2009.08.19

ドラちゃん!ドラちゃん!9月5日、トークについてのお知らせ

ご依頼があったのがはるか去年の話であって、
そんな9月なんてほんとに来るのかなあ! なんて思っていたら、じっさい来たので来るのだなあ。
新刊が出た直後、ということになりますが、お引き受けしたときはヘヴンのへの字もなかったわけで、
そういう意味でも時の流れ、またぎ感をひしひしと感じ、ひっそりと感慨深い気持ちでいます。
噂には知っていたけれど、終わらない仕事って、ないんだね。

というわけで、「ドラちゃん」というキーワードでくらっとなってお受けしたこの催しなのですが、色々とイベントもあるみたいですね!
行ったことないのでわからないけれど、どうもドラえもんの自転車があったり町がドラ一色みたいな話で、
それだけでなんだかうれしい予感。今年は小学館から藤子F先生の全集も刊行されていているのでドラづいていてこれもうれしい。
しかもこの全集を予約すると特製ノートのプレゼントがあるみたいでわたしは一も二もなく予約して現在2冊が届いたところ!

しかし去年のわたしの予定では、この時期(2009年9月)には、すでにヘヴンも出版して一段落、落着いているはずでだから高岡でのんびりドラえもん、
という気持ちだったのだけれど、わからないものですね、重なってしまいました。
トークについての詳細はこちら!
東京から行くわたしは飛行機です。こういう催しって地元の方がいらっしゃるのかな?行ったことない町というのはまったく想像が働かないので、
そのぶん楽しみでもあったりします。(ポスターがドラえもんカラーでかわいい)

それで、主催者のかたがぜひヘヴンを持ってきてと言ってくださったので、持っていきます!ちょっとしたサイン会なども……!
公式サイトではサイン先着50名ということになっていますが、わたしは希望してくれるなら全員にサインしたいのだけれど、
トークのあとけっこうすぐに飛行機の時間が迫っていて、なので一応人数は少なめに想定していないと難しいよね、ということで50名になりました。
でも(希望者がいればだけど!笑)、できるだけがんばりたいので、そのあたりは臨機応変に、ご迷惑おかけするかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。

そしてトークでは、ドラえもんとの色々をドラ好きなみなさんと楽しく話できたらと思います。っていうかドラえもんの格好で行きたいくらいだよ!
そして当日はできれば色々持っていくつもり!使ったことないパワーポイント(っていうんですか?)などで漫画を写して話したいな、なんてドラ全集読みながら夢想したけど、難しいそうなのでアナログな感じでがんばります(アナログの意味がいまいちわかってないのだけれど)。

夏休みは終わってるけど、気持ちはうかうかぶらりんと夏休みの明るさで行けたらいいな。
お近くにお住まいのかた、そうでないかたも、どうぞいらしてくださいませ。

ああまたお知らせだけで近況を書けておりません。なむー。こんな風に生きてるうちに紀信さんの写真展も終わってしまった……。
でも家から外にはけっこう出ていて、連日、ヘヴンの取材を受けております!はやくみんなに読んでほしいな。
刊行後も都内や関西などで色々と考えておりますので、どうぞよろしくお願いします。




  

投稿:by 未映子 12:32 AM [アニメ・コミック, 未映子情報] | 固定リンク | トラックバック

2006.03.07

大島弓子を読めないで今まで生きてきた

大島弓子。きっと、すごい、どうせ、面白いんでしょう。あらゆるみんなにとって特別な、みんなが目をきらきら輝かせて語り、語りたい、でも語りつくせぬ、みんながそれぞれに生きてきた思い出そのもののようなきっと大島弓子なんでしょう。素敵な絵で。言葉で。うん。きっとわかる。でも読めないなあ。なんでかな。ずっとまえ、漫画喫茶に一冊だけあった大島弓子。本屋でもあればいつも目を反らしてた。こんな場所では読めないなあ。じゃあいつ買うの。いつ、結局どうするの。男の人に「中高生のときに大島弓子を読んでないことは、未映子さんにとって最大の不幸です。読め。読め。大島弓子を読め。大島弓子を読まずして何を語れるというのだ」とか云われたりもした。そしてどんどん大島弓子が遠くなる。いっそもう、読まずに、だって読まずに来たのだから、読まないで生きて、死んでいこうか。そう思ったりもした。大島弓子。

そして私はこの冬に「バナナブレッドのプディング」を読んでみようと思った。そして読んだ。


私は生まれてきたことがいっつもなんでかわからなかった。子供の頃から毎日はこんななのに、いくら働いたって働いたってお母さんはちっとも楽にならんのに、なんで3人も子供を生んで、それで朝も夜も毎日働いて、お母さんはそれでいいの。しんどくないの。3人のうち私がいなくなれば、その分お母さんの働く時間が減るのになあ、って思っていた。お母さんのために死んであげたいと思っていた。3人のうち全員が大人にはなれないだろうと思っていた。食べるものがなくて死んでしまうだろう。だったら私がはやいとこいなくなればいいのかもと思っていた。いつも生きてることへの後ろめたさがあった。思春期になれば鬱の性格も手伝って毎日がしんどかった。生まれてくるとはどういうことか。誰が人生なんてこんなものを作ったのか。気持ちの底はいつも暗かった。そうやってずるずると、知らない間に私は大人になって、今度は子供を生む年齢になったけど、新しい世界をないところにつくる。
悲しむ苦しむそれだけじゃないけど、いいことだってたくさんあるだろうけど、私みたいに悲しむ癖のある子だったらきっと世の中は生きにくいだろう。世界を増やす。人を増やす。
それがいいことなのかどうかがずっとわからなかった。生まれてきた子供が私に「なんで私を生んだのか」って泣いて訊けば私はかわいそうに思うし、答えられないやろうと思った。だからもう、考えないでおくことにした。生まれてきたことも生むことも。でもずっと自分が間違ってるような気がしていた。全部が。ここでこうしてることも、依存してるだけなのに愛しあってると都合よく考えてしまうことも。もう、見ないように、見ないように。

