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2011.12.31

2011→2012 大晦日の心配は鍋の中、角砂糖をつまむ指など

 慣れないことはするもんでないのか30年も前に亡くなった祖父が毎年作っていたお雑煮の味を、今となっては心地よい古ページとないまぜのマーマレードよろしく思いだしてつくってみるかと思いたち、思いたったらどうしても、あのお雑煮を食べたくなってしまって、いてもたってもいられなくなって、ゲラをやりつつまずは鶏がらやっつうんでそれを肉屋まで買いにいって母親に電話して制作方法についてあれこれメモをとってたまねぎ&長ネギの青いとこ&しょうがイン寸胴鍋、をセットしたのが3日前。祖父はクリスマスが終わったとたんからとろ火で煮立てていたわけで、今から煮こめば元旦には間にあうなって感じでそうすればもう何をしていても鶏ガラスープのことしか考えられなくなり、夜は眠りの彼方での加熱が少しく恐ろしく、しかし冷蔵庫には入らないので密封して非常階段に出して朝になるとまたぐつぐつ煮立て、鍋の中、頭の中、は鶏がらスープのことでいっぱいだ、匂いはいろんなことを思いださせるっていうのは半分ほんまで半分気まぐれ、脈絡あることないこと憂鬱なこと不機嫌なこと希望のふりをしたようなもの、さよならっぽい何か、いつもそれっぽい何か、3月、契約書、埃とり、とんかつ、お向かいのベランダに久しぶりに姿をあらわした猫、などなどめくるめくしていたら、3日かけて目の前の円形が見覚えのある色になってきたのでナイス!とか思ってさっき味見してみたら激マズだった。
液体が半分以下になるまで煮こんで煮こむだけで煮込むということだけでこんなになることってあるのだろうか。誰の報告を読んでもおいしくしあがってるのに嘘みたい、かつてエスパー魔美がクラスメートたちとおなじ材料おなじ道具おなじ手順でカレーを作ってそのあまりの激マズさに高畑さんの顔面が蒼白どころか真っ黒になっておののいていたけれど、鶏がらと玉ねぎと生姜というそれだけで何を邪魔する余地のない食材をただ煮詰めるだけでこんな仕打ちってあるのだろうか、あるのだろうね、しかしフォトグラファーは助手が照明、角度、もろもろをセットした状態で体と目だけで入っていってそこで誰とも違う一枚を取り切るのだからその逆だってさもありなん、だね、そんな感じで2011年の暮れは過ぎてゆく、巻きあがってゆく眉毛のあたり、髪の毛とつながる夢見の肋骨、汗をかきながら何かがハロー、何もかもが、取り返しのつかない角砂糖を目をつむったまま積みあげてゆく大きな指を下からじっと見上げているみたいでうっかり35年ほど、そしてこの観察、このあきらめ、この挨拶は、どこに完成を見よというのだろう?
Figarojapon201202 さて謎さて今日は大晦日、みなさんいかがお過ごしですか、今年もお世話になりました。そうだ、今発売のフィガロ ジャポン2012年2月号は本と映画の特集で「川上未映子の言葉辞典」なるものが4ページに渡って掲載されておりました、「現代詩手帖」2011年12月号には「イマーゴ、震災特集」に寄せた詩「まえぶれもなく」が再録されておりました、「FRaU(フラウ) 」2012年1月号「with (ウィズ) 」2012年1月号「PHP」2012年1月号にはインタビュー、そういえば「PHPスペシャル」10月号にもインタビューがありました、今年もお世話になりました、大晦日の夕暮れから夜×夜×夜×わたしは毎年そうしているように樋口一葉の「大つごもり」を読んで過ごそうと思っています。


追伸、
さらに煮こめばなんとかなるやろとさらにひたすら9時間に煮こみつづけ、どれ、なんつってけっこう期待してさっき鍋の中をみたら液体が消滅してた、5リットルの液体が消滅していた、残骸っていうか骨のゴミみたいなのが残ってるだけになってた。

追追伸
しかしそれでは元旦に食べるお雑煮がないので近所のスーパー&お肉屋に電話をして半泣きで「鶏のがらありますか」と懇願するも大晦日やしもうなくて「液体スープ、売ってますよ」の声によろめいてほとんどあきらめかけたそのとき最後の一軒にあるということで真っ暗な道を歩いて今更ながら確保してきたのだった。
3日かけて液体が消滅した経緯を説明すると「鶏で3日も出汁とるなんて燃料のムダ」とげらげらとドラちゃんよろしく笑われて、鶏ならせいぜい2時間だわよ、明日の朝煮込みだしても上等よということで、なんかもう慣れんことで数年ぶりの猫パニック、なむ、ってなことでみなさんよいお年をお迎えくだちいな(←のび太ふう)


投稿:by 未映子 10:54 PM [書籍・雑誌, 未映子情報] | 固定リンク

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純粋悲性批判