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2011.09.03

9月登場 さまざまな告知など

すっかり風は秋のような気もするけれど歩いてみせば汗だくなのでまだ夏がそこかしこにいるのだろう。今日はいくつかお知らせが。

Siori1○震災のチャリティー企画で「栞」に参加しました。
くわしくはこちらをお願いします。全国の書店で購入が可能らしいです。

Zennbunoato○週刊新潮で連載しているエッセイ「オモロマンティック・ボム!」「ぜんぶの後に残るもの」というタイトルで刊行されました!早いもので連載は 3年目、そして単行本は「夏の入り口、模様の出口」に続いて2冊目です。今年は明けて1月から半年間、日本経済新聞のプロムナードという欄で、こちらもエッセイの連載をさせていただいていたのですが、3月の地震を経て見えるものも見えないものも、たしかに何かが大きく動いて、今も動いている最中です。ふだん連載をするうえで課している数少ないことのひとつには「時事を扱わない」ということがあったですが、今回のできごとは生活や創作における態度や考えを部分部分に浸食し、また、ひとつづきにみえる時間を区切ってそこに何かしらの痕跡を残すことが存在理由のひとつである雑誌や新聞に寄稿しているということがこれまでとは違う意思をもってあらためて迫ってまいりました。
震災をへてからのことは、本書のあとがきで詳しく書きましたので、ここでは繰りかえさないことにします。そしてこの一冊はいくつかの章で成っており、ひとつめには3月のあの日以降、地震について書いたことをひとつにまとめました。先に紹介しました日経新聞のいくつかのエッセイもこちらに収録されています。タイトルはこちらに転載しました「すべての後に残るもの」を改題したものを採用し、多くの反響をいただいたそのエッセイを巻頭に載せています。どうぞよろしくお願いします。そして、9月4日、日曜日の読売新聞の読書欄で掲載予定の震災後の一冊として、「石原吉郎詩文集」を挙げました。こちらもどうぞ合わせてお読みいただければと思います。

Imago201109「Imago緊急復刊号」に詩を寄せました。
当事者でないわたしが言葉で何を残せるか、戸惑いながら書きました。
誰もいなくなった場所で、何でもなくなってしまった場所で、ただ携帯電話の着信音が、鳴りつづけている詩です。


ほかにも今日は詩について創作について震災とのかかわりについて──色々書いたのだけれど、
何を書いても何を書いたことにもならず、書けば書くほど遠ざかるような気がして消しました。
今日はこれで終わります。どうぞ、よろしくお願いします。

投稿:by 未映子 12:29 AM | 固定リンク

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