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2005.04.19

倉橋由美子 第九感界彷徨

活字が金属製に見えてくるのよね。頁を繰る指が冷たいのよね。謎めく文体の左脳、響震する細部。水銀の悲性に静まり返る、ストイックであるということの恐ろしさ。今月号は倉橋由美子。

 えー、倉橋由美子。倉橋由美子先生。漫画家の方ではありません。倉橋由美子。
 この五つの漢字の並びに皆様方はいったい何を感じ取られるか。倉橋由美子。しつこい?もう一回、倉橋由美子。

 わたしは倉橋由美子、というこの記号に、高級コンパスとか高級定規セット、正しく図面を広げるための無機質な銀色で統一された冷たい道具一覧、それでいて軽やか。そんなものを受け取ります。

 倉橋由美子、1935年高知県生まれ。明治大学文学部でフランス文学専攻。学長賞に応募した「パルタイ」で受賞、まあこれがいわゆるデビュー。
 
 パルタイをわたしが初めて読んだのが17歳の夏、気持ちの悪い小説であった。
 気持ちの悪いというのは読後感。そこには何にもないのである。感動も感心も、一度ではこちらの常識的な感受性がてんで反応しないのである。
 それでもう一回読む。無理。この小説の目的がまるでてんでわからないのである。
 わからない、とはどういうことか。言葉にできないということである。
 わからないものは放っておけばいいものを、まるで無視なぞできぬわからなさに、わたしの知的・感覚好奇心は誘われ続けてはや10年。なんでか知らんが受け入れた、ならば人は理解したいのである。
 ああ一切の虚構!出来ない相談とはわかっていても、わたしは倉橋由美子の世界を理解したい!
 
 わたしの初パルタイ体験が17歳。倉橋氏がパルタイを執筆していた年齢になるか。恐ろしいね。
 「パルタイ」という小説において、そのあらすじを説明することには何の意味もない。
 当時の若い共産革命主義者たちの「パルタイ」という組織との「意識」の物語である。
 内容、物語、小説を作る要素すべてのものに先立って、文体。文体こそが目的。文体を鍛え上げることにおいて絶対的なのである。
 物語の徹底的追放。懐かしさや思い出なんてもの何処にも見当たらない。
 「思いが・・・」とかそういうの、ないの。どうよ。読んでみたくない?その出発点が「パルタイ」。
 
 全集の巻末に添えられている倉橋氏のパルタイについての物言いに、彼女の創造感覚が見事に表現されているので、引用。
 
≪例えば一方に観念的な左翼を哂いたい気持ちがあり、他方にカフカ風の話をカミユの文体で書いてみれば面白いだろうという興味があり、今一つ、賞金稼ぎの欲があれば、「パルタイ」のような小説を書いて投稿する気持ちになる≫

 どうよ。10代の、物を書く動機としてこれよ。
 それまで小説の「良識」としてあった、テーマ・思想・人生体験・教訓・真理、小説が扱うべき、または扱うべきとされていた、まあ感情とかリアルとか、まあ情ものっていうか、物語よね、それらに対して叩き付けられた倉橋氏の「否」が、今日に至る倉橋作品の動脈なわけよ。文体がすべて。

 これは乱暴かも知らんが音楽にもいえることで、もちろんわたしは感心よりも感動を求める性質ではある。
 的確なピッチ使いよりも歌総体としての震えを求める人間ではある。
 でもな、その一音を、その的確な一音を出すために為され続けてきた努力、賭けてきた時間、そういう事実に支えられて出す的確な一音というものがある。
 その一音を出すためだけの努力に、我々は人間の仕事に対する「姿勢」を見、そして震えるのである。
 歌手でいうところの声の構築は倉橋氏にとっての文体の構築、その貫かれた修行の潔白さに息が止る。
 掴めどそんなものもともとない、それでいて機械的物哀しさが蔓延している。自己憐憫では決してない、水銀のような純粋悲性がきらめいている。
 わたしは、虚構・架空、金属製の騙し絵のような倉橋作品のとりこであります。

さて今回の絵はなんでしょうか。わたしは毎日夢を、みるのです。


この文章は、ドレミ出版月刊ソングスに連載中の「第九感界彷徨」からバックナンバーを加筆修正したものです。
ソングスには未映子の詩と絵も併せて掲載されていますので、ぜひご覧ください。

2005.06.14 倉橋由美子、その死と永劫完成も読んでみてください。


投稿:by 未映子 05:59 PM [書籍・雑誌, 第九感界彷徨] | 固定リンク

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受信 Jun 14, 2005 3:13:41 AM

 


純粋悲性批判