぞよろしくお願いします。

 ちゃんとした日記でもないけどいつも日記を読んでくださってありがとうございます。お元気ですか。毎日くださるメール、叱咤激励などなど、毎日読ませていただいています。ありがとう。
 しばらく、日記をお休みしたいと思います。何かありましたら、またお知らせします。どうぞよろしくお願いします。

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2007.02.26

週末で半年分くらいの移動が

 このひと月ほどラジオの仕事で大阪以外、ほとんど外出をしてなかったせいで、お金を遣うことがなく、また人にあんあまり会うこともないので、でも一稿があがったこともあって、ずいぶん前もってから約束したりご招待いただいてた催しに二日連続で出かけてきた。家から出るとびゅんびゅんってお金がなくなってびっくりする。えー。ほかにも行きたいお芝居や展覧会がこの二日に集中しており、行けなかったのもあり無念。しっかしこの二日間は非常に寒かったね。午前四時ごろ死にそうになったよ。世田谷で凍てつきそうになったわ。

 土曜日は、青山ブックセンターでの森達也氏×斎藤美奈子氏の出版記念トークショウ、晩は下北沢タウンホールでのいとうせいこう氏×奥泉光氏の文芸漫談<テキストは野火>、んで日曜日は横浜でチェルフィッチュ×ほうほう堂の<耳かき>、続いて身体表現サークルの<しんぱい少年>を観劇。このよっつについて感想を書くのは頭的に無理なので記録のみ。全部が全部何もかもが違ってて、その場その場に行けばその場になるのであったからそれもとても面白かった。移動に聴いてた音楽は坂本弘道の<零式>。うーむ美しい。今バスに乗ってるみんなにまんべんなく聴かせて一緒にうっとりしてはおうかと笑顔で提案したいようと思ってしまう。週末は色々な人に会えて、ほんで久しぶりに長い時間を一日を、人とベタづきで喋ったので、どれくらい喋るのが適切なのかどうかを逐一見失いつつも楽しかった。大阪では百発百中のおもっしろネタも東京では5回に2回は外すのでこれもどきどきする。振った話の面白さが伝わってないとき、いわゆる滑ったというようなとき、顔が真っ赤になる思いじゃなくてじっさいにくわって赤くなる。なんの宿命。明日からまたしばらく原稿の毎日。曲をまとめねば。家に帰って湯につかってから赤すりをしてると恐ろしいほど垢が出てどうにも止まらず止められず、どこまでもどこまでもこすってるとどこまでもどこまでも垢が出るから、全部だしたろやんけと意気込みが意気込みを呼んで気がつくと酸欠のようになって白い風呂場が壁が目の前が真っ暗になって、椅子に座ってんのにぐらっとよろけてつるてん、頭打って焦って、どきどき音が文字で見えるくらいにどきどきした。今、髪の毛乾かそうか乾かさんとそのまま寝よか考え中。平和な週末。今日の帰り道、さんざんこの日記でも話してる<明晰夢>こそが来る格差社会(もう十分来てますね)において金のかからぬ最高の遊びであるから、これからは、も、これやで。と力説。みんな<明晰夢>をちゃんと検索して、なんとか見れるようになってみよう。起きてたくなくなるのが正直つらいところではあるが、がんば。

投稿:by 未映子 01:20 AM [文化・芸術, 日記・コラム・つぶやき, 書籍・雑誌] | 固定リンク | トラックバック

2007.02.05

週間読書人で池田雄一氏に「そらすこん」書評され、激しめに掲載!

おらおら。おら。締め切り延ばしてもらって不義理なことばっかししとったらサクっとやっちゃうよ。文芸評論家の池田雄一さんに、「そらすこん」を大きく取り上げて戴いてるぜ!発売から二ヶ月たってんのにありがたいな!気合入れな!って具合に、家では鏡をもう見ないようにしている私へ、版元の田中女史からのメール拝受。最近会ってないけどどうせ肌ピカピカやねやろなー。や、田中女史のメールには用件しか書かれてなかったが。続いて書評のファックスも拝受して、も、感激。静かに感激。はあ。って、この書評、何枚くらいあるのやろう…。すごいな…。こんな的確に、言葉も言葉冥利につきるでな…。書評のほうが面白かったら、どうしよう…。時々、まれに、そんなことあるよね…。ぜんぶここに打ち直して、書いた気になってみたいでほんま。それにしても、原稿用紙の何枚を、私の「そらすこん」に割いてくれたのやろう…。うう。この数日、休憩と称して、すげえ内容の短編の文字数を計算してそれを400で割って、ええ!こんな読み応えあって、これで30ページっすか!ぎゃん!じゃあこれは!とかゆって人の書いた短編の文字数を400で割ることに精を出してる(嘘です、それにも精を出してますが、書いてます。マジで書いてます、書けてます)私ですが、ああ。身の引き締まる思い。ありがとうございました。

現在発売中の週間読書人でお読みください。

この書評のタイトルは、「文筆歌手の教え、倫理的ゆえに凶暴」。

タイトルについて言及してくれていたのがすっごい嬉しい。実は「そら頭は狭いです、世界がいっこも入りません」っていうのと迷って結局あっちにしたのやが、その意図の、そこのところを書いてくれはってて。伝わるということがなんで嬉しいことなのか、そこのところはわかりませんが。作品のもう一個の楽しみ、是非お読みくださいませ、どうぞよろしくです。書店で販売しております。新聞だよ!

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2007.01.26

津原泰水氏が「そらすこん」を!活字倶楽部2007年冬号

 ハロー。しびれがあれで、これは坐骨神経痛ではないかとびくついてる私ですが、目下バランスボールに乗ってすべてを生きております。
 そして現在発売中の活字倶楽部における、作家に直撃インタビュー!『印象に残った出来事&本』『07年の執筆予定』を教えてください!のなかで、小説家・津原泰水氏が「そらすこん」について言及してくださっています。
 津原氏は昨年出版された「ブラバン!」が大好評も大好評(私も発売当日に買いに行った)、ゆえに読まれた方もきっと多いと思うけれども、私が津原さんの小説で一番初めに読んだのは「ペニス」でありました。この本については、何も云いますまい。言葉で世界を語り騙り起こすことの厳しさ美しさ凄まじさ。世界には夜というものがあることを、ことごとく思い知らされる。ああ必読。

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2007.01.21

文藝ガーリッシュっつうぐらいのもんで。千野帽子だ!

 ああそれにしても、ご飯を食べれば1日が終わり、湯に浸かれば2日が果て、眠れば3日が過ぎてしまう。一週間の没滅。昨日ツタヤ三軒茶屋をうろついてたら「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」がこのタイミングで平積みになっててどっきん。新宿のルミネにもVOW!!と並んで高く積まれていたそうでうれしい。それからまたうろうろと歩き、楽しみにしてた今月号の「文藝」の千野帽子氏の「真鶴」の書評を読む。そう。そやねん。そうやのや。うんうんとうなづき、されどもうなづくのは単純なわけであって、人の目、人の言葉で、かゆい背中を掻いてもらうこの気持ちよさと切なさ情けなさよ。じっさい私はバスに乗ってて背中がかゆくてしかたがなくて、発狂しそうで止むを得なく隣の女の人にお願いして背中を掻いてもらったことがあるがあれもどうなんだか。
 
 千野帽子氏といえば今をときめく「文藝ガーリッシュ」やが皆さんもう読みはった?文藝ガーリッシュっていうのは一体なんやの。なんのことやの。というようなことはこの本を読んだらばわかります。ひと作品に見開き2ページという狭い場所に確実に作品の急所を打ち込んでぶわっと開花。ページを繰ったら次の世界。飛び込むリズム。なん!この作家で挙げるのこれやの!きや!と嬉しくて突っ込みたくなるような憎いチョイスよ。あとタイトルフェチの私としては、作品ごとにつけられてるタイトルにもうーむとゆうて見入る。
 
 そうそう、この本にはタイトルがそうやけど、ガーリッシュ、小娘(フィエット)、喫茶店(カフェー)、スヰート、古本屋、などなど、いかにも文化系女子めくキーワードがのっけから頻発しますが、このあたりの空気感にまず酔いしれるのも素敵やが、とらわれすぎずに読み始めるのもいいかもです。というのも私は喫茶店でお茶も飲まんし、古本屋もめぐらんし、肺病で夭折した文学少女の霊(←ほんとうは難しい学のほう)が憑依したことないし、思えば文化系女子でもなんでもないわけであって、けどもそんな私がうひゃうひゃゆうて喜んで読むのだから、じつはつまり純粋に老若男女全方位丸腰で出会い、楽しめる本だってことだ!っていうたらこの本のコンセプトとちゃうことになってしまうかもしれぬが、物語との邂逅ってのは実は本の側からも読者の側からも選べないってことだ。契りに至る出会いとはがんとぶつかる事故であって、用意するものはお茶でもお茶菓子でもなくって、本に対する愛情と好奇心とこの本でいうところの自意識なのだぜ!んで布団に入りながらも風呂に浸かりながらもバイトしながらも子育てしながらも自在に頭の中の気になるほうへフツフツと歩き続けることなのだぜ!ってだぜ!って語尾で文藝ガーリッシュの世界観が台無しなのかしら…。怒られるかしら…。や、是非ともきらめく事故にあってほしいです。この本のなかは事故だらけ。

 以前からユリイカなどで読める千野さんの読み物を私は楽しんで読んでいたのですが、この緻密なレビューを軸にして、小股の切れ上がった語り口で案内を超えたいざないを爆発している「文藝ガーリッシュ」とは内容的に対になり、もっと長くひとつのテーマで語り広げる、評論集、になるのかな?「文学少女の友」(←学は難しいほうの学です)が、近々青土社から出る予定で、実はめさんこ楽しみにしてるのな!楽しみにしてるのやけど、新刊もきっとしかり、既刊の「文藝ガーリッシュ」も、そのあまりの幅広さ、そう、幅広くかつ、確実にそこにある物語と愛しあってるのだからしてゆえの美事な仕事ぶりに、実際の本を読まんでも、まるでその本と出すでに会ってまるっと読んでしまったような満足感にぽやーんとなってしまうのがゆいいつ難点なところではありますよ。ものすごく知った気になってしまうとゆう…。や、それは体験としては間違ってはいないのであって、作品と読者のあいだになんでか現れては発光する評論や書評の甘美な宿命であるのやが、ものすごく読んだ気になってしまうとゆう…。

 あと個人的なことでいえば千野さんの仕事量を風のうわさで聞いてるとマジでへこむよ…。私は何をやっているのか…。おまえー!ぐうぐう寝るなー!とかゆうてもらって千野さんにいっかい殴られたい。とかいいながらもこの春こそ、獅子文六全集を手に入れたいと思っておる私もおるわけなのです。千野帽子「文藝ガーリッシュ」にばりばりに触発されて。

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2007.01.16

秋の日は釣瓶落とし 岡崎京子

 昼はラーメンを作ってネギを入れてウインナーを焼いて卵も焼いて食べた。7分くらいで食べ終わって、それから岡崎京子の「秋の日は釣瓶落とし」を読む。薄い本で、あっというまに読み終える。それでも読みながらなんか苦し悲しくなってくる。手紙のところ読み終わったらたらっと涙が出た。巻末の、岡崎京子のプロフィールのところに、現在療養中。毎日を暖かい家族と友達に囲まれながら、ゆっくりと確実に週一回のリハビリテーションに励む。家族とのチャンネル争いを繰り広げながらも、笑いが絶えない。お肌の調子良好。健康良好。と書いてあって、何度も何度も読む。読んでたらまた涙がたらたらと出た。

 

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2007.01.09

<ダ・ヴィンチ 2007年2月号 今月の注目本!>にちょこんと!

 今月も、もう3分の1がなくなってしもうた…。明日から仕事はじめの人も多いのでは!なんとなく、がんばっていきましょうな。私は今年は2日から仕事でしたが明日も大阪や。ラジオや。新幹線や。乾燥や。隣の人がマスクなしで咳をし続けたりするんや。今日は新宿まで出掛けた。図書館にも行った。昼の頂点、ご飯食べるところはどこまでも混雑していて人々が並んでいた。あれだけ並んだら食欲とのタイミングはどうなるのやろうか。あんだけ並んでんで食べればそらすべて美味しく感じるやろうぜよと思った。来月中に運転免許証を取る、予定…。

 というわけで、ただいま発売中の<ダ・ヴィンチ>2007年2月号の<今月の注目本!>のところに、「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」、ちょこっとだけですが紹介記事が載ってまーす。
 そして巻頭でダ・ヴィンチ編集部が選ぶ今月のプラチナ本は、あれはそう、夏の終わり、いわゆる猫問題のときに少し引用した漫画、新井英樹著「真説 ザ・ワールド・イズ・マイン」だッ!買うぜ。それにしても私は「キーチ!」の続きが読みたいぜ。やらなあかん仕事があるときほど読書がはかどって輝いてすらりんこ、どんどこどんどん進んでおそろしい。おそろしいぜ。読んでる文章の中に、慮る(おもんぱかる)という言葉をみつけたらどうにもこうにもなんでか笑けてしゃあないぜ。ぱかる。ぱかる。おもんぱかるぜ。

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2006.12.18

穂村弘×未映子「そら頭〜」出版記念対談 in 宝島 VOW POP Vintage!

 ってなわけで今日発売されましたる宝島「VOW POP Vintage!—街のヘンなもの大カタログ」にてなぜかバウにて、なんでバウ、なにゆえバウ、なわけで、でも好きやねんバウ、ってことで随筆集の出版記念ってことで、歌手と歌人と、なぜかちょっとだけVOW、っつうことで、あの穂村弘氏とがっぷり対談しました!題して『午後四時の恐怖のまえに』!!!!!!!

 ちなみに我々の対談の来し方行く末、小見出し的にはどんな具合かといいますと、
<思想家・埴谷雄高と「浮気→殴りこみ」がどこでどうつながっているのか>ですとか、
<前傾する魂=ものすごい熱湯風呂>ですとか、
<村上春樹の小説は自意識を慰籍する装置>ですとか、
<あなたは感じるだろうか午後四時の怖ろしさ>ってな感じで、
どうどう、こういう様子で、こういう感じで、中華料理をまえにして(私は話に夢中であんまし食べられなかったのがちょいちょいくやしー)存分に語り合っていますので、是非ともお読みくださいませ!

 穂村さんとバウとの意外な接点から始まる、ふたりのあれやこれやが静かにそして軽やかに着地、するわけもなく、「そらすこん」こと「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」から飛び出すあれこれ、や、自意識、や、認識、とにかく色々たっぷり話しましたので、そこらへんは是非、直接にお読みくださいませ!それにしても、ああ穂村さんの、あのもはや特許域の魅力は余すところなく今日もなんとなく炸裂、そして私もうきうき、っていうか穂村さんありがとうございました。ちなみにバウの巻頭の対談は、先日ライブで競演した峯田和伸さんと、みうらじゅんさん。っていうか穂村さんほんあとうにありがとうございました。楽しかったです。 

ということで、「現実入門」、「世界音痴」ともに氏のエセーは何もかもべらぼうに面白いが、面白いことはすでにわかりすぎてるのだが、ワンダーとシンパシーの恐るべき配剤師・穂村弘のこれッ!「短歌という爆弾」をまずはみんなで読んでみようぜ。震えてみようぜ。穂村弘の後ろになぜだか立体の龍が見えるぜ。私は穂村さんの本を読んで興奮しつづけ、新幹線で隣り合った人とひっそり短歌を作ってみましたが、短歌はすさまじく、すさまじすぎてすさまじく、短歌のほうからあばよと弾き飛ばされてしまいました。なむー。私は穂村さんの「アパッチ」が大大好き。

 あと、15日売り22日号の「週間読書人」で、文芸評論家の渡部直己氏と桂秀実氏と可能涼介氏の鼎談で、「可能性のある新人」のくだりで川上未映子について言及してくれています。2006年日本文学回顧という鼎談です。っていうか鼎談って、私つい最近まで読めれんかった。打てないところよ。あっぶー。

  

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2006.12.17

「乱視読者」の若島正さんが「そら頭~」を今年飛び抜けて面白かったと in 毎日新聞 

 とかいいながらも私、毎日新聞まだ読めてないのですが、コンビニで毎日新聞って売ってるんですか、どうなんですか、実家は毎日新聞やけれども、や、きっとコンビニにはなさそうなので用事のまえに図書館に行こうかと思ってるのですが、うっしし!版元から嬉しいお知らせが!

