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2006.02.25

たかがサボテン、けれども私のサボコは

私の体調は治っているのですが、どうも以前ちょっと書いた、サボコの調子がべらぼうに悪い。も、悪いって話で済むわけもなく、変色してる部分がほとんどである。
サボコが茶色く枯れ出したのと、私が体調を崩した日にちが同じくらいで、うーむ。無理やり一蓮托生の感に浸るのもどうかと思うが、ま、偶然であるだろうが、そんな感じ。
私の体調が治ったとて、サボコがこうでは気がやっぱり晴れぬ。でもその姿はなんかもう、いやなんである。なんか見たくないのである。向き合えないでいるのである。
これはなんか親の老後を思う気持ちとちょっと似てる。こうしてくれ、だとか自分のための発言を一切しない、自分のための主張をしない、社会的にすごく弱くて(お金がないということな)心優しい母親と、ただ枯れながらにじっと佇むサボコとが、すごくなんかかぶるのである。守ってやれるのは私しかおらんのにということもわかっておるのに。あー。何よりも大切で気にしてるのに、でも色々な実際的なことを考えると暗い気持ちになるのも確かで、いろんなことを後回しに、つい目を反らしてしまうというような。そしてそんな自分がたいがい情けない。

培養土を足したりなんだとやっているが、これはもう安らかに息を引き取っていくのをただ見守るしかないような雰囲気。いやな雰囲気が部屋にもうしばらくの間漂ってる。初めに処方をきいた植物屋では、冬の間はそのままにしておくほうがいい云われたのでそのままにしていたが、どうもやれん。ので最後の砦、サボテン相談室、我らがサボテン相談室に躊躇しつつ、電話をしてみた。
以前もサボコでお世話になったのに、初めからかければいいものを、何故かずるずるとかけられなかったのは、「もう駄目でしょう」とサボテン相談室に云われたらマジ最後のような気がしていたからやと思う。いやなことを先延ばしにする最悪のパターンである。でも今日、電話をした。症状を話すと、これまた丁寧。あなた様はなんでそんなに丁寧なのですか。まずそれを訊きたくなるほどに丁寧。
「枯死してるところは、女性おひとりでは大変かと存じますが清潔なナイフなどで、切ってしまってください」って仰るので、「こ、枯死…、(枯死という言葉にぎょっとした)…」「はい、枯れるに死ぬ、と書いての枯死、でございます」「…あ、…、あの、…ナ、ナイフでなければいけませんのでしょうか、あの、宅のサボコはもう、その枯死、な部分がほとんどでありまして、ナイフを使うまでもなく、なんならハサミでちょっきと切れてしまうほどにもう、べらべらなんでありますのですけれども」って私も丁寧がうつってそんな調子、
「べらべらでございますか」「そう、べらべら。べらべらなんでございます」「そうですか、ではもうべらべらでありましたら、お怪我のないように、使いやすい道具で切ってあげて大丈夫です。うまくいくと再生するという可能性がございますから」って云ってくれるので私、再生!という善き響きにぎゃーとひっくり返るほどに明るくなり、わーいわーいわーい!だははー!感謝!っつって処置の仕方をメモり、電話を切って、サボコの悪いところをカッターナイフで切ったった。
けっこう見事な身体だったのにこんなつんてんてんになっちゃって。見てー。


Saboko-cut
サボコにしたら大手術であったかも知れんが、何を何を、私はかるーく、大丈夫やよと云いながら散髪のつもりでやったった。
ざっくと切り終わってサボコを見たら痛々しいよりも情けなくて面白くて、気持ちがこう、さあっと晴れて、けっこう本気で長いこと笑ってしまった。カッター持っておしっこ我慢のポーズで笑ってしまった。笑いすぎて嬉しくてなんか涙が出た。なんにせよ、悪いところがなくなるというのはいいことだ。これでなんか私も、いよいよ体調が快復完了した感じであります。

というわけで、サボコもようやく生まれ変わる準備が出来たということで、我々互いにまことにすがすがしく、反らしてた目線も今日からはガン見であります。母親にも電話し、私が気に入ってる母親のギャグを云わせて電話を切った。これもただ何かを遠まわしにしている行為かも知れんが、少しづつでもこういう気持ちのやりとりをいっこいっこ積み重ねて、私は、私の本当に大切なものに対する後悔をせずにすむ終末に辿り着くしかない。
失くしてから気づくのは、もう、いやである。

投稿:by 未映子 09:59 PM [ペット] | 固定リンク

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純粋悲性批判