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2006.06.19

黄金の雨の中おしっこを漏らす大人

 無事無事パソコンの中のメール部も送信出来るようになり、束の間の晴れ、私はジャッキーチェンについて考える。
 考えるというより思い出す。というより私はジャッキーチェンの映画が苦手で、最近の映画ではもちろんなくて、ようわからんがジャッキーの古い映画で、全体にこう、茶色っぽいやつで、銀王とかが出てくるやつ、あれが苦手で、なんで私はジャッキーにまつわることが苦手なのかをなんとなく思い出す。それは両親における「戦い」がおおきく関係しているのであった。
 
 私の母親は若くで子どもをぽんぽんぽんと3人生んで、母親が私の年のころには私は7歳と8歳の間であって、子持ちにしてみりゃ若いのである。母は若かったのである。
 んで両親はべらぼうに何の因果で何の遺伝かというほど血の気の多い夫婦だったわけで、今をときめくDVどころか、夫婦喧嘩というレベルをはるかに超えた壮絶な戦いをもって生活の機微の解決の手段としていた。
 話し合いは戦いになり、戦いは次の戦いを連れてきた。
 そんな戦いを幼少の頃から私は毎日のように近場で見てきたわけで、その戦いが子ども心にすごかったわけで。
 たまに遊びに行くよそのご両親立ち振る舞いなどは、信じられないくらいにジェントルマンで、私の先天的なアイデンティティはそのたびにぐらぐらに揺れたもんよ。これがおなじ親という名を冠せられた人間なのか…、私は困惑、この人種の事実の、極度の落差はなんであろうか。よその家の事情はまるでおとぎ話であった。ケーキかウエハースとかで家が出来てるようであった。
 それに比べてのこの私の一切のなんやかやよ、お願い!すべてなにかの間違いであってほしいとよく思ってたもんよ。
 
 戦いはいつも壮絶で、とりわけ記憶にそのビジュアルがはっきりと焼きついているのがふたつある。実はみっつだが、その頂点に立つベスト・バイオレンス・ビジュアルは思い出そうとすると私がうっかりフと死にたくなってしまうので、わりかしマイルドな記憶をご紹介。

 どこかの店でド派手に口論になったあと、人前でドラを打ち続けるかのごとく怒声を浴び、ねじ伏せられ、キャンといわされた母親が、店を出てもなおぶつぶつと悪態をつきながら階段を降りようとした父親を、背後から蹴りで突き落として、いや、文字どおり、蹴り転がし落としたのだった。死ぬで。私はすでにそのとき階下にいて、ものすごい音とともに転がってきた父親にもぎょっとしたが、落ちてきた巨大な父親は(背が186センチもあるのだった)動かず、何が起こったかと恐る恐る上方を見やると、はるか頭上で狂ったようにききききーと高笑いしている母親が仁王立ちをしているのが見えた。なんか黒いシルエットとして見えた。それを見たときの、あのなんともいえない、ほんとうになんともいえないあの気持ち、なんてゆうか、あれはなかなか忘れられない光景で、出てきた近所のおっちゃんやらおばちゃんが私の肩を抱いて「おとうちゃんら、すごいなー」と慰めなのかなんなのかわからないことを口にしたのも忘れがたいのであった。
 そのあとの応酬の場は近所の空き地に移り、あの頃はちょっと歩けば空き地があったもんよ、思う存分双方が殴り殴られ、散り散られを激しく繰り返したあと、父親のなんかがいい角度でスコンと決まったかなんかして母親がゴンっとおとを立てて倒れたわけだ。私は、あ!と思って、やば、と思ったわけで。駆け寄るにも戦いに口を出すと私がまずボコボコにしばかれるというのはもう体に染み付いた掟であって、遠巻きにはらはらしたりしておった。でもやっぱ私は母親シンパで、かくなる上は私が母親の仇をば…とまるで今から焼身自殺します的な気持ちで握りこぶしをにぎにぎ、モチベーションをあげあげにしてたわけで、おまけに母親が転んだちょうど頭の部分にごっつい石があって、頭がぱっくり割れたんであろう、見る見るうちに黒く地面に血が広がって、雨がそれを薄めて、マーブルになってって、流れて、タプタプ、…すげえ、これはマジで大変なことに…ちょっとこわいかも…と私はうろたえたわけだ。
 そしてピクリともせん母親をみて父親もびびったか何かして、そろそろーと近づいていって「おい、」とか声をかけたそのとき、母親は手近にあった角材のような棒状のものを思いっきりフルスイング、思いっきりの人生渾身のフルスイングは低空で見事な弧を描き、決まったわけで…、父親の脛を砕いたわけで…。