 今日の毎日新聞で、各界の色々な地域にお住まいの文化人のみなさまによる、「今年の3冊」なる頁にて、(すみません、まだ確認出来てないので間違いがあったらごめんね)なんと、あの若島正さんに!今年の3冊のなかの1冊に選んでもらえた模様!

 若島正さんは、そう、「ロリータ」の新訳(文庫も出てるよ!)を手がけられたあの方であって、そんな京都大学教授でアメリカ文学の方に、私の「そらすこん」はいったい日本のどこをどう巡り流れ運ばれどんな風に吹かれて、あるいは噛まれて、若島さんの手に届いたのだろうかまったき不思議ではありますが、ともあれ、楽しんでいただけたみたいで素直に嬉しいぜ!若島正さんが今年の3冊で挙げてらっしゃるのは、「私のハードボイルド─固茹で卵の戦後史」小鷹信光著(早川書房)と、「ゆめまぼろし百番」駒場和男著(毎日コミュニケイションズ)の2冊であります!このような形で隣り合わせになるなんてこれはきっと多分なんかしらご縁、ということで、2冊を早速読んでみようと思う冬の昼下がりであります。ゆめゆめ。 

 ※ってここで毎日新聞を読んだ版元の田中女史からお電話。記事を読みあげてもらった!また記事が手元にきたらご紹介しますね。「誰かのベスト3冊に入るだけでも嬉しいのに、こんな素敵に紹介してくれて、今年読んだ本の中で飛び抜けて面白かったなんて、すごくすごく嬉しい!」と田中女史も(この人、ありえんくらい肌がきれい。同い年くらいやのに…。使ってる化粧品は?と開口一番に訊いたが、特にこれっていうのはないんです、とのこと。んなはずないやろ!…何使ってますか。と再度きくと、うーんとかいいながら、たぶん、あのメーカーのだったかなあ…、とかいうわけであって、えッ!それってどうなん…っていうか私の化粧水のご、5分の1のお値段でこの美肌…私の取り組みはいったい…マジかよ)非常に喜んでくれて、嬉しかった。

 というわけで、出会い頭的にええ感じの初の随筆集「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」は全国書店でお求めいただけますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。趣味の問題はあれども時間だけはつぶせます!キリングタイム!でもってこれってば随筆随筆と云っていますが、基本姿勢としてはこのブログに書いていた記録に怒涛の加筆修正をほどこして、新たにガンガン書き足していった文章群ですので、えー、読んでもいいけどさあ、ブログは横文字でいまいち読みにくいぜってな方には書籍はべらぼうにうってつけ!なのでぜひとも、よろしくお願いいたします。なんか色々のお供にヨロ!

 みなさんがくださる感想に、手紙に、メールに、心底、励まされております。ライブの感想も、メールでようさんくれはって、ずっと読んでます。ありがとう。んで嬉しい。ほんとうにありがとうございます。ライブの日に、遠く京都から来てくれてた方からもらった手紙も最高に嬉しかった。大切にします。



投稿:by 未映子 01:33 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2006.12.10

日出処の天子の髪形でずるずる

061210_22120001 こないだ「日出処の天子」の大先輩であるへアメイキャッパー・ミガンとずる天の話になって、胸がきゅうっと痛くなる。盛り上がって嬉しくってスキップして家に帰る。平和なことよ。ずる天はもちろんずっと昔に読んだことあるのだったが、まるではじめての出会いのように我々はぴったしになってしまったのであって、何がいいって、そらいいところはようさんあるが、母子関係とか恋愛とかそういう心理部よりも分析よりも、私が特に好きなのは、髪形であるのよな。うーむ。素敵すぎる。私はこの数ヶ月、寝る前に斑鳩、起きて斑鳩、日中斑鳩、斑鳩で斑鳩、小学校んときの牛乳は「ほもげ牛乳」と「いかるが牛乳」やったわけで、私は斑鳩なわけで、斑鳩は私なわけで、最近テレビでも奈良奈良ゆうてるし、髪の毛をもうそろそろ切りたいと思っているのだが、厩戸の髪形を一回でいいからやってみたいのであって、なんつうの、私まったくわからへんねんけど、コスプレとかをやる広場とかがあって?そこに行けば?厩戸とか毛人のコスプレしてる人々に会えるのかしら、ってずる天はちょっと古いのかしら、少し前に水道橋の遊園地に行ったらそらもうコスプレ市場になっててさ、一番おもろかったのが、宮崎駿監督のコスプレしてる人やったわけであるが、ほかはガンダム以外にわからんかったからあれやってんけど、ずる天ってどうなん、私これがいわゆる適当なコスプレ欲かどうかはわからないんですけど、髪の毛をうんと伸ばして、ヘアメイキャッパーであるミガンにお願いしてがんばって、ずる天の主要登場人物の髪形をね、もう全部やりたいわけ、ぜんぶやってみたいわけ、山岸涼子さんも髪形には並々ならぬ思い入れがあるというではないの、んでばっつり髪形完コピしてやな、ばっちり写真にとりたいって思うわけ、フツ姫はこれもう滝川クリステルにすっごい似てて、髪形も一番やりがいがありそうで、フツ姫をやる場合はつけまつげを下にも上にもつけなあかん。でもフツ姫がみなさんと同じくどーもね。どーも好きになれぬっつうのがどうもどうにもいかにもベタすぎるのであと5回読み終わるまでには好きになりたい。こないだずる天の色々をサイトで見てたら、ずる天クイズがあってやな、それをやってみたが、オール百点でさ、うっしし、しっかし一番最後の砦、最後の階級では80点しかとれへんかったわけで、きー!だってさ、ほにゃららんときにほにゃららんしてたときの来目王子の着物の柄。なんか覚えてへんって!でも悔しかったなー。ううむ。冬ですね。奈良には<喫茶うまやど>があるらしい。行かねばなるめえ。なにを飲むねん。っっつっても、あの大海後ろにしての最後の厩戸の問答な、あれやな、あれやで。

※これ読んだミガンが「おまえ終わってんな」ということで電話あり、密かにおんな二人斑鳩ツアーを画策していたのもすんなり断られて、こないだは厩戸の1,000円札を1,200円円で購入したと告げると「おまえ神保町くんだりそんなことしにいってんの、まわりにおらんの、そんなことしてたらあかんてゆうてくれる人」と云われ、なんであんたもめっちゃすきなんとちゃうのん、と同調を促すも、「私はな、もうな、好きで好きでな、好きすぎてな、読みすぎてな、何回も何回も絵え描いてな、描かれへんとこ完璧に描けるようにやってな、姉ちゃんといつなんどきも場面場面の台詞を言い合いしてな、いつなんどきもな、やってたんや、そんなんを何年もやってきたんや、完全燃焼したんや、でもな、今読み返してもな、ハマんの完璧にわかってるんや、それがあれのすごいとこや、…あんたなかなかフツ姫うまいやん、見て描いたんちゃうやろな」ということで、見てかいてないよ。フリーハンドで描きました、つって、「んでゆうとくけど、あんたの髪質やったら厩戸は無理。無理無理。ええとこ毛人、ってか発想が、なんていうの、さむい」ということで色々が玉砕。ずるずる。

 

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2006.11.27

早稲田文学vol.7 問答詩「感じる専門家 採用試験」を寄稿しました

Wba 全国の書店などでお求めいただけます、しかもフリーペーパーという形でもって、無料で皆さまのお手元へ到達すると、こういうわけです。早稲田文学のサイトで、設置場所の案内があります!
 私は巻頭に、「感じる専門家 採用試験」という<生む・有無>問答詩と、なんでか顔とで登場というわけで、生むと有無が問答されておるという詩です。詩です。詩なのか。詩です。や、わかりませんけど、表紙では小説という感じになってますけど、書いてるときにたぶんに詩の心持があったので、およそ詩です。どうぞ読んでくださいませ。
 
 <主婦>と<妊娠>が<生む>ことと<有無>について、今回はスーパーで!あれやこれやを繰り広げます。まったく違うこの二人、でもつかってるんは大阪弁。いんやーこれもう、私の実感もろもろで書いてるわけであって、ああ子どもを生むっていったい何を生むということなのでしょうかわからぬゆえに、わからぬのだから、問答するしかありませんのであって、ああいっそ徹底した「感じる専門家」になりたいわけですのか。

 思えば人生、
<存在論>と<実存>がいつもいつなんどきも、例外なくせめぎあうのであったし、それが人生なのだし、<在る>がうるさい冬の午後四時、スーパーも例外ではなくってよ。埴谷の首猛夫の「ぷふい!」も「あっは!」もほんま遠くになりにけり、ってあんなもん遠くなるわけもないんであって、ああ、やっぱ2006年、あいも変わらず<在る>がうるさい、さあさあ<主婦>は布団から出かけてゆきます。

 妊婦よ妊婦、あなたが生むのはなんですか。生まない主婦よ、あなたが生まないのはなんですか。一緒に思い巡らせて戴けたらこれほんま幸い。ぜひぜひ!

投稿:by 未映子 12:12 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2006.11.23

続報!「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」

 風邪がもんすごい猛威で皆さんハロー?さっき生姜とにんにくのスープを飲んだら冬やで、まんま。
 アマゾンで「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」の予約が始まったのですが!
 うれっすぃことにもうだいぶと前に既に予約分の在庫がなくなってしまった模様で、するってえと、どれくらいの時間で皆さまに届くのか素人の私には判らぬのですが、ご迷惑おかけします。ごめんす。しばしのお待ちをば!
(…アルバムの時はこんなことなかった…なんで…、嬉しいよな悲しいよな複雑ってこういう気分なのよ)
 そしてネット書店はアマゾンだけではないゆえに、こちらは少しですがまだ在庫があるとのこと…という話だったわけですが、既にこちらも予約だけで在庫が無い状態に?なっている様子です…。で、
ビーケーワン
セブンアンドワイ

 そしてヒヨコ舎にはまだ在庫が少しあるみたいなので一刻を争う場合はヒヨコ舎でよろしくです!!
 
 んでもって、本はやっぱ本屋やろっつんで、金曜日あたりから、ここに行けば必ずあるよんという書店さんを教えていただいたので、全部ではないけれど、今現在わかっているところだけを載せますます!ご近所の書店さんでも、聞いてみてくださいね。皆さん、ほんまにどうも有難うございます。どうすればええのや、この感謝の気持ちをよ!
 私が子どもか犬やったらば、うれしょんするところです激しくマジで。



東京

リブロ渋谷店
リブロ町田店
リブロ汐留パート2店
啓文堂渋谷店
大盛堂書店渋谷駅前店
青山ブックセンター本店
あおい高田馬場店
あおい中野本店
くまざわ書店蒲田店
中目黒ブックセンター
オリオン書房ノルテ店
オリオン書房サザン店
オリオン書房アレア店
ジュンク堂新宿店
蔦屋町屋店

大阪など

旭屋書店難波店
福家書店岸和田店
ブックファースト梅田店
ジュンク堂難波店
ジュンク堂天満橋店
蔦屋戎橋店

ジュンク堂三宮駅前店
ジュンク堂福岡店
リブロ名古屋店
宮脇書店朝霞店
あゆみブックス仙台店
あゆみブックス綱島店

投稿:by 未映子 02:27 AM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2006.11.21

随筆集「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」が、もッ、もうすぐ!!

 いよいよ、そらあたま、および、そらすこん、「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」が発売されるのですが、なんか色々なんやかやがあったらしく、店頭に並ぶのが少しだけ遅れるそうです。ごめんね。すみません。
 ヒヨコ舎で予約してくださった方には、20日にヒヨコ舎から発送されますので、お待ちくださいませ!!

 色々なことが個人的にあって這い這いのわやくちゃで家に着くと、奇麗な木の箱に入ったこれまた食べてよいのかわからぬ繊細で美味しそうな和菓子、出版お祝いが届いていたりして、電報も来てたり、感激、お祝いのメールもたくさんたくさん戴きました、ありがとうございました。
 私の日記を好きでいてくれて、ご自身でプリントアウトして編纂しようとしてらっしゃった方や、既に編纂して持ち歩いて下すってた方からの写メールつきのお祝いのお言葉などなど、「や、」連発の応援メールなどなど、嬉しかったです、全部楽しく嬉しく読ませていただきました。音楽のリリースに際しては、コンベンションライブとか、キャンペーンやら、インストアとか、ひととおりのことはさせていただいたのやが、本の出版は初めてのことで、なんか面映くどきどきとしますなあ! こうやって直になんちゅうの、届くお気持ちは、本当に嬉しい。
 私は一足先に出来た本を戴いて、手にとって読んでみたのですが、やっぱ縦組みは読みやすいのと、あとは、この分量を2週間で書けたら何も云うこと無いのになあという思いと(書けよ)、やっぱ意匠と野中ユリ氏の絵が素敵で、野中さん、ほんまにありがとうございました。
 デザイナーの小田原大さん、クールな意匠をありがとうございました。そして、装丁に関して、私に惜しみない愛情をくだすった、餘戸雅一さん、あなたがいなければ、この本はこの形になりませんでした。心から、ほんまにほんまにありがとうございました。

 そしてこの本を予約して下すって、そして本を待ってくだすってる皆さま、ありがとうございます。もう少し、お待ちくださいね。ああ、うまいことかかれへん、気の利いたこともなんも。上手く云えへんねんけど、どきどきしよる。わくわくしよる。感想なんかも聞かせて欲しいです。もしお時間あったら。

 本の中に入ってある薄い黄色のヒヨコ舎の出版案内の栞に、今回の本のこと、我々の出会いのこと、ヒヨコ舎の覚悟のことが、書かれてあるのを読んで、あと、毎日ヒヨコ舎のウェブの日誌を読んで、いつもじんときていて、私の本のためにこんなにこんなに頑張ってくれて、ああでもないこうでもない、走り回ってあっちへ行ったりこっちへ行ったり、上手くいえませんが、や、がんばろうと思った、私しっかりやっていこうと、いつも思ってるけど、やっぱり思った、あとがきに一生懸命、書いたのですが、何度書いても足りませんゆえ、もういっかい。ヒヨコ舎の大場氏、田中氏、この度は、ほんまにほんまに、ありがとうございました。出逢えてよかったです。
 こんなに大事に作った本が、ひとりでも多くの人の手に渡って、なにかしらの、なんかになってくれますように。


 

投稿:by 未映子 12:34 AM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2006.11.19

高熱の最中、目の前の多和田葉子

 健康な時は、私健康でッせ、とは人はなかなか云わぬし書かぬものだから、熱が出たやら難やらという、明記されたことのみが印象を持つんであって、それはそう、予知夢などが当たれば人は大騒ぎするものだが、実は圧倒的に当たらない夢のほうを人は多く見ているものなのに、当たったことのほうばっかりがクローズアップされるのに似ていてよ、そういう感じで私は体が何気に弱いんではないかと思われているんですが、実はそうでもなくって、や、確かに、この2年はそうかもしれぬが、や、この2年くらいは体調を崩すことが集中してきたように思うのも事実で、週末は高熱をまた出してうんうんゆうてた。お腹も下して、今は胃腸風邪が流行ってまッせと警告を受けていたのにも拘わらず、うつっても仕方ない状況で数日間いたので、結局問題なく、まるっとつるっとうつったというそういう単純な結果であって、皆さんもうがい手洗い忘れずに。

