« もしもし、万能機関ですか | フラニーとゾーイーでんがな »

2006.05.18

永遠のはざま、キャーとかないわ

 今からこう、しゃきっとばしっと風呂でも入って、や、シャワーでいいけど、こう、水洗いされたキュウリのように瑞々しく、生まれ変わって出かけたいのですがバイク便、今から手配しますよってに、という電話から一時間以上も経ってるのに音沙汰がなくて困っちゃう。ほな音楽でも久しぶりに聴こか、つっても音楽は耳に充てて聴きたいからそんなことしてたら誰ぞが来たってわからへん。そうやって見逃したこと何回もあるのですから、果たして音楽も無理。
 はあ。何をするか。何やって時間を真綿で追い詰めよう。部屋を見回す。あ、冷蔵庫。そうよ冷蔵庫。私はスキップふたっつで台所へ跳ね飛んでいき、バチャっと扉を開けてみるけど、中はすさまじくがらんどう。ええ肉をジューシーさを新鮮さをパキっと固めたらあとで美味しくいただけますからね、まかしとけっつっていう個室もあったりするなかなか大きな冷蔵庫なのに、ふきすさぶがらんどう。そうやった。忘れとった。私は、自炊のためにはまず保管場所がなけりゃあ始まらないね。っつって大きいの、買ったんでしたが、忘れてた。
 私は元来、ものを貯蓄、そう、貯蓄に関するすべてのことにてんで能力がなくって、金はもちろん、銀行を基本的に使わんし、生活においても、ためしに洗剤などのストックなんか買ってみてもその存在を忘れてしまっていて無くなればその都度購入するからストック分は永遠になくならず場所をとるだけで、そこにまたあの悪夢のような収納とのせめぎあいが繰り広げられることにもなり、ああここにもひとつの永遠が。なんてゆうてても私のすべて何の役にも立たず、ストックと私、この互いの無意識裡の苦しい思いだけが其処かしこに漂うのみである。食べ物とて同じ。私のストック能力が及ぶのは玉子6個ぐらいです。なので、結局、私は今日ぐらいのことしか考えられず、明日の私が何を食べたいのかを想像する気力も能力もなく、そうして哀れな冷蔵庫はキンキンキンとただなんもない空間をおとなしく電流の云われるがままに冷やし続けているのを続けていくしかないのである。友人の家の冷蔵庫はぎゅうぎゅうににぎやかである。どきどきしながら何が入っているのかを検分したことがある。
 さらりとした梅酒。ソース。マヨネーズ。豆腐。キムチ。ウインナ。なんかレトルトのなんか。ドレッシングが何瓶も。ベーコンの塊。美容ゼリー。ビール。タッパーに入った惣菜ようさん。ビニールにくるまれたなんか。玉子。納豆。奥は、もう、見えない。よー。野菜室も、冷凍室もぎゅうぎゅうやった。
 私は跳ね飛んで机の前に戻る。積まれたCD。壁に貼られた粘着部付メモ用紙。はさみ。書かれた番号。色鉛筆。ブローチ。電話の子機。財布。全員がしらけてる。ほー、と息をつきつき、バランスボールをばいんばいんと鞠つき。しーんとなって、曇ってんのか晴れてんのかようわからん天気やのーと口に出して独り言。こうなったらガーデニングでもやるか。土買うて。種買うて。刺繍でもするか。丸いの買うて。布買うて。そういや私、小学校の時刺繍クラブやったんやわ。クロスステッチ、な。そういや私、生まれて痴漢にあったこと一回もないんやわ。キャー!とか、な。ないわ。

投稿:by 未映子 02:59 PM [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/50003/10126916

この記事へのトラックバック一覧です: 永遠のはざま、キャーとかないわ:

 


純粋悲性批判