 その夕方はきらきらと晴れてるなかに金色の糸のような雨が降ってて、なんつうかシュールで、水たまりとかもあってさ、何もかもがちょっぴりスロウリーな魔法にかかってて、雨の一粒一粒が私に慰めの笑いを投げかけてるようであったよ。そのドリーミーな空間の中でスロウリーに、でもほんまは激しく本気で戦ってるのが実の親であって。見ているのが実のおさな子であって。
 膝か脛かをやられた父親はうずくまって声にならない。雨の音だけが連弾。勝利した母親はさっと立ち上がり、泥水まみれで「みえちゃん、行くで」と宣言し、その時分の母親は黒髪が長く腰辺りまであったのだが、その大部分が顔に逆巻いて貼りついていたのを覚えている。
 そして頭から顔から血を垂らしながら、けけけけけと高笑いする母親と手をつないで雨の中、家に戻ったのもわすれられない思い出。

 とはゆうても戦いにはやっぱ男の父親が勝つわけであって、女の母親はたいがい負けるのであって、母親が負けたそんな夜には、決まって母親は音を消してゆで卵を顔の腫れた部分にあてがって(熱をとってたんやと思う…)ごろごろ卵を転がしながら、ひとり孤独にジャッキー・チェンのビデオを観ていたのである。
 無言で食い入るように、狭い部屋の中、女子柔道決勝を控えた選手のような面持ちで、父親と他の子どものいびきが響く中、ジャッキーがありえない修行してありえない成長をとげてありえない技を連発して悪に打ち勝つという物語。そんなミラクルな激闘・激修行シーンをときどき頷いたりしながら静かに、噛みしめるように真剣にじっとみつめていたのである。
 私はそれがなんというか、恐ろしいというか悲しいというか、とにかく、今でいうところのいわゆる不安っていうんでしょうか、そんな感じで、
子ども心に、なんか話しかけたほうがいいんちゃうん…ってな感じで今起きましたって演技して、「えへへ、むにゃむにゃ、…なあ、おかんー、これってほんまなんー?へらへら」
つって無邪気さ爆発でジャッキーの苦渋を指して尋ねたものよ。
 母親は画面に目をやったまま端的に「全部ほんまや」と答え、
「げへへ、ほんなら、みえこもとしあきもさっちゃんもさー、みんながんばったらこんなん出来るようになるんーへらへら」と訊いたもんよ。
したら母親は即答、「なれる。みんな、なれる」

 というわけで、今でも晴れた夕方に降る金色のイノセントな雨に打たれるとどうしようもないなんだかどわそわした気持ちになり、おしっこを漏らしてしまいそうになりますマジで。っていうか大人になってから何回も漏らしました。
 んで、ジャッキーの茶色いあの一連の映画も、そんなわけで、巨大な、いいようのない、イノセントな暗黒とでもいえばいいのか、あのなんやかやを思い出すわけで、儚いには違いなく二度と帰ってはこない、もう帰ってくるな、けれどもありありと思い出せるノスタルジックなよくわからないそんな紛れもない暗黒は、点で留まった視覚的記憶とちょっぴりの感情となんやかやの総合性の坩堝の中へ、はるか大人になった私を平気のへいざで置き去りにするのです。ジャッキーが。黄金の雨が。

投稿:by 未映子 09:59 PM [心と体] | 固定リンク

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受信 Oct 19, 2008 1:52:38 PM

 


純粋悲性批判