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2006.07.01

「手を離したとき目をつむっていたのかそれとも最初から目はつぶれていたのか〜ジャン・ジュネ「女中たち」より」に出演やよ

 8月にお芝居に出まーす。
 場所は王子小劇場、8月18日(金)から21日(月)までっす。

 詳しくはここで。
 チケット先行予約は今日からだ!みんなみんな!どうぞよろしくだ。

 「ころがす」というのは、岸井大輔氏・田口アヤコ氏、劇作家お二方のユニット名であります!
 岸井大輔氏が作・演出を手がける「1988年6月30日、あるいはバイエル」と、劇団COLLOL主宰の田口アヤコ氏の「手を離したとき目をつむっていたのかそれとも最初から目はつぶれていたのか」の2作品を上演するのであって、その両方見てもよし、片方だけでもよし、という具合だそうだ。
 制作関連、照明・音楽・音響。映像・研究・監督、脇を固める才気溢れるメムバーの顔ぶれも豪華だぜ。出演者、制作者の詳細はこちらから。

 私が出るのは田口アヤコ氏が演出するほう。
 ジュネの「女中たち」がテーマです。
 「女中たち」っていう戯曲の内容は、クレールとソランジュというふたりが姉妹である家で女中をやってるわけや。
 気まぐれで、ドラ猫で、金持ちで、ええかっこしいの、憎たらしい、けれどもプアなふたりにとっては仕わざるをえない主人でありつつやっぱ好き、やっぱ妬ましい、そんな奥様がおらん時間を盗んで日替わりでどっちかが奥様になりきって奥様の部屋でドレスやらなんやら勝手に使って「奥様と女中ごっこ」をやってるわけや。んでその「奥様ごっこ」の中で、奥様を絞め殺すシーンなんかも盛り込みたいしやっちまいたんだがだがなかなかそれでが出来ひんのやな、ごっこでも。いっつも失敗するわけや。んで罵りあったりするんや。思いやりあったりもするんや。んでまあ、ごっこだけやのうて現実でもアクションを!起こそうしたのかそうなったのか、色々が起こっていくのだがこれからはうまくいくのかしらどうかしらん、追い込み追い込まれるわ、ほんでおたくらいったいこっから結局どないしますのん、というような話なんですが、この戯曲、読めば読むほど面白い。救いようがあらへんので面白い。まるで人生みたい。これを下敷きに田口さんが舞台を作るわけだ。楽しみやのう。公演タイトルもなまらいい。

 プレ稽古が始まっている中、色々が面白くまた難しいけどまだなにもわからない。ああでもないこうでもない。これは頭が云ってるのではなく、体が私に云うのである。
 お芝居だけじゃなくて、歌でもそうだけども、演者自身に「こう見せたい」というのがあってはきっとうまく伝わらないだろうなあと思う。本性から離れそれがイメージの押し付けになったとき、それは見ている側に伝わるだろうて、とたんに観客がしらけるであろう。舞台上なんぞに興味をなくすだろう。とか思いつつ、そんなんその場その場やんけ、イメージの押し付けが売りで素晴らしい舞台もあるやろうよ、役者には本性なんぞ要らんのじゃ、というのもまた真なり。役者と歌手はきっとたぶんおそらく少しだけ違うものなり。でも人前で舞台に立つということはまったく同じくして、とにかく一生懸命に稽古をやること以外にはないなり。そしていわゆる<劇子式>からはMIGANGがヘア・メイキャッパーとして参加するなり。なりなりうるさいなりね。

投稿:by 未映子 03:59 PM [文化・芸術, 未映子情報] | 固定リンク

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純粋悲性批判