 そして私は座薬を入れて、多和田葉子氏の朗読会へと出掛けていったわけだけど、この日を私は何ヶ月も前から楽しみに楽しみにしていた。多和田葉子氏の声は、多和田氏は女性だからもちろん女性の声なのだけど、とても無機質な声をしていて、声の出し方をしていて、感情の伝え方をまだ知らない子どもの発語のように、狙う効果も目論見もなかった。即興のピアニスト、高瀬アキ氏とピアノとの呼吸は激しく竜巻きながらそれは子どもの怒りのような発熱だった。言葉を投げる多和田葉子氏、音を投げる高瀬アキ氏、二人ともが完全な幼女に見えた。それがとてもとてもとても素敵に思えた。 「何を伝えるか」と「どう伝えるか」がまったき同時にあるような、その声の、非情で、何からも自発的に自由でありながら何からも見放されているような、そんな多和田氏の繰り出す単語、文章、動き、リズム、多和田葉子氏の声は、多和田葉子氏の、文体、そのままの声だった。

 終演後、多和田さんに会って自己紹介と挨拶することが出来た。劇場で会った編集者の方に「今度出る本持ってきたの?」と聞かれてはっとした。多和田さんに自分の本を渡すことをなんでか思いつかなかった。私が鞄の中に持ってきたものは、1メートルしかない金色の手動の巻尺で、それを見つけたときに、どうしても多和田さんに贈りたくて、数ヶ月前に買ってずっと机の上に置いてあったやつで、多和田さんは喜んでくれた。歌を聴きに来てくれると云ってくれた。熱でぼんやりとしてぼうっとして、関節がぐきぐきとしていたけれど、多和田葉子、多和田葉子。聖女伝説を書いた多和田葉子。きつね月を書いた多和田葉子。文字移植を書いた多和田葉子、ゴットハルト鉄道を書いた多和田葉子。

 愛してやまない、恐ろしくてたまらない作品の背後に、あるいは隣に、あるいは重なって、生身の人間がこうしていることの不思議。生きている私が生きている多和田葉子に今日会えたことの、不思議。

 

投稿:by 未映子 10:36 PM [書籍・雑誌] | 固定リンク | トラックバック

2006.08.29

斎藤美奈子氏と石原千秋氏の対談から小林秀雄、論理はどうよ。

 青土社から今月号のユリイカが、住所の色々でまだ自宅に届かないので昨日皮膚科に行くときに 本屋で勢いあまって買ってしまった。表紙は黄色に松本大洋の絵!初めてワープロで文字を打ち、感熱紙に自分の文章が活字となってあらわれたときは本当に激しくどこまでも興奮したものだった。頁をつくって同人誌みたいにして冊子にして交換したりしたな!今じゃ活字があたりまえになってしまったが、こうして本の中に挟まれて自分の詩が活字としてあるのを見るとあの興奮を忘れちゃいないぜという気持ちに俄然なる。
 
 まだ全部読んでないけども、斉藤美奈子氏と石原千秋氏の対談「道徳よりもリテラシーを!」は個人的にツボだった。「だいたいの教科は情報で成り立っているのだが国語だけは価値観や人生観、極端にいえばが人格が計られてしまう」という見解から展開される「論理的思考力」と「内発性神話」の話が特に印象的やったわ。まず「論理的思考力」の話。
 
 石原氏は国語という教科を先に書いた理由より慎重にしなきゃならんとして、国語教育の現場で叫ばれている「論理的思考力を身につけろ」や「論理的思考力は普遍的でひとつのものだ」という考え方・姿勢は危険だと云ってるわけだ。そして国語でいうところの「論理」と、数学などでいう「論理」は事情が異なるもんであり、《パラダイムの違いで論理的説得力は変わってくる》《国語でいう論理的思考力は、その時々に説得力を持つか持たないかということ以外には定義のしようがない》《意見そのものが正しかったり正しくなかったりするのではなくて、あるパラダイムの中である意見が正しかったり正しくなかったりするにすぎない》のであって、《そのパラダイムが社会の中でどんな意味を持ちますか?》ということを考えるところまで導くのが国語教育における論理のかたちでないかという話。「論理的思考力」ってのが普遍的で絶対なんだ、という思い込みのまえでは《「あなたは論理的ですね」、「あなたは論理的じゃないですね」という振り分けが必ず起こってくる》として、でもそうじゃなくて、《「あなたの言ってることはこういうパラダイムの中でならば論理的ですよ」という教育が》国語においては大事でなのではないかという話。

 ふむふむ。なんだか個人的に小林秀雄シュウがするのなあ。私の思う小林秀雄の魅力は、ここでいうところの<国語的論理的思考のたまもの>だという気がするぞ…。その時々の一貫性はあるけれども、数学や算数でいうところの論理ではない。のっけから「普遍的である必要などない」(これはもちろん逆説であり韜晦でもあるけれど)とゆうてるし。
 しかし、小林でなくとも哲学的思考を突き詰めていけば、かならず「言葉」の存在にぶつかって、結果、私というものも、死というものも、存在しなくなる。小林のあの立脚地点、あれはやっぱり「言葉=論理」ということを徹底的に理解して実感してないと不可能だという私の実感がある。でないとあんな風に百パーセント、ゴッホになったり宣長になったりランボーになったり壷になったり茶碗になったりは出来ぬだろうと思うなあ。文章力や文体力以上の「了解」が介在してるように感じるのである。彼の言葉の発露の根底にある見事なまでの「無私ぶり」、それは論理のそのものだと思うのだけどもなー。
 

 でもそこが小林秀雄のイタコな妙とすごさで、そういう「無私ぶり」の意味で云うと小林秀雄なんていうのは実はいないのである。でも実際は鎌倉にいたのである。どっちだよ。そして彼は男でうなぎが好きで…。そんなローカル情報も含めて私は言葉としての小林しか知らないし、やっぱりどこまでもどこまでも彼は言葉なのである。これは勿論私の主観ではあるが、「好き嫌い」についてとことんまで考え抜きつつ、そこには「わたくし」というものが見事に欠落している。この文章表現はいったい何なんだろうか…。いつ読んでもそこが不思議。他の文章と明確に何が違うというのだろう!けれどもなぜだか1+1はなんでか2!というように、他の文章とは全然違うよ!ということが直観でわかってしまう、だから普遍的たりうるのであって、たとえばソクラテスの産婆問答を読むにあたって、その立脚地点に煮えきらず、思わず「立ってるところはわかったよ!で、あんたは誰だよ!」って叫び出したくなってしまう、そんな手も歯も出ない正当性(論理)しかないのであって、そんなふうに感じている人が多いからこそ、未だに小林は在り難いのでないだろうか。個人でありながら普遍。この不思議。思えばこれは別に小林やソクラテスに限ったことではないのだった。全員が自分のことを同じ「私」と呼びながらそのすべてが異なる「私」。宇宙は不思議だよ。あかんあかん、国語教育での論理の話が趣味と小林の話になっちゃったよ。

 で、がんばって石原氏の対談の話に戻ると、その国語教育での思考力に対してあえて「論理」という言葉を使う必要があるのかなあという素朴な疑問はあるっちゃある。国語的論理的思考はいっそ「文脈力」とかでよくないかな。よくないのかな。っていうかこの単語、流行ってなかった?その時々で論理が変わってくるならそれはもはや論理ではないような気がするぞ…。論理という言葉によらずとも国語教育や国語で発揮されるべき要素を言い表す言葉を作ればいいと思うな。まあ論理にちゃんと「的」ってつけてるから論理そのものとはまた別もんではあることはわかるんだけども、概して「演歌やってますけど気持ちはジャズです」みたいな、気持ちはすっごくわかるがややこしさもまたついてくるような気がする。でも石原氏はそもそも国語教育において「(一元論に)論理的であれ」という発想自体がもともと危険だとしているわけなので氏の話には根本で共感。論理にまつわる問題はかくも複雑で、論理と論理以外とで二元化することは実は論理的に考えて難しいことなのであるな。普遍と個のようにどっかで必ず繋がるものだから、線引きのポイントはもう無数に点在するわけで。うーむ。
 
 次に「内発性神話」なんですが、これはまた大阪から帰ってきたら書きます。っていうかもう出なならん!っていうか私が書くよりも何よりも実際読んでください!っていうかブログに書く必要ないよ!っていうかもうホンチャンが書かれて売ってあるよ!ていうか「内発性神話」のくだりの斎藤美奈子氏の提案は身近でとてもオモロイからぜひユリイカ買って読んでください!そっちが確実にオモロイ!この対談以外にも教科書だけにとどまらず、学ぶということ、言葉ということ、表現するということに触手は伸びまくり谷川俊太郎氏や黒沢清氏などのインタビューもあります。読みやすいし、これはもはや限られた教育の現場の話ではない!メメントモリ!生きてることが死の演習!ちょっと意味が違いましたが、気持ちはそんな感じ。そして巻頭の山崎佳代子さんの「このはなの ひとよのうちに」という詩のなかの「いのりのあさ」という部がとても素晴らしかった。是非読んでみてください。あと《》の中は引用部分です。
  

投稿:by 未映子 03:11 PM [書籍・雑誌] | 固定リンク | トラックバック

2006.08.28

ユリイカ9月号の巻頭に問答詩、「少女はおしっこの不安を爆破、心はあせるわ」を寄稿。

 今日発売の「ユリイカ」理想の教科書特集ではあります。私がこのたび寄稿した詩はこの特集に寄せたものではなくて、巻頭に掲載されているのですが内容的には関係あるんだかないんだか。ぜひとも読んでいただきたいです。どうぞよろしくお願いします。

 きれいと汚いが集まるところ「銭湯」での、少女と老女と女と母親の詩。なぜころ問題だけが善悪や倫理や道徳を問うものではないのであって、湯船でおしっこができる人とできない人がいるのはどうして。どうしてなの。個人の日常の一挙手一投足を発案し、行為へ推移させて正当化するものはこの世界のいったいどこにあるのでしょうか。少女はおしっこの悲願、母親はびくともぜずに、スプーンに絡まる生成のかげ。問答詩であります。

 演劇祭で山奥から戻ってみるとたくさんのメールや訪問者が。猫の問題については先に子猫を殺し続ければよろしいをお読み下さい。
 出発のどたばたの中で記事の印象を直観ですくって感情と勢いで書いてしまった文章なので少々粗雑ではありました。たとえば「論理」と「倫理」に加えるものとして「生理」が抜けていたりして、この生理と倫理の境目もおおいに気になるところだ。
 論理として徹底し切れてない等のご指摘がありましたが、どうも私の癖として問題に対する出発点は違和感、疑問、などの「感情」であることが多く、まずはそこのところを書いたつもりではありました。まずは私は私の倫理観でしか書けないです。そしてそれは誰かを説得したいとか否定したいという目的ではなくて、こういう考え方がどうしてかここにあって、というだけのことです。そしてそこから、本当に知りたいことについて考えるために、直観ですくいとったものをもっと理解するために「論理的に努力する」のは私の趣味であって、うまくいかないことのほうがやっぱ多いなあ。いつも過程です。ちょっとづつ考えていきたいなと思ってます。

 それから、論理は非力である、などと「論理」を批判しているのですかというメールも頂きましたが、「神には<冒涜>ということがわからない、と僕は思っている」(byサリンジャー「大工よ、屋根の梁を高く上げよ〜シーモア序章〜」)とシーモアが云うように、論理そのものに対しては批判も性別も判断もないよ!だから論理なのよー。論理がどのように使われてるか、その場合の正誤のみが存在するんであって、私は「論理」や「数学」が圧倒的に存在する傍ら、それらが作用しないという世界の側面があるということを素直に驚いているだけです。ワンダー!感情的な私も含めて。

 論理に見合った感情を完璧に作り上げるなんてソクラテスかウィトゲンシュタインくらいのものだぜ!それだって実際はどうかわからん。書かれたものから判断するだけのことやし、そしてそれが世界に対して最高にクールな姿勢かどうかはわからんです。言葉にあらわせることは本当に限られていると思います。
 ペットの避妊手術についてはどう思いますか、というメールも頂きましたが、人間がすることとて自然の一部と考えようと思えば考えられるし、すべて行為可能なものは善であるともいえるし、そこんとこは自分で考えるしかないと思います。
 そしてすでにペットに対して避妊手術をしてしまっている人にとって避妊手術はやはり「善」であるという立場だし、それを批判している人にとっては「悪」という立場なのだから、ここを行き来する感情論に関してはちょっと不毛だなあーと感じます。もちろん両方を自分の立場から判断せずにメタ視点から話そうとしている議論もあると思うけど。でもやっぱりどうしても感情的になっちゃうよな。対話を成り立たせるためにはペットに対する態度自体をまずアイデンティティと分離させてから考えるといいような気がするよ。優れた議論、意味のある議論、対話の発達は「自分の意見」というものからまず離れてその問題のみを取り扱おうという姿勢でなければなかなかうまくいかない気がするわ。論理的に話をするというのはこのことだと思うわ。とはいえ「世界のすべてをフォローすることは出来ない」(by穂村弘)と私も思うし、挑戦する姿勢は頼もしいし好きやけども、もちろん思考の過程には間違いだってあるし、善悪はどこまでいっても自分のなかにしかないし、変化するものやと思うし、それに気づいた時点で訂正し続ければいいと思う。誰もが鋭く論理的に物事に決着をつけていくのはとても難しいことで、書きあらわすのはもっと難しいことや。論理的であろうとなかろうとそれでも「自分」が圧倒的に正しいと思ってしまうことについては、極論をいえば人と話合うことは出来ないと思う。

 あと、なぜ永井均さんの本の中でなぜにインサイトだったのですか、という質問があったんですが、アインジヒトよりもインサイトの話のほうが基礎的であると思ったのと、あとはいまが夏休みだから、ということで。あと、坂東氏の行動についてはタヒチで違法というお話も頂きましたが、法律に関しては前回書きましたから、違法であるならいわずもがな。そしてあと、新井英樹さんの漢字を間違えていました。ごめんなさいー。


投稿:by 未映子 04:06 AM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2006.05.04

イカス!浜田武士・作品集が発売だ

 シングル『悲しみを撃つ手』、アルバム『頭の中と世界の結婚』のジャケットのディレクション・デザインをやってくれた浜田武士さん作品集が出版だ。Hamada1文章も多くあるのだが私にフランス語は読めないのであるからなんと書いてあるのかはわからない。英語であってもどれがタイトルなのかわからない。そう、この作品集はフランスの出版社からリリースされたのです。なので冒頭はフランス語で埋め埋めページである。フランス語読めたらいいね!写真やデザインは、共通でいいね!洋書を深く取り扱いあるところで手に入ると思われます。


 通常、録音がおわれば、んではジャケットどないするねんとゆう塩梅で色々とみんなで打ち合わせ案を持ち寄り、ああでもねえな、こうでもねえよ、と適当真剣入り混じり、膝を寄せ合いやいのやいのとやるのだが、その頃に私はエイティプラスワンという雑誌でみた表紙に強烈にがびーんときていたので、その制作者は調べると浜田武士氏というのであって、すぐさまコンタクトをとってもらっての出会いであった。浜田氏は一青ヨウさん(漢字がわからない、及び、でてこん、すみません)のものも数多く手がけたり、ファッションや雑誌でもみたことある!という方も多いのではないでしょうか。たくさんの代表作が載ってあります。Hamada2_1最近の仕事では「デザインの現場」の大きく開いた木の表紙が好きだ。デザインを好きな方、興味ある方、一読をとても薦めます。

 浜田氏とは、ほかではなかなか出来ないエレファントカシマシについての話が、もう反応もピッピとすぐさま心ゆくまで出来るのであって、会うときはそれも楽しみのひとつであります。ロケバスの中で早朝からエレカシ「扉」、「風」のダブルインカムの嵐、や、べつにインカムではないが、みんなが「も、そろそろいんじゃね?」って辟易するなか、加えること「エレカシって今なにやってんの」的に訊かれてしまう世間の荒波の中、浜田氏だけは私とモチベーション・テンションを共にしてくれるのである。好きなアルバムが「東京の空」っつーのも痺れるわね。ちなみに私はけっこう新しめで「風」。好きである。DVD「扉の向こう」におけるめっさ細かな機微や異常についても話が通じるこのささやかな悦び。ちなみにエレカシのアルバム出たね!