それからずいぶんと時間がたって、「バナナブレッドのプディング」を読んだ。
沙良の最後の手紙のところで、私のなかの水門が予告なしに開かれて、とめどなく流れ出て、自分がふちだけになるような感覚に襲われて、思わず床に突っ伏した。
暗い部屋で、べたっと身動きできず、口のなかから巨大な熱い円錐の何かが出てくるみたいに涙が出た。
私は、正しいとかまちがいとか、人間関係とか表現とか、そういうことを知らなかったときのただの子供に戻って、わんわんと、ごろごろと転げまわって、ただただ、鼻水と涙でぐちゃぐちゃになって、おかあさーんと叫んだ。
車が走っていく音にまぎれて、夜やのにカラスが何羽も鳴いてた。
生まれてきてよかったとか、生んでくれてありがとうとか、それは絶対に云えない言葉だったけど、そういう言葉ではなくて、今まで生きてきた言葉じゃないほうのぜんぶが混ざった、おかあさーんだった。

大島弓子を今まで読めずに生きてきた。
肩に力が入ってたのか、なんか怖くて、読めずにきた。でもそんなこととっくに見透かされていて、大島弓子は笑っていた。
そしてこんな風にも思う。今まで読めなかったのは、この冬のためにあったのじゃないか。
中高生の頃の私ではなくて、「生まれてきた自分」と「生む自分」の両方がある29歳の今の私に、大島弓子の物語が会いに来てくれたのでないか。「生きててもいいし、生んでもいいんやよ」って胸の中でひびいた。

大島弓子は読んだ人をひとり残らず抱きしめる。
なんも喋らずにひとり残らず抱きしめる。私はすっごい抱きしめられていっぱい泣いて、気がつけば眠っていた。まるでケープをかけられてるかのようなその眠りは安堵そのものだった。
このことは、私が28歳になって、27歳になって、10歳になって、5歳になって、0歳になっておぎゃあと生まれて、あかあさんの体に戻って、うれしいやかなしいやさようならがなくなるまで、私は忘れないと思う。

投稿:by 未映子 03:59 PM [アニメ・コミック, ] | 固定リンク | トラックバック

2004.07.27

人生って

自宅マンションのエレベータに乗ったら中の電気がオール消えててマックラでした。
びっくり。ってあんま。普通やったけど。

パソコンで文字ばかり打ってるような気がする。しかし気のせいで。
月刊ソングスのコラム及び詩及び絵の締め切りが今日で、
ほいで週末は大阪で帰ってこれないので日記もこうして書いています。

最近は内田春菊の漫画が気に入っています。でもあんまり持ってないんですけど。
なにがいいってまず彼女の描く女性の胸がいいのです。非常にいいですね。すごく好きです。顔もね。色気があっていいよね。上からの構図がいい。上から仰向けの女の人。その時の胸のたるみとか、流れ具合、二の腕裏の太さ、続く腰の線とか、いいよ。学生の頃にファザーファッカー読んだときは、へえ、てな感じでスルーだったんですが、その頃は漫画も、特に好きじゃなかったんですが、大人になった今、これが見事に合致しました。絵の淡白さ、まあそんな淡白でもないか、シンプルさ、そいでもって紙面に力が籠め籠めではない心地よい緩み、それでもって物語・テーマの怒涛の濃ゆさが今のわたしにとって非常にいいのです。台詞もいいよね。あっ。って。思わずこっちが、そう、それよ・・って思ってしまうような。これいいかも、というよな台詞。使えそうっていうか。使いたいっていうか。そうよそういう風にゆってくれたらもうすんごくいいのに、というような台詞の連打。参ったね。内田春菊ってばやらしいなあもう。言葉少ないんだけどね。絵も大きいしね。いやあいいよね。セックスシーンがすごく好きで、気に入ったコマなんかあると、じーっとみてしまう。ほんまにじっとみてしまう。しつこいけど、色気があるのよね。ふふふ。世に溢れた胸の写真とかよりなんか。いいなあ。好きやなあ。
男の人って内田春菊の漫画ってどうなんかなあ。どうなんやろう。そりゃあ熱烈なファンはおるやろうけれども。どの辺が面白いのかな。
「解決はしません」っていう単行本2巻までしか出てなくて、はよ出!という気分。

まあどれもこれも気分なのです。無邪気やよね。もろもろ。


話は変わって、
HMV京都カナート店インストアライブ、大勢の皆様、ほんとに心から有難うございます。
未映子は精進します。ほんとうに、ありがとう。ありがとうございました。

色々あって、色々がこれもうほんとに色々で。っても実はそんなにでもなくて。
で、結構大変だったりして、またそうでもなかったり。
疑ってまうわ。なんか色々を。信じてないわ。なんか時々を。
ミズホという友達と話する。大好きな友達であるのよ。オレンジの火好きやとゆうて、電話口で一番の終わりまで歌ってくれた。この子歌うまいねん。ミズホはしばらく電話で話しないうちに、立派な恋愛マスターになっちゃって。すっかり聞き分けのいい女になっちゃって。処世術。とか。ねえねえ。

その他大勢、なんていないってね。

ああ人生って、生きることだったのね。

投稿:by 未映子 01:00 AM [アニメ・コミック] | 固定リンク | トラックバック

 


純粋悲性批判