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2004.03.26

わたしは君の底の思い出になりたい

珍しく体調が崩れて、
三月にやって置かなきゃならない仕事がずずっとずれたので、
皆様方にご迷惑お掛けつつ、でもこれ以上は延ばせないっつうんで、
次の新曲のレコーディング、歌いれ、トラックダウンを、連続でやった。
エンジニアの広兼さんは、まったく寝て無くって、
ああ、完璧に徹夜をして、神経を集中させ切った人間はこのようになるのやなと、
また違う感慨深さで胸が熱くなった。そんな折、友達から電話があったりして、
「今何やってんの」
「レコーディング」
「え、こないだもしてなかった?」
「うん、してたよ」
「なんかいっつもレコーディングとかゆってない?」
「だってそうやもん」
「へー、けっこう地味やなあ」
ってな話になるんやけれども、実際地味なんですけれども、そうなの。
今のわたしの仕事は主にレコーディングなのですよ。

レコーディングっつっても、曲が出来上がるまでに、
色々な段階があって、
まずわたしの場合はプリプロに相当に時間をかけるのよね。
プリプロっていうのはプリプロダクションの略、実際に本気の音でスタジオ入って録音する前に、シュミレーションするわけよ。生楽器、コンピュータとかで。イメージよね。
ほんで、プリプロ第一段階が上がってから、
ここはもっとこう、紛れ込んだ童話風に、とか、
ここはこうもっと薔薇色の、「逢魔が時」感がどわーっと、とか、
歌詞まんまで行ってください!とか。はいここで涙あ!!とか、ディスカッションするん。で、色んな音を試してみる。色んな歌い方で歌ってみる。

そいで、
いつもその時の曲のことを一番わかって、
その曲が一番美しいやろうっていう姿をまず見せてくれて、
プラスそこにわたしのイメージをうまく皆に伝わるよう形にしてくれてるのは、
デビューから一緒に作業してて、曲をたくさん書いて頂いてる堤秀樹氏なんですが、
堤氏はほんとにまあわたしの性格をよく判っててくれて、
すっごい泳がせてくれるの。
わたしは堤氏との微妙な緊張感が好きで、
わたしはまだ新人やし、こう、なんというか、あれなんですけれども、
キャリアなどではなく、人間を見てくれてるので、
互いの「間」がわかるの。
この感じ、わたしが仕事場で抱いてるこの感じ、上手く云えんけど、
これが「礼節」っていうんじゃなかろか。
よっぽどでないと、互いの仕事に、口は出さないのです。「構え」というか。
だからそんな堤氏が「ここはこうです」って云うと、そこはそうなのです。

プリプロが終わったらば歌詞を書く。何回も書き直す。
メロディが出来たらすぐ書く場合もあるけど、
楽器とかリズムでこっちの気分も変わるので、だいたいプリプロ後。
自分の曲は、メロディと歌詞と鳴ってる音と世界観はすべて同時進行です。
で、孤独な歌の練習の日々が続き、録音本番を迎えるの。
まず歌以外のカラオケを作るん。
この時に、最高のイメージで歌が歌えないと、最高のオケが録られへんから、
美しすぎるプレッシャーに飲み込まれそうになりつつも、歌う。
オケはだいたい生音で録ることが多いから、嬉しい。匠の技を目の当たりにし、心も体も覚醒しっぱ。わたしはオケ録りがすごく好き。
それからまた歌練習。そして、歌の本番。吐きそうなくらい嬉しく厳しい。
それがすんだら別日にコーラスを録って、
また別日にそれぞれの楽器や音の感じ、
バランスを決めるミックスダウンっつうのをやって、
そいでマスタリングっつう、聴きやすく美しく仕上げるのをやって、終わり。

というわけで、レコーディングとは、歌うのみならずなんであって、
そこんとこ、
某証券会社に勤めるバリバリのエリートサラリーマンの冒頭の友達には、
きっちりと押さえておいて頂きたい所存であります。


5月にシングルを出して、ちょっとしたらフルアルバムを出すのですが、
今日よく想ってみたらば、このアルバムに関しては、一年以上をかけて制作したことになるのであった。

自作を語ることは、これほんとにもう、
気持ちがよくて尽きぬのであって、思い出も尽きぬ。
でもそういうのはあんまりどうかと想うんですけど、ちょっとだけ聞いて。


歌と言葉と曲に、
わたしは、いま現在の、
わたしの認識と感受性と愛情のすべてをこめました。こめこめです。
で、聴いて頂いたときには、
わたしの考えや、思惑、などは、
一切、姿を見せなくなる、という、不思議なつくりになっています。
歌詞にある「わたし」は、そのまま聴いてくれた人の「わたし」になるように、
それだけがわたしが人に向かって歌う理由であって、
それだけを胸に、作りました。
だからシングルの曲、もっとそうなるように、出来上がってたのを、
全部全部、やり直したの。
お届けするのは、まだちょっち先ですが、なんか書きたくなったんでした。
なんでか、おセンチ未映子です。

はやく聴いてもらいたいなあ。
もう、それだけ。
そんなこと思うと、すごい興奮してるの。マジで。
いろんな「わたし」が見えてくる。会ったこともないいろんな「わたし」が。
色んな場所で色んな環境で、色んな年齢の、
泣いたり悲しんだり笑ったり走ったり駆け抜けて、もういない「わたし」や、
生きてきて生きてる「わたし」が。

聴いてくれる色んな「わたし」の感情と思い出に、
わたしの歌はもう一緒にほんとに溶けてしまいたいです。
もうそれだけ。
悲願。
そんなことを思うと、
悲しくて嬉しくて、興奮して、涙出るわ。

投稿:by 未映子 01:00 AM [音楽] | 固定リンク

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純粋悲性批判