 そんな浜田武士の集中した仕事が集中するこの作品集、是非お目をぶつけていただきたく思います。

Hamada3

投稿:by 未映子 11:29 PM [文化・芸術, 書籍・雑誌] | 固定リンク | トラックバック

2006.03.05

ダ・ヴィンチ4月号に「文化系女子はときどき死にたくなる」インタビュー

まあそら、そら男でも女でもまともに生きてら死にたくもなるもんよ。生は苦なりよ。常識よ。鳩でも知っとるわ。ああ、死にたい。とかゆうて。三茶の雨にうたれてこのまま死んでしまいたい。とかゆうて。でもいったい、どうやって死ぬていうの。あ。ちょっとタンマ。ジャスモメンタンマ、ってかそもそもさ、私「死にたい」って思うのはいいが、それってどういう状態になりたいと思ってゆうてるわけ。私ってば何をわかって「死」とかゆうてるわけ。「人間死ぬときは息吐いて死ぬんじゃなくて、きゅっと吸って死ぬんですよね」っていう話はこないだ聞いたけど。「人は生まれてくるとき手をぐうにして何かを握りしめて生まれてくるんや。そして死ぬときは手のひらをぱーにして、全部返して死んでゆくのや」っていうおかんのちょっとええ話もこないだ聞いて、誰に何を返すねんとかいいながら実はちょっとだけ、へえ、とか思ったけど。っていうか死んだこともないのに死にたいもなんもないでしょうよ。あほクサ。というわけで死にたかったらとりあえず寝ますわ。似たよなもんやろ。知らんけど。んで明日また恥ずかしげもなく生まれてくればいいじゃないの、明日の私が今日の私のままだなんて、誰にわかるの、ねえ、お母さん

とかゆうてる場合やなくって、
上の文は私あんまり関係なくて、私は特に具体的に死にたいとは思わない性格ではあるが、
明日発売の「ダ・ヴィンチ」は文化系女子の色々の特集です。
自分で思うに性根は実はけっこう体育会系であるとけっこうながい間、思って生きてきたのですが(根性論支持してる部分がおおいにあったりして)、この度、取材していただきました。写真も2枚撮りおろしです。
「文化系女子は言葉でイク」とか「文化系女子としたい」とか、へえ、それはそれとして、意外だったがええんやないの、と、そんなお題が並ぶなか、私に依頼があったのは
「文化系女子はときどき死にたくなる」っていう、演目。…。
とゆーわけで「文化系女子の最後に残った乙女心」で、「読書」と「眠り」と「自意識と無意識」と「死」をからめて文化系女子の来し方行く末をお話してきましたので、是非読んでみてください。乙女心だかんね!
いやー、今回も私のツンテンテンな話を、よくもあんなにまとめてくださいました。
あーみなさまに感謝。取材してくださった瀧さん、ありがとう。


ところで私、「以」って漢字がほんまに好きで、真ん中の点と左右のちょんちょんふたつが見せる、
息を呑むよな攻防が、あるいは禅問答が、あるいは今にも消えてしまいそうなものを左右のふたつで触れずして守ってるようなその姿が好きで、そう、この漢字には思念があるのだな、
「以」。書くのも読むのも見るのもすごい好きなんですけど、「文化系女子」って漢字の組み合わせも、よく見てみるとなかなかいいよね。「系」を真ん中にして、それぞれが恥じらいながらわきまえてる、なんかやっぱ全員が女の子の顔をしてるわね。


 

「ユリイカ」文化系女子カタログ特集には未映子の詩と批評掲載
「先端で、さすわ さされるわ そらええわ」

投稿:by 未映子 11:44 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2006.02.05

ダ・ヴィンチ3月号<特集・泣ける本>に「薔薇は生きてる」インタビュー

明日発売の、文芸雑誌<ダ・ヴィンチ>で、
山川弥千枝「薔薇は生きてる」についてのインタビューをしていただきました。
ただいま原因不明、39度5分の熱が出てて意識朦朧としてるので、
きょうはこれだけで。


2/8書き足し
薔薇は生きてるは今んとこすべて絶版になっていますが、図書館で読めるし、ネットで読むこともできます。
私は何年か前、探してて、幸運にもあの写真のピンクの本と、創樹社の本の両方を古本屋で手に入れることが出来たから、まだ古本屋さんにもしかしたらあるかも。ぜひ店主に尋ねてみてね。

いんやー、しかしながら編集長にこんな好きな本があって、といつかお話したのがきっかけで、特集に声をかけていただき、なんというか自分の好きなすごく大事にしてきた本を写真に収めて紹介してもらえるというのは嬉しいもんだなー。誉れっつうの。嬉しい。なまじ自分の顔をお化粧したり撮ってもらったりするのよりもなんでか嬉しいもんだの。本のしたの柔らかく湿ってそうな黒い土、静止した薔薇、古い記憶。いんやーいい写真だす。思ってたよりも大きく扱ってもらったのにもびっくりしたよ。誰かにあの本がつながってくといいのにな、あの本は読んだら、なんか全然可哀想じゃなくてさ、全然泣かれへんくて、まだふてぶてと生きてるみたいやねん。散々な目に遭ってんのにけっこう調子な性格で、ふふんと笑かすねん。んで「もう、いやっ」、とかゆってぱたっと死んでまうのや。
図書館いかれたら是非とも探してみてね。


  

投稿:by 未映子 10:57 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2006.01.27

ユリイカ2月号<特集・ニートと文学>に「象の目を焼いても焼いても」を寄稿しました。

特集〈ニートと文学〉ということでなんか詩を書いてってことで書きました。タイトルは「象の目を焼いても焼いても」という名の散文詩です。図書館が舞台の読み物です。いわゆるニートというのかな、生きてることに所在無い三十路手前の女性が図書館へ行く話です。図書館は彼女に何をするか。彼女は図書館に何をするのか。そして寄る辺なきこの日常にも、ひとつしかない立脚地点は確保されているのです。視点がある。体がある。生きるということがどういうことかわからないけれど、同時に今生きてることの全了解。

私は自作について語るのがすごく好きなんですが、
それとてやはり見苦しいものだという気持ちも理解できるし心あたりはあるのだけど、
なんで自作を語ることが好きなんだろうか。いわゆる自分大好き、という解釈をされそうな物言いなんですが、それとはまったく違うところでの感触なのであります。もしかしたら「自分が自作を語ること」が好きなんじゃなくて、「言葉によって語られようとしている作品」が好きなんだろうか。

それが無粋であるとする理由に挙げられるのは
「受け手に見方を押しつけたくない、その作品に表されているのがすべてであるべきだ」というような、よくわかる話なんだけども、語った前と語った後で作品それ自体が変わるということはまずないわけだ。語ろうが語るまいが作品は作品でしかありえない。そもそも作者の物言い、熱弁、ひとこと添えぐらいで受け手の感受の質が致命的に左右される、なんらかの妨げになると考えるのは、逆に「作品がすべてではない」と宣言してるようなものだし〈作品にとってやっぱしどこまでいっても、作者が神〉という自負がみてとれる。作った本人がどう説明しようが、どう世界観を述べようが、そんなものが届かぬ場所に作品は勝手に移動するのである。

私は歌でもお笑いでも映画でも何でも、「※※、自作を語る!」ってあると飛びつきます。嬉しい。もっと語れ、などとも思う。そしてやっぱりなんだかんだいいながら、作者が語ってしまうのは、本当は作品を頭の中から世界へ放つ最後の仕上げなのかも、無意識にそんな風に感じているのかもしれないですね。

自己や自意識、そういうものへの諧謔や、韜晦として「私」や「僕」や「俺」という、自他や主観を自在に行き来する(大阪では相手のことも自分、っていうねんよ)この言葉を我々が何重にも共有しているように、〈作品〉だけが制約を超えて点在しながら連なる奇跡を発揮することが本当に出来るということを知ってるからこそ、人は自分の作品について語るのですな。

実は作品にとって語っても語らなくても同じことということを知っているからこそ、うんうんと語るのである。そしてそれに耳を傾けるのである。この状態、その理由、それが、愛というものじゃないか!「自作について語ること、だいすき。これぐらい楽しいことってないわ。これがいちばんすきかも」ジョン・レノンのインタビュー思い出した。

詩を読む人と論文を読む人の比率は、同じくらいなんやろうと思う。つまり、生活の役に立たない。自分の自意識で死にそうなところに人の自意識までしょいこめるか。
けれどもそこにあるのは果たして自意識なんだろうか。否!何かひとつ、あなたが感動したことのある詩を思い出してほしい。それは誰かの自意識であったであろうか。感動とは自意識から解放される最後の魔法である。感動といえば何も詩である必要もないのだけど、詩を書く、それを読むというのは詩は自意識からもっとも遠いところに生息している。

書かれたものが難解であれ単純であれ、紋切り型であれ革新的であれその形態をとらざるを得なかった理由というのが必ずある。作品における「ああ、これはこうでしかありえなかった!」と感嘆してしまうような泣きたくなるようないわゆる三位一体が、あらゆる表現にはみなぎっている。この詩はこの詩でしかありえなかった!それこそが行間であり、行間を読むというのは愛情がなければ不可能だ。そして詩は役には立たない。けれども愛をもって飛び込みさえすれば、その行間がもたらす幸福は、人をひとり確実に殺すものであり、確実に生かすものであり、やはり「美しい」のであります。美しさは誰のものでもない。

ユリイカに寄稿した前の詩にはほんとにたくさん賛否両論頂いて、嬉しかったです。わけがわからない、意味がない、長い、あれやったら俺にも書けるわ、などなど。そういえばあの詩について、ああ色々書きたいな、などと思っていたのに。メール読むことで満足しちゃって、大変有り難いご意見もあって。しかしながら非常に感激してくれた方々もとても多くて、その感想のほとんどが「うまく言葉にできない」でした。こっちもこっちで最高ではないか。言葉を読んで、言葉をなくす。すべての言葉が目指す邂逅の一点であります。

というわけで、<ユリイカ〜詩と批評〜>
明日発売です。今日はくどくどと書いたぞ。長くてごめん。最近短くなってるね、といわれたんだがそれは短いほうがいいということなのでしょうか、どうなんでしょうか。
ネットが繋がってないので日記を携帯で書いているの、親指に目がついてるかのようです。私の初めてのブラインド・タッチ。
そしてラジオもありがとう。試行錯誤しながらお届けしたいと思います。そしてユリイカ!是非とも手にとってみて下さい。よろしくです。

投稿:by 未映子 10:59 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2005.12.12

頭の中と世界はピクニックへ行く クイック・ジャパンVol.63

今日発売のクイック・ジャパンに、
アルバム「頭の中と世界の結婚」のレビューを書きました、
小さな文字群であります、小さな文字群は意味を持っております。
このアルバムがどんなアルバムであるのかのお伝えが、わたくし本人がどの程度出来てるのかは一切がわからんが、お伝えしましたよ、
字数の決められた中にこれをと思う文字を詰めて意味をつなげて並べていくのは、誰かのために、や、自分のためにも、ある晴れすぎて拍子抜けのしかしながら素晴らしい予感しかない念願の月曜日、たくさんのおかずを作って冷ましてからお弁当箱にきゅっきゅと詰めて、余ったり大きいので切ったり、ほいでも慣れんことなのでうまくゆかず何度も何度も詰めなおし、けど気持ちは午後の頂点ピクニック、このお弁当を広げる時の瞬間にあの人どんな顔するんかなあと馳せられているそんな作業に似ているなあ。
是非読んでみてのー。

ほんでほんで、
「頭の中と世界の結婚」、是非ぜひ聴いてみてください。


投稿:by 未映子 02:59 AM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2005.12.05

少女に行く ダ・ヴィンチ2006年1月号

明日発売の、文芸雑誌<ダ・ヴィンチ>に、
私は尾崎翠の「第七官界彷徨」を解説?紹介?お薦め?の文章を寄稿いたしました。
なんか好きな本を紹介する文章頂戴、ということだったので色々どれにしようか悩んだけど、尾崎翠よ。尾崎翠。タイトルは「我々は、第七官界彷徨で遊べるわよ」です。210ページです。

尾崎翠から思うこと、
人は少女に「なる」のではなく、少女へ「行く」のであります。
少女というのはひとつの「状態」であります。
人は性別を関係なく年齢も関係なく、好きな時にその状態へ行くのです。

少女に行く。
尾崎翠を読めば、それが可能なのであります。


ダビンチ観ていらしった皆様まずはより抜き読んでくらはったら嬉しいなあ。どうぞよろしく、よろしく。




投稿:by 未映子 08:48 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2005.08.18

小林秀雄 第九感界彷徨

理屈で語られることを拒否した「美しさそのもの」と、それでもその正体を明言したい「言葉」が最大限に密接するのはいつも、小林秀雄の目を抜け走らせるペンの先であった!
桜自身に桜の美しさを、ゴッホの絵自身にその美しさを、語らせることが出来るのです。今月号は、評論家、小林秀雄。


評論家という人はいったいどんな仕事をしているのかというと、
事象や物や、ま、自分の得意なもの追求するもの出来るものについて、めいっぱい語る、

しかもそれを生業としている以上は、そのへんの素人さんが感じる切り取る読み取る、そんな触手の強度繊細さではいかんのであって、
読み手をどきっと溜息つかせ、あらまこんな風にあなたはこれを理解して、まるで私の中にもう一個の感覚が芽生えたみたいだわ、へえ、あの人のあの作品はこんなだったのね、面白そうではないか、と、
目から鯨が飛び出すほどの、人々を感嘆の海へ突き落とさねばならないのであって、
評論家も受け手の一人に過ぎぬのに、私たち受け手と作品の乖離の聖域に、
わざわざ存在してるのはそういうことなんである。


小林の前にも後にも評論家なし、といわれたみたいで、言葉について、考え抜いた人である。
人々がよくいう「好き嫌い」について考え抜いた人である。

もちろん文章が美しい。読んでいくと説明もしたくなくなるような色彩の美しさを感じることもある。
そしてその色実を構成してる言葉の意味を追うと、こっちの感受性が求めてた輪郭が世にも美しい形でもって露見する。
小林秀雄の中には彼の美に対する、ぐっとくるところの、その宇宙大のルールがあって、ま、琴線ですよね、それをめぐる言葉の物語だわ。
そしてここが小林の最大の魅力、
ある作品について小林が語るとき、それはもう小林という概念を離れて、小林某が放つ言葉ではなく、作品が作品について自分を語った言葉として残るところなんである。
小林はいたこみたいなもんである。
作品に自らを語る言葉を与える、媒体なんである。
そしてその語り口の美しさったら、ない。


彼の処女作「様々なる意匠」の名文、


古来如何なる芸術家が普遍性などという怪物を狙ったか?彼らは例外なく固体を狙ったのである。あらゆる世にあらゆる場所に通ずる真実を語ろうと希ったのではない、ただ個々の真実を出来るだけ誠実に出来るだけ完全に語ろうと希っただけである


