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2004.11.01

博士の数字レース編み宇宙

「式」という字、書体にどうにも魅せられ、
小川洋子「博士の愛した数式」読む。

や、面白かった。面白かった、と書くときどうですか。だって面白かったんだもの。面白いとはどういうことか。感動することか。や、それもある。しかし、頁を繰る指が止まらんことよ。頁から絶えずわたしの想像分野が呼ばれることよ。コダマすることよ。無論わたしは人生において感心したい気持ちよりも感動をしたい人間ではあるが、この小説には両方がきちんと冷静な面持ちで持って、クライマックス、文字通りわたしはこの小説の最後で「江夏の背番号」のとこで泣いてしまったのであるが、読者のそんな感涙をも静かに諭すような、そんな小説であった。

わたし小川洋子氏の小説は「妊娠カレンダー」しか読んだ事がなかったんだが盲点。すべてを読んでみようと思うな。思い出すのは何となく金井美恵子だな。今の女流作家、例えば川上弘美氏なんかも嫌いではないがなんというか、短編とか意味不明さが鬱陶しい時があるのよ。特権階級的な雰囲気も苦手である。嫌いではないんですが。求めるのは曖昧さより鋭さ。どちらもバランスなんでしょうが、印象が鋭さ。わたしにはそれが大事です。こちらの問題かもやけど。他の短編も興味があるし、他の長編ももっと美しいであろう。文体の、あの控えめさ加減がなんともいい。じっくりした実力のある人の書く静かな文章、そういうの読むと、なんか世界が一気に清掃されたみたいで、うるさくなくって、いいね。

あらすじを語るのはつまらんので読んでない人はどうぞ是非読んだら面白いよ。読みやすいし。設定もやりすぎず、物足りなくもなく、いいのである。まあ、売れてる本らしいので大体の方は物語りは知っているのではないですか。

奇妙な性格特徴設定の博士と家政婦であり語り手の<私>と、その息子√(ルート)とのささやかな日常の物語なんですけど、博士はなんの博士かって言うと数学博士なわけよ。永遠に数学の世界をさまよう博士。1975年以降は80分の記憶しか持てないのよ。
で、博士によって語られる、博士との生活から結ぼれてゆく、数学的世界観に、<私>は共鳴してゆくわけよ。文字通り共鳴よ。物語的感動は読めば味わえると思う。

で、わたしが感動はさておき、感心したのはどこかというと、氏の徹底的な文体操作である。
別に操作なんかしてないわよと云われるかも知れんが、この、一冊を通して感じざるを得ない、あのぐっとぐっと後方で控える何がしかのでっかいでっかい巨大な目、その存在が、「数学の神秘性・論理性」というものを這わせ、その上に紡いでゆく思いやりや敬愛、人と人との静かな交わりをテーマにしたこの小説の成功を支配しているのであるよ。数学的な巨大な何か、その目をこさえる、その目の存在を読者に絶えず意識させるこの文体。や、読んでよかったわ。

そして主人公がこんなに語らないというのもまた良かった。本当に作者が伝えたいことはさりげなく文章に練りこまれ、時々台詞となって情熱は露見する。

博士なんかもっとキチガイ(←駄目なんですか)キャラとして描いてもよさそう、や、大体こういう性格の博士などというと、もっと書いてしまいがちになりそうなもんであるのにこの節操。<私>の回想シーンなんかももっと感情を煽ってもよさそうなもんを、ぐっと、「すべて数学の洗礼を受けました」的な、性格設定の品の良さ。これはなんなんでしょうか。作者の性格なんでしょうか。妊娠カレンダーってどんなんでしたっけか。ああでもきっと作者がそうなんやろうな、我慢強い人のような気がすっげえする。

普段声高らかに物など言わぬ叫ばぬ静かな人々の生活、そしてある主婦の「世界の数学的了解」との邂逅!<私>が数学の世界、数字の意味に少しづつ魅入ってゆくくだり、この辺の美しさったらないで。しかも饒舌でもなければ舌足らずでもない、もお非常にいい感覚なんである。おぉ、とかはぁとか溜息がちでした、やっぱわたしの反応軸に、「何らかの自己啓発、新たな世界観の可能性、感受性の愛撫」というのは健在みたい。好きなのですよ、どうしても。

博士と<私>とルートのささやかな日常と今現在この世界に重なって流れてる「数学」を、頁のこちら側のわたしも非常に非常に堪能しました。衒う奇もなけりゃあ無駄な感情遣いもない、読みやすく上質、

作者の見せたかったもの、無論わたしの知るところではないけれども、わたしの読後感はこれ、

「世界はそれぞれの脳が決定する、そしてその決定は可塑的なものである。世界は永遠に開かれることのない書物の中にあり、誰も耳を傾けようとしない言葉の中にあり、それぞれの了解は今もただひっそりと息を潜め、照らし出されるのを待っている」

大印象、この物語の大印象を少々長いが引用.

 そこに書き記された数式の意味を知るため、私は町の図書館へ行った。博士に聞けばすぐ教えてくれるだろうに、そうしなかったのは、一人でじっくり向き合ったほうが、意味するところをより深く理解できるのではないか、という予感がしたからだった。全くの予感だけで、根拠はなかった。博士との短い付き合いの中で、知らず知らずのうち、私は数字や記号に対し、音楽や物語に対するのと同じような想像力を働かせるようになっていた。そのごく短い数式には、見捨てておけない重量感があった。
 図書館へ足を踏み入れるのは、去年の夏休み、ルートの自由研究のために、恐竜の本を借りに来て以来だった。数学のコーナーは二階の東の端、一番奥まった所にあった。私以外人影はなく、静まり返っていた。

<私>はある公式の意味を知るために図書館に来て、それがオイラーの公式であったと知るのよ。

 私は本の重みで痺れてきた手を休め、ページをめくり直し、十八世紀最大の数学者だというレオンハルト・オイラーについて思いを馳せた。彼について私は何も知らないが、この公式ひとつを手にしただけで、彼の体温に触れたような気がする。オイラーは不自然極まりない概念を用い、一つの公式を編み出した。無関係にしか見えない数の間に、自然な結びつきを発見した。  ・中略・


 オイラーの公式は暗闇に光る一筋の流星だった。暗黒の洞窟に刻まれた詩の一行だった。そこにこめられた美しさに打たれながら、私はメモ用紙を定期入れに仕舞った。
 図書館の階段を降りる時、ふと振り返ってみたが、相変わらず数学のコーナーに人影はなく、そんなにも美しいものたちが隠れていることなど誰にも知られないままに、しんとしていた。


このくだりの事実が、わたしが深く納得する、認識の事実であると思うのよ。
世界はそれぞれの脳が了解する形で無数に存在する。

しかしながら、その世界を、限りなく共有に近いものを感じれることが、
人生の時々には、可能なんだっていうこのやっぱり素晴らしさを、わたしはこの小説でおぉと再確認したのでした。
すんごい読みやすいから是非。

もともとある美しさや真理を音符や色や数字で、それぞれが見出すこと。
そしてそれが同時に為されているということ。
これは極控えめに云って、驚異的なことではないでしょうか。


投稿:by 未映子 07:41 PM [書籍・雑誌] | 固定リンク

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受信 Nov 16, 2004 2:48:19 PM

 


純粋悲性批判