この小林の目が、私をどれだけ勇気付けたことか。
よし、お前は生きてる間は生きていってよろしい!と、声高らかに肯定された気分であった。
もちろんこの場合も、小林某に云われたというわけではなくて。


私は小林秀雄を好きですが、何が好きと問われても、そしたら好きとはまた違うんかなあとも思えてくる。
信頼してるのです。
小林秀雄は本を沢山書き、色々なところで色々な小説、作家自身、美術品、人生論、数え切れないほどを語り語らせ、
死んでいなくなった今もなんか何処かで、胸にぐっとくるものの正体を、じっと見詰め、そして言葉を連ね、静かに胸を焦がしてるに違いないと思うんである。


お前はそんなに美しいが、その美しさを身に湛えてるのはどんな気持ちがするものか
ちょっと俺に語ってくれよ、お前のその果てもない悲しみの生まれ育った風景を、
ちょっと俺に聞かせてくれよ。とまあ、そんな風にしているのではないかと思う。


このページ読んでくださり、なにか人に表現を伝えたいと願う人、小林秀雄、興味もたれた方は、是非。
短いから「様々なる意匠」読んでみて。


この文章は、ドレミ出版月刊Songsに連載中の「第九感界彷徨」からバックナンバーを加筆修正したものです。
冒頭のリード文も未映子が書いています。
ソングスには未映子の詩と絵も併せて掲載されていますので、ぜひご覧ください。


投稿:by 未映子 09:59 PM [書籍・雑誌, 第九感界彷徨] | 固定リンク | トラックバック

2005.07.20

中原中也 第九感界彷徨

ひとりの男の肺を突き破り伸びてきたのは暖にして冷、狂にして静の言葉の茎々であった。結ぶ実は悲しみを湛え、花弁は風と感嘆にためらう。悲しい悲しいって、一体何が、悲しいの。怒りでもなく喜びでもなく、詩人を詩人たらしめたのは、出自の明らかでない、純粋悲性であった。今月号は中原中也。


今回からわたしの好きな思い入れのある詩人や詩や絵や作家について、わたしの思うところ感じるところを話しつつ、言葉の魅力や表現の内部を想像したり夢想したり、ちょっと一緒に覗き見などできたらなあという気持ちで、やっていきたいと思ってます。
詩について、人が読み方とか感じ方とかを説明したりするのって、野暮というか、たいていが上手くいえないそこのところを味わうから詩なんだ、というまあ気になるところもあるけれど、とにかく。感覚のために使うものは感覚のみ、といった感じで。


初回は「中原中也」について。
中也は1907年に生まれて、1937年に死にました。30歳でした。
死因や生活については色んなところで書かれているので興味が出ましたら一度読んでみてください。文庫の後ろにも大体ちゃんとついています。
生きてる間に刊行されたのが「山羊の歌」、死ぬ直前に編集して死んだ後に出されたのが「在りし日の歌」という、たった二冊。定職にもつかず初めから自分の人生の仕事は詩を書くことなんじゃ、とわかっていたはずの中也に、なかなか世間は反応しなかったみたいで、一冊出すのにほんとにキツかったみたい。
ううむ。どんな才能もそれだけではどうにもならんくって、反射して初めて存在価値があるという、世界はいつもそういうつくりになってるみたいです。
でも中也に限らず、これだと魂で理解してるそういう芸術家は手を止めない。止められない。
だからそうやって全人生を賭した嘘のない作品、生き様に出会うと、時空を超えてこう、信頼できるわけです。否応なしに。

わたしと中也の詩との出会いは、中学の国語の教科書の中でした。
「ひとつのメルヘン」という蝶々が出てくる美しい河原を描いた幻想的な作品で、これが、ほんとに美しかった。
その当時は詩を読む機会もなかったし、ふうん詩って、センチメンタルなもの、ぐらいにしか思ってなかった中学生のわたしの心に、こう、さあーっと文字通り河原の水が、さらさら流れたんです。

それはすごく、幻想的で知的で不思議な体験で、
「詩ってすごいわ」って思った。

見たことない景色と、それを紙に書き記した中也の気持ちが、
厚かましいけど自分の思い出みたいに押し寄せて、熱い涙がほんとにじわりとにじみました。

それから文庫本を買ってひたすら読んだ。
この会ったこともない、そして今はもう生きてはいない男の人が、何を思って何を見つめ、何を恐れて何を愛して何をそんな忘れられないのか。それを全部知りたかった。

その頃に直感したのは、この人はほんとに悲しいんやわということ。
しかも自分でも、何がそんなに悲しいのかが分ってないんやなと思った。なんで自分は生まれてきたん?と同じくらいの答えのない悲しみが、生まれつきにあるんやなということ。

生きること、世界と自己、すべてが訳もなく悲しくて悲しくて、
それをもう自分でどうすることも出来んくて、
それで悲しいその核みたいなものを、「春」って云ってみたり「夜」って云ってみたり「これが僕の骨だ」って云ってみたり、
ずっと同じところで、ずっとずっと悲しんでるんやわ、って思った。

自分の中の得体の知れないものを掴んで、お前は一体誰なんやと、延々と問いただし疲れては抱きしめ突き放してはまた戦う、

その表現の根拠は、表現というものを考え始めた十代の私に、大きな呪いというか、約束というか、
巨大な儚さ、あきらめと永劫に続くイメージを、残しました。

中也の詩によって、
私の感受性の中の何かが大きく決定づけられた感触を今でもよく覚えています。


中也の詩は、
春や夜や青や過ぎてゆくもの、悲しみで満ち満ちています。
以下引用。


雨が、あがつて、風が吹く。
 雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵。
 なまあつたかい、風が吹く。

なんだか、深い、溜息が、
 なんだか、はるかな、幻想が、
湧くけど、それは、掴めない。
 誰にも、それは、語れない。

誰にも、それは、語れない
 ことだけれども、それこそが、
いのちだらうぢやないですか、
 けれども、それは、示かせない……

 
かくて、人間、ひとりびとり、
 こころで感じて、顔見合せれば
につこり笑ふといふほどの
 ことして、一生、過ぎるんですねえ

雨が、あがつて、風が吹く。
 雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵。
 なまあつたかい、風が吹く。

(春宵感嘆)


や、この詩のタイトル、
「春宵感嘆」、「春宵感懐」、「春宵感慨」、などなどあるみたいですけど、
私の本では感懐で、私の好みは以前読んだ感嘆でして、これでは69歳と70歳ぐらい違うえらい違いで、
中也は本を作るときにも余白の量、文字の細々した指示、あんなに細かだったのに、
しかもタイトル、現世のこの曖昧なこの感じ、聞いたら癇癪起こして倒れそう。


・・・
瓦が一枚 はぐれました
これから春の日の夕暮れは
無言ながら 前進します
自らの 静脈管の中へです

(春の夕暮れ)


是非読んで見てください。
言葉にならぬところだけを言葉で実践しようとしています。
気持ちを書くというのは、そういうことです。

春の夜みたいに、青い闇みたいに、中也が語りかけてきます。


さて今回のわたしの詩は、わたしの夕暮れを切り取りました。
しるし、という言葉はわたしの中で特別な響きがあります。運命、吉兆、無常。わたしはどうしようもない悲しみに捉えられて告白し続ける人が好きです。
絵は、暗闇にも善きものはあるということです。

この文章は、ドレミ出版月刊Songsに連載中の「第九感界彷徨」からバックナンバーを加筆修正したものです。
冒頭のリード文も未映子が書いています。
ソングスには未映子の詩と絵も併せて掲載されていますので、ぜひご覧ください。
※月刊Songsの連載は終了しました。


投稿:by 未映子 06:29 PM [書籍・雑誌, 第九感界彷徨] | 固定リンク | トラックバック

2005.06.14

倉橋由美子、その死と永劫完成

倉橋由美子氏が亡くなったのを、私は今朝知って、なんとも云えんなんとな気持ちが。

そうか、亡くなったのか。心臓の病気で、亡くなったのか。

知人から聞いて、今、調べてみたら、心臓の鼓動が聞こえる原因不明の病気だったそうな。

異常のない私の心臓でも、夜中ベランダの手すりに胸をあててもたれてたら、
それだけで世界が吐き気のするほど波打ち揺れるというのに、鼓動そのものが耳に届くとは、
いったいどんな世界の揺れ方。

寂しいか。あんまし寂しくない。
誤解を恐れずに云うと、倉橋氏は私にとってあんまりにも肉体のない作家やった。時代を共に呼吸している実感などもなかった。
パルタイは飽くまでパルタイであり、反悲劇は反悲劇のまま、
何にも減らぬし何にも増えぬ、
生き死にでは左右されぬ事実が背表紙から発光しております。

でもただ、倉橋氏の死の印象を喩えるならば、
ひとつのひっそりとした植物のある体系の消滅というか、精巧な空中庭園の崩壊とか、精緻で無意味なまでに巨大な無人宮殿の設計図の焼失、そんなような、異動。
生きていようがいなくなろうが、空中庭園や設計図は完成されしきっていると思い込んでいたけれど、倉橋氏の死によって、いよいよにそれらは磐石の極み、左脳に響きわたる地なりをもって地を発ち、もはやこの世のものではない存在の仕方で我々を見下ろし始めたというか。
そんなとりとめない印象が午前中ずっと、頭のなかをぐるりぐるりしてました。

倉橋由美子さま、あなたの作るお話は、どれも素敵でした。

私が生きてる限り、いつでも何度でも読めます。これも、素敵なことです。

十代の私は初めてあなたの小説を読んだとき、すごくすごく興奮しました。すべての毛穴を中心として内側からめくりかえる思いでした。

そして私にとってあなたほど絶対的に、「遠い」作家はいませんでした。俗にいう、
「好きになってはいけない人」というような。


ありがとう。

倉橋由美子 第九感界彷徨も読んでみてください。

投稿:by 未映子 11:45 PM [書籍・雑誌, ] | 固定リンク | トラックバック

2005.06.11

ああって動く心、あそこの動き

ぐっとくるときにああって動くわけよ。どこがよ。心のあそこがよ。
このアルバムのどこを切っても、
ほんっまに何処を切っても、
感動したときの心、あそこの動き。


今はずっと、
7月のシングルよりかは先やけど、
9月のアルバムの制作してますよ。
アルバムですえ、アルバム。

アルバムは、未映子プロデュース、
ほんで佐藤研二氏と、彼率いる、
COTUCOTUともようさんやります。


あー、今、太宰の、「晩年」の、
能書きではなく後書きを思い出したぞ。

太宰がいったい何をゆってるかとゆうと、
この晩年っつう短編集を書くのにした、自分の苦労を、自分でねぎらいつつ、
どんなけの地獄、

どんなけのどえらい自意識地獄をば練りに練り歩いてきたかっつうの述べつつ、ま、書いた原稿用紙は5万枚超えましたよ、でも全部。破ったもんね、破りましたもんね。俺自分で。俺はそういうこと出来るし。みたいな。
んでま、晩年、この晩年、そんな自意識の魑魅魍魎から選ばれたこの短編たちは精鋭なんだよんということです。


「・・・・そうして残ったのは、辛うじて、これだけである。これだけ」


とか結構重い調子で語ってんのが目に浮かぶけども、

今にも踊り出しそなほどハイなんが痛いくらいに、や、微妙に痒いくらいにようわかる。わかりますえ。嬉しいもんよ、完成は。


「けれども、私は信じて居る。この短編集、晩年は、年々歳々、いよいよ色濃く、きみの眼に、きみの胸に浸透して行くにちがいないということを。私はこの本一冊創るためのみに生まれた」


もうなんかスペクタクルな神託ノリ、
何のために生まれてきたかっつうのを限定しちゃえるような気持ちになれるわけなんであって。


「さもさらばあれ、「晩年」一冊、君のその両手の垢で黒く光って来るまで、繰り返し繰り返し愛読されることを思うと、ああ、私は幸福だ」


ってまあ、最後はぼくすごく幸せです、幸せですっていうことで、
思わずこっちが照れるがね、っつうくらいの言い回しで、

ま、素敵、ほんとに素敵ですけど、書き写してて思うんがやっぱ太宰、文章うまいなー。


物を作る人間に限らず、
これじゃ!って力を形にし切ったあと、恋愛でもなんでもな、
思える束の間の幸福、これのみを体験するために生まれたんす。

つって叫び出したい、意味はないがもうとにかく叫び出したい境地が確かに、あるのであって。決してこれはだらだらと続きはしやんが、
そういうものが人生の点々にあるから、
生きてゆけるのやと思います。


私と、それを聴いてくれた人のそれが、
もう見分けのつかんようになって、
噴出し飛び出し去来する、そんなアルバム作ってるよ。
詳しくはまたのちのち。

っつうかこれ以上詳しくっつって、何があんねんな。


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2005.05.17

図書館の性格

本棚
半年以上の音沙汰がないという事実が連れてくるのは何か、
なんか倦怠か。それとも無関心かしら。
しかしてそれは、これからという未来に何ら影響を及ぼすものではないと、わたくし
はここで今、高らかに声を挙げ!挙げるのです。
気まぐれとは常に、
自分ではない誰かの帳尻合わせだということで、
先のことはなんにもわからぬが、
これから写真を撮ったりして、また皆様に見ていただく機会をしっかり持ちたい。

歌詞を書く途中にバーセルミの大吟醸、「雪白姫」に、
引きずり込まれたりまわされたりしているわたくしですが、
色々はさておき、写真、久々に更新しました。

本は手持ちの好きなのをねちねち読むので、あんま図書館は行かないんですけども、
図書館の本を読むのは、
人の彼氏か旦那を拝借するかのようで、や、違うな、
なんか公娼というか、なんか、彼らには寡黙な娼婦の潔さがあるな。

まー色んな人が色んなことを、
不特定多数に向けて語ることの多さよ。

あーすっげーなんか、物語が読みたい。
自分が生きてることを全部忘れるような。


投稿:by 未映子 05:29 PM [書籍・雑誌] | 固定リンク | トラックバック

2005.04.19

倉橋由美子 第九感界彷徨

活字が金属製に見えてくるのよね。頁を繰る指が冷たいのよね。謎めく文体の左脳、響震する細部。水銀の悲性に静まり返る、ストイックであるということの恐ろしさ。今月号は倉橋由美子。

 えー、倉橋由美子。倉橋由美子先生。漫画家の方ではありません。倉橋由美子。
 この五つの漢字の並びに皆様方はいったい何を感じ取られるか。倉橋由美子。しつこい?もう一回、倉橋由美子。

 わたしは倉橋由美子、というこの記号に、高級コンパスとか高級定規セット、正しく図面を広げるための無機質な銀色で統一された冷たい道具一覧、それでいて軽やか。そんなものを受け取ります。

 倉橋由美子、1935年高知県生まれ。明治大学文学部でフランス文学専攻。学長賞に応募した「パルタイ」で受賞、まあこれがいわゆるデビュー。
 
 パルタイをわたしが初めて読んだのが17歳の夏、気持ちの悪い小説であった。
 気持ちの悪いというのは読後感。そこには何にもないのである。感動も感心も、一度ではこちらの常識的な感受性がてんで反応しないのである。
 それでもう一回読む。無理。この小説の目的がまるでてんでわからないのである。
 わからない、とはどういうことか。言葉にできないということである。
 わからないものは放っておけばいいものを、まるで無視なぞできぬわからなさに、わたしの知的・感覚好奇心は誘われ続けてはや10年。なんでか知らんが受け入れた、ならば人は理解したいのである。
 ああ一切の虚構!出来ない相談とはわかっていても、わたしは倉橋由美子の世界を理解したい!
 
 わたしの初パルタイ体験が17歳。倉橋氏がパルタイを執筆していた年齢になるか。恐ろしいね。
 「パルタイ」という小説において、そのあらすじを説明することには何の意味もない。
 当時の若い共産革命主義者たちの「パルタイ」という組織との「意識」の物語である。
 内容、物語、小説を作る要素すべてのものに先立って、文体。文体こそが目的。文体を鍛え上げることにおいて絶対的なのである。
 物語の徹底的追放。懐かしさや思い出なんてもの何処にも見当たらない。
 「思いが・・・」とかそういうの、ないの。どうよ。読んでみたくない?その出発点が「パルタイ」。
 
 全集の巻末に添えられている倉橋氏のパルタイについての物言いに、彼女の創造感覚が見事に表現されているので、引用。
 
≪例えば一方に観念的な左翼を哂いたい気持ちがあり、他方にカフカ風の話をカミユの文体で書いてみれば面白いだろうという興味があり、今一つ、賞金稼ぎの欲があれば、「パルタイ」のような小説を書いて投稿する気持ちになる≫

 どうよ。10代の、物を書く動機としてこれよ。
 それまで小説の「良識」としてあった、テーマ・思想・人生体験・教訓・真理、小説が扱うべき、または扱うべきとされていた、まあ感情とかリアルとか、まあ情ものっていうか、物語よね、それらに対して叩き付けられた倉橋氏の「否」が、今日に至る倉橋作品の動脈なわけよ。文体がすべて。

 これは乱暴かも知らんが音楽にもいえることで、もちろんわたしは感心よりも感動を求める性質ではある。
 的確なピッチ使いよりも歌総体としての震えを求める人間ではある。
 でもな、その一音を、その的確な一音を出すために為され続けてきた努力、賭けてきた時間、そういう事実に支えられて出す的確な一音というものがある。
 その一音を出すためだけの努力に、我々は人間の仕事に対する「姿勢」を見、そして震えるのである。
 歌手でいうところの声の構築は倉橋氏にとっての文体の構築、その貫かれた修行の潔白さに息が止る。
 掴めどそんなものもともとない、それでいて機械的物哀しさが蔓延している。自己憐憫では決してない、水銀のような純粋悲性がきらめいている。
 わたしは、虚構・架空、金属製の騙し絵のような倉橋作品のとりこであります。

さて今回の絵はなんでしょうか。わたしは毎日夢を、みるのです。


この文章は、ドレミ出版月刊ソングスに連載中の「第九感界彷徨」からバックナンバーを加筆修正したものです。
ソングスには未映子の詩と絵も併せて掲載されていますので、ぜひご覧ください。

2005.06.14 倉橋由美子、その死と永劫完成も読んでみてください。


投稿:by 未映子 05:59 PM [書籍・雑誌, 第九感界彷徨] | 固定リンク | トラックバック

2005.03.05

尾崎翠 第九感界彷徨

夢が夢であるための条件、少女が少女であるための。小さな胸の第七官界は遥けき恒星の営みをも掬いとる。今夜すべての苔は恋をする、今月号は尾崎翠。

 先月号が中原中也だったので、今回は誰にしようか何にしようか、ちょっと迷っていましたが、尾崎翠。尾崎翠のこと、っていうか「第七官界彷徨」についても、ちょっと。
 尾崎翠は1896年に生まれて1971年に亡くなりました。鳥取県生まれで、後に上京して文学活動を始めました。
 それまでの、いわゆる自然主義と呼ばれる、ありのままをありのままに表現したり書き写したりする文学の傾向に「つまらな〜い」と感じたのかどうかは定かじゃないけれど、まあ自分の感覚に忠実に、記憶、体験、実感、映画や音楽や演劇や色彩など、もうとにかく自分の感覚が反応するところ、それらを見事に織り上げ、夢見る夢子でどこが悪いのよと言わんばかりに、幻想的で、ユーモアたっぷりの彼女独特の世界を作り上げていきました。
 そしてばりばり小説を書いていくんですけれども、まだ若い時分に頭痛薬の飲みすぎで中毒になってしまって苦しんで苦しんで恋人と別れて鳥取へ帰ります。
 そこからはもう書かなかった。書けなかったのか。
 その後の生活は戦後を逞しく生きたという説もあれば、やはり病でぼろぼろになり、独り寂しく雑巾を縫っては売り歩いて寂しい晩年を送ったという説もありますが、後者がよく伝えられるところではあります。
 兎にも角にも、彼女にとって、波乱万丈な人生であったことは確かなようです。

 わたしが初めて尾崎翠の作品に出会ったのは、二十歳の頃で、本を読んでると何処にでも行けるし何にでもなれるし生きてる人と話すのとは違う潔さがあるしで、音楽よりも何よりも本当に本をよく読んでいました。
 活字を追っている間だけは自分から離れてられるし、頁を開けばいつでもそこに、その大好きな世界がわたしを待っていてくれるわけで、夢中になって病み付きになるのは当然のことで。
 そんな中、十代もやれやれ終わって、毎日毎日なんじゃあ、てな時に、本屋で尾崎翠の「第七官界彷徨」に出会ったわけです。
 
 まずこのタイトルですよ。どうですか。これは唸った。初めて目にした人も唸るところです。
 「第七官界彷徨」。このタイトルの吸引力については色々なところで色々な人が体験談や素晴らしさを語っていますが、多聞に漏れず、わたしもタイトルにやられたクチです。
 何よ、何処よ、第七官界って、ってな感じで。どきどきですよ。ちくま文庫で出てる集成がお手ごろで他のも併せて読めて鞄にそっと忍ばせておけるし、尾崎翠世界的にナイスです。
 
 わたしは、小説「第七官界彷徨」が手放しで大好きなのです。町子ちゃんという詩人を夢見る女の子が主人公で、従兄弟たちとのめくるめく共同生活の日々の物語です。
 ストーリーのニュアンスや登場人物の面白みは実際読んでもらわないとなかなか伝えきれんけど、何がわたしにとって大きな魅力かっていうと、町子は無論のこと従兄弟たちも筋金入りの感覚少女で、そして永遠の少女なわけ。たまらん。
 従兄弟たちは苔を栽培したりコミック・オペラを作曲したり町子は自分の縮れ毛に思案したり。そんな彼らの会話や論争がたまらなく面白いの。
 ときどき間が抜けてて、ときどきはっとする。「恋愛」もこの小説の大切なテーマなんだけど、人間は片思いや失恋ばっかで結局ここで「恋愛」に成功するのは苔だけ、という、これだけでもなんかそわそわするでしょ?
 尾崎翠の小説が、少女趣味的世界であって同時に何故一流なのかというと、単純に文章が上手い。それも極上に上手いのと、戦前から映画に親しんできたせいか、視点が抜群に面白い。
 カメラワークっていうの?情景を喚起させる能力がズバ抜けてる。漫画と詩と映画と小説と写真を同時に観る感じがいつもする。
 町子が云う台詞、
 
「私はひとつ、人間の第七官にひびくやうな詩を書いてやりませう」

この台詞はほんとに長くわたしの頭の中に残っていて、このわたしの連載とタイトルは、この作品へのオマージュでもあります。
 「第七官界」が結局薬局何かというのは、読んだ後にきっと自分だけの感覚で感じるはず。他の短編も是非に!
 
 さて今回のわたしの絵と詩は、人生で自分で選んだり決定したり出来ることっていうのは、実は絶望的にほんとに少ないということで。絵は、勝手に騒ぐ、ヘモグロビン。


この文章は、ドレミ楽譜出版社『月刊Songs』に連載中の「第九感界彷徨」からバックナンバーを加筆修正したものです。
月刊ソングスには未映子の詩と絵も併せて掲載されていますので、ぜひご覧ください。
※月刊ソングスの連載は終了しました。

投稿:by 未映子 09:59 PM [書籍・雑誌, 第九感界彷徨] | 固定リンク | トラックバック

2005.02.16

女子失格

長い。長いわ。大抵が長い私の日記。
この長いのをどうかひとつうまく小分けにしてよ、まめに更新したらば何事にとってもよいのは真理、
なのに私なんで。なんでか。ああもう、私はあかん。あかんのじゃ。あかんあかん。

録音をしているが歌詞が出来ぬ。歌詞。歌詞。
こんな雨の休日、私には休日な、私がダッシュで走ってゆくのはどこか。どこの国か。それは現実逃避の国。
逃避行、逃げて非難するのなの。
頭の中をまるごと逃避。逃避って、逃避っつうぐらいなんでそれは往来楽しいもんなでしょうがいかが。
逃避の手始めに私浴槽に湯を張り体を沈めつつ即身仏ごっこ。この指は指でもなんでもない、この肉体は肉体ではなくただの炭素のかたまり、っていう風に全然ごっこになってはないが、ま、言葉ってやらしいもんよね。何処までも何処までも言葉がついてくるわよ。まるでお月様のようにですけど。
ほいで斎藤美奈子先生がお作りになったゆったもん勝ち概念「L文学」(レディ・ラブ・リブね)っていうの、斎藤先生曰く「L文学」ってフローリングな感じってゆうの、まあ詳しく知りたい方はおのおの調べよ。そういう感じよ。何冊か持って入り読みつつ。

今現在女子は、や、この際女子は、敷居を低くな、気持ちよくな、がんばりすぎず、大丈夫明日は来るのだから、って帯びはちょっと見つめてしまったが、この際脳みそを柔らかくして、大人になった私たち、幼き少女に時々戻って全然いいのよだって女子なんだもん的小説を読。
私だって女子、私だって女子なんだから、L文学を楽しむ才能、きっとあるんだもん、つってひとつ短編読み終わり、
や、こんな私だって無条件に楽しめる、女子の女子によるオール女子に向けての細部、そういうの、私だって楽しめるもんね、ってちょっと焦りつつ、また短編をひとつ読。あっれ。?、??や、これには、これらには、きっと鈍めの私にはちょっとわかりにくい、けれどもスンバらしいなんか魅力が詰まっていてしかるべき、焦るな未映子、あんたは女の子、きっとL文学の魅力、わかるからつって、汗流し柄祈るような気持ちでページを繰る、繰るが、繰るが、繰るが!!!

一女子であることを純粋に甘く楽しむの・・・。
目論見と期待は木っ端微塵もええとこ、辛くなってクエスチョン。皆さんの書かれるオチに愕然、や、驚愕といってもいいくらい、なはんか。なはんか。絶望的にほぐされない。私の気持ちのどっこもスウィートにならへんでブルーな。
ゆるーい感じが私の何処にも浸透する気配いっこもなしだわ。
もはや私が拒否したんではなく、小説群が私を断固拒否したに近い。私は女子失格だわ。

そうこうしてる間もなんか追い込まれ感。
なんかにひたすらに絶叫的にそれでいて静謐に着実に追い込まれている気分だに。
やらなあかんことをあるだけだとゆうことは解かっているが、みんな何してるん。こんな雨の日な。

テレビは殆ど観やんのに、点けてしまいそうであるわ。
現実逃避も破綻し女失格も露見。
ああ、動けん、動けん。ああ、我々よりもでかいい目をもつあなた、おるかおらんかは知らんがそれはどっちでもいいのよ。ねえ、人はひとりぽっちね。全きひとりぽっちなもんなのよ。ずうずうしいほどひとりぽっち。ああひとりぽっつ。今すぐ道路に飛び出てごろごろっと転がり出したいくらいにひとりぽっち。通行人のふくらはぎに噛み付きたいくらいにひとりぽっち。

もう、自分自身に怒れる精神が炸裂、したらまだいいけれども、
炸裂させるほどの私では今日はない。

がんばれ明日の未映子。今日のマイナスは全部あんたに任せた。


投稿:by 未映子 07:14 PM [書籍・雑誌] | 固定リンク | トラックバック

2004.11.30

埴谷雄高どこまで粘ってんねんなほんまに

で、結局、「小説」という装置で、初めっからでっちあげ作戦で、書き出したが結局未完、そら未完やろうよ。それも言葉を使って言葉以前を表しますなんてよ。
わたしは知らんが苦しかったとの話。獄中壁と喋ってみた。けれど、言語はいっつもそこにあった。そらあるよ。
不毛であったと云えなくもないが、でも、小説という方法を選んだ彼は、運動神経が良かったとしか、思えない。
埴谷雄高は誤解されても駄々をこねず、や、時々は奥さんにこねたであろうが、とにかくあんなに粘って偉かった。あんなに粘って粘って、我々言葉を知ってしまう前のことを表現したがった。
多分今も、アンドロメダのちょっと裏で粘りに粘って言葉と結局睦まじくやってるんだと思う。宇宙限めいっぱい。


埴谷が睨んだ「自同律」、在るが在るとゆうことな、自分が自分をわかってしまうことな、それでそうでしかないそれが「不快」なんすよ、というこの衝動、宿命、当たり前、そういうことを「考えている」このことが「哲学」であると思ったら、もう、黙るしかないのであって、そんなこと思わない人にはそんなこと存在しないのである。

そんなことはないと、そういうのは誰でも云われればわかるし驚くし、みんな驚愕・戦慄き、それを考えるのは人間のギム、ギムではなかろか、ないですか、どうですか、ぐらいにわたしも思ったこともあったけど、「普遍的なこと」だと個人が信じて個人が語ると、それはかなりの確立で、独善的な、鬱陶しい人生論になってしまうのであった。
人生論。結構注意して語った積りでも、肉体を持ち、環境を持ち、感情をもつ人間が、それは実際難しいのであるんではないか。

無論、個人の人生論は万人には通用しません。ということはすなわち哲学=論理のある方面での破綻がそこに、あるのだなあ、とスーラータンメンを待ってる間になんとなく思う。スーラータンメン。
拝金主義、キリスト原理主義、ブディスト。赤ちゃん。わたし、君、あなた、明日死ぬ人、今うどん食べてる人、アラスカの犬の隣におる人、全員が納得する「考え方」って、何ですか。


宗教ではなく、信じることでもなく、「考えること」ということにおいても、徹底的に、脳ミソは一個一個違うのであった。わたしに判ることでも君には判らない。君にわかることでもわたしには判らない。


でも、1という概念はわかるではないか。1+1=2、A=A.、というこの論理はわかるでしょ?と、哲学が、考えることが、論理が人間には必ずや通用すると宣言する人がいるわけだが、生きることは、論理では、言葉では、理解できるものでは、ないということだっす。
あ、わたしは論理と言葉というのをここでは同義で使っております。
ここで浮かび上がる物事のもう一つの相反する真理、「我々は、言葉である」ということ。言葉を持たぬ我々は、存在しないということ。ぎゃ。なんという不自由で自由な我々の在り方。ギャ。


とゆうこのこんな、どこのなにかもわからん女が、言葉がどうとか、以という前がどうとか、意味がわからんだす。なーんてこれをお読みになっても思う方々はキット殆どであるとは思うのですが、多分2人くらいは、わたしのゆってるこんな当たり前の、「すんません、自分、もう最初から負けてますよ我々」、みたいな、言葉に対しての、なんというのか、怒りでも悲しいとかでも無論なく、言葉を思うときにがっつり見えてくるルールの性質というのか、常識とでもいうのか、そういうことを、考えてもそんなこと、言葉を使って考えてるのに、ナンセンスやんけ、それでもよ、なんでか、こういうことを歩いてる時、ご飯食べる前、酔っ払ってもう全部捨て!とかのあるせつな、ちょこっと考えるこういう人間の脳の癖、これを、いいか悪いかは置いといてよ、「わかるよ」と云ってくれる人がいるんではないかなとも思う。


この話、埴谷雄高から離れてちょっと続く。いや離れてへんかもしれんけど、やっぱり離れてちょっと粘る。

投稿:by 未映子 10:07 PM [書籍・雑誌] | 固定リンク | トラックバック

2004.11.10

岡崎京子、女子直前。

や、生理が来るであろう前の数日の女子の生態をご存知か。
女子直前。や、この響き、なんかいいな。よくないか。どうでもいいよ。暑いな。なんか涙目。
生態。特筆するような生態ではないが、別にこれを男子に云いたい訳でもなんでもないないが、爆発連鎖してゆく食欲。


この底の破れた盥のような胃袋の変貌。
なんでこんなことになるってるの。
女子直前の性欲に関しては無論当然個人差あるみたい。
女子直前は熱が体に篭るからなんか沸沸とするんでしょう。って他人事みたいですけど、なんにしてもそういう身体の機微を自分で感受できるというのは、とにかく平和でよろしいね。


ところで岡崎京子。岡キョン。
わたし、岡崎京子を女子直前に溜まらん読みたくなるのよ。

もう一日中読み倒して読み倒して読みきってなんか普段食べやんお菓子とか床に散らばして、
もうお風呂も入らず服も着替えず歯も顔も洗わないでもう寝間のまんまで朝から晩、部屋から一歩も出ないでコンビニご飯だらだら食べて散弾銃、そうやって岡崎京子を思い切り読破したい猛烈な欲望に全部持っていかれるわけよ脳ミソと身体が。もうなんかそういう駄目駄目の縁で岡崎京子をダラダラ読みたい。んでパタンと閉じて死にたくなる。


食欲というものはなんせ性欲らしい。

というと乱暴ですけど、
特に男性の食欲というのは、身体を現状維持するという目的よりも、

「この飯を食ったらもういっかいセックス出来るぞ!体力的に!」

ということらしいのです。常に男性の存在の黒幕・原因は、
生物学的に云うと、まったくもって「性欲」らしいのですよ。「空腹感=種の保存の危機」。


それはあまりに短絡的すぎてビビるが、ほんまかいな。でも、そうらしいのよ。


だからご飯は沢山食べる男子の方が、
生物学的な意味を追求するならそっちのほうが女子としてもよろしいということになるんですって。
あなたの彼氏はご飯たくさん食べますか。


まあ男子と同じではないと思うが、
女子直前の食欲と、
岡崎京子の間には、
そんなに必要のないものを、もうどんどん身体に溜め込みむくみ、口を動かし、醜くなってゆく。

そのこととなんかすごく密接な関係があると思う。
自棄というか潔くない破滅願望というか。


わたしの中でずっと以前から色のような無形の式が施されていて、岡崎京子を読むというのはわたしにとって、
女子の生理感覚・倦怠・嫌悪・捨て鉢・排出と再生、
そういうところをどんどん肥大させるというか、女子直前のあのだるさ、


「もうちょっとしたらわたしの細胞生まれ変わるから、
今はわたし、こんなんでもういいねん」


などと誰に弁解するでもないのに、
なんだかそういう気分を増幅させるそのものです。
女の子を描き続けるというのは,
多分そういう波を生んでゆくということなんだと思うけど。


いつも思うんですが男子で岡崎京子を好んで読む人は、
岡崎京子のどのへんをどんな風に好きなんだろうかと興味がある。

ねえ、どんなとこに夢中なんですか。


投稿:by 未映子 03:19 PM [書籍・雑誌] | 固定リンク | トラックバック

2004.11.01

博士の数字レース編み宇宙

「式」という字、書体にどうにも魅せられ、
小川洋子「博士の愛した数式」読む。

や、面白かった。面白かった、と書くときどうですか。だって面白かったんだもの。面白いとはどういうことか。感動することか。や、それもある。しかし、頁を繰る指が止まらんことよ。頁から絶えずわたしの想像分野が呼ばれることよ。コダマすることよ。無論わたしは人生において感心したい気持ちよりも感動をしたい人間ではあるが、この小説には両方がきちんと冷静な面持ちで持って、クライマックス、文字通りわたしはこの小説の最後で「江夏の背番号」のとこで泣いてしまったのであるが、読者のそんな感涙をも静かに諭すような、そんな小説であった。

わたし小川洋子氏の小説は「妊娠カレンダー」しか読んだ事がなかったんだが盲点。すべてを読んでみようと思うな。思い出すのは何となく金井美恵子だな。今の女流作家、例えば川上弘美氏なんかも嫌いではないがなんというか、短編とか意味不明さが鬱陶しい時があるのよ。特権階級的な雰囲気も苦手である。嫌いではないんですが。求めるのは曖昧さより鋭さ。どちらもバランスなんでしょうが、印象が鋭さ。わたしにはそれが大事です。こちらの問題かもやけど。他の短編も興味があるし、他の長編ももっと美しいであろう。文体の、あの控えめさ加減がなんともいい。じっくりした実力のある人の書く静かな文章、そういうの読むと、なんか世界が一気に清掃されたみたいで、うるさくなくって、いいね。

あらすじを語るのはつまらんので読んでない人はどうぞ是非読んだら面白いよ。読みやすいし。設定もやりすぎず、物足りなくもなく、いいのである。まあ、売れてる本らしいので大体の方は物語りは知っているのではないですか。

奇妙な性格特徴設定の博士と家政婦であり語り手の<私>と、その息子√(ルート)とのささやかな日常の物語なんですけど、博士はなんの博士かって言うと数学博士なわけよ。永遠に数学の世界をさまよう博士。1975年以降は80分の記憶しか持てないのよ。
で、博士によって語られる、博士との生活から結ぼれてゆく、数学的世界観に、<私>は共鳴してゆくわけよ。文字通り共鳴よ。物語的感動は読めば味わえると思う。

で、わたしが感動はさておき、感心したのはどこかというと、氏の徹底的な文体操作である。
別に操作なんかしてないわよと云われるかも知れんが、この、一冊を通して感じざるを得ない、あのぐっとぐっと後方で控える何がしかのでっかいでっかい巨大な目、その存在が、「数学の神秘性・論理性」というものを這わせ、その上に紡いでゆく思いやりや敬愛、人と人との静かな交わりをテーマにしたこの小説の成功を支配しているのであるよ。数学的な巨大な何か、その目をこさえる、その目の存在を読者に絶えず意識させるこの文体。や、読んでよかったわ。

そして主人公がこんなに語らないというのもまた良かった。本当に作者が伝えたいことはさりげなく文章に練りこまれ、時々台詞となって情熱は露見する。

博士なんかもっとキチガイ(←駄目なんですか)キャラとして描いてもよさそう、や、大体こういう性格の博士などというと、もっと書いてしまいがちになりそうなもんであるのにこの節操。<私>の回想シーンなんかももっと感情を煽ってもよさそうなもんを、ぐっと、「すべて数学の洗礼を受けました」的な、性格設定の品の良さ。これはなんなんでしょうか。作者の性格なんでしょうか。妊娠カレンダーってどんなんでしたっけか。ああでもきっと作者がそうなんやろうな、我慢強い人のような気がすっげえする。

普段声高らかに物など言わぬ叫ばぬ静かな人々の生活、そしてある主婦の「世界の数学的了解」との邂逅!<私>が数学の世界、数字の意味に少しづつ魅入ってゆくくだり、この辺の美しさったらないで。しかも饒舌でもなければ舌足らずでもない、もお非常にいい感覚なんである。おぉ、とかはぁとか溜息がちでした、やっぱわたしの反応軸に、「何らかの自己啓発、新たな世界観の可能性、感受性の愛撫」というのは健在みたい。好きなのですよ、どうしても。

博士と<私>とルートのささやかな日常と今現在この世界に重なって流れてる「数学」を、頁のこちら側のわたしも非常に非常に堪能しました。衒う奇もなけりゃあ無駄な感情遣いもない、読みやすく上質、

作者の見せたかったもの、無論わたしの知るところではないけれども、わたしの読後感はこれ、

「世界はそれぞれの脳が決定する、そしてその決定は可塑的なものである。世界は永遠に開かれることのない書物の中にあり、誰も耳を傾けようとしない言葉の中にあり、それぞれの了解は今もただひっそりと息を潜め、照らし出されるのを待っている」

大印象、この物語の大印象を少々長いが引用.

 そこに書き記された数式の意味を知るため、私は町の図書館へ行った。博士に聞けばすぐ教えてくれるだろうに、そうしなかったのは、一人でじっくり向き合ったほうが、意味するところをより深く理解できるのではないか、という予感がしたからだった。全くの予感だけで、根拠はなかった。博士との短い付き合いの中で、知らず知らずのうち、私は数字や記号に対し、音楽や物語に対するのと同じような想像力を働かせるようになっていた。そのごく短い数式には、見捨てておけない重量感があった。
 図書館へ足を踏み入れるのは、去年の夏休み、ルートの自由研究のために、恐竜の本を借りに来て以来だった。数学のコーナーは二階の東の端、一番奥まった所にあった。私以外人影はなく、静まり返っていた。

<私>はある公式の意味を知るために図書館に来て、それがオイラーの公式であったと知るのよ。

 私は本の重みで痺れてきた手を休め、ページをめくり直し、十八世紀最大の数学者だというレオンハルト・オイラーについて思いを馳せた。彼について私は何も知らないが、この公式ひとつを手にしただけで、彼の体温に触れたような気がする。オイラーは不自然極まりない概念を用い、一つの公式を編み出した。無関係にしか見えない数の間に、自然な結びつきを発見した。  ・中略・


 オイラーの公式は暗闇に光る一筋の流星だった。暗黒の洞窟に刻まれた詩の一行だった。そこにこめられた美しさに打たれながら、私はメモ用紙を定期入れに仕舞った。
 図書館の階段を降りる時、ふと振り返ってみたが、相変わらず数学のコーナーに人影はなく、そんなにも美しいものたちが隠れていることなど誰にも知られないままに、しんとしていた。


このくだりの事実が、わたしが深く納得する、認識の事実であると思うのよ。
世界はそれぞれの脳が了解する形で無数に存在する。

しかしながら、その世界を、限りなく共有に近いものを感じれることが、
人生の時々には、可能なんだっていうこのやっぱり素晴らしさを、わたしはこの小説でおぉと再確認したのでした。
すんごい読みやすいから是非。

もともとある美しさや真理を音符や色や数字で、それぞれが見出すこと。
そしてそれが同時に為されているということ。
これは極控えめに云って、驚異的なことではないでしょうか。


投稿:by 未映子 07:41 PM [書籍・雑誌] | 固定リンク | トラックバック

2004.08.02

キ印のキは、キンキラキンの、キ。

皆様、7月31日、芦屋浜で行われる予定でしたMBSのお祭り、
お笑いステージあり、歌などあり、で海も近く盛り上がること必至であったイベント<ナニワ音楽ショウタイムVOL.2>が、ニックキ台風のために中止になってしまいましたこと、ほんとに楽しみにしていてくれた皆様におかれましては、ありがとう、そしてごめんなさい、またいつかの機会に必ずやこのムネン晴らし誠意成し遂げようと、色々目論見たいと思っております。台風の仕業であるとはいえ、なんであんな動きをするか。雨とかひどくなかったんですけど、風がね、設営に問題だったらしいです。楽しみにしていて下さった皆様、ほんとごめんね。
その代わりというか代わりでもないか、なんと中止当日の模様を収録しました特番「ナニワ音楽ショウスペシャル〜フットとゆかいな仲間たち」が本日月曜日、午後8時からMBSラジオで放送されることになりましたので、是非そちらで色々、楽しんで頂けたら幸いであります。またいつか。わたしも非常に残念でした。

ところで。

わたくしの活動欄から月刊FEEL YOUNG「キ印のおんなたち」連載、というのが消滅しているのをご存知でしたでしょうか。先月ですね、頭、まあいわゆる連載第一回目掲載、華々しく、いや、おどろおどろしく、張り切ってスタートと相成ったわけなんですが、実は、なんと、この連載がですね、打ち切りといいますか、まあ存続不可能という憂き目に合いまして。
まあ理由は傑作と申しますかなんというか、タイトルがね、結局駄目だったんですよね。っつうか打ち合わせは重ねていたんですけれどもね、まあこの種類の言葉に対する態度というか姿勢というか反応というか、許容の範囲というのは人それぞれでありまして、何事も確認が大事とはいいますが、まあ発行したあとに、出版社のまた別のとこから「これはあかんやろ」ということに相成ったわけでして。で、まあ、タイトル変えて連載続けるという手もあったんでしょうけれども、まあそもそもキ印というのが今回連載のお話を頂いたときのわたしの中の固定軸のようなものであったんで、そこを変えるのもなんだか。どうだか。っつうんで、ではいっそなしに、ということで、お話を成立させて頂きました。というわけでどうぞご了承下さい。あれは一回限りの、なんというか間違いもしくは幻、邂逅のようなもの。なかったことにするもよし、なぜかお宝にするのもよし。どうでもいいのもどうでもよし。まあどうなんだか。漫画家志望の方あまた居る中でわたしのような、漫画書きの苦しみを知らぬ歌うたいがあのような場を頂けたのはなんとも面映くしかしちょっぴり楽しみではあったのですがやはりちょっとほっとしたよなそうでないよな、プチ複雑な心持ち。ていうか、連載一回で打ち切りっていうのもどうですか。友達は爆笑してました。ということで、こういう理由でこの連載はなくなりましたので、どうぞよろしく。ご了承下さい。またどこかでお目にかかりたく存じます。まあわたしはほんとに膝打って笑いましたけどね。おもろいやん。あ、ちなみにキ印のキは、キンキラキンのキですからこれも悪しからず(笑)。


8月。8月。何回目やねん。

某バンドの友達から「日記読んだら元気ないから電話しよと思った」と電話頂き、なんか色々話す。くすくす。色々。そうよ。元気ないのよ。時々。もう、それは瞬時に凍てつくほどにどきどき。わたし、滅入りっぱなしでこの夏を終えるわけにはゆかん。とか別に全然夏の終わりなぞちっともどうでもなんでもいいのにこういう物言いの自分にイラつく。生理なのである。これもイラつく。マジでイラつく。細胞がさかむけ毛羽立ち。ああ。でも。でも少し気が晴れる。そうである。元来わたしの、このわたくしめのカレンダーに不可能はありえないのであった。わたしめ何を迷うか。予定表に書き込んだらばそれが現実じゃ。いつも確かに生きてきたではないか。いつもなんでかこうして今があるではないか。楽しむことは実は苦手なんですが、とにかく、この悲しみと怒りと宿命とのマーブル模様を背負ってわたしはやれ。つべこべいわずに確実に、やれ。やる。

よし。今からお風呂はおっくうにつき、シャワーに入って眠りますよ。
もう、泥のように、なにもかもどろどろにして、わたしは夢の包帯にくるまれ、浮き足だって雲母をまたぐのである。

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2004.07.02

本棚と生きて

皆様いかがお過ごしでしょうか。わたしは、暑い。し、鼻の奥が痛いしで、
クーラーは駄目ね。テキメンね。調子狂います。

明日からまたもや大阪。大阪。
どっちにも住んでるっていうか、生活経験があると、友達も両方におるわけで、
感覚がどっちもどっちなんですね。大阪に対して地方感覚がまるでないのです。同じ生活のメイン場としての濃さがあるのです。そしたら今どっちにいてるのかということが不明瞭になってしまう一瞬があって、まあどっちかに居るのは確かなんでどちらでもいいんですが、この間は東京の友達と大阪で会う約束をしてしまった。もちろん大阪におるわけもなく、頭こんがらがり、非常に困った。

昨日、一昨日と、友人が以前本棚を作ってくれたのに重すぎる腰をあげあげ本を詰める作業をしましたが、全然はかどらず、気が滅入る。うんざり。でもまとめて捨てる気にも当然ならず、あ、・・・これ、・・・あ、あ・・・・なっつうー、・・・(←懐かしいの意)とかで、さらに全然全くもって進まず。そんなこんなで滞り激しく、休憩。に次ぐ休憩。さして食べたくもないのにパスタなど作ってみたり実家の母に電話したり修正液でコップ磨いてみたり。悔しいほどにぴかぴかになるのもなんだかなあ。そうこうしつつ、ひるみながら、でもなんとか。やった。未映子はやったったで。泣きそうになりながらやっと本は詰まった。平積みから背表紙が見えるまで。長かった。けれどようよう詰まった。よかった。長い間、ほったらかしの散々にしてきたので、本の量たるやすんごいことになってるのでないかと多少びびっていましたがきっちり収納するとどうしてなかなか少ないではないか。ええやん。めっさええやん。こう、無駄のない身軽な装いに、なんか分別のある大人の感すらする。本棚ってすごい。収納って、抜群にすごい。わたし、驚いた。わたしという人間の中の一番低かったどこかのレベルが3センチ上がった。すごい、過去のわたしにえいと胸張れる気分。そして本棚を見つめること数分。素晴らしい。一冊手に取り頁を繰れば、そこは死人生人問わず自意識渦巻く魑魅魍魎の酒池肉林、真実も妄想も狂気も論理もごった煮の異次元であるのに、それをひた隠すこの涼しげな佇まいをみよ!もう、ほんとに、憎らしいくらいにあっさりしたものである。本棚ってすごい。大好き本棚。丈並み揃った憂慮正しい書物を凝視めると、不快指数80%のこの部屋も眼の奥のほうから咽喉にかけて涼しいったらありゃせん気が抜けてゆくのである。俄然すっきりしたものである。みよ!極彩放つ誇らしげな活字群を!みよ!彼らの燦然たる低姿勢を!
まったくもって、本棚の威力にうっとりの今日であります。

でもね、写真の整理なんかと一緒やと思うねんけれど、本の整理もなかなか人の回顧趣味心をくすぐり、なかなか手につかんよね。ときにCDの整理、わたしはそんな多くないけど、持ってる人ってすごい持ってるやん、それこそ何百枚とか何千枚とかやん。そういうのって整理するときにさ、大変よね。逐一聴いてまうやんな。音楽なんか嗅覚とよう似てるしさ、フラッシュバック激しく思い出の土石流、こっちに無事に帰ってこれるんかしら?
わたしも本を整理してるとね、こんなことあんなこと、思い出すのよ。
登場人物に思い入れひとしおの場合なんかさ、なんか晴れすぎて無音が痛い盆前の墓場に行って死んだ人の骨壷開ける、じゃないけど、なんかすっとね、静かな誰もおらん、なんていうの?ちょっと説明しにくい次元に降りてね、結局思い出なんか何なんか、よくわからないけれども暖かくて懐かしい、語り合うべき大切なものと対峙してるような気持ちになります。相手はもちろん文章として、もしくは印象、行間として現れるねんけれど、本に生きている個々の魂というのは不思議な存在の仕方をしてますね。そしてその存在は生きるも死ぬも存在するもせぬもこのわたくし次第というからくり。

そしてそれはそのまんま人の世にだって当てはまるんですものねえ。人と人の認識。認識。認識のからくり。不思議。それこそは奇跡というものではなかろうか。(←とまあこのあたりのことを7月7日発売のアルバム「夢みる機械」収録の<千と一夜の奇跡>という曲にうんうん唸って書きましたので是非聴いてみてください)

そんな遥けきノスタルジーに漂い、尾崎翠なんかを手にとると、そうなれば町子とわたしの区別がつかんくなって、困るね。あの部屋が本当に、わたしの世界にはあるのよ。ヘッセの「デミアン」はわたしが一番愛している本で、岩波版ね、すべての文字が愛しい。まさに今呼吸し初めんとす自意識が身体の未熟に追いつけずに、まこと苦しい夜は何度も何度も降りていったものです。額にしるしのある。デミアン。彼は未来永劫わたしの麒麟児であります。太宰治文学は青春のはしかなどと云うけれどなんともったいない。今読んでも確信犯、その文章の上手さに毎回発見があります。単純に面白いのです。月刊ソングスに以前太宰についての少々長いコラムを書いたけれども、太宰は「基本的人権の滑稽さ」をきっちり押さえてるのです。そういう人の文章を読むのはこれ、精神衛生上すこぶるよろしい。笑いが救い、いつだってまともで正直な人は、お道化てないと恥ずかしくて死んでしまうのです。三島が太刀打ち出来ぬ、それ以上は後退できぬという極限の正直さというものが、治ちゃんにはあります。
まあそんな風に整理しているとね、ときどきぷっと挟んであるメモとか見つけて、内容は100%意味不明、即刻死にたくなったりするのもまた一興。

そんなこったで日が暮れました。
明日からまたもや大阪。ラジオの仕事でフットボールアワーのふたりに会いに行く。気分も上々。大阪の楽しいひと時なのです。
しかし、新幹線が、ほんとに疲れるの。結構乗ってるからなあ。いわゆる電磁波かなあ。
「飛行機の方が体にいいんよ!」とある友人はかねてからわたしに訴えるんですが、
そうかも。でも飛行場、遠いのよ。
飛行機はやっぱし苦手やけど、
新幹線だってこんなに乗ると、ちょっと厳しいものがあります。
なにかいい方法はないものか。ないな。

追伸!
7月11日までやで!奈良原一高の写真展!行ける人は超絶、オススメ!

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2004.05.28

だからこの自同律が不快なんやってば!

カートヴォネガットについて書こうと思っていていろいろ散らばった紙切れを、
今こうやってちょっと読みながら書こうかと思ってるんですが、
なんか長いし頭がしゃっきりしてないし、またの機会。

今日は熱風の一日で、これがアップされるころには雨が
ふってるのか。
**************************************
なんらかの神がいる、その存在を信じている、つまり何らかの宗教に属してる人を、
無神論者の人は笑う傾向にあり否定する傾向にあるが、
「神がある」「神はいない」と主張する点において両者はまったく同じであるということ。
つまりどちらも「ある」「ない」、どちらかを「信仰してる」ということ。

「信仰」と「論理」の距離。このふたつに明確な距離があるのか。

信仰すること。
人は論理に則って思考するとき、
論理を「信仰」してはいないだろうか。
1+1=2 を「信仰」してはいないだろうか。
人々が「わたし」と発語するとき、その無反省さの根拠は。
「わたしはわたしである」つまり「自我」を「信仰」しているのではないか?
言葉は?

「信仰」に理屈は不要。

言語を持たない脳と会話することは出来ない。
我々は「言語以前」を知らない。
*************************************
埴谷雄高の生涯を賭しての仕事について考える。
「不毛」と「崇高」を振り切って、振り切って、振り切って、もう針飛びました。
言語以前の世界をいかにして言語で語るというのか。ううううむ。無理っす。

「無理だと分かっていても、やるとやらないのでは、やったほうがいいんでね」
かくして未完の「死霊」だけが、
「自我」について思考めぐらす脳髄に、ぼんやり揺らめき、
埴谷雄高の言葉が思い、出されるのであります。

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2004.03.12

様々なる嗜好

病院はなんか、小さい時は肺炎やらなんやらで入院してたのが多くて、
色々思い出し懐かしかった。熱さえ下がっていればあとは健康体なので、
高熱と高熱の間に食事をし、昆布を食べ、
スタッフと院内を歩き、昆布を食べ、笑かし、トイレを済ませ、本を読み、
ごはん、などなど、
高熱持ちの生活パターンがいよいよ確立、というときに、退院。
これからが勝負、という時に、何事も無かったかのような感じになって。
今じゃまるまる健康体。
咳をしクシャミすればあんなにも激痛、戦慄いたわたしの背中は何処にいったの。

抗生物質をこれでもかと点滴した。
最近の針ってばプラスチック製で、針じゃないのよ。だから3日間いれっぱ。
で、液体のほうをどんどん変えていくのよね。効率よし。
わたしは、体から出るもの、出たもの、今まさに出やんとするものに対し異常な熱烈な、決して冷めぬ愛情を持っているので、その点滴グッズを持って帰ってきた。くす。

その、プラスチックの針が体の中に、入ってたかと思って、針先をみるとね、
なんというか、こう、腹の裏からこう、笑いが止まらん。ほんとに。
苦しいくらいに気持ちがいいの。大好き。
こないだスタッフの岡本氏が健康な歯を抜いたのだといって抜いた跡を見せてくれた時のあの興奮たるや!たまらん。ほんまにたまらん。何なんでしょうか。毛穴とかね、毛根、ニキビの内容、もう、大好き。顕微鏡でみるのもええ。マネジのなべたんには強制的にいつも、通称アホ毛とでもいうんでしょうか、すんごいのを見つけて抜いたやつを触らせるのが好き。触ってんのを見るだけで腰が砕ける。初めは断固拒否してたけれども、うちの母親と同じで期待に応えてくれるようになって、快哉!ド快感。
でね、歯の話に戻るけど、
是非、是非に、その抜いた歯の方を、わたしに見せてくださいよ、と、くれ!っつうのはあんまりなんで、地にひれ伏す勢いで見せて下さいと懇願したんですけれどもドン引きされて、有り得ないと。気持ち悪いと。こう一蹴されてですね、
引き下がってるんですが、今非常に、どうにかしてその抜いた歯をですね、
見たいんですけれども。触って凝視したいんですけれども。
このわたくしを構成する全細胞でもって希求しているんですけれども。
こんなけ云っても駄目ですかね岡本氏。
10代半ばの健康的な男子の性欲ってこんな感じじゃないのか。お願いですから、って感じで。
10年くらい前に抜いた、わたしの立派な親知らず。これはほんとに立派な歯で、
今でも大事に大事にとってあるの。綺麗なのよ。根がくっきり4つもあって、真っ白で、もう、なんていうの、手触りもね、大粒でうっとり。うっとりよ。それをね、実家に帰って見るのが至福。色んな角度で、色んなふうに。マジで至福。昇天。見飽きない。
母親も今では、わたしが帰ってきたら、「あ、みえちゃんこれ」っつってさっと差し出す。うむ、っつって受け取る。愛でる。愛でまくる。ちゅっと吸ったり噛んだりもしてみる。また昇天。わたしうっとり。母親も隣でうっとり。人生の最高の瞬間であります。

今日は病院で読んだ(わたしの部屋からなべたんが何故かこの本を持ってきたので。しかしなんでやねん)三島由紀夫の「鏡子の家」に大変に面白い箇所があったので、
そこについてべらべら書きたかったんだけども、
生身の嗜好感覚にはまると、もう駄目ね。
三島のオモロイ筋肉のくだりのとこが霞んじゃって。
三島由紀夫はなんといっても「春の雪」と「天人五衰」に尽きるんですが、
みんなどうですか。三島イノチの人って、どのあたりが面白いの?どのへんに惚れてんの?
いや全部面白いんですけれどもね、
あれかな、大阪気質のわたしはやっぱちょっと、おもろいってゆってる感覚が、
やっぱ三島由紀夫つかまえてあれなんですけれども、ギャグっつうか、ギャグとして汲むっつううか、なんかその辺の絶妙な笑いがたまらないんですよね。例えば、筋肉がどれだけ大切かっていうことを小説の登場人物が精緻に語るくだり、


・・・(前略)しかし断じてそれだけではない!筋肉は決してそれだけのものではない!(武井はふたたび張り切ったシャツの下で、胸の筋肉をうごめかせてみせた・・・)中略、・・・悲しんでいる筋肉の悲しみをみるがいい・・・


抜粋じゃわかり難いけれども、
や、凄いです。や、凄いなあ。悲しんでいる筋肉の悲しみ。どうよ。筋肉の、悲しみ。
これをあの三島由紀夫が書くっていうのが非常ですね。
内容も男女7人夏物語みたいなとこあるし(見たことないけど)。
でもね、悲しいかな三島由紀夫は、「面白い」の。どうしても笑っちゃうのよ。

三島の創作は何処を切っても三島が顔を出す。出て来る人格はすべて三島。三島が切羽詰ってノッてくればくるだけ面白い。三島の醍醐味ってわたしにしたら「笑い」です。葬式に笑ってしまうのはこれよ。あらゆる葬式なんかふっと気づいたら爆笑やん。緊張と笑いの表裏一体。三島の旨みはそこです。社会は「ごっこ」なんです。経済然り宗教然り対人関係然り。三島の殆どの文章の生真面目さ、矮小や文学や恐怖に対する神経質で真摯過ぎる態度と文体が、人生を賭して羅列した高級な「ごっこ」としてわたしをこんなにこんなに笑わせるのよ。

「ごっこ」。別名「言語ゲーム」。すべての営みの最中にそれに気づいたらあかんの。
気づいても抜けられっこないから性質が悪い。で、直ちに呼吸困難。
あらゆる「ごっこ」は、生きると決めたら遣り通さねば。
真剣さが増せば増すほど、
その真剣さが大きくなればなるほど、
人々が疑いもせずある概念に夢中になっていけばいくほどに、
ぷっと笑える、この視点。
この茶番の法則。
共同幻想の原動力ですね。概念の正体とはつまるところ、これ。
これは不謹慎などではなく、世界を表象する事実であります。

それにつけても「春の雪」と「天人五衰」の緊張感と礼節は素晴らしい。
読者は繰り広げられるあらゆる「ごっこ」に気づく余地がない。
「豊饒の海」に籠められた流麗たる感情と時間への聖諦、
言語の限りを尽くした俯瞰は、この世のものとは思えぬほどに美しい。
この稀代の美の構成は三島がその感受性のすべてを叩き鍛えあげ、手に入れた、
彼の眼でしか見えぬ「生」の原風景である。
文字通り、絶品。

その他はね、面白いの(笑)、駄目?くどいね。

あと病院で気づいたことがあって。
普通さ、街中とかどっかのトイレとかでお腹が痛くなって駆け込んで、えい、っていう時あるやん。でもな、どんなけお腹痛くてもさ、おならとかさ、そういう際に発せられる音って聞かれんのって絶対恥ずかしいやん。めっちゃおそるおそるするやん。人がおるしさ、まあわたしはめっちゃ恥ずかしいの、聞くのはましやけど聞かれるのが。
でもな、病院やったらな、全然恥ずかしくないことに、気がついてん。むしろ誇らしい気持ちで堂々と、一切の遠慮なしに用を足せる自分に気がついてん。
その音を誰に聞かれても、「ええ、これは生理現象ですから」っていう免罪符っていうか親方っていうか、そういうのがなぜか病院ではすこぶる有効なのな。じゃあさ、なんで街中では無理なわけ?生理現象はどこでも生理現象やのにさ、なんで街中では意識が違うのかしら、ってことを夜中39度の体で生ぬるい便座に座りながら思ってました。
あー・・・やっぱあれやな、
街中ではわたしも含め、やっぱ気取ってんのか。それだけのことか。
人々、ちゃんとお化粧して、気に入った服きてこれからデートです仕事ですーっつって社会をカツカツ歩いてる時に、
あの生理現象はせっかくの気取り・武装の幻想をぶち壊すのな。
そうか。社会生活では何よりも気取りが先立つのな。
にんげんってたいへん。

「街中でコケたら何故恥ずかしいか」っていうのはわたしなりに答えが出ました。機会があればまた書きます。

ああ、様々なる嗜好。

わたし、人のなんか、えー!っていうような嗜好・趣味を聞くのが大・大・大好きです。単にグロいのとかどうでもいいのは要らんけど。
ユーモアっていうか、
なんか親しみのある、聞いても「それ、わから〜ん!」って快哉を叫べる、
そんな嗜好がいいですね。

決して他者に理解されない何か。共感など笑止。
それこそが、オリジナリティ。

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純粋悲性批判